第14話 海上封鎖

 九鬼守隆率いる帝国水軍第一艦隊三十四隻が台湾沖に姿を現した。

 ゼーランディア城から見える海という海に帝国水軍が船を並べている。

 海上封鎖である。

 どこから援軍が来ようが、ゼーランディア城に近づくことはできない。


 陸では井伊直政と袁崇煥がゼーランディア城を包囲している。

 もはや蟻の這い出す間もない。


 袁崇煥は先住民を雇い、これを間者として城内に送り込んでいた。

 傭兵たちの離反を促すためである。

 台湾にはたくさんの先住民族が住んでいる。インドネシアやフィリピンと同じポリネシア系の民族である。台南のあたりはシラヤ族と呼ばれる部族のテリトリーになる。ゼーランディア城の傭兵の多くがシラヤ族である。


 改変前の歴史では、台湾に漢民族が移住してくるのは十七世紀になってからである。その後、オランダに支配され、オランダを追い落としたのが鄭成功である。鄭成功は清に敗れ、清朝の支配となるのだが、清は台湾を「化外の地」、つまりは蛮族と土地であるとして重要視しなかった。日清戦争の結果、台湾は大日本帝国の版図となる。

 日本による台湾の植民地支配は、朝鮮半島や中国に対するそれに比べて反発が少なかったと言われている。日本による支配は良好であったと言う者もいるくらいだ。日本の支配下でも先住民族は反乱を起こしている。彼らには首刈の風習があり、反乱は凄惨な経過を辿った後、鎮圧された。。昭和天皇は、この事件の背景に日本人の先住民への侮蔑があったことを指摘している。

 第二次世界大戦中には高砂族の名称で呼ばれていた彼らは「高砂義勇軍」として志願し戦地へ向かった。ジャングルでの戦闘に強く、その勇猛さを轟かせた。

 日本の敗戦後、大陸において中国共産党に追われた中国国民党が中華民国を建てた。先住民たちの権利が認められ始めたのは八十年代の民主化の流れを待たなければならなかった。



 真田信繁が忙しそうにしている。真田丸を失った悲しみも癒えぬ今、何かしていないと心が折れてしまいそうなのだ。この男は強い。だが強い分だけ感情の量が多いのだ。面倒な性格である。  

 「握り飯じゃ、握り飯をたんとこしらえるのじゃ!」

 大介も、佐助も、鄭芝龍も、朝から握り飯を作りつづけている。


 「信繁君は、何をしてるなりか?」

 もうすぐゼーランディア城から傭兵たちが逃げ出してくるはずだ。逃げ出してきた者たちに食わす握り飯を作っているのだ。

 「信繁君は、ほんとに不思議な人なり。」

 おまえの言うとおりだ。不思議な男だ。


 だが、ゼーランディア城からは誰も逃げてこなかった。

 いや、逃げた者はいる。

 逃げた者は城壁から鉄砲で狙い撃ちにされた。

 それを見たほかの傭兵たちも逃亡をあきらめたのだ。

 オランダ人たちはまだ望みの綱を捨てていないようだ。


 握り飯の山を前にして、真田信繁ががっくりしている。

 せっかく用意した握り飯が無駄になった。

 誰かを助けることで、自分を励まそうとしていた信繁にとって、それは残酷な事実だった。


 夕暮れ、鄭芝龍が五歳くらいの女の子を連れてきた。

 鳥の羽の飾りをつけたシラヤ族の衣装は泥に汚れ、ぼろぼろになっている。

 芝龍は女の子に握り飯を渡した。

 がつがつと握り飯にかぶりつく少女を、信繁と大介がしげしげと見ている。

 少女が、「もうひとつ貰ってもいいか?」という素振りを見せた。

 信繁が頷くと、少女は握り飯をひとつ懐にしまって帰ろうとする。

 信繁たちは少女についていくことにした。

 焼け残った森の中に、シラヤ族の一族が隠れ住んでいた。女と子どもばかり、三十人ほどいるだろうか。

 山火事と戦争で住まいを追われた難民たちである。

 「みな、こっちへこい。握り飯がたんとあるぞ。それから酒も用意してある。みな、来い!」

 酒が入ると、シラヤ族の女たちがせめてものお礼にと歌を歌い始めた。その歌に合わせて信繁と佐助がこっけいな踊りで答えた。戦場に久々の笑い声がおこった。

 「父御ててごはどこじゃ?」

 信繁が少女に問いかけた。

 少女が指さす彼方に、かがり火に浮かび上がったゼーランディア城があった。


 翌朝、軍議が開かれていた。

 ゼーランディア城に総攻撃をかけるというのだ。

 その軍議に真田信繁が飛び込んできた。

 「いかん、総攻撃はいかん。この戦は義によって立つべきものなのじゃ。先住民の傭兵たちを皆殺しにしてしまえば、我らもあのオランダ人たちと同じではないか!」

 そんなことは誰もが分かっているのだ。しかし、オランダ人たちが降伏しない限り、この戦は続くのだ。

 「わかり申した、真田殿、今一度、策を練ってみます。」

 袁崇煥が答えた。

 信繁は拱手の礼をして去った。


 「真田信繁殿、あのお方には敵いませんね。」

 袁崇煥が伊達政宗にぽつりと漏らした。

 「そうであろう、わしもあの男には勝てん!」



 翌朝、伊達政宗は捕虜にしていたピーテルスゾーンを座敷牢から出し、引見した。

 ピーテルスゾーンは敵の大将と見られたため、他の捕虜たちとは隔離し座敷牢に入れられていたのだ。

 政宗の目的はピーテルスゾーンにゼーランディア城へ降伏勧告をさせることである。

 縄を打たれ、地面に跪かされながらも、ピーテルスゾーンはこれを拒否した。


 通訳にあたったのは支倉常長、伊達水軍の大将である。

 この男は中国語、イスパニア語、英語、オランダ語などを操るマルチリンガルである。語学の才能に恵まれた人間は、私には羨ましい限りだ。

 「あたしも中国語と英語とフランス語とイタリア語とロシア語ができるなり。」

 ふん、嫌味なやつだ。


 伊達政宗が取った特攻まがいの作戦の指揮をとっていたのが常長である。

 政宗がどういうつもりだったかは知らないが、常長は本気で船をぶつけるつもりだったと言われている。主君、政宗には、「吹っ飛ばされないようにマストに体を括りつけてください」と言っただけだったのだ。


 政宗と常長が、何やら相談している。

 再びピーテルスゾーンの前にやってきた常長が、オランダ語で申し渡した。

 「そなたには、大将らしく名誉の死を与える。」

 怪訝な顔をしているピーテルスゾーンの前に三方に乗せられた短刀が置かれた。

 切腹せよ、と政宗は言っているのだ。

 何が何やら分からないピーテルスゾーンに、常長が切腹の作法を教えている。

 ピーテルスゾーンの顔が青ざめていく。

 「大丈夫じゃ。介錯はこの常長が務めるのじゃ。安心召されい。」

 首を斬られる。西欧人にとっては野蛮で恐ろしい処刑である。

 ピーテルスゾーンは神の名を叫び暴れだした。

 常長がすらりと脇差を抜き放ち、刃を裏返して峰打ちにした。

 ピーテルスゾーンは地面に倒れ気を失った。


 「やはり臆病者であったな、常長。」

 「さようでございりますな。」

 常長が命じた。

 「この男を座敷牢へ戻せ!」

 ピーテルスゾーンは両脇を抱えられ引きずられていった。


 切腹という文化は日本人にとって名誉であっても、西欧人には恐怖以外の何ものでもない。

 私たちだって、台湾先住民の首狩りの風習を不快に思ってしまう。

 異文化というものは簡単に理解できるものではない。今では切腹も首狩りも地球上からほぼ姿を消した。それは世界が文明化されたことを意味する反面、単一化し文化的な個性を失ったとも考えることができるのだ。日本人が切腹の伝統を放棄したのと、台湾の先住民たちが首狩りの伝統を失ったのは等価であると考えてみること。歴史を構造的に考えるとは、そういうことなのだ。

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