03-12:鈍き護り

03-12-01:鈍き護りと武器サーの姫

 流石に腹に一物――勿論鉄とか剛とかつく系の拳――を食らった昨日は、シオンの嘆願あり屋敷で静かに過ごしていたステラだが、翌日には精力的に動き出している。部屋の読み物は全て目を通してしまったし、件の謎の予言も調べなければならない。


 ゆっくり休むのも良いが、今はずずいと動くべきときだろう。


 それに呼応したのか、腹部が破けた恩恵服も『捨てられてたまるかよォ!』と主張するが如く、朝方には枕元に鎮座していた。この服、破損したらどこまでなら戻るのだろう。もし3分割にしたら3着になったりするのだろうか。

 破れた服から頭、胴体、腰から服がにょっきり生えるのだ。ただやるときは絶食状態が望ましいだろう。この恩恵服が何を食べているか等、ステラは全く知らないのだが。


(しかし点数が増えるだけでなく、細やかな所が日々グレードアップしているな……)


 そう、普通の服かと思いきや少しずつデザインが変わっている――概ねひらひら分が増加する――のだ。一体誰がデザインし、補修しているというのか。確実に妖精さん的な何かなのだがステラは一度もその姿を見たことがない。

 とはいえ悪さする訳でもないし、服自体がステラのトランジスタ・グラマラスな体型にベストマッチしているのだ。着慣れた上に着心地がいいなら着ないという選択肢はない。


 ただ毎日この格好故か、侍女ハシントはたいそうご不満である。


 表情は読めないが、視線が読めるステラは『もっと種類を着せたい!』と刺さる視線をどうにかスルーし続けている。実際ステラの部屋のクローゼットにはこれ見よがしにドレスが増えているのだ。どこから持ってきたのかさっぱり見当がつかない。


(いやいやいやいや、流石に着ないよこんなひらひら)


 最もひらひらしているのは今着ている恩恵服だが、それとこれとは話が別であう。これは制服ユニフォームなのだ。制服を恥ずかしがる者が何処に居るだろう。


 そうして先手を打って着替えてしまうから、涙ぐましい努力でお洒落を奨励しているのだ。


 地はいいのだ、地は。中身がアレなだけで。


 そんな努力の一つが髪結いである。よもや毎日結い方が異なるなど誰が思うだろう。少なくともステラはこんなにゆい方が沢山あるなど知らなかった。


「はい、出来上がりましたわ」

「相変わらず凄いなぁ……」

「フフフ、お気に召したようですね」


 今日はゆるく編み込んだハーフアップだ。きつく結ぶと凛々しさを得るのに対し、ゆるく纏めれば途端優しげな印象に変わる。こうして鏡台に立ってまじまじと観察出来るからこそ気づきが多い。


 しかし前世ではこれを判断するのが一般常識とされていた。だが見るからに難しいとステラは思うのだ。ちょっとした変化で雰囲気は変わるが、それは毎日詳細に観察してこそ解ることだ。ステラもこの髪結いについてさえ、鏡に立って教わっているからこそ初めて気づいた。


 もしそう云う機会が在るとすれば、をする必要があるだろうなと考える。例えば視線が集まる先に変化を設けるとか。ステラの場合その巨大な胸元視線が集まるから、まずは胸元のリボンを変えることで気づきを与えることはできる。


 そうした変化を見せる予定は全くないが、何れ時は参考にしようと心に留める。今はまだこの変化を楽しむにだけ留めてておくべきだろう。



 それに今日の変化はもう1つあるのだ。今日の予定を熟すべく準備をしていると、ステラがフードもかぶらずそわそわと落ちかなさげに揺れている。それにシオンがふと気づいて、


「髪飾りを変えたのですか? 似合っていますよ」


 と声をかけた。その通り、今日のステラはリボンではなく、琥珀のバレッタを使っている。バネ式の金具ではなく、弓形の装飾部を棒で留めるタイプである。表面には繊細な花束が浮き彫りにしてある可愛らしい一品だ。


 この少年、一般貧弱革装備には出来ぬことをとやってのけるのである。


 だが声をかけた相手はただの女性ではない。アホの子ステラである。その言葉に彼女ははピタリと足を止め、わなわなと震えだした。


「そっ、そうなんだよ髪飾り! 琥珀ってお高いんでしょう? まるで頭に金貨が乗っかってる気分で落ち着かないんだ……ッ!!」

「うーん、この反応」


 シオンは褒め損かとため息をついた。そういう意味ではリボンもそれなりのお値段なのだが、ステラは気づいていない。


 そう言われた彼女は今……胸に手を当てその鼓動を確かめていた。早鐘を打つそれは一体なんだというのか。いや、それはきっと……


(大金あずかってるからな……)


 ステラのお財布がショック絶命する重みが鞄に入っているのだ。井の中の蛙大海を知らず。相手は余りにヘヴィ級すぎた。


 仮にお財布がガキ大将としたら、鞄の大金は先の副将軍である。


 それだけの大金を何故持っているかといえば、今から赴く『シターの戦槌』で受け取るダガーの代金である。たかだかダガー、されど武器。こんなに重いなどステラは知らなかった。


 こんなもんドキドキしない訳がない。


 そうビクビクしていたら、シオンに『スリに狙われる』と小突かれるほどだ。よって具体的な数字を考えないようにしている。



「しかし……本当に大丈夫なんです? 昨日の今日ですが」

「大丈夫大丈夫! それにトーヨーには『思い立ったが吉日』という名セリフがあってね」

「それは……機を逃さず、すぐに動け。ということですか?」


「うんにゃ? 『後回しにするとテメェぜってぇやらねえだろう!』と言う遠回しな脅迫常套句だよ」

「ひ、捻くれてますね?」


「『空気を読む』と書いて『果し合い』のお国柄だからな」

「うわあ」


 聴く限りのトーヨーはなんだか異文化すぎて、と言うのがシオンの感想だ。ただそれを言っても、なんとなくサムズアップされるだけのような気がするので口にしていない。

 実際は動揺のあまり泡をくって倒れるまで在り得たのだが、危うい所で危険球を回避していた。

 そんなこととはつゆ知らぬステラはご機嫌にステップを踏んでシオンの隣を歩いている。


「それにさー、折角レヴィちゃんのおじいちゃんが作ってくれる武器だよ?

 早く御対面と行きたいじゃあないか。それにグーちゃんの後輩になる子だしね」

「こ、後輩ですか?」

「グーちゃんも楽しみだよねぇ? なんたってお姉ちゃんになるんだしな!」


 ぽんとお尻のカバンを叩けば……やんわりと喜色が帰る。これは『貴女が嬉しいなら良いわ』か、或いは『お姉ちゃん』というストロングフレーズにソウルクラッシュされたのか。

 何にせよ楽しみにしてくれていることには代わりはない。


「さあて、どんな子がくるのだろうね!」


 ステラはウキウキしながら、シオンはため息をつきつつ。2人はシターの戦槌へと歩いていった。



◇◇◇



 相変わらず音の鳴らない工房の門扉を潜れば、見慣れた低いカウンターに〈神鉄〉シミートの弟子ローヴが詰めていた。


「やぁローヴ君、こんにちは! 件のダガー等できたらしいと聞いて飛んで来たぞ。まぁ、飛んでないけどな!」

「おぉぅ、相変わらずだなステラさんよ。心配してたんだぜ?」

「ふむぅ? 心配ってなんかあったかね」


 こてんと首を傾げれば、シオンが後ろで苦笑する。帰らずの森の一件、秘密ではないが不要に不安を煽ることもないので黙っているのだ。


「ま、変わりねえようでなによりだ。生憎レヴィはお使いに出てるから居ねえけどよ」

「ありゃあ……それは残念だな。また今度遊びに来るよ」

「おう! そうしてくれや」


 クククと笑うローヴは、親指を立てて後ろを指し示した。


「んじゃ早速商談ブースで寛いでてくれ。すぐに親方呼んでくるからよ」

「あいあい、待たせてもらうよ」


 そう言ってローヴは早速と工房の奥へと消えていった。



◇◇◇



 その部屋は一言で言えば窓のない武器庫であった。


 壁には無骨だが綺麗な白線を宿すハンマーや大斧が飾られて、なんとも言えない存在感を放っている。まるで見本市のように並ぶ武器達は、全て実用可能でありながらため息が出るほど美しいものばかりである。


 特に幾多の魔道具のランプのゆらめきに武器が輝いており、まるで気軽に談笑する古兵達のようにも見えるのだ。

 現在ステラの胸に抱かれたグラジオラスを見て、


『やあ美しいお嬢さんの登場だ、薄藍のヴェールが良くお似合いで』

『なんと目麗しい! これは何処かの姫君に違いない』

『ガハハハ、姫よ! 斯様な場で申し訳在りませぬ!』


 等と囃し立てているように思える。今日グラジオラスを飾るリボンは薄藍のものだから、それをヴェールと称したのだろう。


 これは勿論ステラの所感でしかないが、少し気恥ずかしげな桜色を返す彼女グラジオラスが答えであろう。なんて可愛い子なのか、ステラは優しくその峰を撫でた。


 そのように見えるとても素敵な部屋なのだが、ステラにとっては1つ欠点がある。


 それはドワーフに合わせたような、調度品の背の低さだ。長身のステラがソファに身を沈めれば、どうしてもこぢんまりした体育座りになってしまう。


 うむむと唸っていると、隣のシオンが途端慌てだした。胸にグラジオラスを抱く為にスカートを抑えぬ彼女は、前から中身が丸見えだったのだ。


「ステラさんスカート……!」

「あれ……あー、こういうときは斜め座りだったなっ」


 揃えた足を斜めに傾け、正面から見えないように調整する。ただ横に幅を取った分、ちょっとシオンが狭そうだ。


「あ、悪いね。思ったより足長かった」

「いえ、問題ありません」

「?? まあ短いよりはいいよな」


 目をそらしたシオンは、チラと覗いた太ももの白さなど知らないのだ。


 そんなやり取りをしていれば、それぞれに木箱を抱えた師弟がやってきた。相変わらず髭もじゃのレギンは声を掛けようとして、人形のように抱きしめられた星鉄の武具グラジオラスを見てぽかんと口を開いた。


 しかもリボンでおしゃれに飾る等、なんとも武器の扱いとは思えない。


「ああ、これ? グラジオラスも楽しみにしてたからお洒落しないとな」

「そ、そうなのか?」


「おうとも。なんたってお姉ちゃんに成るんだから」

「「おねえちゃん?!」」


 それに狐につままれたように目を瞬かせる師弟は顔を見合わせる。楽しみにしていたと言われれば、確かに嬉しいのだが……。困惑しつつも師弟はずかっと対面のソファに腰掛けて、それぞれの箱をテーブルにどかりと置いた。


「これが?」

「ああ、そうだ。注文の品だぜ」


 にわかに部屋がざわつく感覚をステラは感じ取る。無理もない、その箱には物言わぬ武器たちの、新しい仲間が其処に詰まって居るのだから。





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