【書籍化】恋に落ちた私は、彼のフォロワーになった
風乃あむり
1 恋に落ちたアリス
私は恋に落ちたので、気になる先輩のフォロワーになった。
高校の入学式が終わり、下校する時のこと。
それはそれはカッコいい先輩を見つけてしまった。
本校舎の正面玄関から校門へ向けて下っていくメインストリートを、芽吹き始めた青葉が縁取っている。生まれたてのやわらかな葉は、春の陽射しを透かして、淡い緑の光を優しく地上へ投げかけていた。
そんな明るい光の中で、たくさんの先輩たちが賑やかに新入生を待ち構えている。部活動の勧誘だ。カラフルな看板やカッコいいユニフォームが道を彩り、新入生を誘う甘い言葉が、怒鳴り声で飛び交っている。
そんなエネルギーにあふれる正門前の空間に、ちょっと異質な雰囲気の集団がいた。
弓道部だった。
袴姿の一団。その中に、美しい姿勢で立つ男子の先輩がいた。
私は少しの間、彼を見つめてしまう。
黒々とした短髪、切れ長の目、細い鼻と顎。全体的に繊細な印象を受ける彼は、けれど立ち姿が堂々としていた。背筋がピンと伸びて胸を張り、袴を美しく着こなしていた。
とっとっとっ――
心臓のリズムが徐々に速まる。
私の視界に侵入してきたその人。
頭の中のどこかが痺れるほど。心臓がぎゅぎゅぎゅっとつかまれるほど。
もうその姿が本当にカッコよくて――
「で、なんとか高橋
先輩に一目ぼれして――言い換えれば入学してから1か月が経った。
「はぁ、それで毎晩しつこくスマホでチェックしてるわけね」
目の前でお弁当を食べている
偶然同じクラスに放り込まれた34名のうち、女子が16名。その中で、仲よくなったのが恵華だった。
おかげで新年度早々の緊張感もそろそろ薄れてきた。なんと言っても、休み時間に話す相手がいない「ぼっち」にはなりたくない。気の合う子――気を合わせられる子が16人の中にいるのか、そしてその子と同じグループに所属できるか、それが新クラスに放り込まれた直後の最大の課題だ。
恵華はいわゆる美人タイプだ。化粧はしてないのに、目元がくっきりしている派手な顔。背が高く、部活はバスケ部で、細いけど実は筋肉質。肩より少し長い髪を、だいたいいつもシンプルに1本に結んでいる。
洋楽好きの恵華、邦楽しか聴かない私。運動部と帰宅部。テレビを観ない恵華に対し、芸能ゴシップ大好きな私。少年漫画派と少女漫画派。
対照的な2人だと、周囲も思っているだろう。でも、趣味は合わなくても、会話が弾むのが彼女だった。
「うん。イチハル先輩ね、昨日は勉強のやる気が出なくて、漫画読みふけってたんだって」
「えー漫画ぁ」
バカにしたような言い方をしているが、別に本気じゃないのは分かる。だって恵華も漫画読むし。
私、
山崎恵華は、クール系突っ込みキャラ。
そういう役割をとりあえずは割り当てながら、私たちはお互いの距離を探っているのだ。
高橋一春先輩は、高校2年生。弓道部では、有力な部長候補らしい(これは弓道部の友だち情報)
とにかくカッコいい(これは主観)
爽やかで繊細な顔立ちと、私より背が高いところがいい(右に同じ)
あと姿勢もいい(これは恵華も褒めてた)
家族構成は、両親と1つ年上の姉との4人家族(これはSNSの呟きから総合的に判断)
すでに大学受験まで見据えて受験勉強を始めているようだが、なかなか勉強に身が入らないことも多い(右に同じ)
彼女はいないようだ(SNSチェックを念入りにした上での希望的観測)
好きなタイプは自分より背の低い人(妄想)
この1か月フォローしてみて、いろんなことが分かってきた。さて、放課後はまた、先輩の呟きをチェックしなくっちゃ。
手のひらの上でいじってるスマホを、あらためてじっと見る。
縦15センチ、幅8センチ、厚みは7ミリ。だいたいそんな感じ。あんまり大きいと使いづらいので、長い検討の末、このサイズにした。
軽くて薄い、私のパートナー。その画面を眺めていると、思わず頬が緩む。
だってこの中に、イチハル先輩が詰まってるんだから。
◆ ◆ ◆
【プロフィール】
アカウント名:イチハル
@ichiharu_lamps
大川森小/大川森第一中/咲川西高2-6/弓道部。よく聴く音楽は、邦楽ロック。最近はまってるのはBadLamps。週刊ジャンボは毎週必ず読む!無言フォローすいません。よろしくお願いします。
285フォロー 263フォロワー
イチハル 2017/04/05
明日入学式!弓道部の勧誘頑張ろう!
↪️1 ⇄ ❤12
イチハル 2017/04/06
やっぱりサッカー部とかチア部は人気だったなぁ
悔しくなんかないわ!
↪3 ⇄ ❤30
イチハル 2017/04/08
部活おつ 新入生も1人参加!やった!
来週の大会ガンバロー
↪1 ⇄ ❤38
イチハル 2017/04/09
家族と一緒に買い物とかいまさらないわ(-_-;)今日は家で読書~(漫画ですけどなにか)
↪ ⇄ ❤19
イチハル 2017/04/12
関東大会予選まであと5日!今年はせめて十射五中を…
↪ ⇄ ❤13
イチハル 2017/04/16
大会おつ 目標到達しなかった
来週は女子の大会 がんばれ!
↪ ⇄ ❤15
イチハル 2017/04/19
今年も物理、盛田センセー ホントよかったわ
↪1 ⇄ ❤8
夕飯後、勉強の合間。「だめだ、やる気起きない…」とSNSに呟いたあと、なんとなく今年度の自分の呟きや返信を見返していた。勉強机の隅に置いたスマホを人差し指でスクロールする。
もう5月も半ばだ。1週間後には中間テストがある。部活動禁止期間だから、勉強に集中しなきゃいけない。
というのは分かってても、手はスマホに伸びちゃうんだよなぁ。
さっきの呟きにいくつかいいねがついた。みんな勉強に集中できないんだなぁ、と妙な仲間意識を感じてニヤっと笑う。
あれ?
いいねをくれた人の中に、知らない名前があった。……ん? 昔の呟きにも、いくつかいいねをつけてるな。
これ、誰だっけ、とタップしてプロフィール画面に飛んだ。
【プロフィール】
アカウント名:アリス
@alice_A_alice
無言フォロー失礼します。
15フォロー 2フォロワー
これだけ。
アイコンは外国アニメ映画の「不思議の国のアリス」。
俺の他にフォローしているのは、企業の公式とか芸能人と、鍵がかかってる一般人のアカウント。フォロワーの2人も鍵アカ。そして呟きはしてない。
知らない奴に見られて困る呟きしてるような覚えはないけど……。
「一春ーー! お風呂入っちゃいなさい!」
ドアの外から母親の声がした。はいはい、と適当に返事をして、身の入っていなかった問題集とノートのページを閉じた。といっても、すぐに立ち上がる気にはなれない。
スマホを手に取って、まじまじと液晶画面を見る。そこには「不思議の国のアリス」の薄い笑顔。
……なんか、怖ぇ。
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