第十話 理想の女

10-1.バラの花

 十月に入ってから、中川美登利はほとんどの日数をあちこちのバラ農園ですごした。誘ってくれたのは小宮山唯子で、自分のバイトに付き合わせてごめんなさいと謝っていたが、美登利にしてみれば忙しいのは大歓迎だ。

 秋の開花が始まるこの季節は一年で最も美しいバラが見られる時期なのだそうだ。あちこちで展示会が開催され注文の受付が始まるし園芸店にも苗を卸す。農園は忙しそうだった。


「私ね、バラって言うと『星の王子さま』を思い出す」

「わがままで気難しいバラね」

「そうそう、だからバラってすごーく手間のかかるイメージがあって苦手だったんだけど」

 農園の片隅でお茶を飲みながら唯子はバラの苗を見渡す。


「自分で花を育てるようになってわかったんだよね。手間暇かけて面倒をみてあげるから愛着がわくんだなーっていう……。それで読み返してみたら、なんだかあのバラって人間の女の人みたいって」

「サンテグジュペリの奥さんがモデルだっけ」

「そうそう、おもしろいね。子どもの頃はそんなの知らないしバラの魅力もわからなかったけど」

 ふと唯子は隣の中川美登利の美しい横顔を見上げる。

(花よりもきれいな人)


 その夜、自室の本棚を漁って新書本を取り出した唯子はパラパラ読み返してみた。

 王子さまのセリフ、バラのセリフ、キツネのセリフのひとつひとつが切なかった。唯子にも好きな人ができたから、それらがみな愛の表現だと思えてしまう。


(杉原くんにも読んでもらおう)

 そして尋ねてみよう。あのバラの花って、ちょっとだけ、美登利さんみたいじゃない?



     *     *     *



 秋の創立記念日に向け宮前仁が所属する鉄友会でもってパーティを催すことになって、彼はとても面倒な日々を送っていた。

 鉄友会というのは西城学園大学部に在籍する鉄工関連の企業の子息たちが集まる会だ。地元で最大手の鋼材卸会社の息子を会長に、宮前のような建設業から、下は溶接工・旋盤工の息子までそろった完全カースト制がまかり通る腐った集団だ。


 学内には他にも商家と飲食店・ホテル業を家業とする子どもの集まりや、医者や教師の子どもの集まりなど様々な会が存在するらしい。

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