03-04-05:追走・後始末

「……」

「…………」


 ここはシターの戦槌、その客室。質実剛健を好むレギンが好むシンプルだがその技が光る――ステラの目には実際星の輝きが見える――家具がおかれたそこにステラとシオンはは居た。


 ステラについてはひくつく笑顔で、滅茶苦茶睨んでくるレギンの真正面のソファに座っていた。無論最低限の身だしなみとして……引っかかって破けたジャケットは外しているが。そういう事で彼は睨んでいるわけではない。


「……」

「…………」

「………」


 レギンにはシオンと一緒にここまでの経緯を簡単に説明しており、レヴィが追剥通りで危ない目にあったことも十分に理解している。


 お前さえいなけりゃあ、こんな事には……と言う言葉もステラは覚悟したのだがそれも無い。


 彼はそれを前にして怒れなかった、また出て行けとも言えなかった。

 にっちもさっちも行かないので、とりあえず睨むしかなかったのだ。


「すぅ……すぅ……」


 ステラの膝には赤毛の少女がくっついて眠っていた。その頬には治療のために、茶色い薬効湿布が貼り付けており少し痛々しいが、苦しそうな様子は微塵もない。

 逆に服をがっしり掴まれて、意外に強い力で外すに外すことも出来ず……こうして気まずい空間に身を委ねている。


「その……」

「チッ」

「ぐぅ……」


 先程からこの調子である。何なのだこれは、どうしろというのだ。ステラは引きつった笑みを浮かべるしか無く、シオンは気配を消して空気になっていて頼りにならない。


 なお此処に居ないローヴはショックからまだ立ち直っておらずぶっ倒れている。意外と繊細な男であるが、そういうレギンは人のことを言えない。


「んぅ……」


 ステラがレヴィの髪をそっと撫でる。するとふわんと笑ってまたすやすやと眠りにつく。レヴィの捕縛度が1あがった。


(それにこの笑顔、引きはがすには酷すぎる……)


 とはいえこの状況を打開するにはそうする必要があるし、幸せそうに見える反面この寝辛い恰好では体を痛めてしまうだろう。


 ステラがそっと引きはがしにかかろうとするが、それを聞いて手を止める。


「おかぁ、さん……」


「……」「…………」


 レヴィの寝言にレギンが目に見えて萎れていく。


「シオン君」

「なんです……?」


 顔面蒼白のステラが脂汗を浮かべてシオンを見た。



「やんべぇ〜小生未婚の処女母マリアになっづまっただ……どげんしょ?」



「そこです?!」

「そこかよ?!」


「声がおおきいよ二人ともっ……!」


ステラが口に人差指を当ててシー、と静かにするよう忠告する。


「冗談はさておき、お母さんとは一体?」

「手前ェ……」


 レギンがギリっと歯を食いしばり、ガシガシと頭をかく。


「レギンさん、話さなくてもいいが……このまま行くと既成事実でレヴィちゃんと母娘おやこということに」

「ハァ?!」


「身体は闘争じゃないや、母親を求める状態じゃないか。ほっとくと


 『ステラおかあさ、あっ、ご、ごめんなさい……』

 『フフ、いいのよ甘えても……!』

 『ふぇぇおかあさああん!!』

 『おじいちゃんはいいのかい?』

 『ままがいい!』


 とか超次元展開もありうる」

「なぁっ、んだとぉ?!」


 無駄に高い演技力を使って茶番を演じるとレギンが非常にあわてた。


「さらに小生、料理したこと無いからポイゾンクッカーの恐れが有るよ? つまりレヴィちゃんメシマズ化の恐れがだなぁ……」

「や、やめろ! 縁起でもねぇこと言うんじゃねぇ!」


 やけにリアルな訴えにレギンが深く、それは深くため息を付いた。


「まあ気分も晴れたところでどういう事だろうか?」

「手前ぇ、いい性格してやがんな……」

「愉快系と覚えてもらおうッッ!」


 どういう自慢だよ、とレギンがため息をつきつつレギンがポツポツと語り始める。



「レヴィ、は……なんだ、親が居ねぇんだ。2人っともよ……もうこの世にゃ」

「……その原因はハイエルフかね?」

「……」


 レギンが重い口が開きかけ、しかし閉じる。ステラは深くため息をついた。


「赤の他人でもハイエルフって憎いなら、それぐらいは察するよ」


 つまりどこぞのハイエルフがレヴィの両親を処したのだろう。それもレギンが激昂するようなで。レヴィが寂しそうに母を求めてしまう程唐突に。


「はーマジ解せぬ、何なんマジ。ハイエルフって何なの?」

「……これが此方のハイエルフの事実ですよ?」

「ろくな事せんなぁマジ……ヘイトが高まりますよォ。アーキレそう、だから癒やしが必要ですね!」


 ステラが眠るレヴィの頭を軽く撫でる。うにゅぅと蹲った彼女は実際かわいい。伊達に戦槌師弟、いや、職人たちに愛されているだけはある。


「……お前さんは、ハイエルフ……なんだよな?」

「チッチッチ、No I'm Not !! 小生はトーヨーのハイエルフだ。一緒にするんじゃあないッッ!」

「おっ、おう?」

「大体聞きしに下衆い連中と一緒にされては不愉快極まるよ。おこだよおこ!」

「そ、そうか……そりゃ、悪かったな」


 ぷんすこ怒るとレギンがその禿頭を下げ、それにシオンがビックリしたように目を見開いた。


「その、レヴィも助けてくれた……んだよな?」

「当たり前だろ。友を助けないで何が友か。

 でもシオン君もすごかったぞ、ピンチに颯爽と現れたヒーローを地で行ったからな! ありゃあ並大抵で出来るタイミングじゃないよ」

「ああ、坊主も助かった。ありがとうよ」


 シオンはぽかんとして頭を下げる。あの頑固親方が素直に頭を下げる事態というのを想像してい無かったのだ。

 


「その……礼、といっちゃなんだが。あー、なんだ…………何か一つ拵えてやる」

「それはなんでも良いのか?」

「なんでもってわけにゃいかんが、大抵のものは作ってみせるぜ?」


 ニカッと笑ったレギンに、ステラは朗らかに微笑んだ。




「ならブラジャーで」




「は?!」「えぇ?!!」


 何言ってんだこいつ、という視線がステラに刺さる。レギンに限っては最高に焦っていた。確かにやってやれない事はない。

 だが作るのか? 女の下着を? このワシが? 言った手前断るにも何だがこればっかりは承服しかねる。


「ステラさん何言ってんですか? いや、本当に理解しかねるんですが、ここまでアレだとは思ってませんでした。

 あえて言います、頭大丈夫ですか?」

「いや小生だって折れ直ちゃんを見てもらうか、ダガーを造ってもらうのも考えたんだよ?」

「なら何故そっちにしねぇ?! ワシゃ鍛冶屋だぞ、それも武器! 武器の鍛冶屋! 自慢じゃねえが最高の鍛冶屋だ!」


 ステラがたははーと笑いつつ頬をかく。


「いやね、今回の戦闘で押し倒された時、胸の重みでばっつーんとブラの肩紐が弾け切れてだね……」

「ちょっと待ってステラさん、聞き捨てならない言葉があったんですが?」

「ん? そんなのあったか?」

「押し倒されたとか聞こえましたよ?!」


「ああうん、怖いよな~目が血走った男が覆いかぶさるの。ナニが硬いってのに気付いた瞬間魔法でブッ飛ばしたわけだが……。

 まあその時の衝撃で胸がドルン揺れてブラが弾けたんだが、これどうにかならんかなーと。今後も切った張ったで胸が揺れてはおさまりが悪いし、正直戦闘の度にブラを変えるって正気の沙汰ではないぞ」


 びしっと指を立てて説明するステラは大真面目である。実際それを強調するように身振り手振りし、胸が執拗に揺れるので説得力が半端ない。

 その目の本気を見たレギンとシオンが顔を見合わせため息を付いた。


 レギンというドワーフは〈神鉄〉の二つ名を持つ鍛冶屋である。探索者であれば蒼金オリハルコン級探索者から指名で依頼をされるような鍛冶屋である。

 防具も作りはするから応用でできなくもないが……まかり間違ってもブラ職人ではない。


「坊主……お前ぇって奴ァ、なんつったらいいか……えれぇもん拾っちまったみてえだな?」

「諦めてます……はい」

「おいお〜い小生抜きで『こいつマジ残念』系の話ぃ~?

 寂しくなるからやめたまえ!」


 ステラがぷんすこ怒り、次いで表情を戻した。


「それで、出来るのか?」

「阿呆。鍛冶屋に女もんの下着を頼んでどーするよ。服は服屋に頼めや……」

「そりゃご最も……なら折れ直ちゃんを診てやってくれ」


 あっさり引き下がった事にレギンは安堵した。漸くまともな頼み事になる故だ。折れ直ちゃんとは自分らしくないが投げ飛ばしてしまったあの星鉄の武器だろう。

 いくらなんでも、鍛冶屋が武器を粗末にするとはありえないことだ。どうにも頭が湧いちまっていけないとレギンが頬をかく。


 ただステラが鞄からボロ切れに包まれた折れ直ちゃんを取り出し、その布を取り払うまでの安寧であったのだが。


「……あれ?」


 折れ直ちゃんは確かにそこに居たが、その形は大きく変わっていた。


 具体的にはリボルバー銃のような把手に、出刃包丁と刺身包丁をくっつけたような歪な刀身、厚みは元と同じ1cmはあるが重さを感じさせない。またその表面は黒くマットになっており、六枚花弁の花が意匠として施されている。


 ダガーにしては長く、ショートソードにしては短い。ナタのようなそれは明らかに新品に見える。


 ステラの試しに手にとって見るが、それは元からそうであったかのように手にすっぽり収まる。また白の光は確かに見えるが最初に比べてずっと整理された線になっている。


 何より悲しみが感じられず……なんというか、じっと此方を見ているような気さえする。


「なんてことだ、折れ直ちゃんに超進化むげんだいなゆめの痕跡が……」


 顔を見上げると、レギンの顎が外れておりシオンについては、スマイルマークみたいな面白い顔をしていた。


「レギン親方……これは……」

「星鉄は認めた相手に応える、そういう『鋼』だ。……お前さんに力を貸したんだろうよ」


 ステラがキョトンと首を傾げる。


「小生の意志に応えたってことかい?」

「星鉄は分かってねぇ事のが多いから、そういうこともあるとしか言いようがねぇがな」

「そうかぁ、折れ直ちゃん……君は凄いやつなんだなぁ!」


 ステラが折れ直ちゃんをギュッと抱きしめると、心なし喜色が見えた気がした。ただレギンはため息を付いて頭を掻いている。


「阿呆、凄いなんてもんじゃねぇよ。星鉄は神代の鋼だぞ。


 その姿、刃を取れば全てを割りて、盾を取れば全てを守る。

 冠を現せば王たる資格を、微章を現せば使徒たる資格を。

 その者の覚悟をカタチとし、宿命を示す光輝の鋼。


 それが星鉄の道具ってなもんだ。お前も知っとるだろ、ヴォーパルの剣とかよ」


 ステラの脳裏に首狩りウサギがよぎる。


「……し、シオン君。サトゥー=マ・ウォリアーは世界を救う英雄なのか?」

「まずそのトーヨーベルセルクの発想止めてください」

「そうだね、首が祭り囃子に併せて『ポポンポンポンイヨォ~ポン』と飛ぶのはちょっと刺激が強いもんね」


 レギンが禿頭に汗を浮かべて謹聴している。


「そのトーヨーってなぁ何だ? バーサーカーしかいねぇのか?」

「間違い侵すと自ら腹を切捌いて詫びる文化があるしなぁ。彼国の騎士も大変だよ?」

「「……」」


 また腹を切らなくてもムラハチリンチとか、出る杭はぶち抜く等と語る。ああ、トーヨーのバーサーカーは怖い。2人は肝に銘じる。



「……所で『折れ直ちゃん』てのはなんだ? よもやそいつの銘じゃあるめぇな?」

「えっ? ……おお、確かにもう折れても居ないし、直刀でもなくなっちゃったねぇ」

「銘は大事だからな、ちゃんと決めてやれ」

「フム……」


 花の意匠は良く分からないが……六枚花弁なら、それになぞらえる物がいいだろう。

ステラがその黒い刀身を撫でて、想起する名前を口にする。


「よし、『グラジオラス』……とかどうか。六枚花弁、剣をモチーフにした花で花言葉は『勝利』や『準備』、そして『用心深さ』だな。剣という意味でもある」

「用心深さですか?」


「小生って色々足りてないじゃない? だからその名、その姿を見て思い出せってやつだ。準備を怠らぬのも魔法使いマギノディールとしてもいい感じだろ?

 あとこの子が頑張ってくれたから小生持ちこたえられたし、お陰では勝利を掴んだわけだよ 。 

 さらに――」

「響きがカッコイイとかです?」

「わかってるじゃあないか!」


 ステラは親指を立てたが、レギンは頭を抱えた。面倒見るにしても一度ぶん投げている以上、グラジオラスから好かれているとは思えない。いや、それ以前に星鉄は神代の鋼。

 そのメンテナンスなどこの世の誰も出来ないのだ。


「あー……話を戻すがよ。後ァどうすんだ? 下着なんぞ作れねぇし、そいつはワシにゃあ手が出せねぇ」

「なら、ダガーかなぁ……?」


 レギンはホーっと安心して笑った。そうだよそういうのだよ! そういうのでいいんだよ!! という喜心がまざまざと見て取れる。

 彼は自身を名実ともに名工と自負しているが、今まで生きてきた中で下着を頼んだ者はステラ唯一人である。

 それに比べたらダガーの一本ぐらい気持ちよく造ってやれるというものだ。


「じゃあ……防御用に使える短剣をお願いしたい。逆手持ちで、この子の対になるように」

「星鉄の武器と対にか?! ……中々難しい事を言いやがる」

「まぁ見た目だけでもってとこだね。で欲しい機能は……」


 そうしていくつか情報共有してダガーを注文する。同時にグラジオラスの鞘も造ってくれることになった。



◇◇◇



 気づけば窓からオレンジの光が差し込み、そろそろ夕飯時隣りつつ有る。


「おっと、シオン君。お邪魔しすぎたらしいぞこれ」

「そうみたいですね……すみません親方」

「構わねぇよ。面白そうな仕事も出来たことだしな……ほれ、レヴィ。そろそろ起きろ」


 ユサユサとレヴィを揺すると、「うぅん……」と呟いてレヴィが起きた。


「ふぁー……う? おねえちゃん……?」

「そうだぞー。夕方だからそろそろ帰るがね」

「えっ?!」


 ぴょんと飛び上がるレヴィが途端寂しそうにステラを見る。


「きょうはーおうちへかえろぉ~♪ ってなとこだ。また遊びに来るからそんな顔をしないでほしいなぁ」

「うぅ……やくそくだよ?」

「うむ! では指切るか」

「ゆびきり?」


 レギンとシオンがガタンと立ち上がって『オイ止めろお前やめろまじ止めろ』と視線が刺さる。彼らの中で『指を詰める』的な展開が脳裏に広がっていたのだ。

 首が飛ぶというトーヨーのしきたりファナティックルールなら十分有り得る話だ。


「その……小指を相手と組み合わせて約束しましょーという『おまじない』なのだが……」

「ちなみにどういう呪いまじないなんですか?」


「ええとな。約束を交わした後相手の小指と絡めて歌うんだよ。


 ゆぅーびきぃーりげぇーんま~ん♪

 うっそ付いたら~ 針ィ千本 飲ォ~ますぅ♪

 指切った♪


 で指をパチーンと離す。ここで言う針とは縫い針を指すんだが――」


「やめましょう」「止めてくれ」

「ゑ?」


 飲んだ奴はいないがな、と続けようとして止められる。

 シオンが満面の笑みで、レギンが沈痛な面持ちで物言わぬ圧をかける。まかりまちがっても子供の約束になど使わせる訳にはいかないのだ。


 何より平気で針千本飲ませる等、トーヨーって頭がおかしいとしか言いようがない。


「トーヨー怖ぇな……」

「僕もそう思います……」


 なんだかくたびれた様子に2人はこてんと首を傾げた。

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