第35話 アデリウム


◇◇◇―――――◇◇◇


『き………来ましたっ! ポイント・チャーリーより、UGF・ビショップ級5、デベル30機以上ッ!!』


 うねる月の大地にカムフラージュした、リベルター哨戒陣地。

 陣地に詰める15人の兵士をまとめる男……ダン・クラージュ中尉は大きく息をつき、部下から電子双眼鏡を借りて、銃眼からその光景を見やった。

 見たくもないその光景に、部下同様宙間戦闘服に身を包むクラージュの表情はさらに苦々しくなる。



「くそ………こんな時に1個艦隊かよ」

「UGFの主力は〝アイランズ21〟に向かったはずでは」

「そ、そんなことより隊長! 直ちに攻撃を………」



 阿呆。とクラージュは呆れた顔になり、



「こんなチンケな陣地一つで勝てる相手かよ。本部に通達。指示を求めろ。それまで俺たちはここで待機。気づかれないよう静かにしとけよ」



 りょ、了解! と弾かれたように若い兵士が壁の端末へと走る。

 それを横目に、クラージュは再度迫りくる敵艦隊を睨み据えた。


 ここが踏ん張りどころだ………。地球による経済的搾取構造は、人類が進出歴を定めて以降、地球非ざる地に住む者………宇宙植民都市の住人たちを苦しめ、その尊厳を辱め続けてきた。


 今、リベルターによって過ちは正され、宇宙に住む者たちはようやく願った平穏を勝ち取ろうとしているのだ。敗北は許されない。

 だが今、リベルター主力艦隊も遠く、そして敵艦隊の針路上には、月本部がある。見つかるのは時間の問題だ。



「クラージュ中尉。本部より命令です! 戦闘部隊を送るため、哨戒部隊はポイントD8まで撤退せよとのこと!」

「よし、撤退だ! 気取られぬよう注意しろよ! 重量機材はメモリーを破壊して置いていけ! ………来るのはどこの部隊だ? 留守の部隊だけじゃ到底相手にならんぞ」



 撤退を指示しつつ、通信端末を担当する兵士に近づくクラージュ。通信兵は「再度問い合わせてみます!」と慌ただしく操作を再開する。


 今、月本部を守る部隊は少数だ。先のNC市防衛戦で負傷し残ったステラノイド兵もいるが、到底戦力に加えられるものではない。

 1個艦隊相手に少数でやり合えるパイロット・装備の質を持つ部隊となると………



「………そ、それは確かな情報なのか!? ………りょ、了解………中尉! アデリウム様と近衛部隊が出撃されたとのことですっ!」



 途端に兵士たちがざわめき立つ。無理もない。リベルターの総大将が自ら打って出たのだから。

 だが、クラージュや一部の古参兵は知っている。アデリウムという人物、そして彼の〝戦士〟としての技量を。



「アデリウム様が御自ら………」

「そこまで追い詰められてるのか……?」


「バカいえ。入隊したばかりのお前らは知らないだろうがな………」






◇◇◇―――――◇◇◇


 反政府組織〝リベルター〟の拠点を捜索し、前進を続けるUGF第6艦隊。USNaSA系艦隊であり5隻のビショップ級艦と60機の〝アーマライト〟を擁する。


旗艦〈ボーウェル〉に座乗する総司令官エリック・ボレオ准将は陰気な瞳で、メインスクリーンに映る変わり映えのしない月の大地を見下ろしていた。リベルターの主力艦隊が出払っている間に、その拠点を見つめだし完膚なきまで破壊する作戦。防衛力の無い拠点の撃破など、1個艦隊を以てすれば容易いことこの上ない。



「ふん………」



 ボレオは内心、月の住人たちを哀れんでいた。〈ドルジ〉のような外道な地球企業によって月面都市やスペースコロニーの住人たちが困窮を強いられている現実を彼は知っている。だが、武力での反抗など許されるはずもない。


 徹底的に叩き潰す。愚かで哀れな月の住人たちに手を差し伸べてやるかどうかはその後だ。


 その時、オペレーターの一人が息を呑み、こちらへと振り返った。



「ボレオ閣下! 敵性機が7、本艦隊に接近中です! 推定………〝シルベスター〟1、〝ラメギノ〟6!」

「展開中の〝アーマライト〟隊を向かわせろ。たかが7機、捻り潰してやれ」



 鬱陶しそうにボレオが命令を発した瞬間、艦隊防衛のため展開していた〝アーマライト〟が次々、敵機の反応目がけて突き進んでいく。奇襲を狙ったつもりかもしれんが、数が少なすぎる。



 やがて、側面を表示するモニターで、無数の火球と閃光、光条が炸裂した。

 10分としないうちに、こちらの部隊がリベルター部隊など一蹴するに違いない。むしろ、ここで仕掛けてきたということは、リベルターの拠点は近いということだ。



 最終的な勝利をありありと思い描き、ボレオは指揮官席にふんぞり返ってほくそ笑んだ。

 だが………



「第3小隊、2番・3番機ロスト! 撤退を………!」

「第4小隊隊長機ロスト! 第5、6は全機の反応がありませんっ!」

「〝シルベスター〟がこちらに急速接近!!」



 何!? もたらされる自軍不利の報告に、ボレオは思わず立ち上がった。

 3倍の〝アーマライト〟相手に、スクリーンを見ればリベルター部隊の損失は0。逆にこちらの機体は、次々と撃墜されていく。



「何をしているか! ありったけのデベルを、全機出せッ!!」



 事態に呆然としていたオペレーターたちが慌ただしく各所に命令を飛ばし始める。

 数分を置いて、ようやく数機の〝アーマライト〟が各艦から出撃する。だが、〈ボーウェル〉から発艦し敵機へと銃口を向けた〝アーマライト〟が1機、ライフルを発射する前にビームを浴び、長剣によって両断された。



「ああ………っ!」



〝アーマライト〟を爆散させ、悠然と佇むその姿は、確かにデータにあったリベルター新型機〝シルベスター〟だ。

 だが、従来の機体が青を基調としたものであるのに対し、眼前のそれは眩いばかりの金色。構える長剣すらゴールドでコーティングされ、古い絵画にあるような王者の鎧を思わせる。


 金色の〝シルベスター〟の眼球型アイ・センサーが、ギロリとこちらを向いた。



「バカ者! 対空防御だ!!」

「ですがそれでは〝アーマライト〟が戦闘に参加………」

「相手になるかッ! 火力で圧倒しろ!」



 ボレオが怒声を飛ばし、数秒遅れで対空機関砲、高機動ミサイル、艦載ビーム砲が一斉に〝シルベスター〟目がけて放たれる。

 だが、一発でも当たれば致命傷は免れない砲撃の奔流を、金色の〝シルベスター〟は苦も無いように悠々と回避し続ける。



「バカな………ッ! 何故当てられん!?」

「攻撃………来ます!」



 次の瞬間、〝シルベスター〟が構えていた巨砲……ビームバズーカが火を噴き、次の瞬間〈ボーウェル〉の艦首を直撃した。

 衝撃により艦橋は大きく揺さぶられる。



「艦首APFF出力低下! これは………!」

「か、閣下!〝シルベスター〟がこちらに………」



 最早、命令を発する暇も無かった。

 対空砲火をかいくぐり〝シルベスター〟が〈ボーウェル〉の艦橋に肉薄する。

 その腕が振り上げるのは、一振りのバトルブレード。艦橋の空気が一気に凍り付いた。発したい慟哭も何もかも、死への恐怖に塗りつぶされて発することができない。


 そして誰一人として逃げる間もなく………刃は振り下ろされ、艦橋にいた誰もが、衝撃と破壊、炎の中に呑み込まれた。










◇◇◇―――――◇◇◇


「ふ………他愛ない」


 叩き潰されたビショップ級艦の艦橋を見下ろし、コックピットシートに座すアデリウムは一人、静かに笑いかけた。


 彼の操る金色の機体……〝シルベスター・ボナパルト〟は〝シルベスター〟をベースに、次世代機〝ラルキュタス〟の予備パーツや武装を装備した、アデリウムただ一人のために製造されたカスタム機だ。当然、操縦難易度も跳ね上がっているが、アデリウムは悠々と、急上昇し砲火の雨を泳ぎ、そして次の獲物へと狙いを定める。



「相手をしてもらおうか」



 砲撃が止み、ほとんど全方位から〝アーマライト〟が2機ずつ、こちらに撃ちまくりながら飛びかかってくる。

 無数のビームによって覆いつくされ、〝シルベスター・ボナパルト〟はそれでも目まぐるしい機動を見せつけてそれをかわし続ける。だが、それでも数発の直撃は免れず、コックピットにはいくつもの警報表示が騒ぎ始めていた。


 それでも、今にも鼻歌でも歌いそうなアデリウムの落ち着いた表情は変わらない。最接近する1機の〝アーマライト〟に狙いを定める。

 かさばるビームバズーカは放棄。撃ちまくられるビームの一発が直撃し、〝シルベスター・ボナパルト〟の背後で閃光と化した。


 次いで腰部から引き抜かれたのは、〝ラルキュタス〟装備と同型のSLW-49ビーム・実体複合ハンドガン。

 両手に1丁ずつ。強烈な集中砲火の合間に次々繰り出されるハンドガンからのビームは、正確に〝アーマライト〟の1機1機のAPFFを削ぎ、次いで撃ち込まれる実弾が、1機、また1機と敵機のコックピット、頭部、ライフルをピンポイントで穿ち、破壊する。


 信じがたい反射能力を見せるけるアデリウム相手に、それを捉えられる射線は無い。



 3発の実弾が1機の〝アーマライト〟の胸部と武装を破壊。

 もう1機は頭部を撃ち抜かれてヨロヨロと引き下がる。

 2機が脚部を吹き飛ばされて、戦線離脱を余儀なくされた。



 規格外の戦闘力を見せつけられ、包囲を解き距離を取ろうとするUGFデベル隊。



「ふん。人間など、この程度であろうな」

『アデリウム様』



 再開したビショップ級艦からの対空砲火から離れつつ、アデリウムは近づきつつあった近衛部隊……6機の〝ラメギノ・チェンバレン〟と合流する。アデリウムが臨席する式典などに用いられる機体で、肩部他各所に金銀の装飾が施され、ボルトアクション風のLW-34・100ミリ複合ライフルや実体サーベルを装備。近衛隊機としてアデリウム座乗艦や専用機の護衛等、実戦任務にも用いられる。



 率いるはシオリン中尉。コックピットモニター左に表示された彼の表情に、アデリウムは、


「損害は無いな?」

『はっ。先鋒の敵部隊は全て撃破しました』

「ならば艦隊を叩くぞ。余に続くがいい」

『御意』



〈チェインブレイク作戦〉は宇宙植民都市の独立の要。当然リベルターは全戦力を投入する。

 それには勿論、アデリウム自身も含まれていた。凡庸な人間の指揮官ならば自分から前線に打って出るなど考えられないだろうが、アデリウムは、人間の常識に囚われない。

 この作戦の成否を分けるのは戦力の差などではない。優れた個体が、最高の環境で最高の能力を発揮できるか否かにかかっている。一人、月雲大尉。一人、ソラト。一人、レイン・アークレア。一人、アデリウム………。


 凡庸……いや、無能な人間どもにこの世界を明け渡してたまるものか。ステラノイドも、人間も関係ない。優良な個体だけが世界を………過ちから正すことができるのだ。

〈チェインブレイク作戦〉は、無能な人類がこれまで大事に積み重ねてきた〝鎖〟を打ち砕く。そして、世界は変わる。変革した世界の繁栄によって、アデリウムは、彼が選んだ優良な個体は自身の優秀性を証明するだろう。



 アデリウムは〝シルベスター・ボナパルト〟を駆り、近衛の〝ラメギノ・チェンバレン〟を連れ再びビームとミサイル、実弾の砲火のただ中へと舞い戻った。




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