第36話 思いは穿たれ、引き裂かれる

◇◇◇―――――◇◇◇



 まだ、地球が遠く見える。

 もう1機の強襲降下カプセルが待つ脱出ポイントまで、遥か彼方。




 ソラトとニフレイの戦いは、激しく砲火と斬撃を交わしつつ、未だ決着が着く気配が無かった。


『その存在が罪! その強さが罪ッ! その思いが罪イイィィィッ!!』

「く………っ!」



 メチャクチャに巨腕を振り回すニフレイの〝エクリプス〟に、ソラトは〝ラルキュタス〟の長剣で受け流し回避しつつ、隙を突いてハンドガンで胴体を狙う。

 一発、また一発と胸部や肩部に着弾し、火花が飛び散るが………堅牢な〝エクリプス〟相手に致命傷には至らない。



『死ね! 死ねェッ!! 死んで、罪を償うのだッ!! レインなる女と共にッ!!』



 ニフレイがその名を口にした瞬間、ソラトの中で、熱い何かが沸騰したかのように沸き起こった。



「! お前がッ! レインの名前を………!」



 口にするなッ!! 懐に飛び込んだ〝ラルキュタス〟が長剣を一閃。受け止めきれなかった〝エクリプス〟の巨腕の一部がもげ飛ぶ。



『な………貴様ァッ!!』



 機体を傷つけられ激高したニフレイが〝ラルキュタス〟の上部を握りつぶそうとする。だが素早く後退し、紙一重のところで逃れることに成功した。



『逃がすかッ!!』



 ソラトの眼前で展開する巨腕のミサイル発射口。高機動ミサイルの細長い胴体が覗き、ブースターに点火。

 だが……その瞬間こそソラトの狙いだった。



「今だッ!!」



 両手にハンドガンを握り、巨腕から突き出たミサイルの一発一発目がけて実弾を放つ。

 ビームも、実弾も、長剣の斬撃をも跳ね除け圧倒的堅牢さを見せつける〝エクリプス〟の巨腕。だが、その表面に並ぶ無数のミサイル発射口が開かれた瞬間、内部の無防備な部位が露出する。


 次々、発射される寸前で撃ち落とされ、巨腕の表面で炎の花と爆煙、破片を散らす〝エクリプス〟。開け放たれたままの発射口から内部へと、炎や破片が食い込んだはずだ。



『ぐ………貴様ァ……ッ!』



 ミサイルによる攻撃を断念した〝エクリプス〟は、バーニアスラスター全開でこちらへと飛びかかってくる。

 迫る巨体。こちらを引き裂こうと直線に振るい挙げられる巨腕を、ソラトは瞬間的な右へのステップで回避。

 ハンドガンの実弾を巨腕の掌部へと叩き込むと、ニフレイは呻き声と共に、〝ラルキュタス〟から距離を取った。



「ハ……ァ………っ! レインは………?」



 長時間に渡る激闘が、容赦なくソラトの体力と集中力を奪っている。身体能力を強化したステラノイドとはいえ、これ以上は同じ集中力を保つのは難しい。

 一方のニフレイは、哄笑を垂らしつつもわずかな疲弊すら感じさせない。異常な言動と、ステラノイドを遥かに超える反射能力。薬品か手術の類によるものとソラトは推測づけていた。


 それよりもレインは………。遥か向こう、地球よりの地点で激しくビームが飛び交い、爆発の閃光が瞬く。〝オルピヌス〟の反応は、そのただ中だ。

 早くこいつを倒してレインを助けに………。そんな焦燥感を強引に押さえつけ、ソラトは〝ラルキュタス〟の長剣を構え直す。

〝エクリプス〟もまた、巨腕をこちらへと突き付け、飛びかかってきた。



『裁きだッ!! これは!!』

「誰がッ!!」

『罪は裁かれねばなるまい!? 被造物が人のように振る舞うなど! 愛を求め、希望を願うなどッ!』

「俺の思い、願いはッ! 俺のものだ!!」

『また罪を吐露するかァッ!!』



 人間としての精神を破壊され、ただ〝エクリプス〟を操る部品の一つと化したニフレイに、言葉はもう届かない。

 叩きつけられる巨腕を長剣で受け止め、ソラトは再び、敵機の懐へと飛び込んだ。



『無駄だ!』



〝エクリプス〟の巨大な腕、巨大な指が〝ラルキュタス〟の左肩を、遂に掴む。

 遂に捉えられ、機体左側にかかる異常な圧力と損壊を知らせる警報が次々と。左肩が破壊されるのは時間の問題だった。

だがソラトは、次の瞬間左肩部を全てパージ。拘束から解き放たれ自由になった瞬間、〝ラルキュタス〟の右手で長剣を思いっきり振り上げ、突き刺すように振り下ろす。



 刃は〝エクリプス〟の巨腕と右肩の装甲の隙間に突き刺さり、視界を潰さんばかりの凄まじい火花が敵機の肩部から散った。いかに堅牢な機体でも、装甲と装甲の隙間は存在する。精密にそれを狙い、攻撃すれば分厚い装甲に守られた脆い部分を容赦なく破壊できるのだ。



『〝フリュム・アーム〟が………っ!』



 力を失い、指先一つに至るまで停止する〝エクリプス〟の巨腕。コックピットからの命令信号を実行できない以上、それはもう、ただの役立たずの重量物だ。

 無防備となった〝エクリプス〟の胸部コックピット目がけ、長剣を突き刺そうと………だが次の瞬間、〝エクリプス〟は主武装であった巨腕をパージし、身軽になって〝ラルキュタス〟の斬撃から逃れた。



『おのれっ! よくも………』

「これで、終わりだ!」


『ほざけエエエエェエエエェェェェエエェェ!!!』



 絶叫するニフレイ。〝エクリプス〟は残っていた片手でバトルブレードを抜き放ち、踊りかかってきた。



 刃と刃が交錯し、その度に火花が走る。どちらの斬撃も鋭く、緻密に相手の急所を狙い、そして乾坤の一撃を弾き返す。



『死ねえええエエエエエェェェェェェエエェェェ!!!!』

「うおおおおアアアアァァァァアッ!!」



 激突。

 衝撃。


〝エクリプス〟のバトルブレードが、圧し負け、半ばから砕かれた。



『ば……ばか………!!』



〝エクリプス〟の胸部に〝ラルキュタス〟の長剣が深々と突き刺さった瞬間、糸が切れたようにニフレイの言葉が断ち切られる。

 頭部ツイン・アイセンサーからは光が失われ、だらりと首が下がった。




 終わった………




 そこでようやく、ソラトは自分の手が震えていることに気が付いた。恐怖ではない。長時間に渡る戦闘による集中が、ソラトの筋肉に過負荷を与え続け、限界に来ていたのだ。


 早くレインの所へ………! 再び沸き起こった焦燥感に突き動かされるように、ソラトは〝エクリプス〟に突き刺した長剣を引き抜こうと………

 だが思うように上手く引き抜けない。どこかで引っかかったのか………?



 その時、〝何か〟が動いた。



「え………?」


 反射的に長剣から手を放し、〝ラルキュタス〟を一気に後退させる。鋭く薙がれたそれは、半ばから砕けたバトルブレードの残り半分。

 ギシギシ………と、まるで死人が蘇ったかのようにぎこちない動作で〝エクリプス〟は再度稼働し始めた。頭部は動いておらず、それがさらに異様さを加速させる。



「………っ!?」



 本能的に感じたそれが『恐怖』だと理解する間もなく、ソラトは残っていた武装……ハンドガンを撃ちまくった。

 一発。一発。一発。それは正確に〝エクリプス〟の胸部、頭部、脚部、腕へと次々撃ち込まれていく。だが、敵機の挙動は止まらない。



『………! ……!! ………!! ………………』



 ニフレイの、意味をなさない絶叫の羅列。再び〝エクリプス〟のコックピット目がけて実弾を撃ち込んだ時、ようやく絶叫は完全に断ち切られたが………


 ハンドガンは弾切れ。

 もう、敵機の最期の攻撃を防ぐ方法は………



 コックピットモニターいっぱいに突き出される、半壊したバトルブレードの先端を、ソラトは食い入るように見る。


 それはモニターを突き破って〝ラルキュタス〟のコックピットを押し潰し、中にいたソラトの身体を、引き裂いた。




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