03-01-03:アルマリア家にて暇つぶし

 着替え終わって手持ち無沙汰となったステラは、部屋を再度探索することにする。といってもさほど広くない部屋だ。一周てくてくと歩くだけですぐ内装の把握は出来るだろう。


 そんな部屋のなかでステラは気になるものを見つけた。


「……ん? お、おお、本だ!」


 書き物机に何冊か本が立てかけてある。数は少ないが……どうやら羊皮紙出できた本のようだ。かるくぱらりとめくればそれは全て手書きになっている。気軽く手軽に買えるようなものではないだろう。


 それはそれとして本である。知識を収め保管するそれは、ステラの無知対し役立つに違いない。


 よし、と気合を入れるステラは並んだ背表紙を見る。


「えーと……七栄の起り、ソンレイル観光ガイド、六花の騎士、アーミッド式植物図鑑、猫の細道、アルヴィク建国史……が2冊か」


 背表紙をつ、となぞり……。


「あれ」


 再度それらを読み返し首を傾げた。


(……なんで読めるんだ?)

 

 記述された文字は日本語でも英語でもなく、全く未知の言語である。だが確かな法則のもと記述されている記号、それを文字として認識し、正しく理解できる。読むことが出来るのだ。


(……今更だが、喋ってる言葉も聞いたことが無いものだよね。本当に今さらだけど)


 音としてはスペイン語かロシア語に似ているのだが、つまりはどちらの言葉でとありえない。無論こんな言語は元から喋れるわけもなく、気がつくと使える様になっていた。


(……これも恩恵ギフトなのかな?)


 中々便利ではあるが、しかし『書く』ことは出来ないらしい。机の上に指で文字を書こうと動かそうとして、何の単語も浮かんでこない。書くことができなかったのだ。


 だが試しに文字の幾つかを読み、それを模写することでなら……一応書くことは出来そうだ。


(……文字の書き取りは練習しないとだな)


 あとでシオンに練習道具を頼もうかと決め、ステラは並ぶ7冊の本に意識を向けることにした。




 七栄の起りは恐らく『七栄神』にまつわる神話だろう。取り出した表紙に丁度曼荼羅のように7柱の神が描かれている。あの神託の間で見たものと、その祝福を含めて一緒のようだ。ざっと見る限りは絵本のようなものらしい。

 

(これは文字の練習に使えるな)


 文法も単純、読みやすいそれならなんとかなりそうだ。




 観光ガイドはそのまま、この都市の観光地について書かれているようだ。城やその逸話、広場や市の立つ時間なども記されている。奥付を見る限りごく最近に出版されたものらしいが……高価だろう本をこのように使っていいのだろうか。


(まぁ土地勘を軽く付けるには良いかもしれないけど)


 ガイドは下町から中町までしか書かれていないが、そもそも貴族に用事がないので問題はないだろう。




 六花の騎士は純粋に読み物のようだ。ある騎士が神々より六枚花弁の剣を賜り、黒き獣と相対する話。1人の乙女の祈りとともに騎士は沈み、しかし乙女の祈りで復活する。


(女神の神剣もこれぐらいの逸話があればよかったのにねぇ)


 だがあの剣も思えばかわいそうではある。大層な名前をつけられて、しかし名前通りの機能を果たせないのだから。




 アーミッド式植物図鑑。名前の通りの図鑑だが、それにしては少し薄いような気もする。試しにいくつかめくってみれば……。


(ああ、なるほど。なのか)


 よく使われる薬草や、毒消しに関する記載が成されている。詰まるところは採集のおともだ。これから探索者をやっていくなら読むべき本だろう。




 猫の細道は背表紙に肉球のマークが付いている。表紙は丸まって眠る猫であり……というかそのまま猫である。


(この世界にも猫がいるのか……!)


 今のところ見かけては居ないが、もし居るなら挨拶がしたい所だ。




 そして建国史が2冊。片方は古びて分厚く、もう片方は真新しく厚みも半分以下だ。版違いにしては差異が大きい。


(少し気になるな。差分を取ったら面白い事がわかるかも)


 これがどういうことかは解らないが……一度読み解いておいたほうがいいだろう。



「ふむぅ……」


 さて、どれを手に取ったものか……どれから手を付けても有益な情報が得られるだろう。この選り取りみどりの状態に、ステラはううんと唸った。


「――よしっ、君に決めた!」


 その繊手が迷いなく一冊の本を手に取る。その頬はだらし無くにやけている。


「フフフ、こちらの猫はどんなだろうなぁー♪」


 ねこのゆうわくにはかてなかったよ……。ステラは嬉々としてページをめくった。



◇◇◇



 結論から言えば『猫の細道』は全くの期待外れであった。


 猫の細道と言うタイトルからしたらこう、写真集か絵画集的なニャンコカワイイヤッター! というモフモフプッシュ、倍プッシュ、押せ押せゴーゴーキャットウォーク! ……な本であると誰でも思うだろう。


 残念、全然違った。



 しかしステラの機嫌は鰻登り、天へと至りて龍と成るが如く最大限に有頂天だ。


(これ、凄く興味深い……!)


 猫の細道。それはとある猫好きの探索者、ルドルフ・シートンの手記を編纂したものだ。彼は探索者にしては珍しく、拠点と成る街を作らず、世界を放浪する風来の探索者であった。


 その理由はただ1つ、まだ見ぬ猫と出会うためである。そのためなら龍だってぶん殴ってみせらぁという侠気あふれる……いや、猫魂ニャンソウル溢れる蒼金オリハルコン探索者ハンター、それがルドルフ氏だ。


 そんな彼の手記はいわば旅行記であり、また旅先の特徴と猫達の生活を記録した一大スペクタクル猫劇場なのだ。



 例えば水の都ルサルカ。人魚の修めるこの街は、ヴェネツィアのような水上・運河が犇めいており、水の回廊を回船ゴンドラが多く行き交っている。猫達はこれを上手く利用して移動手段としており、時として船頭のように舳先に我が物顔で乗ったりするようだ。

 それ故に地上都市とは異なる猫の道が形成され、縦横無尽の猫道ネットワークが築かれている。それはまるで空を泳ぐように猫が行くさまは圧巻と記されている。


(見たい)


 例えば火の都ヴルカン。ドワーフ王の元、鍛冶錬金が盛んなこの街では、なんとトロッコ列車が走っているらしい。精鉄技術が高くなければ作れないだろうに、と思ったが相手はドワーフだ。また動力も電気から魔法に変化しただけと捉えれば十分この世界らしい移動手段となる。

 そしてこの街の猫はなんと酒場に入り浸る。ご多分に漏れず酒好きのドワーフ達のお零れをもらうために酒場をハシゴする猫達。また冬場に成ると鍛冶工房に猫達がひしめいて、暖を取る猫玉が風物詩となっているらしい。


(行きたい)


 例えば森の都イルシオ。エルフの都たるこの地は原生林がひしめく迷いの森である。樹上にすまうエルフたちは、魔法に秀で、また古の樹木を用いた魔道具や弓の制作にも長けている。特筆すべきは移動用の魔道エレベータであろうか。樹上を行き交うそれらは魔法的な高層ビル見ることができる。

 そして猫達はそれすら我がものとして利用しているらしい。おすまし顔でエレベータに乗る、ビジネスマンチックにキリリと髭を立たせる猫……。


(混ざりたい)



 最早猫好きの猫好きによる猫好きの為のバイブルというだけではなく、都市レベルでの特徴をつかむ最適なガイドブックでもある。隙の無い完璧な布陣、やはり猫は最強か。


(いや、それだけじゃないぞ)


 そう、なんたってここは剣と魔法の世界。異世界ならではの幻想要素が書き記されていたのだ。


 魔法による猫道の探索法に始まり、猫の気持ちをふんわり知る方法、毛の生え変わりを感知する猫魔法についての記述。

 月齢に呼応した猫達特有の儀式ヴォン・パーティなるサバト集会。

 年月によって猫がどのように変化していくか、その実録インタビュー。


 特に気を引いたのは猫王ニャンペラー猫神ニャンライズの存在だ。


 曰く猫は縄張りを統括しする親分猫には、それを統括する上位存在が居るそうだ。街を一つの単位として統括するその存在が、前述の猫王と呼ばれるものだ。


 猫王は親分猫の中から猫神の神託を受けてなる巫のようなもので、猫界で良くないことや危ないことの通知、今日のお天気やオススメぽかぽかポイント、最新トレンドの美味しい食べ物情報、ニャンコ好きの旅人情報の共有などしてくれるらしい。

 これらの情報は旅をするルドルフ氏も恩恵を受けており、聞いた情報にはもちろん報酬のササミを上納しているとかなんとか。


 まさに猫の王。君臨すれども支配せず、ただ日向ぼっこの内に在れ。そんな存在が猫王なのだ。


(会ってみたいなぁ)


 なんたって猫中の猫である。きっとモフモフに違いないし、ヒゲもキュートでカッコイイ尻尾にちがいないのだ。


 ルドルフ氏が記すこの巡礼の本は、後に旅をすることになるステラの猫の細道グリモニャールとして常に持ち歩く愛読書となる。

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