03-07-06:銅級のお仕事:孤児院編3

 何かトラブルがあったようだがステラはそれを存じていない。クリスも知らない。皆も知らない。秘密? なにそれおいしいの? そんな紳士協定のもと泥をこねることしばらく。各自がひとかたまりの泥団子を作り上げる事ができた。


「だいたいこんなもんか。んじゃそれぞれ固まりをもってお家へ突撃だー!」

「「「おー!!」」」



 お団子を掲げる一行は、和気藹々と孤児院へと歩いて往く。そして家の前でステラが音頭を取って皆に整列するように指示する。

 凛々しく直立した彼らの手には泥団子、まるで歴戦の兵隊のようにその面持ちは引き締められていた。


 その前に立つステラも顔を引き締め、片手で泥団子を弄びつつその通る声で宣言する。



「諸君、小生……いや、たいちょーより作戦概要を説明する!」


「「「!!!」」」


 びしり、と皆の顔に緊張が走った。たいちょーとは、警らで見かける兵士の親分だって事くらい子どもたちは知っていた。誇らしい我らが街のたいちょーは皆のあこがれである。


「我々は敵のに対し、遊撃をかける!」

「た、たいちょー! ってなんですか!」


「皆でと掛ってとやっつけることだ! わかったか!」

「はいたいちょー!!」


 質問した子はきっとよくわかっていないだろう。だがたいちょーの言葉はぜったいだ!


「では実演する! よーくみておけ!!」


 ステラが泥団子から手のひらに泥を取り、盾に並ぶ板材、その隙間になる部分に手のひらでぐいと押し撫でるように塗り込む。


「ククク……埋まってしまえ、ククク」


 要は土でできたパテである。ステラが何故か非常に悪い顔をしつつ振り返った。


「さあ、この様に穴を埋めるのだ……」

「「「ゴクリ……」」」


 なんだかわからないがとにかく。子供達に分かるのはただそれだけだ。多分この場にシオンがいても、スゴイとしか分からないだろう。


「では作戦名オペレーション隙間風追放戦線ドラフト・キラーを発動する!」

「「「!!」」」


 なんだかわからないがとにかく。おぺーれしょんとかすごい、子供達はそんな言葉使ったことがない。戦線とかなんなんだ、かっこよすぎる!


 ステラがニヤッと笑って掌を前に、風を着るようにつき出した。


「ではみなのもの、かかれー!!」


「「「わーー!!」」


 子供たちがキャーキャー笑いながら、それぞれ思い思いの壁に向かって土を練り込んでいく。ステラも先程の隙間に続けて作業を始めた。


「ぐっ、硬かったか……」


 土の練りと水分比故か、彼女の土玉はかなり硬い。最悪【身体強化】で押し込むことも考えねばならないだろう。そうして各自が隙間に土を練り込んでいく。


「なぁねーちゃん、こんなんでほんとに隙間がうまるのか? すぐ溢れていきそうなんだが」

「ぬぅ~……っしょぃ! そうだな、正直遠からずほころびは出ると思うぞ。ふぃーー……っせぃ!」

「はぁ?! じゃあなんでこんな……」


 ステラはクリスに向き直った。


「ほらほら、手を動かし給え。本来は固着させる糊や、耐水目的の油を混ぜるんだよ。それに下地になる枠も無いしな。

 土だって不純物が多いものじゃなく、ちゃんとやるなら水樋すいひや混ぜものも選んだほうがいいだろうし、それらだって相性がある」


 クリスがびっくりしたようにステラを見た。


「そんな沢山いるのか……?」

「まだ序の口さ。今回作ったこれはほんとうに最低限、ただ体裁を整えたってぐらいだろうね。特にこれは……ずっと晴れなら問題ないが、雨が降ったらまず地面に近い部分は溶けるだろう」


 ステラがまた土玉をちぎり、隙間に捩じ込ま捻り込み、弄り押した。


「なら意味ねぇんじゃ……」

「でも、ふぉおおおお……! これなら君たちで にぎぎぎぎ………! 補修できるだろ? ぬあああーー……!! っふぅ、ふぅ……それにちゃんと研究すればお金になる技術だしな」


 ふぎぎ、ぐぬぬと土を塗り込むステラをクリスがじっと見る。


「なんでそんなこと教えてくれるんだ?」


 ステラは作業を止めて、顎に人差し指をつつと持っていく。


「んー、理由はさっきの通りだが……単純に小生では役に立たんしな。

 知識は確かに金の卵を産む鵞鳥だが、それは情報を上手く活用できてこそだ。この土壁を金1等にするには、それこそ10年単位で時が必要だろう」


「そ、そんなにかかんのか?」


「さっき言った材料の配合比の検討、実際の施工に関するノウハウ、またソンレイルの中流街及び下町での需要。さらに風土に合っているかも分からんのだ。


 仮に確立したとしても、この町では『土の壁』を採用している家は1軒も無かった。つまり新しい技術の流通になるから、浸透させるのはとてもむずかしい。もしかしたら営利団体……どこかの商会に目をつけられるかもしれないしね。


 また土故に耐水性のある上塗り剤の検討が必要だし、湿った土だから乾燥という工程が必要で完成までの工数が凄く長いんだよ。トーヨーの『土蔵』という倉庫は、たしか3年がかりで造るものだったかな。勿論魔法を使えば短縮は可能だろうが。


 あと蓄熱性はあるが断熱性はないんだよね。だから冬寒くなるので、その対策をどうするか考えなきゃいけない。


 こうしてみると、小生が知識を持っていたとしてもまず販路がないし、研究するにも下地もない。コネもカネもないんだねぇ。

 金にするまでどう凌ぐかも決まっていないのだから、活用するには割に合わないのだよ」


 クリスが唖然とステラを見た。目は見開かれ、軽く震えてすらいる。


「ねーちゃん……」

「何かな?」



「馬鹿じゃなかった、のか?」


 万感の思いがこもった本音であった。



「し、失礼だなぁ! そこは阿呆と言い給え、色々抜けてるのは認める所だし!」

「それって……何が違うんだ?」


 ステラがピタリと止まり、うーんと考える。


「……五十歩百歩だな」

「ねーちゃん……」


 クリスはすごく優しい目でステラを見た。ステラは慌てて取り繕う。


「と、とりあえず違う文化の技術だから、凄く未知数なんだよ。最悪カネにならなくても、孤児院の補修には役立つだろうね」


「……簡単に見えても難しいんだな」

「何事もそんなもんだ。ただ素材の『アテ』さえ見繕えれば、かなり汎用性の高い素材になることは間違いないんだがな。なにせ曲線すら作れちゃうんだから」


 ただ土壁の家は寒い。蓄熱性はあれど断熱性が無いためなのだが、これを解決出来るなら今の板壁や石づくりの部屋を淘汰することも夢ではないだろう。


「ま、何にせよ使いやすい素材であることは確かだよ。もし研究したいなら君がやればいいとぞ」

「お、俺が?」


 ステラがにこりと微笑み、その硬い泥団子を差し出した。


「もしそう望むなら、君はこの世界、正にこの瞬間。すべての先頭に立っているんだよ。それってとんでもない事だと思わないか?」

「……」


 泥団子を受け取ったクリスは、神妙な面持ちでそれを見ている。


「道は君が選びたまえ。そうと願い進むのならば、きっと君はそれに近づけるのだから」


 ああ、いたいけな少年に丸投げするなんてなんて悪女だろう。などと呟きつつ、ステラは立ち上がって去っていった。クリスはその背中をじっと見つめて……手の泥団子があることに気付いた。


「ねーちゃんまて! 俺に泥団子を押し付けてどうしようってんだ?!」


「やんべぇバレた! にっげろぉぅい!!」


「ああっ、まちやがれー!!!」


 ステラは脱兎のごとく駆け出した。それを見た子供たちが追いかけっこが始まったと勘違いし、泥団子をその場においてステラを追いかけだした。


(あれ、新しい泥団子を作りに行くつもりが……全員こっち来てないか?)


 突如始まった追走劇に、ステラは全力で逃げた。


 いや、始めは泥を取りに戻ったのだから冗談交じりだったのだが……子供達が気付いてからはガチンコ追い込み漁宜しく本気で走ってきたので、慌ててステラも駆け出す羽目になった。


 ここで職人通りでボロ負けした経験が生きた。スタイリッシュ八艘飛びにくるくる回ってその小さな魔の手から回避し続ける。



 それが良くなかった。



 子供たちの目が徐々に怪しく光り、笑顔から笑顔ゆえつ♡に変わりつつあることにステラは気づいた。


 やばい。なにかは言えないがとにかく不味い。堪らず【身体強化】も織り交ぜて逃げ始めたのだが……何故か振り切れない。確かにステラの【身体強化】は未だ未熟で持続力だけが売りのような魔法だ。だが子供に遅れを取るようなスペックの魔法でもない。


 それでも逃げることが出来ないとなれば……それは単純に地力が劣っている事にほかならない。ステラは己こそがなのだとようやく理解した。



 ああ、カスティーリャという人物がどのような物か。

 何を思って孤児院を開いたのか。

 子供たちがどういう境遇で此処に居るのか。



 ステラは知らない。何も知らなかった。



 知らなかったので今背筋に、なんかスゴイ怖気? 殺気? 好奇心? いいや全部ごちゃまぜにしてコンクリートミキサーにかけてぶちまけた感じの形容しがたいモノを感じつつ泣きながら逃げ回っているのだ。


 子供達は天使? いいや悪魔だね! 今のステラならそう言うだろう。


「ゔぁあああシオン君おたすけえええぇ~~!!」


「おねえちゃんはやーい!」

「すごいすごい! つかまえるぜったいつかまえる!」

「GAOOOOO!!」


 ちなみに本来ストッパーのクリスが最後の叫びだ。だんだん無の境地、明鏡止水が開眼できそうなんじゃないかと思いつつ、程なく捕獲されてステラはもみくちゃにされた。


 フカフカだのふにふにだの、すべすべだー! だのやりたい放題である。なまじ【浄化】の影響でお互いぷるぷる卵肌なので感触もひとしおである。


 それはカスティーリャが慌てて来るまで続き、救助される頃にはチベットスナギツネみたいな顔でグッタリしていた。



◇◇◇



 ところで全然話題に上がらぬシオンであるが、彼は至極真面目に屋根の修理をしていた。同じ野外なのでステラの悲鳴も耳にしていたのだが、彼は動くことはできなかった。


――みし


「!!」


 一歩動く毎、何故か異様にきしむ屋根。腐っているわけではないのに異音を放つフィールドで、シオンは最新の注意を払わざるを得ない。


 その集中力たるや得物の白刃を全力で薄い生ハムを削ぐことを可能とするほど高められており、最早『シオンと屋根、ただそれだけの空間』を作り上げていた。

 

 全ては有象無象。なすべきは動く、板を置く、釘を穿つただそれだけのこと。


 やがて補修箇所すべてを処理しおえたシオンはぶつりと途切れるように力尽き、いい笑顔でグッタリ潰れていた。



◇◇◇



 孤児院の食堂で、カスティーリャの前で2人は白湯を頂いていた。


「はい、完了票よぉ」


 薄い唇を弧にするカスティーリャが木札を二人の前に差し出した。屋根の修繕は終わったので依頼は完了となるのだ。


「シオン君、こいつは君が受け取ってくれ」

「受けたのはステラさんですよ?」


 ハハッとステラは笑う。なおもみくちゃにされて解けた髪は仕方ないのでポニーテールにしている。ステラができる纏め方はこれしか知らないのだ。


「シオン君。ここで君に重大な罪を犯したことを告白しなければならない」

「罪、ですか?」


 ステラが俯きつつ、拳をぎゅうと握りしめた。


「ぶっちゃけ孤児院の子供たちと8割遊んでいただけなんだッ……!!!」

「ステラさん……」


 泥団子による隙間埋めの進捗は芳しくない。思った以上に鬼ごっこは苛烈を極めており、終わった頃には子供達もぐったり疲れ切って作業どころではなかったのだ。


 結局この依頼はシオンの作業終了を持って作業終了となった。つまり手付だけして放置である。


「でも助かったのは事実よぉ。みんな感謝してるわぁ……」


 頬に手を当てて応える彼女が嬉しそうに微笑む。


 実際隙間風に困っていたのは事実で、それの目処がたっただけでも吉報なのだ。


「ところでステラさん、だったかしらぁ……」

「む、なんだろうか?」


「子供達が随分綺麗なんだけど、何かご存知?」

「!!!!」


 ビリッと首筋が痺れる感覚。カスティーリャは明らかな笑顔だが……前髪で隠れたその瞳はどうなっているかわからない! いや、分かりたくないだけでその目は確実に蛇だ……!


 シオンが『またやったのか』と半目でステラを見ているが、彼女は正直それどころではない。


「ステラさんがやってくださったのよね?」

「う……」


「あれは水の魔法かしら。それにしては同時制御が凄まじかったけれど」

「?!」


「髪も肌もツヤツヤになっていたわね」

「ヒィ!!」


 何故バレているのか、ステラにはとんと見当がつかない。それこそあの場を見ていなければ判るはずが……。


(ま、まさか……見ていたというのか?!)


 その思考を読んだのか、おばけめいた彼女がにやあと笑った。ステラは怯えた。おばけこわい。


「それで、これはちょっとしたお願いなのだけど」

「ハッハハハッハイ!」


「あれ、私にもやってくださる……?」

「アッハイ! ……はい?」


 ステラが首を傾げると、カスティーリャが気恥ずかしげに頬を染めた。


「シオン君……ごめん、ちょっと席を外してくれる?」

「……先に行って待ってますね」



 退室するシオンを確認した後、ステラは幽鬼を【浄化】した。あとには見違えるほど若返り、色香を増した淫魔属の女性が残されたという。


 それはそれは美しい女性は聖女のように微笑みステラの手を取り感謝を告げる。


 言外に『絶対また来てね』という圧にステラはカクカクと頷き、操り人形のようにぎこちなくその場をあとにしたのだった……。


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