第10話 台湾をめぐる軍議
上海城では、台湾問題に対処すべく皇帝の下、重臣たちが集められていた。
皇帝、織田信忠は階段の上の玉座にある。
階段の下には宰相、石田三成と副宰相、大谷吉継が左右に並んでいる。
戸部典子がくらくらしている。関が原世代の大スターが雛人形の如く並んでいるのだ。
「三成君に吉継君、関が原が無かったらこんな風になってるなりな。でも吉継君、病気は大丈夫なりか?」
大谷吉継はらい病だったという説があるが、この時空の吉継は単なる重症の皮膚病だった。人民解放軍の諸君が医者に化けて吉継に近づき特効薬を飲ませたのだ。
中国では重臣たちが立ったまま会議をするのである。皇帝は階段の上からそれを見下ろしている。
日本人や中国人の官僚に加えて、武将たちも参加している。これは軍議でもある。
宮廷での会議は中国語で行われるのが慣例である。これまでは、李博士の通訳が必要だったが、自衛隊の諸君が持ち込んだ自動翻訳装置によって、私はイヤホンを通して内容を知ることができる。芸が細かいのだ、自衛隊の諸君は。
宮殿の映像や音声は、人民解放軍の諸君があらかじめ仕掛けておいた隠しカメラと盗聴器によって送られてくるのだが、念のため二機のギンヤンマが天井にとまって待機している。
外交顧問である伊藤マンショが発言している。
「少年じゃないなり、おっさんなり。」
当たり前だ。一六十一年だぞ。
少年遣欧使節としてローマ法王にも拝謁したこの男も四十前の働き盛りである。
伊藤マンショは西欧の情勢について説明している。
西欧ではローマ法王を頂点とするカトリックに対して、これに異議を唱えるプロテスタントが勃興し争っているというのだ。
中国や日本に伝えられたキリスト教は旧教、カトリックであり、台湾に上陸したオランダは新教、プロテスタントである。
「ゆえに、宣教師たちを通じての交渉は不可能にございます。」
皇帝が質問する。
「それらは仏教でいうと一向宗と日蓮宗のようなものか?」
さすがの伊藤マンショも困った顔をしている。
「仏教には様々な御仏がおわします、しかし、キリスト教では神はひとつ、唯一のものにございます。」
「神がひとつならば、争う必要はなかろう。」
「いえ、神がひとつゆえ、その解釈を巡って争うのでございます。」
一神教の論理はわたしたちには理解しがたいものがある。
「まあよい、帝国のキリシタンどもとオランダは仲が悪いということじゃな。」
織田信忠は「帝国」という言葉を意識して使うようにしていた。中華でも海王朝でもなく、単に「帝国」と呼ぶことで普遍性を志向していたのだと思う。
「御意。ですが、それだけではございません。」
伊藤マンショは西欧の地図を掲げた。
「よく見えん!」
皇帝が手を振ると、小姓衆たちがテーブルを持って入っていた。
「美少年軍団なり!みんな艶やかな着物を着ているなり! 美しいなり!」
本来の中国ならば宦官たちの仕事である。信長が宦官を排除してしまったため、宮殿の雑事は小姓衆の受け持ちなのだ。このおかげで実に宮廷が華やかである。
伊藤マンショがテーブルの上に地図を広げると、皇帝が階段を下りてきてしまったのだ。中国人の官僚たちはあわてて信忠を制止しようとするが聞き入れられない。陛下というのは階段の上にいるから陛下なのだ。伝統を重んじる中国人官僚からしてみれば、とんでもないことなのだ。
石田三成と大谷吉継は苦笑している。いつものことだからだ。
「いつもこんな感じなのか?」
真田信繁が小声で伊達政宗に訊いた。
「いつもこんな感じじゃ。」
この小声を拾ったのはギンヤンマである。
木場三尉、いい仕事だ。
真田信繁は官僚でも武将でもないが、今回はオブザーバーとして呼ばれたのだ。
テーブルには皇帝用の椅子が運ばれた。
皇帝以外は立ったままで会議を行う。ここは中国の伝統をキープだ。
「信忠君は気さくな皇帝なりね。」
「フランスとイスパニアは同じカトリックでありますが、仲が悪うございます。オランダはイスパニアから独立したばかりの国で、両国の仲も悪うございます。エゲレスはプロテスタントとは違いますが新教の国でございます。ところがエゲレスとイスパニアとが和議を結びまして、同じ新教国であるエゲレスとオランダの仲も悪うなり申した。」
皇帝だけではない、出席メンバーたちも訳がわからんという顔をしている。
西欧の歴史は複雑だ。中華のように統一帝国があったのは、古代ローマに遡らなくてはならない。いちおう神聖ローマ皇帝が俗界を統べることになっているのだが、その権力は非常に小さい。一方、聖会を束ねるローマ法王が絶大な権力を振るっていたのだが、新教の登場によりその力にも影がさし始めたのだ。
「要するに、敵の敵は味方、味方の敵は敵、ということか。」
「過不足はございますが、そう理解されてよろしいと存じます。」
皇帝、信忠は満足そうな顔をした。
会議は台湾の現状報告に移った。
オランダ船と遭遇し、台湾での戦いを見てきた真田信繁が前に出た。
「今、我が方に必要なのは水軍でございます。船からの艦砲射撃を防ぐことが第一になすべきことと存じます。また、井伊殿は城攻めにございます。攻城三倍の原則でござる。援軍さえ来れば必ずやゼーランディア城を落としましょう。」
「我が帝国の艦隊は?」
皇帝の質問に宰相、石田三成が答えた。
「九鬼殿は、南方の倭寇鎮圧に出かけたところ、オランダの船団と遭遇し、ただ今、その掃討にあったっております。」
九鬼殿とは
鉄甲船で李舜臣を打ち破った九鬼嘉隆はすでに引退して、守隆に家督を譲っていたのだ。
改変前の歴史では父、嘉隆が西軍に、子、守隆が東軍につき関が原を戦っている。真田家と同じく、東西いずれが勝ったとしても九鬼家が絶えぬ為の戦略であった。
「あやつ、また狩りを楽しんでおるな。」
信忠が笑った。
真田丸が遭遇したオランダ船だけではない。南シナ海では台湾の救援に向かうオランダ船がいく隻も出現していたのだ。九鬼守隆の帝国艦隊はまるで狩りをするかように、VOCの旗を掲げる南蛮船を補足しては撃破していたのである。真田信繁が遭遇した船団もマストの修理をしていた島影で帝国艦隊に発見され撃破されていた。
三十余隻にも及ぶ帝国第一艦隊は時には分散し、時には総力をあげてオランダの船団を海の底に沈めていたのだ。ちなみに第二艦隊は済州島にある海賊の本拠地の壊滅作戦を展開中であり。第三艦隊は日本列島の守備にあたっていた。
石田三成が皇帝の意を受けて、命令を発した。
「井伊直政殿の援軍には、
伊達政宗がその用兵の見事さを称える二十代の中国人武将が抜擢された。
中国人たちも宮廷で頭角を現し始めたのだ。
若き武将、袁崇煥は皇帝の前に進み出て、右の拳を左手で包み込む拱手の礼をとった。
「第一艦隊を即刻、台湾に向かわせオランダ艦隊の討伐にあたらせよ!」
「お待ちください。」
真田信繁だった。
「オランダ艦隊討伐は、迅速を以ってあたるべきと存じます。第一艦隊を待っている間にも、敵に援軍が来れば事態は悪化しましょう。」
「ならばわしが。」
伊達政宗が立ち上がって、皇帝に拱手の礼をとっている。
「陛下、この政宗にご下知を。八隻程度のオランダ船、伊達水軍で十分にございます。」
「政宗! よう言うた。」
皇帝、信忠は上機嫌である。
「伊達殿、頼みましたぞ。」
副宰相、大谷吉継が伊達政宗に力強い拱手の礼をしている。
当時、日本の武将たちのあいだでは拱手の礼が流行っていたのだ。
戸部典子もメイン・モニターに向かって拱手の礼をしている。
女性の拱手は左手と右手が逆なんだけどな。
軍議の最後を締め括くったのは、諸葛銃の試し撃ちである。
宮殿の中庭には諸葛超明が控えていた。
超明が宮殿の奥にいる皇帝に向かって拱手の礼を取ると、試し撃ちが始まった。
ドン!、ドン!、ドン!、ドン!
連射の速度もこれまでの鉄砲とは違う。施条によって回転する弾丸が遠くの的を見事に射抜いていく。
おー!
武将たちがどよめきの声をあげた。
石田三成が含み笑いを浮かべている。
自衛隊ドローン部隊が察知していた。
この男には遠大な計画があるようなのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます