第32話 グラウンド・インフィニティ

◇◇◇―――――◇◇◇


 土星圏。

 そこは、人類最外縁の居住地。あまりの距離から地球との交流はほぼ皆無であり、UGF艦隊の駐留も無い。

 進出歴が定まって半世紀ほどの時代に、ある科学組織が小規模なスペースコロニーを建設したのが土星開発の始まりとされ、以後、地球からの干渉を嫌った新進気鋭あるいは風変りな科学者たちが数多く移住するようになり、独自のコロニー社会を築き上げていると言われる。



 リベルターは、アデリウムからの出資を引き換えに土星コロニー群からの技術協力を取り付けており、彼らの科学力・技術力によってUGFに並ぶ兵器を独自開発・保有することができたのだ。


 そして今………リベルターの秘密宇宙港の一角に、その土星コロニーから送られた〝資材〟が横たえられている。ちょうど、デベルを横たえたのと同じだけの大きさを持ち、素材は高密度サタニウム合金製。とにかく巨大なコンテナであり、各所の配線接続部分に、リベルター作業員や、宇宙港で働くステラノイド達が取りついていた。



「7番ロック解除しました!」

「5、6番もすぐ終わります。………くそ、何で5重にシステムロックが?」

「クランさん! 手が空いたら2番ロックに! 第1世代じゃないとこの暗号キー解除は………」



 リベルター作業員や第2世代ステラノイドが、ロックが解除されたコンテナの配線接続部に電源コードを繋いでいく。

 システムロックを解除するのは、情報処理能力に秀でた第1世代ステラノイドの仕事で、先のNC市防衛戦で負傷し次の作戦に参加できず残された、クレイオ型のクランやアーチル型のステレム、ホシザキ型のハルイチとアルギランが端末に目まぐるしく指を走らせ、複雑怪奇を極めるシステムロックを次々無効化していった。



「………ったく土星の奴ら。解除キーも寄こさないでこんな大層なモン送ってくるとはな」

「中身、何が入ってるんでしょうね? 新兵器とか?」



 作業を監督しながらため息をつくアルディに、足下で四つん這いになりながら電源コードを取り付けていくエリオはそう問いかけた。が、「知るかよ」と一蹴される。


 土星からの貨物船に乗せられた荷物はこれただ一つであり、船員も中身は知らないとのこと。事前の連絡もなく、添え状の一つも見当たらない。おまけに厳重にシステムロックされておいそれと中身を開けないときた。事情を土星コロニーに問い合わせようにも、月と土星との間にはリアルタイム回線は接続されていないため、木星経由で返答が来るのは早くて1週間後だ。



「ま、これだけの大きさだ。中身は新型デベルとかそこいらだと思うが………もう作戦には参加させられねぇな」

「艦隊は全部行っちゃいましたもんね~」



 それでも、すっからかんになって手持ち無沙汰な所にこの〝コンテナ〟だ。この開放作業の指揮のためにアルディは宇宙港に残らざるを得なかった。


 と、クレイオ型ステラノイドのクランがシステムロックを解除した瞬間、ガコン! という大きな音がコンテナの内部から聞こえてきた。



「全てのシステムロック、解除完了しました」

「よぉし。んじゃ、電源繋いでさっさと開けるぞ!」


 アルディのだみ声に「はい!」「おうっ!」と作業員やステラノイド達が応え、手際よく接続部にコードを繋いでいく。

 そして、全てが完了し、電力がコンテナに送られた瞬間……その上部がゆっくりと開け放たれる。



「中身何だ~?」

「見てみようぜ!」

「もしかしてお宝とか!?」



 第2世代ステラノイドの少年たちが我先にコンテナに飛びつき、ハシゴをかけて、中身を覗くために上っていく。

 中に入っていたのは、



「………何だ。〝シルベスター〟じゃん」

「つまんね~」

「もしかしてこの厳重なロックって………ただの嫌がらせ?」


「かも知れんなぁ。土星コロニーって言やぁ風変りな科学者の巣窟らしいからな」



 アルディも、そう応えながらハシゴを昇る。………確かに、コンテナの中身はリベルターの次期主力機〝シルベスター〟だ。眼球型のアイ・センサーが天を仰ぐ形で、仰向けに固定されている。既に少数が配備されており目新しさは感じない。

 だが、その背面にマウントされている装備はアルディの知らないものだ。不意に不信感に駆られたアルディは「おい」と、登ってきたクランに声をかける。



「クラン。ちょっとコックピットに入ってくれ。システム周りのチェックだ」

「分かりました」



 淡々と答え、義手となった左腕を庇いながらコンテナの中へと飛び降りるクラン。外部端末を操作してコックピットハッチを開け、内部に滑り込んだ。



「あ、クラン兄ちゃん」

「クラン!」

「何かある?」


「予備電源オンライン、CRTS起動、診断プログラム・グリーン………基本操縦系統は従来の〝シルベスター〟と相違ありません」


「ちぇ。何だよ土星の奴ら」


「ですが、装備の追加を確認。追加装備を使用する場合、独自の操縦システムへの切り替えが必要………ニューソロン炉、最低出力で稼働します」



 ニューソロン炉が起動した瞬間、眼球型頭部アイ・センサーに光が灯される。

 素早く全システムを立ち上げつつ、ホロモニターに次々表示される情報を瞬間的に読み取りながら………ふとクランはその手を止めた。



「これは………」

「ん? どうした?」



 アルディがコックピットハッチから顔を覗かせる。

 クランは、少し考え込むような様子を見せたが………手早く手元のパネルを操作し、アルディの眼前に〝追加装備〟に関する技術情報を表示させた。



「あ?………お、おいこいつァ………!」

「え? なになに? ちょっと教えてって!………うわ」



 第2世代ステラノイドの少年たちも集まり始め、そのホロモニターの表示を目の当たりにした瞬間、一斉にどよめき始める。

 クランは、他システムのチェックを始めながら、



「どうしましょうかアルディ整備長? 既に艦隊は出撃した後ですが、この〝追加装備〟なら、理論上は………」

「だが、パイロットがいねぇしな。お前らはどいつも、すぐに出れる身体じゃねえし」

「直接操作を要する作業をB-MIで代替すれば問題ありません。俺でよければ………」

「バカいえ。脳にどれだけ負担かけると思ってんだ」



 デベルの直感的な操縦をサポートするB-MIシステムだが、脳にかける負担は著しく、本来手動で行う作業をB-MIでの脳内情報交換作業に切り替えた場合、確かに極めて効率的ではあるが、その分脳にかける負担は大きくなる。


 ただでさえ片手を吹き飛ばされ、義手を馴染ませ始めている段階のクランにそんな真似をさせる訳にはいかなかった。………シオリンなら躊躇せず命令を飛ばすだろうが。



「……ですが、このままこの機体を作戦に参加させず放置するのは非合理的です」

「とにかく上に伝えて、空いてるパイロットを引っ張ってくるか………」


 後頭部をかきむしりながら、アルディはコンテナから飛び降りようと………



「土星から新型機が来たってのは本当かい!?」



 その時。聞き慣れたハスキーな声がアルディの耳に飛び込んできた。アルディも、ステラノイドたちも思わず振り返る。



「おいおい………」

「ジェナさんだ………」

「だ、大丈夫なんですかケガ?」



〈マーレ・アングイス〉第1小隊の紅一点、パイロットスーツに身を包んだジェナ・マーレーン中尉が、ツカツカとコンテナへ歩み寄っていた。



「へ! この程度で寝込むほどヤワな身体してないよ!………んで、機体調整の方はもう終わってるのかい?」


 まだだぜ、とコンテナから降りながらアルディは答える。

 NC市防衛戦の折、機体が中破し重傷を負ったはずのジェナは、もう怪我など感じさせない飄々とした様子で、コンテナを見上げていた。


 その目にはいつになく、決意のこもった強い色が滲んでいる。



「んじゃ、さっさと終わらせてくれよ。………こいつには私が乗る」














◇◇◇―――――◇◇◇


 軌道エレベーター〝グラウンド・インフィニティ〟。

 全長約7万キロ。シャフト部分を超音速エレベーターが行き交い、毎日数百億トン以上の物資や、100万人以上の人々を運んでいる。


 その建設は進出歴の制定以前より始まり、かの〝77人の宇宙飛行士〟の一人、保志崎徹 宇宙飛行士も基礎建設に関わったとされる。彼の存命中までに完成することは無かったが、当時のUSNaSAや東ユーラシア、その他諸国が資本・技術面で一致協力した結果その建設は順調に進んでいき、進出歴50年代には宇宙空間との物資の往来を開始。宇宙開発コストを劇的に低下させた。



 現在では民間資本の導入により、宇宙開発最大手である〈ドルジ〉グループが事業を委託され管理・運用している。低コストでの宇宙への架け橋を独占した〈ドルジ〉は、人類の宇宙開発において絶大な影響力・発言力を得るに至ったのだ。


 その歪みが宇宙植民都市への経済的搾取。ステラノイドの製造と酷使という歪みへと続いている。



「………警戒レーダーに反応だと?」



〝グラウンド・インフィニティ〟主席管理官であるフーレイ・ズワイゴにとって、その日はいつもと変わらない一日となるはずだった。物資の流通や人の往来を監督し、時に視界に入る「積荷」を見逃し、何事も無かったかのように報告書に記載する。それが製造直後でスリープ状態にある第1世代ステラノイドが満載の貨物コンテナであろうが、法外に強力な火器類であろうが、〈ドルジ〉の意図に従って行動すること。それがフーレイの仕事だった。



「は、はい。最初は機器の異常かと思ったのですが………」

「海賊かテロリストの類なら、俺たちの前にUGFのセンサー網に引っかかるはずだろうが」

「はっ。ですがUGFからは何も………」



〝グラウンド・インフィニティ〟管制室。

 本来あり得ない〝反応〟を受け、管制官たちが大慌てで事態の把握に奔走していた。フーレイは苛立たし気に指揮官座席に座りながら、



「とにかくUGF、〝オービタル・ワン〟に問い合わせろ。念のため自衛デベル隊も出撃用意。………〝リベルター〟とかいう反政府組織が暴れているらしいからな」



資源小惑星〈GG-003〉の事件は記憶に新しい。〝リベルター〟の襲撃を受け、〈ドルジ〉関連会社の社員や傭兵が連れ去られ、搬出前の資材が奪われた。………フーレイのような幹部なら、そこで働かされていたはずのステラノイド達が連れ去られたことも知っている。



「哨戒飛行中のヴァニス機が〝反応〟に接近します」

「おう。画像をこっちに送らせろ」



 ちょうど、哨戒中だった〝ミンチェ・ラーシャン〟からの映像が、管制室に送られてくる。フーレイは怪訝な表情で、指揮官座席から腰を浮かせた。



「何も………おらんではないか」

「で、ですがレーダーには確かに………」

「やはり機器の異常ではないのか? 技術チームを………」



 だがその時、送られてくる画像に変化が現れた。

 映像の宇宙空間の一角。そこが徐々に〝揺らぎ〟始めていた。揺らぎは徐々に大きくなり、それは最終的に、1個の卵状の大型構造物へと収束していった。


 その現象の正体が、USNaSAからリベルターへと流出した〝偽装装置〟によるものだと、気づいたものは管制室の中にはいない。



「な、なんだアレは………?」

「こ、これはっ! 強襲降下カプセルです!」

「何!? 軍の装備か? ………演習?」

「ですがあのカプセルからは、いかなる認識コードも発せられていません!」



 異質な事態に混乱を極める〝グラウンド・インフィニティ〟管制室。

 だがその時、その強襲降下カプセルが唐突に割れ、〝中身〟が現れた瞬間………彼らの疑念や混乱は1個の〝確信〟へと変わった。



「カプセルから………デベルが発進します! UGF機ではありません!」

「う、撃て! 撃ち落とせッ!! 何をやっておるか! 戦闘部隊は全て発進させろッ!」



 敵襲………その事実を認識した瞬間、半狂乱の体でフーレイががなり立てる。



「デベル隊、スクランブル!」

「〝オービタル・ワン〟に救援要請っ!」



 次の瞬間、強襲降下カプセルから種のように飛び出した1機の敵機が、間近にいるこちらの〝ラーシャン〟目がけて肉薄。

 映像は乱れ、完全に暗転した。




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