03-01-06:アルマリア家にて朝ごはん

 ヴァグンの作る朝食は朝っぱらからクライマックス……かと思いきや普通であった。見ためはただのスクランブルエグにベーコン、そしてライ麦に似た丸いパンをカットしたトーストというシンプルなセットだ。


(うーん、期待はずれだなぁ。普通の朝食セットだよ)





 などと語った愚かなハイエルフが居たらしい。


(バカだ、そいつは最高にバカだ。小生ィイイイ!!)


 ステラは自分を殴りたくなった。



 まずスクランブルエッグである。さっと炒めたフワフワ食感が命のシンプルな玉子料理……まず全然フワフワではなかった。


 ぷりゅんっぷるなのだ。


 その震える黄金を口へと運べば、


「むふ~」


 こ玉子やつめ、ハハハ。舌の上で踊りおる。ワハハ。ワハハ。


 はくはくと食べれば噛みしめる毎甘い。たまごってこんなに美味しかったのか。だがそのポテンシャルは未だその最大

を示していない。


 そう、隣り合うベーコンの存在である。仲睦まじく寄り添うそれは正しく理由があるのだ。


 一口大に切り出して口に放れば……神の手によるベーコンにしては少し塩辛い。


(やはり!)


 ステラは続けて玉子をエントリー、口の中で劇的な味の変化が訪れる。


 ベーコンの油と塩気が玉子が和らげ、その甘みをぐっと強調する。また塩気を軽減したベーコンは、燻製本来のぎゅっと詰まった旨味を主張する。


 それらは1噛み毎に混ざり合い、食べ進むごとに味を変えていく。ときにはベーコンが、時には玉子が。また互いに手を取ったワルツを。

 舌の上で繰り広げられる2人の舞踏会は、飲み込むまでに十分楽しく味わうことができた。


「ふはー……」


 ついでトーストを手に取り、そばにあった小する壺を開く。中は赤色のジャムのようだ。それをトーストの半分だけ塗ってから、ざくりと一口。


 それは酸味と甘みのある野苺のようなジャムで、ほんの少しだけ渋い。たがこれはこれでだ。敢えて渋みを残すことで、本来の甘みを強調しているのだろう。


 焼きたてのトーストをザクザクと食べ進め、塗った半分までを食べ進める。唇に付いたジャムをぺろりとなめとると……シオンが半目でコチラを見ていた。


(いかん、マナー的にアウトとか言われそう……!)


 とりあえずえへっと笑ってごまかして食卓に向き直る。


「ふむ……!」


 残るは玉子、ベーコン、トースト……もはや向かうところ敵無し、究極融合の儀式魔法は整ったのだ。ベーコンを先に切り分けて、皿の上に一口大のセットを幾つか設けてセットアップ。次いでトーストを一口かじり、即座に玉子とベーコンを投入する。


 ざくりとした食感に、先程感じた変化がまた舌の上で巻き起こる。


 ああ、なぜ炭水化物はここまでおかずと合うのだろう。ざくり、ぷるり、ぷちり、もちり。三位一体となったそれらが渦となって一つの結果を導き出す。


「むふっふぅ~♪」


 ああ、美味い。


 至福であった。あのヴァグンなるドワーフ、もしかしたら料理の神の転生体なのでは? ステラは内心疑いつつ朝食を平らげた。


「ふむ、ふむ……」


 食後にはまた少し風味の違う、橙色のアルエナ茶をごきげんに啜る。どうも色が赤近いものは甘みが、黄色に近いものは渋みが強くなるようだ。個人的にはシオンの淹れてくれたインスタント茶がトップであるが、しかしこれはこれで旨い。


(ああ、舌が幸せすぎて馬鹿んなりそう……)


 そんな贅沢な心配をせざるを得ない。


「ステラさんは……なんというか、美味しそうに食事をしますね」

「え、実際美味い食事だろう?」

「まあそうなんですが」

「ん~??」


 同席していたシオンはそうじゃないんだと頬をかいたが、絶讃アルエナ茶に囚われたステラは全く気づかない。同時に長耳はご機嫌に揺れているのにも全く気づいた様子はなかった。


「そういえば1つ良いだろうか?」

「なんでしょうか」

「昨日着せていただいた服の御礼をしたいのだが、御母堂に挨拶は出来ないだろうか?」

「母様に……ですか?」


 シオンが途端難しい顔をする。何か事情が有るようだ……。


「無理なら良いんだが……」

「ああ、そうではなくて……母様は体が弱くてですね」

「そうなのかい? なら無理はしないほうがいいか……」


 ステラが残念そうに腕を組む。


「できれば食事も一緒にと思ったのだが、それでは難しそうだねぇ」

「それは……」


 シオンが考え込んで目を閉じる。仮にステラを食事に招いたとして、この様に楽しそうに食事をするステラを出して良いだろうか。彼の母は食が細いが、もしかしたらもう少し食べられるようになるかもしれない。


「でしたら若様、お茶会を開いてははいかがですか?」

「ハシント?」

「お茶会?」


 側で侍るパーフェクトメイドがニコリと笑顔で応える。だがお茶という単語から団子を連想するステラは、早速甘味を連想して悦に浸っている。

 クッキー、トルテ、ケーキ、フィナンシェ、甘いものたーくさんである。正に愉悦!


「カスミ様には私からお伝えしておきます。体調を見て問題なければどうでしょうか。

 ……ああしてヴァグンも賛成しているようですし」


 ふとキッチンの方を見やれば、丸太のような腕を組んだヴァグンが堂々と此方を見ていた。うん、うんとゆっくり頷いて、コック帽が前後にゆっさゆっさとゆれていた。


 シオンはため息を付いて、一言「解りました」と頷き、使用人達は満面の笑みを浮かべた。

 なおステラは溢れかけた涎を慌てて吸い込む失態で、シオンに冷たい目で見られていた。


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