03-06-02:はじめてのおつかいの始まり
屋敷の玄関ロビーでステラはシオンに世話を焼かれていた。
「鞄は持ちましたか?」
「持ったよ。おみやげもね」
ステラはいつものポケットが多い革の鞄を肩にかけて、手にはバスケットを持っている。服はいつもの
それに加えて今回から濃緑色の地味なフード付きローブを纏っている。当然フードはかぶった状態だ。今更ではあるが用意できたのがさっきなので仕方ない。とはいえ現状漏れ出る気配からバレてしまうことので、あくまで気休めに過ぎないが。
ちなみにステラは『ウォー、エルフの装束っぽいな?! かっこいいね!』と大層喜んでいた。長耳をふわっと包み込む大きなフードが特にお気に召したらしい。
「武器は持ちました?」
「勿論鞄で大人しくしているよ」
肩掛けカバンに居るグラジオラスは、ボロ布から新しい布にくるまって鞄に入っている。鞘が無くて大丈夫なのかと言えば……意外なことに全く問題がない。見た目は完全に奇形の銃型包丁グラジオラスは、躯体そのもに刃が付いていなかったのだ。そもそも厚みがありすぎて申し訳程度に
かと言って切れないわけでもなく、正しくは斬ろうと思わない限り物を切ることは出来ない。
星鉄の武器はなんとも不思議だなぁと思いつつ、鞄に潜ませるのはまだ鞘が無いからだ。
ただある程度感情を感じ取れるグラジオラスは、『使う』というより『いっしょに居る』感覚がより強い。なによりグラジオラス自身は鞄の中を揺り籠かなにかと感じているようで、ステラの感覚ではうとうとぽやぽやと寝そうで寝ない状態になっているようだ。
「ハンカチは?」
「ハシントさんの刺繍入りのが入ってる。めっちゃ可愛い小さな花の刺繍が入った、凄く使いどころに困るやつが。これ汚すのは相当勇気がいるぞ」
「財布はどうですか?」
「お財布は革の巾着袋に銅貨10枚、中銅貨10枚、大銅貨3枚。虎の子銀貨1枚は別の袋に入れた。スリ対策は万全だ!」
「そもそも隙を見せないでくださいよ……。露店のものなら相場は銅貨10程度ですが……単位交換は覚えていますか?」
「勿論だ、えーとね――」
この世界の貨幣は硬貨が基本であり、金属の取引価値に基づきその価値が決まっている。
銅製のグリッグ銅貨、銀製のラソン銀貨、金製のアモル金貨、白金製のムート白貨、魔銀製のレスペト魔貨、蒼金製のノーヴル蒼貨、紅金製のヴァリエ紅貨の7種で、お金の単位としては『タブラ』となる。これが世界的に一番信用を納めている貨幣だ。
これらはなんと七栄教会……宗教団体が主体となって貨幣の製造を行っている。
大丈夫なのかと言われれば問題はない。貨幣の価値は実在する神が保証しているのだ。これについて偽造することは神を偽ることであり、また不正を働くものも神に背く事になり重罪となる。
そもそも国ごとに通用する貨幣は別途存在するし、国家間通商において信用があるのがタブラというだけの話だ。いわば前世におけるユーロが世界的に信用を得たと考えればいい。
「タブラは『星貨』や『鉄貨』はないのかな」
「ありませんね。どちらも貨幣に向かないので」
星貨はそもそも金属としての希少価値がありすぎて貨幣にすら出来ないし、貨幣に形を変えるような鋼は存在しなかった。また鉄貨は、そのものが錆びやすいために採用されていない。数えた銭が崩れ落ちていた等洒落にならない怪談話だ。
錆びにくい合金が出来ればあるいは使われていたかもしれないが、あいにくこの世界に存在しなかった。
なお『星貨』の代わりに利用される
「貨幣は価値を纏めた小貨幣と大貨幣があるんだよね」
「ただ、銅貨のみ中銅貨が存在するので注意してくださいね」
基本は小硬貨10枚につき大硬貨1枚となる。ただ銅貨は勝手の問題か、間に中銅貨を挟むため、小銅貨100=中銅貨10=大銅貨1となるようだ。
前世と単純価値は比較できないが、とりあえず大銅貨は千円前後の価値とステラは見ている。
「――ってな所かな。つまり所持金は1,410タブラだね」
「正解です。あとは……」
そう続けようとするシオンに、ステラが待ったをかけた。
「シオン君、それ以上はいけない」
「なぜですか? 探索者の基本は準備にあると言ってもいいのですが」
「いやそれは解るがなぁ……」
ステラが視線をシオンの背後に送る。
「ハシントさんが『お前がママかよ』って視線でシオン君を見ているよ?」
さっとシオンが振り返ると、控えていたハシントが目をそらした。
その様子にくつくつと笑いつつ、ステラが手に持ったバスケットを掲げた。
「準備も何も町中だし、荷物は手土産とこの鞄くらいだ。件の追剥通りに依る用事も無いし、行って帰るなら問題なかろうよ」
「しかしですね……」
「若様、心配も過ぎれば嫌われますよ?」
シオンがジト目で振り返るが、ハシントは涼しい顔をしている。事実表通りを歩いている限りは危険は殆どないのだ。むしろ追剥通りが異常なだけである。
「まぁ、何時までもこうしてはおれんしさくっと行ってくるよ」
「……分かりました。どうか気をつけて」
そうしてステラは意気揚々と屋敷を出発した。
・―・―・
「さて……デルフィ」
「之に」
シオンが声をかけると、何処からともなくオーバーオールの魚人が現れた。ステラが見た庭師、デルフィだ。
「ではお願いします」
「御意」
ぺこりと頷くと、彼は存在感を消して追跡を開始した。目の前に居るのに雑踏の他人を見ているような気分になり、彼はするりと歩いていった。
先程は想定外の視界から姿を目撃されていたが、彼の隠密は結構なものがある。本気を出した彼の追跡なら見失うことは無いだろう。
「はぁ……胃が重いです」
「では若様、お茶にいたしましょう」
「そうですね、それがいいです」
見送ったシオンは少しそわそわしつつ、ハシントに従って屋敷へ戻った。
・―・―・
「やはりか~」
こっそり迫るその庭師の存在を【鷲の目】でしっかり確認しつつステラはウムと頷く。まあそうなるよな、という気楽な考えだ。だれだってそーする。自身もそうする。
ただ庭師に頼むっていうのはどうなのだろう、アルマリア家の人材不足について、ステラは深刻に考える。己は外からぺい入った闖入者、考えたって仕方ないのだがそれでも世話になっている以上思うところはある。
ある程度役に立ちたいという気持ちがとても強いし、こうして面倒を見てもらえているというのが嬉しくもあり……申し訳無さ過ぎてお腹痛くなりそうでもある。
「ま、割り切り事項だねぇ」
後ろをそっと付いてくる魚人の一挙手一投足に見習うべき物を見つつ、ステラはてくてくと歩く。
なおデルフィの隠密動作は完璧であるが、ステラの【鷲の目】はハイエルフアイの補正を受けて、100m程度ならアリ一匹すら視認可能であった。些細な違和感すら捉える目の前、かつ意図しない上空からの視点となればそもそも『見られている』という感覚すら無いだろう。
隠密に最大の自信を持っているデルフィも、気づかれているなど露ほども思っては居ないし、やっぱ青髪のニーサンは面倒見の良いやつばっかりだなとホワホワ思われているなど全く想像していない。
そんなすれ違いからこのおつかいは始まったのだ。
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