03-06:はじめてのおつかい

03-06-01:はじめてのおつかいを計画する

 ステラがカスミの発作を収めて3日、女主人カスミは未だに眠り続けている。


 ステラは件のハグ式診察法を用いてカスミの状態を確認したのだが、蜘蛛の卵は未だ煙を出し続けており、今持って夢の中に居ることを思わせた。

 ただその量は日に日に少なくなっていることがステラの観測より解っているので、遠からず彼女は目を覚ますだろう。


「……この病って、こうした『寝込んでしまう』ことで体力を失うことも、死因へと向かっていく要因なのかもしれないね」

「寝たきりに……なってしまいますからね」

「起きたら多少動けるような何かを用意したほうがいいかも知らんな。

 現状蜘蛛が小康状態であるから、そういったものも考えてみようか」


 カスミに巣食う先観の機械蜘蛛。その生態は不明だが、現状卵の形を取ったまま動いていない。少なくとも18対の足を蜘蛛の形を取らない限りは安定していると見て良さそうだ。


「ちなみに今までの発作はどの程度の間隔で起こっていたのだろうか?」

「不定期ですが……だいたい一月に一度ですね」

「月に一度か」


 ステラとシオンが深刻な顔で思案し……。いや、ステラの其れは困惑である。


「ごめん、深刻そうなところひっじょーに申し訳ないんだけど。小生暦がわからないんだ……」

「……なんか気が抜けますねぇ」

「だからごめんって!」

「分かりました、説明しましょう――」



 この世界の暦は太陽のめぐりと月の満ち欠けによる、変則的な太陽暦を取っているらしい。


 1日と時節を太陽が、2つの月の位置関係と朔が期と月を表している。


 1つの週は七栄神になぞらえ7日。曜日としては命水火星風土死の順でめぐるようだ。


 1つの月は4週で28日あり、1年は13ヶ月となる。


 月は少し特殊で、水火星風土の5つが命死二つの月の位置を元にして組み合わさり、さらに命死の切り替わる2回、最後に年末と新年を示す星光を含めた13ヶ月だ。


 さらに月の朔から、十二支のような期を持つらしいのだが……それを意識しているのは王侯貴族や神殿関係者だけらしく、市井に在るなら意識する必要はないそうだ。


 念のため聞いたところ、パターンがありすぎて覚え切らないので諦めた。


「今日は命火の月、3ッ風ですね」

「てなると……命火は上期の月、3週目の5日、つまり2月の15日なのか。1ヶ月後だと、命星の月の3週目辺りになるのかな」

「あくまで予想ですけれどね」


「……ならそろそろ動こうか。あまりこうしているのも何だしな」


 そう言うとシオンが心配そうにステラを見た。


「なんだ? 何か小生に落ち度でも?」

「落ち度はありませんが……本気なのかと」


「なんだ、小生が単独行動するのがそんなに心配なのか?」

「はい」

「何のためらいもなく頷く……その信頼、グッドだよ!」


 ステラがニッと笑って親指を立てるが、その姿がまたシオンの不安を誘った。なにせ彼女は心に3歳児を飼っているのだ。目を話せば吹っ飛ぶ娘の、どこに安心する要素があるというのか。


 それに現在、ステラという存在の価値は否応なく高まっている。


 カスミの療養、魔力譲渡は先日の発作で証明された通りステラに依存する形になる。今ここで彼女の身に何かがあってはと思えば気が気でない。


「フフフ安心したまえ。この3日、何もヴァグンさんの料理に舌鼓を打っていた訳ではない。迷子対策はバッチリ用意してあるんだ!」

「何ら安心できる要素がないのですが……」

「なら、一度『はじめてのおつかい』でもしてみせようか?」


 自信満々に胸を張るが、かえって不安を煽っていることに彼女は気付いていない。


「ちなみに対策とは何でしょうか」

「やあ御照覧あれ。魔法を3つ、見た目に現れないものを開発しましたァン!」

「分かっちゃいますがポンポン出ますね……」


 心象魔法の概要についてはすでに伝えてあるとは言え、ちょっと散歩するようなノリで気軽に新魔法を作ったなど言われても困る。先日のレヴィはそれで助かったとはいえ、やはり常識外に慣れ親しむことは出来ない。


 大体新たな魔法など専門の研究機関が担うものだ。本来は市井の者がやすやす作り出せるものではないのだ。


「で、どんな魔法なんです?」


「まず骨子は自分の位置を知る【鷲の目】いーぐる・あいだ。単純に言えばものだね。

 位置は上空100メートルほどに、小生を中心に見下ろす視点を作りだす。上から道が見えるなら、路地に入り込んでも迷子になりようがないだろ?」


「え……っ、と? その、使い魔はいつの間に用意を?」


「そんなの無いけど? ああでも作るなら猫くんがいいなぁ……。

 因みに今もって屋敷周辺を見渡せているので、実地試験もバッチリだよ! ……ん? あれは先日話に挙がった庭師君だろうか?」


 シオンが目を見開いてステラを見る。


「……ちなみにどんな容姿ですか?」

「シオンくんより白みがかった青髪で、髪を後ろで縛ったオーバーオールの男性だな。耳がなんかヒレっぽいが……おお、これって魚人? 魚人ってやつなのかい? ふぉ~泳ぐの得意そう!」


「デルフィ……合ってま 「ってあぁ~!!」 っどうしました?!」


 ステラがガタンと立ち上がり、眉間を抑えながらしおしおぺしゃんと椅子に落ちていく。


「あ〜、そりゃあナイフで草刈りするなら腰に来るよねぇ……。

 あー、えーぃよっこいしょ、って?!

 わぉ、凄いアクロバットに背伸びするんだなぁ彼。

 んー、でも腰が〜、腰が~~。あっはい、きついですねぇ~っと……」


「?!」


 突如始まった実況にシオンが若干引き気味にステラを見る。実際見えているのはステラだけだから仕方ないのだが。

 ステラはシオンに向き直り、手を開いて提案する。


「シオン君、彼にはちょっとマッサージが必要ではないか? 腰はやらかすと長引くぞ」

「そ、そうですか。検討しておきます」


 シオンは頭を抱えた。この茶番めいた喜劇、そのやり玉に上がった者は確かにアルマリア家の庭師、デルフィの特徴を捉えていた。


「ステラさん。その視界って……何処まで動かせるんですか?」

「角度はつけられるね。ここからリフラクタ城の尖塔も見分けられる。あと職人通りも見えるが……まぁ、角度的には屋根しか見えないな」

「そうですか」


 深刻そうなシオンにステラが首を傾げる。


「……ただ見るだけの魔法だよ? そんなに思い悩む事かね」

「遠見の力は戦略的な価値があります」


「兵器転用可能ってことか?」

「ちなみに、その視点って破壊できるんですか?」


「ど、どうだろう? 少なくとも物理的なマーカーは無いから、魔法的アプローチ以外では妨害できないかも。勿論ボルト系で打ち落とすとかではなく、仕組みを理解した上で阻害するしかないんじゃないかな」


「本当にステラさんは……魔法を自在に作れてしまうんですね。

 今後は魔法名を明らかにしたとしても、詳細もあまり漏らさないようにしてください」

「あっ、うん。なんぞまずいのな? 了解した」


 この世界では通信と言えば早馬による伝達や、行商に預ける手紙の事を指す。所謂無線通信は使い魔ファミリアに依る相互意思疎通ぐらいで、トランシーバーや携帯電話といった便利なものは存在していない。


 なお伝書鳩は存在しない。過去試みたことはあるのだが、結果魔物にしまい使い物にならなかった。群体ではなく個体で利用したのが敗因との結論が出ている。


 そうした状況の中、ステラの魔法はどうか。遠方をノーリスクで監視でき、かつ破壊がほぼ不可能な視覚情報はまさに規格外。


 翼人種や翼を持つ使い魔でも似たようなことは可能だが、圧倒的にリスクが低い。情報が即時しかも安全に得られる時点でかなり凶悪な魔法だといえる。




「はぁ……あまり聞きたくありませんが、あとの2つは?」

「あっ、うん! 次はちょっと頑張った自信作なんだが、【秘密収納】しーくれっと・ぽっけだ。これは見たほうが早いね」


 ステラがおもむろに中空を横に開いた。するとそこだけ景色が歪んで黒い隙間が現れる。


「は?」


 そこに手をぐいと突っ込んで、ステラは一冊の本を取り出した。残ったスリットはぐぐぐと縮まって消えていく。


 取り出したのは彼女の愛読書、猫の細道グリモニャールである。それを両手でしっかり持ってシオンに掲げて見せる。熱心に読んでいたら譲ってくれた大切な本だ。


「というわけで君が使っていた不思議ポーチの再現なんだけど……今のところ容量はこの本一冊と少しの容量しか担保が取れていない。でもお財布を仕舞う程度なら最適だろ?

 街で不意のスリに会っても致命的な被害は受けないって訳だよ。もちろん使うときはいつもの鞄で隠すから問題ないし」


「…………うっ」


 シオンは胃のあたりをぎゅっと掴んだ。ぎしりと痛みが来たらしい。


「ごめん、今度は何がまずいんだい?」

「空間を操る魔法は……失われているんです、よ?」


「えっ、でも君不思議ポーチを普通に持っていたよね?」


「あれは母様の家で代々受け継いできた物です。またダンジョンから稀に出土することがありますが……作るために必要な空間魔法は失伝しているんです」


「ゑェ……でも出来ちゃったしなぁ」


 ステラが頬をかくと、シオンがうなだれた。


「魔法が使える、と言うことはその理を理解していると言うこと。ならそれを元にして魔道具作成も可能となります。

 それだけで監禁案件……ステラさんが高い魔力を持つハイエルフでチョロいという事を考慮すると、延々とカバンを作る人になりかねない。下手すると戦争の主因になりえますねぇ」


「わぉ…………ってまて、チョロいって何がだ」


「飴ちゃん目の前に揺らしてひよこみたいに啄む娘は、世間一般でチョロいというのです」


「シオン君凄え! 完璧すぎて反論すら出来ないよ!」


 もはや『やったら出来ちゃった』案件であり詳細はよく分かっていないのが事実なのだが、リバースエンジニアリングにより再解析の可能性がある以上危険度はさして変わらない。


 またこうしたアイテムポーチが氾濫するということは、即ち輜重がたやすくなるということでもある。馬車を10台運用する所、1人の人間で良いとなれば……目をつけたものは確実にナポレオンとなるだろう。




「で、でも3つ目はなんてこと無いよ? ほんと、些細なものだから……!」

「……」


 こいつ信用ならねぇ、そんな卑しいものを見る目でシオンが彼女を睨む。いい加減胃薬がほしいところだ。


「え、ええとね……」


 彼女は再度【秘密収納】を開くと、中から白と赤のリボンがにょろっと2本出てきた。リボンはステラの手のひらを経由して机に乗ってとぐろを巻き、シオンに対してペコリとお辞儀した。


【式神】れぎおんのリボンワーム君Mk2です!」


 パチパチパチ、と拍手すると、ぽいんぽいんと2本の蛇が跳ねた。心なし嬉しそうだ。


「これは先日のリボンの蛇……にしてはなんというか、感情豊かに見えますが」


「ただの蛇君じゃあ無いよ? さっき言った使い魔じゃないけど、この子達は小生が行っているカスミさんへの体調観測を可能とするスゴイ蛇君なのだ。

 なにより諸元がリボンなので、亡者きのこに食われるなんて自体もあまりないだろう」


 心象魔法の弱点は正に心の状態に術が左右される点だ。あの遺跡で石槍が消えたのもまさにそれが原因である。この3日で試した結果、少なくとも心が落ち着かない状態にあるか、また意識が無い状態、つまりで魔法は途切れる。


 なのでスタンドアロンで動く魔法を作る場合、どうしても総魔法製では不都合が生じるのだ。


「しかもある程度此方の言うことを理解してくれるナイスネークだよ。

 1本はシオン君に渡して連絡用、1本はカスミさんの側につけてナースコールにするよ」


 【式神】も使い魔と同様、ステラとパスがつながっている。なのでシオン向けのリボンには危険の通知、カスミ向けのリボンは発作の通知という役割を与えている。

 使い魔による通知は通常主従がそれほど離れては……絆を得た場合でも1km離れると繋がりを感知できないのだが、ステラの【式神】は正に彼女から生み出された物。つまり分身に相当し、その意思疎通の距離はその比ではない。


「へぇ……ところでこのリボン、見覚えがあるんですが」

「ウム。ハシントさんから貰ったうちの2本だね」


「……あー、つまりを、魔道具にしたん、ですか?」


「魔道具じゃないよ蛇君だよ。仮に魔道具だとしても、そんな珍しいもんじゃないだろ?」


 ステラが首を傾げる。聞いていたはずなのに何故、というシオンの疑問はシターの戦槌の一件を思い出し氷解した。


「あー……そうか、ステラさんあの時居なかった、んでしたね」

「え、何の話?」

「えーとですね……」


 シオンがシターの戦槌でレギンとローヴ師弟が話していたのと同じく、魔道具には魔鉄、ないし魔晶石を必要とすることを説明した。まかり間違ってもこんなリボンが魔道具として成立しないのだ。

 話を聞き頷く毎、ステラの表情が消えていった。


「……あっれ、つまりこの蛇くんは何故動いているんだ?」

「僕に聞かないでくださいよ……」


 首をかしげると、リボンワームもキョトンと首を傾げた。あどけない仕草が可愛らしい。



「……ま、まぁ。蛇くんは蛇くんと言うことで。

 力の供給は2~3日に1度程度でも問題ないが、念のため毎日やったほうがいいだろう。事実上のご飯になるし、飯抜きは小生どちらかと言うと大反対だな」


 ぴっとステラが指を振ると、2本のリボンワームがキリッとポーズをとる。白いものがスルスルとテーブルから降りて行き、紅いものはシオンの前ににょろっと現れてぽいんぽいんと跳ねた。


「ステラさん。この子はなんと言っているんです?」

「どこに結ばったら良い? と言っている」


 再度リボンに目をやると、こくこくと頭……リボンの端を振った。


「……腕に巻き付いてくれればいいです」


 するとリボンが『かしこまりー!』と動き出し、スルスルとシオンの二の腕に巻き付いて、包帯のようにピタリと巻き付いたのはシオンが男性でちょうちょ結びも無いだろうというレッドリボンワームの粋な計らいである。


「……本当に賢いんですね」

「だるるぉ? 自慢の子達だからね!」



 そしてステラが両手の指を弄びつつ、少しもじもじと懇願するようにシオンに向き合う。


「でーその、どうだろう? これで単独行動迷子やなんかは大丈夫だと思うのだが」

「……確かに対策は練られていますね。何れ一人で行動するというのも通るべき道なのはわかります」


「なら!」


「とりあえず親方のところへ行って帰ってくるだけですよ? それができれば認めます」

「良いだろう! レヴィちゃんにも会いたいところだしね」

「ふー……ならやってみましょうか」

「おおー! シオン君ありがとう!」


 ぐったりしている手を取ってステラが上下に揺さぶる。そのはしゃぐ様子に不安が募るが、最早犀は投げてしまったのだ。


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