03-01-02:アルマリア家とメイドのハシント
パタパタと歩くハシントに、ステラはぺちぺちと足音を立ててついていく。シオンの言いつけどおり魔法の一切は発動していない。
程なく屋敷の2階、その一室にたどり着いた。きき、と開かれたドアから部屋の中に招かれる。
「こちら客室となっておりますので、楽にしてお待ちください。まずは水と桶を用意しますので」
「よろしく頼む」
「では失礼します」
そう言って華麗にお辞儀をするハシントは静かに退室していく。
(さて、楽にしてくれとは言うがな……)
ステラは客室を再度見回す。そこには明らかにふかふかとわかるベッドと、ふわふわに違いないソファー。むにむになクッションの付いた木椅子等が据え付けられている。どれもひと目で上等と解る彫刻が厭らしくない程度に施され、汚れの1つも見当たらぬほど磨かれた品ばかりなのだが……。
(うーん、これに『はいどうぞ』と言われて座れるほどの度胸はないなぁ)
明らかにテレビで豪族婦人の邸宅紹介などで見るような、とても立派な家具類だ。きっとそのふかふかの上で、くるりとまるまったら至極良い気分になれること請け合いなのだが……それをすると『こらっ!』と怒られそうな気もする。
客人であること、また待てと言われたからには無いだろうが、なんとなく二の足を踏んでしまった。まぁ、そんな長くはかからないだろうし、大人しく立ったまま待つことにする。
(こういうとき、聞いた所のハイエルフならふんぞり返っているのだろうか)
ハイエルフが嫌われている、というのは想定外の事だ。初めからマイナス印象でのスタートと言うのもなかなかハードモードではある……のだが、シオンやハシントのように理解を示してくれる人が存在する……というのは非常に有益な情報だ。
(ようは自身の在り方次第だ、ブレない限り見てくれる人は居る。けど……)
だが在り方という意味でステラは異質だ。
(神の体、女の身、嫌われエルフの中身は男。詐欺だよなぁ……)
致命的に中身が伴っていない。最早女性であるという事実は覆らない以上、この体でこの先を生きて行くしかない。
幸いにもどうしても嫌……と言うわけではない。胸も尻も重いけれど、生きる分には問題ない。
それにもう一度死ぬのはゴメンだ。あの叩きつけられ、捻じ斬れる光景は……いやよそう、思い出さなくて良い事だ。
(その上でどう在るべきだろう?)
体が女性だから、女として生きる?
心が男性だから、男として生きる?
造りが神なら、神として生きる?
今答えるとすれば――
(わからん! さっぱりわからん!)
としか言いようがない。そもそもこれから先どうなるか見当もつかないのだ。
(そもそも情報が少なすぎるんだ、自分がどうなりたいかはこれから決めたら良いだろ、心に棚とはこういうときに使うのだ)
魔法が使えるなら旅する魔女になっても良い。
礼儀作法を覚えたなら侍従になっても良い。
戦い方を見極めたなら英雄にだってなれるだろう。
あらゆるものを見る旅をして、なりたい自分になれば良い。
(だから今、小生は
それでトモダチ100人つくるんや! と、ステラはガッツポーズで決意を新たにした。
「失礼致します」
丁度ハシントがワゴンに水と盥、タオルなどを載せてやってきた。何故かガッツポーズで活力にみなぎる彼女と視線があって、ハシントが首を傾げる。
「どうされましたか?」
「いや、覚悟完了をしていた。あと98人友達を作るという崇高な決意をね!」
「ステラ様は本当に上の方なのですか? ……いえ、疑っているわけではないのですが」
ふむ、とステラが顎に手をやる。
「強いて言えば記憶喪失故にミーム汚染されていないからだな。
小生とて生まれたときから我崇高ナリ、下賤ヲ従エヨなどと教え込まれれば……
『おいそこの、グズなにをしているの? 早くなさい』
とかヒステリックに叫んでいたに違いない」
ハシントがビクッと震える迫真演技である。
「だが小生はそうじゃない、たんなる小市民がいいところだ」
「小市民、ですか……」
「そうそう。それに衣食足りて礼節を知ると言うじゃあないか。己の程度ぐらいは弁えているさ」
まあその礼節は残念どころではないがね! と胸を張るステラにハシントがくすりと笑う。
「さ、お召し物の前に体を綺麗にしましょう」
「分かったよ」
ハシントが気を使ってタオルの1をソファに引いてくれたので、そこにふかりと座ることにする。思ったとおりの柔らかさであり、思わずにまにまと笑顔になってしまう。やはりまるまって横になってしまえばよかったと、贅沢な後悔をした。
「では失礼しますね」
「ん?」
そうしてハシントはステラの服に、その胸元のボタンへと手をかけた。余りに自然にぷちりとボタンが外され、3つ解かれた時点で異常に気づいた。
「むねぇ?!」
「ど、どうされましたか?」
「いやその自分で脱げるよ?」
「ですが……」
「いや然し…‥って、あああぁなるほどぉおお……」
ステラが思い出したのは、上流階級はというのは基本『してもらうもの』だということ。シオンは妾子とはいえ、領主に連なる家柄の子息だ。それが『客人としてもてなす』とするなら、待遇はそれに準ずるのは明白だ。
つまり服は着せてもらうものだし、体は拭いてもらうものだし、もういたれりつくせり状態なのだ。
「ほら、大人しくしてくださいまし」
「いや、だが恥ずかしいというか……」
「大丈夫ですわ。
「まぁたしかにハシントさんが
「メイドであればこの程度造作もありませんわ」
いつの間にかマントすら取り払われている。全く気づかなかった、どういうワザマエなのだ。
(メイド凄ぇ! さすがはパーフェクト……)
あっという間に裸にされたステラは、抵抗しても無駄だと悟り、開き直ってなすがままに体を拭かれることにした。納得はできていないが、そういうものなら受け入れるしかない。
それにさえ目をつぶれば、ちょうどよく冷えた布で優しく拭われるのは存外に心地よい。軽くマッサージを受けているような心持ちだ。
特に『焦れる』というのがないのがよい。もし自分ひとりでやったなら、上手く力の加減ができず泣きを見ただろう。
「……やってもらうって初めてだけど、なかなか気持ちいいねぇ」
「それは宜しゅうございました」
きゅっきゅと軽く磨かれたステラは、それだけで本来の輝きを取り戻していく。顔には出ていないがハシントも内心驚きを隠せていない。ハイエルフとはいえ神造の身であり、ハイエルフも霞む美貌である。肌はもちもち髪はさらさら、正直仕事でなければずっと触っていたいと思わせる。
ここまでくると嫉妬を通り越して崇拝の域に達してしまうだろう。
そんなステラをじっと見て、ふむ、と顎に手を当てると1つうなずいた。
「解りました」
「え、何が?」
回答せずに、ハシントは部屋に備えたクローゼットを開け放つ。いくつかヒラヒラの付いたドレスがしまわれており、客室というより誰か女性が居たような部屋だと解る。
ハシントはその中にあるタンスから何かを物色し……そうして振り向いた彼女はとんでもないものを手に持っていた。
「……ハシントさん、それはいったいなんだろうか」
「下着でございます」
「うんわかる。わかるよーそうですよね、見れば分かるんですそれは……」
「お気に召しませんでしたか?」
「いや、そうじゃない。全く別のベクトルのウルトラショッキングピンクが刺さっただけなんだ」
ああ、人それを
ハシントの手に在るのは白のフルカップブラとショーツだ。世界を跨いでも基礎設計は変わらないらしいそれは、しかしゴムという文明の利器が無いためか紐で縛る形を取っていた。つまるところ水着のような下着である。
ブラの形状は厚手の生地で球形にまとめたもので、意外なことに生前世界のそれと遜色ない。
そう分かったのもハシントの抱えるそれがあまりに大きく見やすかったからだ。
ちょっとしたショルダーバッグ程度はあるのではなかろうか? いやそんな、あり得ないだろうと視界を下げれば、たしかにすっぽり収まりそうなサイズである。
(でっか……)
客観的に見るとこの胸がいかに巨大であるかを知る。というかよくこのサイズのブラがあったものだ。もしかするとこの世界における豊乳比は、かの島国と比較にならぬほど高いのではないだろうか。
またショーツは当然ながらTバッグであり、紐で縛るタイプのものだった。ゴムというものが如何に人の文明を支え、発展に貢献してきたか備に理解した。ただそんな事よりも。
(布面積狭ァい!)
いや、むしろこれが普通なのだろう。
ここで拒絶したとて、何れ必要になることは遺跡で痛感している。結局何処かで覚悟完了を求められるのは確実であり、それが『今でしょ!』というだけのことだ。
「あの、遠い目をされてどうしたのですか?」
「ちょっとした現実逃避だね……はい、履きます。すみません」
「あの、本当に起きに召さないようでしたら……」
「ハシントさんはパーフェクト、はっきりわかんだね!」
「は、はぁ……」
ハシントに促されてブラに袖を通す。思った以上に重かったそれがぐっと持ち上がって、肩、脇へと荷重が分散されて少し楽になった。無論重いには重いのだが、それは制御された重さになっている。在るなしでだいぶ変わるようだ。
あと持ち上げられたことにより“I”から“Y”になった。何がとは言わないが。
ショーツは思ったとおりフィット感がとても良い。この
どちらも誂えたようにぴったりであり、違和感なく着こなせるという自体が逆にむずむずする。
「慣れるしかないなぁ」
「何かございましたか……? もしやサイズが――」
「あ、びっくりするほどぴったりでした。ただ、なんだ、その。……色々自尊心とかそういう薄氷がパリンしただけで」
「??? ……とりあえずそのままでは風邪をひいてしまいますので、こちらをどうぞ」
そうして差し出されたのは、白のブラウスと紺色のコルセットスカートのセットだ。スカートにいたってはパニエのようなフリルが二重につけられてもうふりっふりだ。しかもレースである。それにあわせて黒のオーバーニーと……これはガーターベルトか。靴は茶の総革ローファーだ。細く赤いリボンは胸元につけるもの、もう一つ幅が広い赤のリボンは髪結い用だろうか。
総合してあざと可愛いこの構成をステラは知っている。これは
(異世界にもあるんだ……)
服自体はコルセットの派生であり、その発生は十分に有り得ることだ。正直抵抗はあるが……正直感動のほうが勝っていた。
見よ、この縫製された服を。アイロンの効いたパリッとした布地を。世界よ、これが服だ!
彼シャツに比べれば、普通の服ですら天使の薄衣に等しいのだ。
「本当はドレスがよカッたのですが……ステラ様は特に祝福を受けていらっしゃいますので。申し訳御座いません」
「しゅくふく?」
『女神』の下りは話していないはずだが何故、と首をかしげる。
「女神の祝福を受けた女性は、胸が大きいとされるのですよ。ステラ様はイシュター様に愛されておられる御様子……」
「あー、なるほどなー……」
女神違いだが祝福は確かに受けている。そういう意味では胸が大きくてもブラウスでアジャスト可能な童貞殺しは理に適っていると言える。
(というかこの世界、胸の大きさを祝福で示しているのか?)
そういえば神託の間の女神4柱はサイズが違っていたような気がする。
たしか
(つまり町中で胸語りする人たちって、
『あの子
『お、俺はあっちの子がいいな』
『なんだよお前
『あ゛あ゛、そんな脂肪のどこがいいってんだ』
『それを言ったら戦争だろうが!!』
……とか語っているのか?)
中々シュールな光景だが、女神の酷い風評被害に見えてならない。そんな事を考えつつハシントの助けを借りてブラウスに袖を通し……ステラの眉がピクリと動く。
「どうされましたか?」
「いや、着心地がちょっと違うなと……小生が来ていたものに比べてだが」
「ああ、あれですか」
ハシントがステラの脱いだ服を見る。元彼シャツだったその服は、神から齎された
「あれはとても柔らかい生地ですね。でもアラクネ糸でもないし……何処の物でしょう?」
「特別な品なのは間違いないよ。もし洗うなら気をつけて……と言いたい所だが、多分乱暴にしても問題ないと思う。曰く付きの服だから」
「いわくつき……? 承知しました」
服を預けたあとはガーターベルト、オーバーニーを履き、最後にコルセットスカートを履く。首元にしゅるりとリボンを結んで、ローファーも履かせてもらう。本当に至れり尽くせりだ。
ただ胸周りがすこしきつく、腰回りが多少緩いが贅沢な悩みだろう。寧ろその程度の差異で済んでいることが奇跡なのだ。
(しかしローファーか。女性用なだけあって足の甲が大きく開いている。街行きにはいいが、外歩きは難しそうだ)
今すぐ飛んだり跳ねたりする予定はないが、少し留意したほうが良いだろう。
背後のハシントがステラの髪に指を通し、するりと滑らかなそれに声を上げる。
「ステラ様は綺麗な御髪をお持ちですね……羨ましいですわ」
「そうかい?」
実際その髪質は神造故の特性だ。光あればキラリと輝き、エンジェルリングがはっきりと見て取れる。
とはいえそれが永続するかはわからないので、自身でそうした手入れも覚える必要があるだろう。ハシントが撫でた髪をするすると編み込んでいく。最後にリボンで軽く結んで完成だ。
「はい、結い終わりましたわ」
一体何処にしまっていたのか、ハシントがエプロンの袂から取り出した手鏡を差し出す。
そうして鏡を覗き込むと、ハーフアップに髪を結われた自身の姿が見える。多少乱れていた髪がきれいにまとめ上げられ、黙っていればどこぞの令嬢と言っても差し支えないように見える。
「すごい……」
少しまとめただけでだいぶ印象が変わる、おしゃれの道は深淵よりも深く、天よりも高い。
「小生、こういう時言うべき台詞を1つ知っているよ?」
「なんでしょうか?」
ステラが頬に手を当て、驚愕に彩られる。
「これが……あた、し……?」
かるく頬を染める彼女は絵にはなる。なるのだが……それは前ふりして言うことではない。
「あの……そうでございますよ?」
「ふふふ、そう真っ直ぐ返されると心にズプンと刺さるね……ッ!」
ステラがふぅと息をついて手鏡を返し、とんとステップを踏んで立ち上がる。着心地は十分、引きつるところもない。
調子に乗ってくるりと回ってみて、それを見ていたハシントが満面の笑みでこちらを見ていた。
「お似合いですわ」
「そ、そうかい?」
なんとも気恥ずかしくて頬が熱くなる。ただ服が似合うのが嬉しいというよりは、ハシントのような美人に褒められて嬉しいというのが正しい。
「ま、まぁなんとか見られるようになったようだ、有難うハシントさん。この御礼はいずれ必ず」
「でしたらそれは若様と奥様へお願い致します」
「奥様?」
「はい。私がお仕えする主、カスミ・アルマリア様です」
そう言えば妾の子というからには、妾になっている女性が居ないのはおかしい。
「フム、面会をするにもシオン君が帰ってきてからかな?」
「それが宜しいかと」
「じゃあ、それまで少し時間を潰すとするよ」
ぐっと拳を握って答えると、ハシントがきちりと礼をして退室していった。
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