03-03-03:武器を求めて有名店 ~シターの戦槌~

 市場から下町を暫く歩いた表通り……その1つ奥に入った職人通りと呼ばれる通りがある。

 その1画に鍛冶屋はあった。石造りの間口からカン、カン、と鋼を叩く音と熱気が漏れ出ている。


 特に何かをディスプレイするわけでもなし、無駄な装飾も一切ない。ただ我は此処にありという自己主張は、確かに店というよりは工房といったほうが良い佇まいだ。

 きっと客を選ぶ店で、またそれで食っていける腕前があるのだろう。


(おや?)


 ステラが玄関を見上げると、金属でできた看板がそこに吊るされていた。紋様はオーソドックスに金床と金槌。その背景に太陽のモチーフが描かれている。


 一見するとただの鋼のそれだが、ステラから見れば輝きの無い美しい曲線が見て取れる。


 というか店の外から伺える金属パーツは軒並みその線が見て取れる。店の構えに気を使っていないのに、こうした細かい所で洒落っ気を出しているなぁとステラはぽんやり思った。


「ここが『シターの戦槌』、僕がお世話になっている鍛冶工房ですね」

「如何にも強そうな名前。どう見ても鍛冶屋という感じだね」

「名実ともに『名工』の居る鍛冶屋ですよ」

「なるほどなー」


 シオンが入り口を音もなく押し広げて店に入る。使用している立て付けもそうだが、蝶番そのものがベアリングのような機能が仕込まれた魔道具蝶番なのだろう。

 玄関をくぐってすぐにはカウンターと、その奥に小さな応接間が見て取れる。ただ全体的にその背丈は低い。


「もしかしなくても、その親方はドワーフかい?」

「そうですね。お弟子さんもそのはずです」

「なるほどなー」


 カウンターには小さな呼び鈴(これもステラの見立てでは魔道具だ)が用意されていて、それを押す……と思いきや、シオンは腹の底から力を入れて声を上げた。〘フィジカルブースト〙を加えた迫力満点の声だ。


   御免下さい!! 親方、シオンです!!!  

 」


「ひぇっ?!」


 ステラはビックリして飛び上がった。


「突然大声出してどうしたんだ?!」

「あ、すみません。親方はベルが嫌いなんです」

「え? じゃあなんで用意してあるんだ……?」

「さぁ……」


 真実は単なる見本である。なのにチンチロ鳴らすので怒っているに過ぎない。


 シオンが呼んで程なく。ドスドスと重い足音とともに、少年のような男の子がやってきた。言い得て妙だが小柄なドワーフに対してそれは正しい。


 どうやら丁稚の子のようで、黒髪で団子鼻、鋭い目は赤色をしている。


「こんにちはローヴくん」

「どーも、シオンさん。親方は今手が混んでるから俺が来たよ……そっちのは?」

「新人の探索者で僕が教えているステラさんです」

「どうも、ステラです」

「……ふぅん」


 ペコンとお辞儀をする。少年の目がギラリと光って、は下から上へ値踏みするように見上げていく。特に手を重視して見ているようだ。その後胸元に目が行き……ハッと気付いたように顔を見上げた。


「んぁ? お前もしかしてハイエルフじゃねーだろうな」

「そうだけど……トーヨーのハイエルフだよ」


 早速カバーでお茶を濁すが……ローヴはは苦虫を噛み潰したように顔を歪めて入り口を指差した。


「帰れ、そして二度とくるな」

「え、全否定なのかい?!」


 困ったようにシオンを見ると、彼もまた困惑しているようだ。


「理由を聞いても?」

「あれ、シオンさん知らなかったのか?

 親方ハイエルフ嫌いなんだよ。トーヨーだかなんだか知らねーけど、見つかったら最後。殺されてもしらねーぞ」

「そこまでですか……」


 であれば此処は身を引くべきであり、少なくともステラ自身が店に訪れるのはやめるべきではあるのだが……。


「なら、小生席を外しているので……この子だけでも診てやってくれないか?」


 そう言って、鞄からごとりと折れ直ちゃんをカウンターにおいて、包のボロ布を開いた。しかめっ面のローヴは、しかしそれを見て表情を変えた。


「なんだこれ、ガラクタにしてはおかしい。……これ魔道具か?」

「どうにも泣いているから、治してやりたいのだが……」

「はぁ? なんだそりゃ」


 ローヴが目を上げると、真剣な目をしたステラがローヴを見つめている。罰が悪そうに舌打ちすると、少年が手にとって見分する。


「……見といてやるからさっさと消えな」

「ん。ありがとう。じゃあ外で待っているから、シオン君お願いするよ」

「解りましたが……」


 シオンが心配そうに此方を見る。


「絶対待っててくださいよ? 出たら居なくなったとか洒落になりませんから」

「うっ、努力しよう……」


 なんとも不安な返答にシオンも困ったように眉を寄せる。不安要素は大体『3歳児』に起因するものだ。時計のウサギを追って消えたなど話にならない。


「……よ、よし。魔法の練習だ、ちょっとした訓練するぐらいなら集中できるよ」


 一応基本的な訓練として、生活魔法を利用したシンボル操作という物をシオンから教わっている。四方属性のシンボルを出現させて、それを入れ替わり立ち代りカタチを変える練習方法だ。

 これは精緻な操作への慣れとして練習するように言われていた。


「なら大丈夫……かな。それで行きましょう」

「判った。ではまた後ほど」


 そうしてステラが外に出て、入り口の側で魔法の練習を始めた。


「さあて、詳しく見るとしますかねぇ……」

「宜しくお願いします、ローヴくん」

「あいよ、任しとけ」


 ローヴが睨むように折れ直ちゃんを見やり時折ひっくり返して内容を見る。見ているのはステラと同じ白の線であり、錬金術の基本である解析魔法〘マギノ・マティカ〙で見通す魔道具の理である。


 ただステラと違うのはその線と流れの意味を、彼は正しく理解していることだろうか。


 同時にコンコン、と叩いてその響きを伺い顔をしかめた。


「……剣としては最悪の部類だ。


 軸からべっきり折れちまって、見えねぇヒビがそこかしこにある。保護の機能エンチャントも入れ込んでるみてーだけど、まるで効いてないな。だからサビも酷くて、魔導陣マギノ・リネアに干渉しちまってる。


 素材はどう見ても鋼だな……だとしたら魔銀ミスリル蒼金オリハルコンを地金に組み込んでんのか? まかり間違って紅金トワイライトってのはねぇだろう。

 どのみちすげぇ作りだな……もっと効率のいい仕組みは在るのにもったいねぇ。……でも断面見る限りそうじゃねぇな。


 魔道具として見ると……わけわからんなこれ。どうして此処までバッキバキに折れてんのに、述線リネアコーダが生きてんのかわかんねぇ。ってか生きてる魔導陣マギノ・リネアが存在しているのが信じられねぇ。この穴ぽこは中核になる魔石かなんかをはめ込むんだろうが……それにしたって刀身にも仕込みを入れるか?

 やらねぇわけじゃねぇけど……分からん、何がして得んだこの式はよ。単体で意味をなして無ぇ……。


 って……よく見たらこれ多重層になってんじゃねぇか?! え、ナンだこの複雑さ、どういうことだ? 有り得ねぇ、俺の目が間違ってんのか?! あああわからねぇええええ!」


 ローヴが見ている線が魔道具の回路で、それを集積した機能単位が魔導陣だ。広義にはどちらも補助機能エンチャントだが、技術者からみた場合はさらに細かな区分がある。


 またこれらの回路は、魔鉄と呼ばれる種の金属か、魔力を伴う宝石にのみ記すことができる。金属であれば最低でも白金が必要で、魔銀、蒼金、紅金といった物が触媒として用いられている。ただ紅金は貴重故にほぼ出回ることはなく、国宝の類で利用されるにとどまっている。


 また多重層化は平面上に展開した述線の集合、魔導陣を層として重ね合わせたものだ。人の住むアパートを上から見下ろし、それが一枚の板として成立している状態と思えば良い。


 通常それは式が近い故に互いに干渉してしまうため、非常に難しい構築方法である。それをするなら素直に大型化したほうな安定化が図れる。


 更にこれらはひび割れている。地震で地割れを起こした道路がそこかしこに広がっているようなものだ。だと言うのに『道路として成立している』のだからローヴは首を傾げた。


 故に見通そうとしたのだが……この壊れたガラクタの全容を見出すことが出来ていない。まるで深淵を覗くように険しく暗い井戸の底を見ているような気分だ。


 顔を上げたローヴが困惑気味にシオンに問いかける。


「シオンさん。コイツぁ何処で見つけたんだい?」

「彼女が青空市場でひと目見て買い上げました。……2500タブラで」

「マジかよ……とんだ掘り出し物だぜこれ。仮に値段を付けるとしても、俺ァ付けることができねぇ……」

「ローヴくんが言うなら本当なんでしょうが……」


 シオンが入り口を振り返る。


「まちな、話は済んでねぇ。掘り出しモンだがコイツを治せるかってーと……少なくとも俺じゃ無理だ。親方でも下手したら無理かもしれねぇ」

「え、それはもう遺産クラスの逸品では……」

「俺の見立てじゃあ相当品と見ていい」


 遺産とは神殿都市の『結界』を構築する仕組みのような、再現出来ない技術体系ロストテクノロジーの元設計された道具類を指す。特に『動いている物』は大変貴重だ。

 取引されるとしたらそれこそ国家予算並のタブラおかねが動くことになる。


「あのね姉ちゃんナニモンだ? それを一発で見出すとか俺でも無理だぜ」

「何物かといえば……ウチで預かっている記憶喪失の娘です。なんでもトーヨーなる地に居たとか」


「預かってるってマジか?! でも高慢さはねぇし……ちゃんと礼儀正しいのはびっくりだぜ。あれか、トーヨーってのは……聞いたことねぇけど、そういうお国柄なのかねぇ?」


「よくわかりませんが、かなり蛮族めいた国みたいですよ?」

「え、でもあの娘は蛮族って感じじゃねえが」


「……喪失した記憶が戻った時、バーサークするかもしれませんね」

「そりゃあ、なんてぇか……頑張れや」



 そこへ店の奥からドスンドスンと岩が歩くような足音が響く。


 店の奥から岩の塊のような男がのっそりと現れた。禿頭に紅く長い髭、分厚い眉の先に貫くような眼光を称える彼は見るからにドワーフ。無駄のない筋骨を汗水で濡らしているのは、先程まで金槌を振るっていたからに相違あるまい。


 岩石はわしわしと頭を掻いて、力強い声でシオンを呼ぶ。


「五月蝿ェと思ったらなんでェ、坊主じゃねぇか」

「レギン親方、ご無沙汰しています」

 

 シオンが会釈したのを見ると、レギンがフンと鼻息を吐いた。


「そいつぁ何だ?」

「ああ、親方。シオンさんの持ち込みス。治らねーかって」

「オン? 珍しいじゃねぇか」

「ちっと見てくれません? 俺じゃぁ荷が重いんスよ」

「オーン? 見せてみろ」


 そうしてレギンがローヴの手のガラクタを受け取って、ふむふむと眺めた。


「おオン? ……とんでもねぇもん持ち込んだなオイ」

「でしょう? 多重層述線に壊れてなお生きている魔導陣。魔銀か蒼金使ってるんだかわけわからねーし、芸術品みたいに精緻なんスよ」


「芸術品は同意だが、そもそも魔銀も蒼金も使よ。ワシの見立てではこいつぁだ。なのに何で述線が刻めると思う?」

「は? 地金は魔鉄類じゃないんで?」

「おう。魔鉄を節約するため、魔鉄で述線作ることもあるが……こいつぁ総鋼だ」

「どういうこってす? それじゃあ式が書き込めねぇじゃねえですか」

「ああ、察しが悪……って、おめえは見たことなかったな」


 レギンはコンコンと指でその錆折れた直刀を叩いた。


「ひっさびさに見たわい、こいつぁ星鉄メテオライトだ」


「「……えっ?」」


 さらっと言った言葉に、ローヴとシオンが固まる。


「んなばかな〜親方も冗談言うんスね」

「僕、レギン親方のジョーク初めて聞きましたよ」


「信用ねぇな……?」


 レギンが頬をかく。怒らないのは『そんな代物』が『こんな場所』に転がっている滑稽さを理解しているが故だ。


「だって星鉄ですよ? んなもん親方に付いて始めてみましたよ」

「ワシかてそう何度もあるもんじゃねぇが確実よ。昔ドワーフの秘宝を見せてもらったことがあっからよ」

「舞ってください、でも御伽の鋼そんなものが青空市場に転がってるわけありませんって」

「おオン?」


 レギンが感心したようにシオンを見る。


「ってーと、坊主。鋼の声を聞いたってのか?」

「えっ? 声?」


「違うのか? 有名所だとヴォーパルの剣は知っとるだろう」

「え、ええ……六花の騎士は僕も好きですけど」

「ありゃ剣が担い手を選ぶのよ。で、選ばれた奴は選定の声が聞こえんだ」


「そう、なんですか?」

「おうとも。星鉄の道具はみんなそのはずだぜ」

「……」


 その声をシオンは聞いていないが、ステラは泣き声を聞いたと言っていた。

 ということはステラはこのガラクタに選ばれたのか? いや、ステラの言を信じるなら、選んだと言うよりはという方が正しい。動機もないている子を助けたいいだったので少し勝手が違うようだが。


(いや、それよりも……)


 話が大きく、しかも嫌な方向に向いつつあることにシオンは気づいた。特に……


「坊主じゃねーってことは他に居んのか。ならすぐ連れてこい、こいつが星鉄なら本人が居ねぇと直すに直せねぇよ」


 と、本人ハイエルフを呼ばないわけがなかった。


「アー……」

「おー……」


 少年2人が顔を見合わせて困惑した。


「お、親方。今日のとこは止めときません? ほら他に注文もありますし」

「そうですよレギン親方、彼女も忙しいので」

「それよりコイツよ。なあにすぐ済む、さっさと連れて来い」


「「……」」


 レギンの中ではもう此処に居る事が前提となっている。こうなるともう止めようがない。


「親方、気を確かにしてくだせえよ?」

「平常心でお願いします、いや真面目な話で」


「手前ぇ等ワシが信用できねぇのか……?」


 ビキリと青筋を立てるレギンだが、むしろ信頼が熱いからこその念押しだ。ため息を付いたシオンは緊張の面持ちで外に出た。

 またローヴは親方の機嫌が悪化することで遅れる作業について、その見積もりをため息混じりに始めた。無論気取られないようこっそりとだ。

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