9-6.お兄ちゃんは私のもの

 そしてまた能天気な顔をして彼を出迎えるのだ。

 その実、胸の内には何を巣食わせていることか。それはそのときになってもきっとわからない。


 だけど約束はした。いよいよなときには一緒に死ねる。これ以上はない幸せな約束。

 そうして彼の心もまた、闇に沈む。ただ、彼にはそれが幸せだった。





 自宅に帰ると兄が来ていた。

「お兄ちゃんまたいるの?」

「いたっていいじゃない。自分の家なんだから」

 めっと母は眉を寄せつつ、やっぱり不思議そうな顔をする。

「お父さんと何か話し合ってるみたいなのよ。男同士の話だってお父さんは教えてくれないけど、やっぱり結婚の話かしら」


 夜も遅いと言うのに巽は庭にいるようだ。今日は仲秋の名月、月を眺める気持ちもわかる。

 煌々と明るい月が夜を照らす。暗い闇夜もあるからこそ、人は月明りをありがたがって見上げてしまうのだろうか。


「お兄ちゃん」

 寄っていくとガーデンチェアから彼女を見上げて微笑んだ。

「おかえり。遅かったね」

「そう?」

「寂しかったよ」

 冴え冴えとした光が兄の表情に陰影を作る。


 光は闇を照らしてくれるけど、光が強ければ影も濃くなる。潜む闇はなくならない。奥底を這いずってうごめいて、出口を求めるように。


 ふと口元に笑みを浮かべ、美登利はそっと後ろから兄の肩に手を回した。

「お兄ちゃん、私のこと好き?」

「好きだよ」

「私も好き」

 ちょっと目を瞠って巽は彼女を見上げる。


「どうしたの? 急に」

「前はよく言ってたなって思って」

「そうだね」

 嬉しそうに笑って兄は美登利の手を握る。

「しあわせだよ」

「うん」

 切なく微笑んで指を絡めて手を握る。


 嘘つきだなんて思ってごめんね。離れたことを責めてごめんね。嘘なんかじゃない、今もこうして自分を愛してくれている。

 気づいたところでどうにもならない。兄妹はずっと一緒にはいられない。それでもひとつだけ、気づけて良かったことがある。


 誰にも奪われたわけではない。胸の中でなら堂々と叫ぶことだってできる。この人は、ずっとずっと自分のもの。

(お兄ちゃんは私のもの)

 彼女の闇も深さを増して、そろそろと這いずりまわるものが大きくなっていく。彼女はそれでも気づかない。

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