02-02-03:女神の神殿と魔法の話

「……シオン君、魔法とは一般的にどういうものだろうか」

、ですか?」


 暗に異端を示す様な言葉であるが、彼女はそれに気がついていない。


「どう、と言いましても……。体の内にある魔核コアから、流れる魔力マギ魔力循環クレアールし、練り上げたそれを形に導くエクセリアのが魔法マギノ・ワールです。


 ここで自分の外に導くのが『詠唱魔法マギノ・ワール』。己の内に効果を導くのが『身体魔法マギノ・ヴァサル』となります」


「内功と外功みたいなものか……」


「さらに詠唱魔法を主に使うのが魔法使いマギノディール、身体魔法を主に使うのが魔法剣士マギノグラデア。両方を実践レベルで使いこなす……一種の称号に魔法騎士マギノカバリエがありますが、これは覚えなくても問題ありません」

「ふぅん……シオン君はどれになるのかな?」


「身体魔法が得意なので、魔法剣士ですね」

「ふむふむ……」


 一般的に魔法使いは汎用性と威力に優れるが、詠唱に集中力を要する。また魔法に特化した補助具マギノデバイスは殴り合いには向かない。何より高価な精密機器なのだ。


 魔法剣士は単体の戦闘力が高く、得物に魔力を宿す魔剣を使いこなすが、接近しなければ本質を生かせない。


 一般的に魔核が大きい者は魔法使いに進み、小さければ魔法剣士に進む傾向がある。魔力循環クレアールの拡張たる身体魔法マギノ・ヴァサルは詠唱魔法に比べてコストが低いためだ。

 どんなに才能が無くとも、一定以上の力を得ることが出来るのも魅力のある点らしい。


 さらに武術として鍛錬を踏めば、差はほとんどなくなっていく。


 なお魔法を主体として使うものは一律魔法使いマギノディールと呼ぶ。この上で得意魔法が何かという話になるのだ。



「……魔力とは何だろうか。魔核とは?」

「まず、世界は万物が内包する魔素マナで満たされ、対流しています。

 生ける者が胸の奥に持つ魔核で取り込み魔力に変換します。魔力量は魔核コアに依存する形で、魔核の質は遺伝するとされますね」


「魔素の流れか、やはり流れが強い"地脈"みたいなものがあるのかな?」

「はい。神殿のような聖地はレイラインの上に作られることが多いですね」


「魔核はどういうものなんだい? 見たことないのだけど」

「えっ? ステラさんは魔法が使えます……よね? なら胸の奥に魔力を感じるはずですよ」


「あれが? 核というには塊じゃないけど……」

「感じ方は人それぞれと言いますが、掌に乗るくらいの石のイメージですよ」


 ステラの胸の内を想起すれば、広がるように静かな漣が聞こえる。感じ方は人それぞれというが、潮騒もまた『感じ方』の1つなのだろうか。


「また魔物が死ぬと、結晶化して魔石になりますね」

「ん? 人も魔核を持っているのならそうなるのか?」


「そういう話は聞きませんが……過去犯罪者を使って試したという事例があったかと」

「おっ、おう……」


 なかなかえぐい実験だ。取れた魔石には魔力が秘められ、魔道具の燃料として広く利用されている。


「なら属性みたいなものは有るのかい?」

「魔法の属性エレメント七栄神セヴンスが司る7つありますね。

 4方属性のヴィルネアタウディアに、

 2双のリアリース

 1極のトレアの合計7つです。

 これらは4方、2双で相関関係があります」


「あれ、魔力そのものというか……無属性っていうのはないのか?」

「無?? ってなんでしょうか、魔法は属性が付与するものですよ」


「じゃあ身体魔法もそうなのかい?」

「ええ。火なら力強く、風なら素早くといった違いは出ますけれどね」

「なるほどなぁ……」


 なお4方は水→火→風→土→水の相克を描き、命と死は互いに相克する。星は関係がなく、ただ己の属性のみで相克する特殊な属性だ。単体では光に関係し、他と組み合わせることで真価を得る。



「所で……か、雷とかはないのかい?」

「雷ですか? たしか古い文献に記述があったような……」


「シオン君は使えないの?」

「扱える属性はからね。その後詠唱ワールに傾くか身体ヴァサルに傾くかは才能次第です。

 もちろんその人の努力もありますが」


「てことは……魔法そのものは普遍で、何を使えるかは先天的。どう使うかは才能もあるが後天的と言えるのか」

「魔核と魔力も重要ですが、適性を持つ属性が肝要です。

 ……あ、生活魔法は独立したなので、適性がなくとも使えますよ」


「系統が異なる、とは?」

「生活魔法は七栄神セブンスにより齎された恩恵で、万民に与えられる詠唱魔法です。

 適性が無くても利用できるため分類を分けているんですよ」


 属性魔法の初歩、属性に依存しないレベルまで落とし込んだローエンドな魔法だ。転じて『基本魔法』とも呼ばれ、これを極めた魔法使いも存在している。


 生活魔法は次の7つが存在している。


 火の〈スパーク〉、着火に使える火花を作り出し、最も使用頻度が高い。

 水の〈ウォータ〉、少しの水を生む。ちゃんと飲める水だ。

 風の〈ブリーズ〉、少し風を生む。密室の換気などを行うことが出来る。

 土の〈ディグ〉、小さな穴を掘る。畑仕事や土木工事などでよく利用される。

 命の〈ケアー〉、少しの傷を治すが、効能は絆創膏程度だ。代謝を高めるものらしい。

 死の〈キュア〉、少しの病毒を癒やす。ただ多少回復を早めるだけで絶対ではない。

 星の〈ライト〉、小さな光源を造る。闇夜を裂くではないが、道をゆくなら十分な光源だ。



「……無詠唱とはどういう形態ものだろうか」

「流派によって異なりますが……詠唱句を圧縮するんです。

 短縮した詠唱は最終的に、魔法を行使する事ができますよ。これを無詠唱と呼んでいます」


「圧縮というと……例えばどんな?」

「標準的なのは、杖や指輪等の補助具マギノデバイスを用いるものですね」


 補助具マギノデバイスとは魔法を補佐する魔道具マギノツールの1つだ。

 基本は魔力循環クレアールを外部から補佐して、術の実施に対して多種多様な補助を行う。


 たとえば〈ファイアアロー〉という炎属性魔法が有る。


 一般的な補助具を用れば、消費する魔力を低減可能だ。

 火属性を補助する機構があれば、更に効率的に運用できる。

 魔法自体に特化したなら、詠唱破棄した上で元の倍以上の性能を見込めるのだ。


 ただし補助具の素材で付与可能な機能に、上限である機能枠スロットが存在する。

 ここに補助機能エンチャントを当て込み、補助具マギノデバイスとして作成されているのだ。


 魔法を使う上で補助具は必須であり、不要とは言え偽装が必要になるだろう。


 ただし派により圧縮論理が異なるため、基本的な補助具マギノデバイス以上はオーダーメイドになってしまうのが難点だが。



「ステラさんの流派は独特というか……杖もなく真に無詠唱とは、物凄い技術ですね」

「えっ、あっ、うーん。まぁ、そう、なのかな?」


「そうですよ、僕もあんな見事な魔法のは見たことがない。

 まさか『えいっ』とやって出来るとは思いませんでした」

「おっ、おう」


 ステラが言いよどむがシオンは追及しない。詠唱の基本は広く浸透しているが、詠唱破棄や圧縮と言った技術は奥義に属する故だ。



 ステラは腕を組み思案する。


(聞いた限り……小生の魔法、明らかに系統が違うよな……)


 ステラの魔法はイメージを起因とする……言わばのような魔法であり、体系のある魔法とは仕様が異なるように思える。

 此処まで齟齬がある中で行動を共にするなら、すぐにおかしさが露見するだろう。


 ならいっそ公開してしまうのも有りか。聞く限りそのスペックは異質であり……情報そのものが枷たりえるのだから。



「えー……シオン君。もし、思った通りに機能する魔法が使えて、属性適性も詠唱も必要としない魔法使いマギノディールが居たら……その人はどうなる?」

「なんですその……拗れた貴族が書いた自分最強系御伽噺いたましいメモ登場人物しゅやくみたいなのは」


「わあお、こっちにもいるんだ?

 っじゃあなくてだな……その、現実居たらどうなる? ぜったい捕まると思う?」


 苦笑いしつつ尋ねる彼女を見た彼は、何かを察して一筋の汗をかいた。


「そうですね……され、最大限利用されるでしょう。

 それがなら篭の鳥、二度と日の目は見られない。

 先程話した通り魔法の才能は遺伝しますから」

「あー、本当に産む機械かぁ……」


 ステラが頭を抱える。


「念のため一応。そう……一応確認しますが、今のステラさんの話じゃない全く別人の架空話ですよね?」

「あー、そのなんていうかなー。うーんその……ごめんっ!」


 にへらと笑ったステラが右手の人差指に紫電を纏わせた。

 左手には【石槍】を用意する。また先端を拡張し、火を纏わせて灼熱させてもみた。

 氷の矢がステラの周囲をふわりと周り、風伴い楽しそうに踊る。

 まるで魔法のお祭り騒ぎだ。


 シオンは全く楽しくなかったが。


「スミマセン、ショウセイデス」

「はい、しってました。信じたくなかっただけです……」


 がっくり肩を落とす少年に、申し訳無さでステラが頬をかく。


「……ステラさん、これ誰かに見せましたか?」

「いや、今のところ君だけが知っている情報だ」

「ああそれは正しい……正しいんですが……」


 シオンがぐったり疲れたように肩を落とした。


「……できれば知りたくなかったですねぇ」

「シオン君は思慮深いっぽくて、黙っていてくれそうだから……白状しましたァン!!」

「ええ、まだ死にたくありませんから」


 恨みがましい視線に息が詰まる。ステラがえへっとはにかんで誤魔化した。


「ぶっちゃけ小生どうしたら良いと思う?」

「秘密にしても漏れますから、ある程度見せて隠す……偽装をするしかありませんね」


 さすがに拉致監禁の上苗床エンドは御免被りたい。幸い心象魔法は汎用性が高いので、普遍的な形に振る舞うことは可能だろう。


(でもは秘密にしておいたほうが良さそうだなぁ……)


 そもそも魔法の時点でこうである。ステラが『女神』が作った筐体からだであるなど露見したら、彼は即座に倒れるだろう。


 主に胃痛で。


「魔法は目処が立つまで使用を控えるよ……」

「そうしてください」


 はあ、と疲れたように肩を落とすステラ。道行く先は曇天模様、不安な未来にげんなりする。


「まぁ事実は事実。仕方ないですが、今は前に進みましょう?」

「うーん、わかった。じゃあ早速、れっつら進――めなかったねぇシオン君ッッッ!!!」

「えっ? あっ。あ~……そうでしたねぇ」


 そう、眼前には相変わらずの黒なめこの海が広がっているのだ。状況は悪転していないが、好転もしていない。


「フフフ、マジどうすりゃいいんや?」


 乾いた笑いが石の廊下に悲しく響いた。

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