02-99:章末
02-99-01:エピローグ
イシュター大神殿はアレヴォル山脈の中腹にある空中大都市……の跡地であった。
全盛期は神殿を中心に、傾斜を利用した段々畑のように連なる町並みを見ることが出来ただろう。だが今となっては殆どが崩れ落ち、樹木に覆われた文明の残滓を残すのみだ。
崩壊した町並みを行くステラがふと振り返ると、唯一無事な神殿が樹木の合間に見えた。
周囲が自然に飲まれたように荒廃しているのと反対に、神殿は何物をも寄せ付けず綺麗なまま威容を誇っている。
破壊と秩序。相反する矛盾にあって、ただ人の営みがないことだけが共通していた。
「ふーむ、興味深い。何故これほどの文明が滅びたのだろう?」
「以前調査隊が訪れた時は、魔物の襲来によるものと結論づけていましたね」
「
よく見れば爪のような跡や、破裂したような跡が見て取れる。木の根で崩れ落ちてなおわかる痕は、2人が隠れてしまえる程の溝も見て取れた。一体いかなる化物の仕業であろうか、ステラは興味津々で眺めている。
ちなみに視線はフラフラしているが、ステラは都度かくんかくんと引っ張られて……はいない。
「いやー、魔法って本当に凄いですねェ~」
「突然どうしたんですか……いや凄いのは解りますが」
「やっぱ浮くってヤバイのか」
ステラは風船のようにフワフワと、地面から20cm程離れた所で浮かんでいる。件の心象魔法だ。なお目の前で目撃することになったシオンは胃にぴりりとした痛みが走った。
「普通は空を飛ぶなんて、
「ただ浮かぶだけなら、やり方は無数にあるだろう?」
「それすら普通は出来ないのですよ」
「ふむむ……?」
シオンの言うとおり魔法で浮かぼうとすると、莫大な風を制御する必要がある。維持する魔力が確保できず、大型で飛行可能な使い魔を契約ほうがよっぽど楽であった。
その上で何故浮いているかと言えば幾つか理由がある。
1つに靴がない事。
参道といえば聞こえは良いが、実質整備されていない道は最早『山道』である。かつてはよく整備された石畳だった道は、木の根が這って草が茂り、砕けた小石が撒き散らされている。
裸足で歩こうものなら、尖った枝や石を踏み抜く恐れがあった。そうなるとまともに歩けないし、また傷口が膿んで死傷になる可能性もある。
2つに心の3歳児対策。
外は興味を引くものが多く、また魔物の危険もあって目を離した隙にいなくなると致命的に困る。
よって『興味を引いてしまう』ことを許容し、同時に自分では動けなくしたのがこの風船状態である。
これなら引っ張ってもらわなければ動けないし、興味を引いてもいちいち足が止まることもない。
3つにシオンがステラを抱えて歩けない事。
ステラが重いというわけではなく、単純に手が塞がってしまう事を避けた結果である。件の阻害結界は神殿を覆うのみであり、外は当然魔物が出現する領域である。
用事にステラを抱えていては戦闘が出来ないのだ。
4つに浮くと豊満な胸が軽くなること。
これが一番嬉しかったとは本人談である。差し引き4~5kgは軽くなっているだろうか。これは非常に快適、とっても楽ちんであり、今までがどれだけ重かったかを如実に表す結果となった。
ただ致命敵な欠点として、少し動くだけで縦横無尽に揺れてくれるのには困ったが。
「はぁ、浮くだけで非常識とは。この世界の常識がわからないよ」
「こればっかりは覚えるしかありません」
「うむ、人生之常に学び也ってなもんだ」
この世は知らない事ばかり。故にきっと失敗することもたくさんあるだろう。それでも望んでここに来たのだから、もう清濁併せ呑んで楽しんでやるしかない。
「そう言えば、ステラさんはこれから先どうする予定ですか?」
「ああ、脱出する迄はついて行くと言う話だったねぇ」
ステラが顎に手を当て少し考えた後、ピンと人差し指を立てる。
「小生は着たきり雀の無頼の輩だ。その上身分の証を立てるなら……。
冒険者、便利屋、あるいは傭兵といったなんでも屋ギルドに所属して食い扶持を稼ぐしかないんじゃないかな」
「それ、本気です……?」
「本気も本気。折角の記憶喪失なんだよ? 見るもの知るもの全てが新しい。なら世界を見て廻るのもいいと思わないか?」
「なかなか愉快なプランですが……」
「フフフ、良いだろう浪漫があって……で、そういった組織はあるんだろうか」
「
「そりゃ怖いけど、小生住所不定無職だもの。手に職つけるにもコネがないし、何をするでも元手が無い。なら切った張ったも選ばねば。
幸い魔法がすごいから、やってやれない事はないだろう?」
「……」
シオンが足を止めてステラを見上げた。
「ステラさん、1つ提案なのですが」
「なんだろうか?」
「しばらくウチで厄介になりません? 部屋は余っているので、食客として一部屋ぐらいお貸しします」
「ほぇ?」
ステラはビックリしてシオンを見る。
「そりゃ助かるが……いいのかい?」
「ステラさんはどうにも危機感が無さすぎます。このまま『はいさようなら』では後味が悪い」
「そうかい?」
こてんと首を傾げる彼女は、あまりに無知で隙が多すぎる。
極稀に鋭いことを言うが、こうして手を引かねば道も歩けないような娘だ。魔法は未熟だが異常な性能を保持しており、何より彼女はハイエルフであった。
彼女自身が悪いわけではないが、ハイエルフはというだけで嫌われる要素が多い。危機感の欠片もない彼女を放逐などしようものなら、あらゆる悪意が彼女を奪い取ろうと手を伸ばすだろう。
最後には何も、何ものこらない。
だというのにステラはぽあっと脳天気に笑っており、流石にシオンもムッとするのだ。
「ステラさん、ご自身のことですよ? 分かってるんですか?」
「んー、分かってはいるんだがなぁ」
くくっとステラが笑う。
「君が手を引いてくれるうちは、なんとかなるだろ」
「っ……」
ステラがぐっとシオンの手を握る。シオンの手とは違う、酷く柔らかで穢れを知らぬ者の手だ。だからこそ硬くて無骨なシオンの手を頼る様に掴んでいる。
彼はふぅ、と息をついてステラを見上げた。
「……解りましたよ、見ている分にはお手伝いします」
「やった! 流っ石はシオン君、話が解るッ!」
「あっ、なんだか急にやる気が失せてきました」
「まった! それはないよシオン君、小生困るッ!! いやマジで!」
「嘘ですよステラさん」
「ぐぅお! おのれェシオン君、嘘付きは泥棒の始まりだよ! ちなみに泥棒なら三世がおすすめだよ!!」
ビシィ! と指を突きつけ、頬を膨らませてて抗議すると……シオンの肩が小さく震えている。
「……くく」
という声にステラが目を見開いた。少しぎこちないが、年相応の普通の笑顔だ。
「君、もしや笑ってるのか?」
「す、すみませっフフ……おかしくて……ハハ」
「フフ、楽しいなら良し。なべて世は事も無し、だ!」
ビッと親指を立てるステラはニヤリと笑い、釣られてシオンも小さく笑った。
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