03-04-04:追走・それを待つ人々
レギンは工房前で右往左往していた。余りに孫の帰りが遅すぎる。やはり「でてけ」は言い過ぎであったか。
「グゥゥウウウ……」
あのハイエルフに言われたからではないが、今からでも探しに行くべきか。いやしかし、だがうむ。
恨み辛みとプライドと孫可愛いがせめぎあい、結果非常に情けないドワーフが1ヶ店の前をぷらぷらしていた。
「親方、店の前でウロウロしねーでください。マジ邪魔っす」
「うるせぇローヴ!」
はいはいとため息をつくローヴはペラペラと書類をめくって確認していた。ただ同じページを何度も読み返しているし……そもそも上下逆だ。
というか職人通り全体が少し落ち着きがなかった。一重にレヴィが居ないことが原因だ。
「なんかじーちゃんみてっと、ぎゃくにおちつくな」
「それね。あせってもしかたないよね」
「うるせぇガキ共!!」
「「ハイオヤカタ!」」
一応それなりの威圧がこもっているのだが、完全に情けない姿を見てしまったので全然効いていない。
大人って頼りないなとアーネストとブルズは思ったが、後年親となった2人も同じように右往左往することをまだ知らない。
「ぬおお、やはり今からでも探しに――」
「シオンさんに任しときゃ大丈夫ですって……」
「手前ぇレヴィが心配じゃねえのか!!!」
「もうマジ面倒くせぇこの親方」
(心配に決まってるじゃないですか……!)
レギンが沈黙し、ビキビキと青筋を浮かべた。心なし中空に『?!』と文字が浮かんで見える。
「て、てめぇ……何つったよオイ」
「いっけねぇ! つい本音がでちまったい」
てへぺろーいとおどけるローヴにレギンがキレた。
「ローヴてめぇ……表でろやぁ!!」
「親方、ここ
「じゃかあしゃあ!!」
「ウオオー! 落ち着いてくだせえ親方ーー!!」
ぎちぃ、と筋肉が盛り上がりガチンコ師弟一番勝負が始まる。ドワーフ同士の喧嘩は迫力満点のバルディと呼ばれる張り手相撲……に見せかけたどつき合いである。
遠目に見ていた職人通りの面々も集まりだし、やんややんやと騒ぎ出した。シオンのことは信用しているが、しかし騒いでいないと不安なのだ。
そうして始まったバルディだが、賭けは3:5でローヴ有利のようだ。平時ならともかく孫ショックで冷静さを失った阿呆なら、身躱しの上手いローヴにも十分勝ち筋がある。
だがローヴが同じく動揺しているのを見抜いた者は前提は同じと見て、レギンの勝利に張っている。
「ブルはどっちがかつとおもうよ?」
「ネス、わかりきったことをきかないでよ」
「だよなーわりィわりィ」
少年2人もそれぞれお小遣いを胴元に賭けた。胴元は少年が現れたことにびっくりするが、その掛けの提案に快く応じて割符を手渡した。
皆が大体賭け終わったあたりで、バルディがついに始まろうとしていた。
「テメッコラ! 覚悟しゃがれ!!」
「ははん此方の台詞っす、今こそ下克上っすわ!」
「んだとゴルァ!!!」
この様に互いを罵り合うのがバルディの作法である。ただしお互いが一番気にしているデリケートなことは話題に挙げない。これは喧嘩ではなくバルディ! バルディ精神にのっとり、
がっぷりくみあった2人は「ぬぅん」と唸り、ショートレンジの張手の応酬が始まる。ズォ、と鍛冶で硬化した掌底がローヴに迫り、それをパシンと回し受けの要領で張り手する。それは徐々に速度を増しパパムパムパムとお互い打たれ払い合う。
「ぬぅ!」
「せぃ!」
「いつのまに力をあげやがったァ!」
「ドワーフ3日ありゃ鋼を百仕上げる、でさ!」
お互いがにやりと笑い、張り手がさらに苛烈になっていく。禁じ手ギリギリの……『こぶしでない』手による打撃が混ぜ込まれていく。
一進一退の攻防が続き、しかしその均衡は少女の一声で崩れた。
「すぅ……じぃじーがんばってー!」
「?!」
観客の中、その最前列。そこには頬に濡れたハンカチを当てた愛しき孫の姿が――ッ!
「レヴィ?!」
「隙アリ!」
びたり止まって振り返ったレギンの頬を、ローヴは思いっきり、ッパーン! と景気よく張った。いい感じに入ったその一撃でレギンがぐらりと揺らいでどさっと倒れた。
不意打ちとは言うまい。勝負はいつだって真剣なのだ。野次馬達が一瞬静まり返る。次いで勝者が決まったことに歓せ――
「ローヴ兄ぃ、わたしのことしんぱいしてなかったんだ……」
「えっ、レヴィ……ちゃん?」
「レヴィにきづかなかったもん」
こころなししょんぼりしたレヴィがぷいっとそっぽを向いた。
「で、でもバルディはやり切んなきゃなんねぇ、だろ……?」
「……」
そう、隙を見せる方が悪いし、それを付いたローヴは正しい。正しいのだが、それでもレギンは戦いの手を止めた。止めたのだ。だから、
「兄ぃきらいっ!!」
「?!?!?!」
ローヴはぽかんと口を開け広げ、カタカタと震えたのち……。
「エンッ!」
と奇声を発してきりもみ回転してくしゃりと潰れた。
彼もまた何だかんだ妹びいきのおにいちゃんである。嫌いとかなんなん……ありえんやろ……ぜつぼうだ……走馬燈を見たローヴはモノクロの世界を見つつその意識を閉ざした。
歓声をあげようとしていた野次馬達は、しかし静寂に包まれた。視線の先には胸を張る少女。この勝負は一体どうなるのだ?
そんな中少年2人は互いを見てにやりと笑う。
「やっぱぶじだったなァ」
「だね……それにやっぱりだった」
「おう、そうだな」
「「レヴィがかった!!」」
賭けは大成功で2人勝ちだ。大金を得た2人は、もちろんレヴィも含めた3人で山分けした。
ただ少年2人に関しては草の根ネットワークで早くも情報を得たカーチャンの黒い笑顔の元、そのほとんどを献上する羽目になる事を彼らはまだ知らない。
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