第9話 5月5日 勉強

5月5日(木)


今日はゴールデンウィーク最後の日。

昨日、一昨日の猛勉強で今村くんは始める前からグロッキー状態だった。


「今日は、やめようぜ。これ以上詰め込んだら、頭がパンクする」


「うーん。でも、まだ現代文の勉強はしていないわけだし……」


いきなり泣き言を言い始める今村くんを少しかわいそうに思うが、それでも私はそう返した。


「現代文……。現代文はいいよ。ちゃんと、授業聞いてるからさ」


「そうなの? じゃあ、この問題を……」


今村くんの言葉に、去年の中間テストの問題を出してみる。

すると、やっぱり全然出来ていなかった。


「ダメじゃないか」


「これは……あんたが授業でやった内容と違うだろ。『走れメロス』はちゃんと覚えてる!」


私の言葉に、今村くんはムキになって反論してくる。

まあ、確かに去年の問題は扱っている小説が違うわけなのだが……。

試しに『走れメロス』で問題を出してみる。

『この時メロスはどう思っていたか?』的な問題だが、今度はあっさりと正解を答える。


「おおっ、正解だよ。なんでこれは出来て、去年の問題はダメだったんだろう?」


「それは……あんたの授業がうまいからじゃねーの」


私の素朴な独り言に、今村くんは顔を赤らめつつそう答えた。


「そうなのかなー。まあ、中間テストは『走れメロス』でやるんだから、それが出来てれば良いか」


「だろ? じゃあ、今日はこれでおしまいな?」


私の言葉に、今村くんの表情が輝く。

だがしかし、このままでおしまいにするほど私は甘くはなかった。


「じゃあ、この漢字も当然読めるよね?」


私が『走れメロス』に出てきた漢字を紙に書くと、今村くんは唸りだした。


「んー。確かに見たことのある漢字だけど……。ダメだ、ど忘れした」


「じゃあ、こうしてみたらどうだろう?」


私は漢字の前後に文章を付け足してみた。すると、今村くんははっとして答えを書き出す。


「正解! なるほど、前後の文章があればちゃんと読めるんだね」


「ああ。あんたがどう読んでいたか思い出した」


「なるほど。ほんとにちゃんと授業を聞いてくれてるんだね」


私がそう言うと、今村くんの顔がまた赤くなる。


「な、なんだよ! ちゃんと授業聞いてたらおかしいのかよっ!」


「そんなことないよ。私の授業をちゃんと聞いてくれていたのは嬉しい。でも、他の先生の授業もちゃんと聞こうね」


顔を赤らめてムキになる今村くんがかわいくて、つい頭を撫でてしまう。


「あっ、馬鹿! 髪形が崩れるだろ!」


すると、今村くんはそう言って怒り出した。

撫でられたことそのものじゃなくて、セットが乱れたことを怒るのか。

う~ん。襟首掴まれたこともあったけど、そんなに嫌われているわけではないらしい。


「ごめんごめん、つい……ね。後は漢字を書けるかどうかだけど……」


私はいくつか文章を書き、ひらがなの部分を漢字に直すように言ってみるが、こちらはさっぱりだった。

う~ん。授業を『聞いている』けれど、漢字を覚えるといった事はやってないようだ。


「パソコンとか携帯のある時代に、漢字なんて書けなくたっていいだろっ」


とうとう、今村くんはそんなことを言い出した。

実は私もその考えにはある程度は同意なんだけど。


「でも、テスト中は携帯禁止だし。それに、同音異語があるからね。それは携帯があってもダメだよ」


「う~ん。それはそうかもしんないけど……」


今村くんはしんみりと答え、漢字の書き取りを始める。

本当は携帯には辞書機能が付いているから、それで調べるという手があるんだけど。

そんなことを言ってしまうとやる気がなくなるから黙っておく。それに、いちいち辞書で調べるのはさすがに手間だ。

真剣に漢字を覚えようと書き取りをしている今村くんを見ていると、いつものいい加減さはない。

こうやって、がんばっている今村くんはかっこいい……生徒相手だけど、私はそんなことを思った。

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