第3話 4月11日 初授業

4月11日(月)


今日は初授業の日。

1年B組の授業が本日2回目の授業となった。クラス名簿をチェックしてみるが、今日は休みの生徒はいないようだ。

クラスの生徒たちを一通り見渡してみる。不登校の中でもどちらかというとひきこもり系の生徒が多いからだろうか。みんな、大人しく授業を待っていた。

というよりは、まだ入学式と始業式を行っただけだから、雑談を交わす友達は作れていないといった感じだろうか。


そんなことを思いながら生徒を眺めていると……前言撤回。

いきなり隣の生徒に話しかけている生徒がいた。話しかけられたほうの生徒は、対応に困っているようだったが。

座席表を見てみると「今村いまむらソウタ」と書かれていた。今村くんか。今日から1年間、私の教え子ということなんだな。

頭の片隅でそんなことを考えつつ、初授業の前の自己紹介を開始した。


「私は小川タカヤ。今日から1年間、このクラスの現代文の授業を担当します」


私はそう言いながら、黒板に自分の名前を書いていく。


「趣味は読書。といっても、小難しい本ではなく、ライトノベルとかが中心だけどね。ラノベは読者を楽しませるという点では文学作品の中でもトップクラスだね」


隣のクラスで行った自己紹介を、そのまま使いまわす。生徒の中からA組と同じく「そんな国語教師でいいのかよー」という声が上がる。


「国語教師でも、小難しい本より面白い本が読みたいものだよ。まあ、国語教師という立場で言うならば、優れた文学作品というのは面白くてわかりやすいものではなく、何度も読み直したくなる深い作品だと思うけどね」


生徒たちは、わかったようなわからないような顔で私を見つめている。


「授業的には後者の文学作品を教えていくわけだけど、出来るだけ面白くてわかりやすく説明していくつもりだから、しっかり授業を聞いてね」


私はそう言って、自己紹介を締めくくる。


「どんな授業やったって、教科書に載ってる本なんて何度も読み返したくねーっての」


すると、今村くんがそう言ってあくびをする。つられて他の生徒も「そうだよなー」と騒ぎ出す。


「はいはい、静かに。確かに教科書に載っている本……というか、教科書をただ読んでも何度も読み返したくなることはないよね」


「なんだ、わかってんじゃん。だったら、授業なんてやめようぜ」


今村くんがそう言うがさすがにそれには賛同できないらしく、生徒たちは静かになる。


「なんだよ、お前ら。ノリ悪りぃな」


今村くんがそう言うも、誰もノってこない。なんとなく、今村くんがクラスから浮いた感じになってしまう。


「まあ、試しに授業を受けてごらん」


私は何事もないように、授業を始める。そして、教科書に載っていた『走れメロス』を大声で朗読するのだった。


「メロスは激怒した! 必ず、かの邪智暴虐じゃちぼうぎゃくの王を除かなければならぬと決意した!」


いきなりの私の大声に、生徒たちがびっくりする。それは今村くんも同様だったらしい。

いや、むしろ今村くんは驚きのあまり、後ろに倒れ掛かる。


「ああ、ごめんごめん。いきなりびっくりさせちゃったね。でも『走れメロス』の冒頭はこんな感じで読んでも良いと思うんだよね。だって『激怒』して『王を除こう』と決意しているわけだからね。それはこのくらいの迫力を込めて読まないと伝わらないよ」


私の言葉に、生徒は唖然としている。


「ば、ばっかじゃねーの。そんな風に読んだからって、面白くなるわけ……」


今村くんはなおも言い募るが、さっきの勢いはなくなっている。私は無視して続きを読む。


「メロスには政治がわからぬ。メロスは、村の牧人である。笛を吹き、羊と遊んで暮して来た」


ここまでは、普通の朗読のように静かに説明する。


「けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった!」


そして一気に大声で読み上げる。


「どうかな? こんな風に読むと、穏やかな暮らしをしているメロスが正義感が強く、悪を許せない人だって伝わってこない?」


生徒たちは、わかったようなわからないような複雑な表情を見せる。

しかし、何人かの生徒は興味を持ったようで、次の朗読を待っていた。

そして、今村くんも複雑な表情をしながらも今まで開いてもいなかった教科書を黙って開くのだった。


こうして、授業は私の発表会のような形で進行し、今日の仕事は終了した。

私は赴任1年目ということで、クラス担任は任されていない。なので、基本的な仕事は授業だけなのだ。

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