03:『四公国』

03-01:アルマリア家の人々

03-01-01:アルマリア家と見上げるステラ

 アルヴィク公国、別名『四公国カルテット』と呼ばれるその国は、その名の通り四つの公爵家により治められている。20年を周期として1公家が可決権を持つ盟主として持ち回り、他3公家が立法を司る形で統治を図る国家だ。


 現在ステラがいる街はイシュター大神殿より徒歩2日の距離にある領都ソンレイル。当代盟主アドミラシオン公爵の治める領都で、立派な巨城を中心に3重の壁に囲まれた大都市だ。

 人口1万5千は他3公家と比べても圧倒的に多い、アルヴィク公国最大の街だ。


 ソンレイルの区画は身分により3つに別れている。


 商業、外部向けの下町。

 都市住民が住む中流街。

 公爵家を筆頭に上流階級が住む貴族街。


 また人種を選ばず何物をも受け入れるこの街は、商工業ともに盛んであり……ソンレイルでの成功は国の成功に等しいと言われる程である。


 その中流街のメインストリート……から少し外れた、貴族街に近い場所に1軒の屋敷がある。ステラが感慨深く見上げるその木造屋敷が、シオンが案内したまさに自宅ウチであった。


「でかいな……」


 大きく左右対象にはりだしたその建物は、3階建ての木造屋敷である。玄関は両開き、がっしりした木材の門扉は細かい蔦の装飾が施されている。窓もここまで来るまでに見た鎧戸ではなく、ちゃんと窓ガラスがはめ込まれているようだ。

 なんとも絵に書いたお屋敷であり、その大きさは例えて言えば学校の1棟に相当するだろうか。


 そもそも門から玄関に至るまでに、何故庭園があるのがわからない。庭ではない、だ。きれいに整備されたそれは確かに目麗しく映るが、『ここが自宅です』などと言われて理解できるかと言われれば甚だ疑問である。


 なんだこれは。なんなんだこれは?


 シオン曰く『本邸に比べれば手狭』との事だが、ステラからすれば十分広すぎる物件である。これの何処が手狭なのかと激しく問いたい。問い詰めたい。小1時間問い詰めたい。


「というかその本邸とやらはどれだけ大きいんだ?」

「まぁ……その、城ですから」

お城ォキャッスル?!」


 そうして貴族外の方にあるひときわ目立つ建物を見やる。視線の先、遠くに目立つ灰色の尖塔が目に眩しい。公国屈指の巨城『リフラクタ城』である。


 たしかにアドミラシオン公爵が居を構えるそれに比べれば、目の前の屋敷は確かにこぢんまりとした佇まいとなろう。また今までの通りで見た石造りの屋敷と異なり、唯一木造と言うのも何処と無く重みに欠ける。


 だが彼は今何といったのか。それが示す事実にステラは冷や汗を流す。


「つまり……君はもしかしなくとも良い所の坊っちゃんてやつかい? 具体的には『お』、で始まって『じ』で終わるやんごとない系の……というかそうだよね?」


 ハイエルフだからとへりくだったアレは何だったのか。身元明らかな彼の方がどう考えてもやんご度マシマシではないか。


(あれ、だとしてもどうなんだこれ)


 ステラのハイエルフアイが小姑のごとく屋敷を見定めると……なんというか、少しボロ……味のある屋敷のように見える。


「僕は妾子ですから、そんな大層なものではないですよ」

「……あ、あるんだそういうのって」

「え? よく在る話だと思いますが……?」


 事実貴族が妾を作るのは特に珍しい話ではない。


 たとえば市井の者にしては魔力が高かっただとか、誰もが振り向く目麗しさだとか、または本当に愛してしまっただとか。そくに加える事はできないが、そうした庶子を作ることはままあるのだ。


 ただ一夫一妻の文化圏から来たステラは、妾など物語の中の話でしかない。記憶を漁れば、鬼女、プリン、カティ・サイバーンなる審判系儀式魔法が浮かぶような……恐怖由来のパワーワードである。


「シオン君、小生は君の味方だからね!」

「え? はぁ、有難う、ございます? ……取り敢えず案内しますよ」

「本当だからね?!」


 なんか言い出したなぁと思いつつ、シオンがステラに先導して玄関を押し開いた。



◇◇◇



 玄関のをくぐれば広いロビーとなっており、二階へ続く緩くカーブする階段がある。ステラはそれを見てサウンドがミュージックな映画を思い出した。たしか、罠使いの男爵が歌劇団で無双する話だったか……。必殺技は|謳歌報身だったか。


「ハシント、居ますか!」


 そうシオンが声をかけると、足音もなく一人のメイドが現れた。くるりとカーブする髪を持つ金髪の女性エルフだ。瞳は緑でぽやんと眠たげな目をしており、どこか羊のような印象を受ける。


 メイドは二人の前に立つと、優雅にと頭を下げる。


「若様おかえりなさいませ。そちらの方は?」

「彼女はステラさん、しばらく面倒を見ることになりました。ステラさん、彼女は母様付きのメイドのハシントです」

「ステラ様ですね? 上の方に於かれましてはご機嫌うるわしく」


 そう言ってハシントは先程より深く頭を下げた。見るも見事な最敬礼である。

 無駄のない美しい所作に一瞬目を奪われてしまった。


「こちらこそよしなに……」


 そう来られては返さざるを得ない、灰は灰に、塵は塵に。礼には礼をもって返すのが道理である。

 ステラは負けじと大和式カウンター最敬礼を繰り出した。そうして頭をあげようとしてハシントがまだ頭を下げていたため、慌てて最敬礼の体制に戻る。記憶によればこういう時は同時に上げるものであり、出来ないとムラハチなるサバト儀式の生贄にされると告げている。出る杭パイルバンカーは打たれるのだ。


「?」「??」


 何かおかしいと2人は気付いた。気付いたのだがお互い頭を上げる取っ掛かりを失い、間抜けなデッドロックが出来上がってしまった。 いち早く異変に気づいたのはシオンである。



「二人とも頭を上げてください。話が進みませんので」


 困惑するハシントの視線は、シオンへと向けられている。対してステラは『やらかした』という事実に気付いて苦笑いだ。


「ハシント、ステラさんはハイエルフですがとして持て成してください」

「しかし若様……」

「あの、よく分からんが小生、高尚でも高貴でもないのでお構いなく」

「え?」


 キョトンとするメイドは困惑するさまも可憐だ。パーフェクト、ステラは確信した。


「寧ろ粗相があるから是非作法を教わりたいな。素人目にもハシントさんの振る舞いは綺麗だしな」

「は……?」


 驚くハシントに首を傾げ、


「その、仲良くしてくれると嬉しいのだが……」

「っ――〜〜??!?!」


 握手のためにおずおずと手を差し伸ばすと、ハシントは完全に思考停止して固まった。


 この状況の解析を、ホワイトブリムに隠された灰色の脳細胞が超高速で演算している。その意図は何か、若君が連れてきた理由、ハイエルフとは一体。だが円周率の答えを導くが如く、ハシントは固まって帰ってこない。


 ぐぐぐ、とステラがシオンに振り向く。


「し、シオン君。なんとなく察してはいたんだが、その『上の方』とは一体なにをやらかしたんだ?」

「あれ、説明して……いませんでしたね、すみません。端的にいえば酷く我儘な種族ですよ?」


 シオンが世間で言われるハイエルフ像を簡単に語る。



 端的に言えば選民主義に凝り固まった強力な魔法使いの一派、それがハイエルフだ。


 総じて己以外を愚者と断じ、智慧に通じる我らをこそ管理するにふさわしいと信じて止まない。


 事実長命である彼らの積み重ねた知識は膨大であるのだが……やろうとしている事はハイエルフのハイエルフによる、ハイエルフのための法による絶対君主制だ。


 系譜に連なるエルフ、ダークエルフを従僕に。それ以外を奉仕種族……と言う名の実質奴隷として扱う。

 逆らうにも一人一人が強大な魔法使いであり、並の者では対抗も難しい。


 一つ幸いがあるとすれば、彼らは自らが住まう場所を聖域とし、外界に降りることはめったにないことだろうか。ただそれも家畜小屋に態々向かうことをしないというだけだ。



 先程の場合、ハシントが頭を上げなかったのは一重にハイエルフの赦しが必要だったからだ。


 それにハイエルフはエルフを含め他種を褒めることは無い、ましてや教えを請うなど絶対にありえない。

 己こそ全知であり、使われて当然の有象無象を何故気にかける必要があるのか。


 それで失敗した同胞が消えていく様を、場面を幾度と見たハシントからすれば、ステラの振る舞いはあまりに異端すぎた。


 ましてや仲良くなろうと手を差し出すなど決してありえない。


 そんな話を聞く毎、ステラの顔が渋く歪んでいった。


「ドサンピンと書いてハイエルフと読むのかこの世界。ハイエルフだけ世紀末ポストアポカリプスかよ」

「どさ? よくわかりませんが、蔑称なのは分かるので外では言わないようにして下さいね」

「むぅ、わかった……」


 そう、そんなハイエルフを怒らせては禄なことにならないのだ。ステラは宙ぶらりんの手をギュッと握る。


「ほんと何だろうな。挨拶もせずどうやって人と仲良く出来るって言うんだ……」

「同種以外は下等と見ていますから、仲良くなる必要がないんですよ」


 そう聞いたステラがむすっと怒って……次の瞬間ビクッと震える。


「え、まってまって、待ち給えよシオン君? その流れで行くと小生そのハイエルフなわけだが、それだけでリスクってこと?」

「ステラさんのやりたいことからすると……ええ、かなり」


 彼女がさっと青ざめる。


「まままままちたまえよ! 小生約束された虚ろな孤独ひとりぼっち強制プレイとかいやだぞ?! 秘密にするにもハシントさんなんて一発看破しているじゃないか!」

「同じハイエルフならすぐ友達になれますよ?」


「おいィ此処にはハイエルフ小生しか居ないし、そんな事言われてトモダチになれるとかマジ無理にも程があるじゃないですかヤダァァー!」


 と叫んだステラがハッとしてシオンに詰め寄る。


「シオン君はもう友達だろ、同じ釜の塩辛系食べるのが若干辛い干し肉ほぞんしょく飯を、ヘヘッ、分け合ったじゃないか。そうだよね? ねっ? ねっ?」

「さー、どうですかねーわかりませんね~」

「ぬぅぇえ」


 意地悪をするシオンに涙目のステラがバッとハシントに向き直る。


「ななならハシントさんはっ?! 仲良くなれませんかねえっ?!」

「えっ?! あ、その……」

「ぐぅ……のっけからハードモードだが、下界に来たらルナティックモードだなんてあんまりすぎる……」


 拳をぎゅうと握りしめるステラの目が潤み、涙を讃えぷるぷる震える。まるで仔犬めいたそれに、ハシントの胸の奥で何かが高鳴とぅんくる。脳裏では『どうする? ラヴマックス愛が最大?』という何者かの声が響いた。


 選択のときだ。切るべきカードが眼前に浮かぶ。選んだそれは……。


「……よ、よろしくお願いします」

「はっ、ハシントさあああん~~~~!!!」


 ステラが感激の余りハシントの手を両手で包んでぶんぶん振り回し、その後ぎゅうと抱きしめた。彼女はなすがままされるがままだ。

 どこからか何者かが『おめでとう』と拍手するような気配がしてハシントが周囲を警戒するが……特に何も無さそうだ。


 それはシオンにぺちりと叩かれ、引き剥がされるまで続いた。


「す、すまない。すごく嬉しかったもので……!!」

「い、いえ……」


 少し顔の赤いハシントが困ったように笑う。好意は嬉しいのだが、ハシントの知るハイエルフと違いすぎて体も心もついてきていないのだ。

 ほっこり笑顔のステラは『ボッチじゃないって素晴らしい』等と呟くものだからなお対応にこまる。


「ハシント、実はステラさんは名を失うレベルの記憶喪失です」

「?! それは、大丈夫なのですか?」

「多少問題はありますが概ね。ただ、それ故か色々残念なひとなので、気にかけてやってください。特に僕だけだとカバーしきれないんです」

「かしこまりました……」


「ま、待てェい、シオン君! なんだその残念って!」


 腰に手を当て、びしっと人差し指を突きつける。そして両手の拳を握りしめ、悔しそうに睨めつける。


「全く否定する余地も無いじゃないか!」


 本当に悔しそうな様子で、ハシントは毒気が抜かれた。


「そこ認めちゃうんですねぇ……」

「実際そうだろ? ここで飴ちゃんでも出てきたら小生雛鳥がごとくパクつく……――」


 ハシントが流れるような動作でどこからか飴玉を取り出した。ステラの目の前の摘んで持つそれは、金色に輝く宝石のようだ。


 少し動かすと目線も動く。右、左、右。


 ピタリと止めると、ステラが口を開いたのでそっとほうり投げてやる。


「むふ〜♪」


 ふにゃんと頬を緩める。ほろほろ蕩けるそれはハチミツの飴だろうか。どこかミルクの柔らかい味もする優しい甘みが舌を包む。


「……っむ゛?!」


 思わず噛み締めそうになって慌てて取りやめる。しかし溶ける速度は加速して……わたわたする間にとろけて消えていった。


「ああ、口から幸せが逃げていくよ……」


 ひどくがっかりと肩を落とすステラを見たハシントが微笑む。何処と無く新しいおもちゃを見つけたような、そんな気配があるのは気のせいだろうか。


「……なる程。確かに常識で語れる方では無い様ですね。承知しました若様、通常通りのお客様として対応いたします」

「そうして下さい。……ステラさん、僕は仕事の報告をしに行きますので、暫くハシントに付いていてください。ハシント、済みませんが後を頼みますよ」

「お任せください若様」


 そう言ってシオンは屋敷を後にした。ここでもやはりハシントが深々とお辞儀をして『行ってらっしゃいませ』と送り出し、それがまた美しい所作でありステラの目を引いた。

 なまじっかの礼ではない本物は、やはり良いものだとステラはむふんと頷いた。


「どうされましたか?」

「ああ、いや。本物プロのメイドさんと言うものを始めて見たもので。真に見事なものだねぇ」


「そうでしょうか……?」

「凄いったらスゴイのだよ。先程も言ったが、見習うべき点が多い」

「フフ、よければお教えしますよ」

「ぜひ!」


 とはいえ、とハシントが顎に手を当てる。


「先ずはお召し物を変えませんとね」

「あー……」


 今のステラは自動整形された恩恵ブラウスと、元シオンのマントを使ったスカートである。足は裸足、髪もすこし乱れている。この時点でハイエルフさは欠片もないわけで、ハシントが『常道ではない』と判断した理由でもある。


「うーん、お願いします」

「ではステラ様こちらへ……」

「あ、ステラ『さん』じゃだめかい? 其処まで偉い人材では無いのだが……」


 先導するハシントがくるりと反転してふわりと舞うスカートを踊らせて振り返り、


「お客様に失礼ですので」


 と、ウィンクして口に人差し指を当てる。思わずステラの胸がとくんと鳴るトゥンクほど可愛らしいかった。見事な意趣返しである。

 唖然とするステラをおいて、ハシントはカツカツと音を鳴らして前へと進む。はっと気づいて慌ててついていくステラの関心は、今やこのメイドに真っ直ぐ注がれている。


(これが女子力おなごちからと言うやつか……!)


 メイドは仕事も仕草もパーフェクト、ステラは心に刻み込んだ。

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