第9話 諸葛銃

 上海に戻った真田信繁は、荷下ろしを佐助と息子の大介に任せて、鉄砲工房へ向かった。オランダ人から分捕った元込め銃を抱えてだ。

 工房には信繁が馬上鉄砲を作ろうとしていた頃、共にアイディアを出し合った鉄砲鍛冶、多々良義衛門がいる。

 「義衛門殿、これを見てくれ。元込め銃じゃ!」


 真田信繁の頭上を一機のギンヤンマが旋回している。木場あかね三尉の操縦技術が凄いのだろう、本物のトンボと見まごうばかりの微妙な動きをしている。ツィーっと飛んで静止する。ホバリングしていたかと思うと突然上昇したりするのだ。

 このおかげで、これまで聞き取り不可能だった室内での会話を聞くことができる。


 元込め銃を一瞥した義衛門は鼻で笑って、工房の奥に目をやった。

 そこには一丁の銃が台に据えられていた。

 信繁がつかつかと銃に近づき手に取った。

 「元込め銃ではないか。ここにもあったとは驚いたな。いや、これはただの元込め銃ではないな。」

 「銃身の中を覗いてみなせぇ。」

 信繁が銃身を覗き込む。銃身の内部に螺旋状の筋が刻み込まれている。

 「義衛門殿、これはいったい・・・。」

 「その螺旋で弾が回転して、弾の速度が速くなるって仕掛けでさぁ。」

 この螺旋状の溝は施条と呼ばれるもので、弾丸を加速する効果がある。回転する弾丸は真っすぐに飛び射程距離を飛躍的に伸ばすのだ。

 信繁が銃を構えて重さを確認している。

 「それだけじゃ無ぇんですよ。そこに弾があるでしょ。」

 先の尖った紡錘形の弾だ。シイの実のような形をしている。

 「その弾が、銃身の中で回転して押し出されえる。真っすぐに飛びますから、百発百中でさぁ。」

 義衛門の口調が投げやりである。何か他人事みたいに話している。

 「すごいではないか、これをお主が作ったのか?」

 信繁の笑顔に、義衛門がため息をつきながら答えた。

 「来なせぇ。」

 義衛門は信繁を奥の鍛冶場へ案内した。

 鞴ふいごが轟音をたてる灼熱地獄の中に、ひとりの中国人がいた。

 この暑さにもかかわらず、つるっとした顔に汗ひとつ書いていない。

 白い中国の長衣をまとって、手には鳥の羽で作った扇を持っている。

 「作ったのは、あいつでさぁ。」

 長衣の男は鍛冶場の向こう側で、信繁に向かって拱手の礼とった。右の拳を左ででつつみ厳かに頭を下げた。


 鞴の音が邪魔で会話がよく聞こえん。

 木場三尉、もっとギンヤンマを寄せてくれ!

 「無理を言うな。」

 時空間通信でドスの効いた声が帰ってきた。

 「あかねちゃん、もっと寄ってほしいなり!」

 「了解!」

 了解の後についているハートマークはなんだ、あかねちゃん。

 ギンヤンマが信繁の頭上十センチのところでホバリングしている。信繁が動いても、その動きに合わせるようにして頭上十センチをキープしているのだ。

 この時、同じ映像を見ていた人民解放軍ドローン部隊の基地ではどよめきがおきたという。


 ところで、戸部典子君、ハイヒールはもうやめたのかね?

 「あれは凶器なのだ。ハイヒールがあんなに危険だとは知らなかったなり。」

 戸部典子の顔は絆創膏だらけである。


 「半年前、鉄砲造りを見せてほしいとか言いて、この工房に居つきやがった。三月前に面白い鉄砲を思いついたから作ってくれとぬかしやがって、できた鉄砲が・・・」

 「これか。」

 「こちとら、十二の時から鉄砲造り一筋よ、素人にこんなもの作れれちゃぁ・・・」

 「何者だ?」

 「諸葛超明と名乗ってやがる、たぶん偽名だろうけどな。諸葛亮の末裔だとさ。」

 「胡散臭い奴だな。」

 「ああ、名前は胡散臭いが、本物の天才っていうのはああいう男のことでさ。」


 諸葛超明、胡散臭いどころかインチキ臭い名前である。

 諸葛孔明の末裔であるかどうかは脇に置いて、中国にはこういう突然変異のような天才が現れるのだ。ルネサンス三大発明と言われる。羅針盤、火薬、活版印刷機も元は中国の発明品である。ヨーロッパ人はそれに改良を加えたに過ぎない。鉄砲にしても元王朝の時代に中国で発明されたものだ。

 儒教が重しになっている時代には、こういう天才は表に出てきにくい。海王朝のプラグマティズムが異能の天才たちに活躍の場を与えようとしていたのだ。

 儒教は伝統と形式を重んじ、規格外のものを退けてしまう。中国や朝鮮で近代化が遅れたのは儒教が大きく影響しているという考えもある。日本にも儒教は入ってきたものの、日本人は思想を単なる文物として捉えてしまうきらいがある。。

 諸葛超明、おそらくは貧しい出自なのだと想像する。四書五経を読み科挙に挑むを潔しとせず、己の才覚ひとつで世に出ようと這い出してきたのだ、こんなインチキ臭い名前も、少しでも箔を付け認められようという魂胆なのだ。名前のセンスは悪いが面白い男だ。


 真田信繁が諸葛超明に拱手の礼をした。信繁なりにこの奇妙な男を認めているのだ。口元に笑みを浮かべているのは心底面白いと思っているからだろう。


 これはライフル銃である。西欧でも十九世紀前半にようやく登場する。幕末の日本に輸入されたミニェー銃がこれにあたる。施条、螺旋状の溝は十五世紀からあったと言われる。ただの丸い弾丸で使うのには実用性の上で大きな問題があった。これを解決したのが椎の実弾といわれる紡錘上の弾丸である。

 超明のライフル銃はミニェー銃ほど精工ではないが、十七世紀としては驚くべき発明である。

 信繁はこの鉄砲を「諸葛銃」と名付けた。

 諸葛孔明の名を冠した銃だと言っておけば、武将たちにも受けること間違いない。

 それに超明自身がこのネーミングを大いに喜んでいる。


 「諸葛銃、どれほどの数がある?」

 「今、五百丁ほど作ったところだ。」

 「千丁、いや二千丁は欲しい。どれくらいで作れる?」

 「二月も貰えりゃ・・・」

 「いや、ひと月だ、ひと月であと千五百たのむ!」

 これを携えて、信繁は台湾に乗り込むつもりだ。


 「信繁君、諸葛銃の代理店になれば大儲けなり。」

 戸部典子君、真田信繁はそんな小さな男ではないのだよ。

 この男にはおおやけのものを、わたくしすべきではないという気分が濃厚なのだ。

 「でも信繁君には、もう少しいい暮らしをしてほしいなり。」

 諸葛銃は天下国家のものである。

 貧しくとも、この気分が万金にも勝る宝物なのだ。

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