第33話 注ぐ光


◇◇◇―――――◇◇◇


「俺が先行するッ! レインは後から!」

『分かった!』



 強襲降下カプセルのハッチが開け放たれた瞬間、ソラトは、既に出撃準備を整えていた〝ラルキュタス〟を発進させた。コックピットモニター越しの景色が無機質な格納デッキから漆黒の宇宙空間へと移り変わり、そこに一点………この強襲降下カプセルを発見した〝ミンチェ・ラーシャン〟が映し出される。


 ソラトは一気にその機体へと急迫すると、〝ラルキュタス〟の掌部ビームブレードを一閃。〝ラーシャン〟のAPFFを引き裂くと、乗機に新たに装備されたSLW-49ビーム・実体複合ハンドガンを乱射。至近距離から実弾の直撃を食らった〝ラーシャン〟は頭部を吹き飛ばされ、胸部コックピット他複数に弾痕を穿たれて完全に沈黙した。



 センサーには、〝グラウンド・インフィニティ〟から発進した複数のデベルの反応が表示される。だが、軌道エレベーターの自衛部隊のみでUGF機はいない。



「行くぞッ!」



 全スラスター最大推力で、〝ラルキュタス〟は迫りくる敵部隊へと飛びかかった。

 激しいビームと実弾の嵐を、ソラトは目まぐるしく機体を操り、その全てを回避していく。現行の戦闘用デベルを凌駕する性能を誇る〝ラルキュタス〟を前に、〝ミンチェ・ラーシャン〟や〝シビル・カービン〟の火器管制システムはその挙動を追いきれない。



 弾幕の一瞬の空隙。その瞬間を逃さずソラトは〝ラルキュタス〟の掌部ビーム砲を発射。至近の〝シビル・カービン〟の1機のAPFFが破壊され、肉薄した刹那、抜き放った長剣を袈裟懸けに斬り下ろし、その胴を裂いた。



 遠距離から弾幕で圧倒する敵部隊の目論見は大きく外れ、密集陣形が大きく崩れる。ソラトはそこに複合ハンドガンによる射撃を加え、ビーム・実弾が殺到した2機の〝ミンチェ・ラーシャン〟が煙を噴いて吹き飛ばされた。



 敵部隊は一気に散り散りになる。



「………今だッ! レイン!」

『OK!』



 その瞬間、強襲降下カプセルの陰に潜んでいたもう1機……〝オルピヌス〟が姿を現し、ソラトが空けた敵陣形の空隙へと突っ込んだ。その果てに、青い惑星・地球と軌道エレベーターの長大な光景が見える。あの、人類史上最も巨大な構造物を破壊するのが、〝オルピヌス〟に託された使命だ。


 レインは絶対に撃たせない……! ソラトは決然と〝ラルキュタス〟の長剣を振り上げ、〝オルピヌス〟の存在に気が付き、ライフルを射かけた〝シビル・カービン〟を斬り捨てた。


 さらに急激な加速で〝ラーシャン〟の一隊を捕捉。さらにもう一丁のSLW-49ハンドガンを抜き放ち、両手のハンドガンでこれを牽制。動きが止まったところをすかさず狙い撃ちし、1機を沈める。



 その間もほとんど全方位から迫る火線をかいくぐり、〝ラルキュタス〟は圧倒的な機動力で敵デベル隊を余さず引き付け、その火力で次々敵機を撃墜していった………。



 が、2機の〝シビル・カービン〟が〝ラルキュタス〟から距離を取りつつ、〝オルピヌス〟を追いかける。放たれたビームの光条が、レインが乗る〝オルピヌス〟をかすめる。



「………レインッ!」

『大丈夫! このぐらいならッ!』



 ソラトは駆けつけようとしたが、3機の〝ラーシャン〟がこちらへ激しくビームを撃ち放ち、その回避に気を取られざるを得ない。その間にも敵機は確実に〝オルピヌス〟へと迫り………


 だが次の瞬間、〝グラウンド・インフィニティ〟へと急いでいた〝オルピヌス〟は素早く踵を返し、護身用の複合ショートライフルを放った。4発のビームは正確に、〝シビル・カービン〟のAPFFを直撃、これを破壊する。


 さらに実弾が放たれ、数発の100ミリ実弾をもろに直撃した1機が爆散。もう肩部と脚部を吹き飛ばされたもう1機は煙を吐きながら戦線離脱していった。


 が、前方の〝グラウンド・インフィニティ〟からも、数機の戦闘用デベルが吐き出される。1機の〝ラーシャン〟を長剣で引き裂きながら、思わずソラトの心中を冷たい感覚が走る。



『えええいッ!!』



 それでも〝オルピヌス〟は止まらない。ショートライフルで次々敵機を射かけながらその包囲を突き崩し、軌道エレベーターの最頂部目がけて飛び去る。



『〝プロメテウス〟起動! チャージ率104%で安定! セーフティ機構問題なし………!』



〝シビル・カービン〟や〝ミンチェ・ラーシャン〟の追撃を振り切った〝オルピヌス〟が、背部にマウントされていた長大な砲身………SI-P-433〝プロメテウス〟超電磁構造分解粒子ビーム砲を腰だめに構える。


 超電磁構造分解粒子ビームは文字通り、物質の構造を特殊な粒子ビームを照射することによって原子レベルまで分解・消滅させる兵器だ。出力が大きければ大きいほど、当然それだけ巨大な物体を分解消滅させることができる。



 そして軌道エレベーターの最頂部へと到達した〝オルピヌス〟の砲口は真っ直ぐ、エレベーターの巨大なシャフトへと向けられていた………















◇◇◇―――――◇◇◇


 その時、軌道エレベーター〝グラウンド・インフィニティ〟の地上部分………地球統合政府首都が置かれるメガフロート〈インフィニティ・ポリス〉の大統領官邸では、シーモンズ政権閣僚や各分野の有識者、経済界の著名人が加わる経済政策諮問団らが集まり、ニューコペルニクス市を巡る一連の騒動について議論が交わされていた。その中には〈ドルジ〉会長、ズワール・ガラの姿も見える。



「では、ニューコペルニクス市に対する経済制裁案の骨子は………ん? 何事だ?」



 慌ただしく閣議場に押し入ってくるUGF兵士らに顔をしかめる地球統合政府大臣だち。ガラも、自らの席に悠然と座しつつ、冷ややかな眼で事の次第を見守っていた。



 飛び込んできた兵士らの一人が堰を切ったように


「直ちに地下シェルターへお急ぎください! 反政府組織〝リベルター〟所属機と思しき機体が軌道上で交戦中です!」

「何!? UGFは、艦隊は何をやっているのだ!」

「急行しておりますが最短でも20分は………軌道エレベーターが攻撃を受けた場合、破片が市内に落下する恐れがあります! 迎撃システムもありますが万が一の事態に備え………」


 とつとつと説明する兵士に、この場で最も高度な権限を持つ人物……ジョージ・トンプソン・シーモンズ大統領はすっと立ち上がった。



「諸君、聞いての通りだ。地下シェルター内に緊急対策本部を開く。………軍曹、市民への避難命令は?」

「既に緊急時プロトコルに則り発令中であります!」

「軌道エレベーターからの乗客・人員退避は?」

「最低限の要員を残し、完了しています!」

「よろしい。記者会見も準備しなければな。各部署の担当者を集め、必要な情報を………」



 てきぱきと的確な指示を飛ばすシーモンズに、閣僚たちの混乱も徐々に冷め、多少の慌ただしさを残しつつも続々と閣議場から立ち去っていく。

 が、その中で一人……立ち上がるとゆっくりバルコニーへと足を運ぶ人影があった。

 矢継ぎ早の指示に一区切りつけたシーモンズもまたそちらへと足を向ける。



「ミスター・ガラ。あなたもシェルターへ」



 年長者への礼を以て接するシーモンズに、老人……〈ドルジ〉会長、ズワール・ガラは剣呑な表情でそれ一瞥すると、



「………何故だね?」

「?」

「何故、〝リベルター〟はここに現れた? 軌道エレベーターに?」

「それは、今から明らかになるでしょう。今は………」


「〝グラウンド・インフィニティ〟を破壊するには、少なくとも1個艦隊分の大火力を要する。数機の戦闘用デベルの装備で達成できるものではない。多少の損害は直ちに修復される。………にも関わらず彼らは寡兵で現れた。地球に」



 静かに語るガラの目は、超高層建築がひしめき合うメガフロート都市インフィニティ・ポリスにおいてひと際巨彩を放つ、軌道エレベーターへと向けられる。

 人類圏において、地球ほど厳重に守られている場所は無い。地球圏を隈なく監視する早期警戒システム。常時UGF艦隊が展開し、海賊が近寄ろうものなら容赦なく撃滅する。確かに、地球圏以外に目を光らせるには戦力不足と言わざるを得ないUGFであったが、それ故に地球の防衛には最大限のリソースが割かれているのだ。


 そして奇襲をかけるには必然的に敵戦力は寡兵となる。しかし、小規模な部隊の戦力では地球における重要な構造物………軌道エレベーターやUGF地球軌道上基地、地球上の重要拠点のいずれにもダメージを与えることなど、不可能だ。



 だが、彼らは現れた。それはつまり………



「杞憂であればよし。そうでなければ………〈ドルジ〉はその力を、永久に失うことになるだろう。USNaSAの望み通りにな」

「ガラ会長………?」



 言葉の真意が理解できず、背後で兵士や秘書らが退避を促しているにも関わらず立ち尽くすシーモンズ。



 その時、天から光が迸り………地球上で最も巨大、最も長大なその構造物を、飲み込んだ。









◇◇◇―――――◇◇◇


 敵機の間をすり抜けるのと、デブリレースで小惑星帯をすり抜ける感覚は、としてもよく似ていた。

 無機物で、回避プログラムに応じて小刻みの機動を繰り返す的と、こちらに迫り撃ちかける〝シビル・カービン〟や〝ミンチェ・ラーシャン〟に反撃し、狙いすまして撃ち落とした感覚も………似ていた。



 デベルアスロンの時、駆っていたのは民間スポーツ用デベル〝シドニーⅢ〟。〝アイセル〟より少々身重な機体だったが安定性があり、射撃には向いていたがレースや格闘術では東ユーラシア・ロシア製の〝メドベ〟に後れを取ることが多かったのを覚えている。軍用機に比べたら当然低出力・低性能で、思うように動かないことに苛立つことすら多かった。



 この機体………XLAD-23〝オルピヌス〟は重装甲・重装備を大型スラスターで強引に推進力を加速するあまりに強引な設計の下作られた戦闘用デベルで、パイロットとしての感想を言わせてもらえば扱いにくいことこの上ない。


 だけど、暴れ馬を手懐けるように、その操縦特性を理解し適切なコントロールを施せば………精密な射撃、重装備をものともしない高機動性、優れた戦闘力を誇る傑作機に早変わりする。



 レインは、目まぐるしくコントロールスティックを操り、B-MIシステムを通じて直接機体を制御しながら………ついに、〝グラウンド・インフィニティ〟最頂部に到達した。


 青く美しい惑星、地球。天高く聳える、人類が築いた建造物の中で最も巨大な………軌道エレベーター。


 宇宙開発に多大な影響力を持ち、地球統合政府を通じ宇宙植民都市への搾取構造を作り上げた企業グループ〈ドルジ〉の富の源泉。



 レインは、素早く視界の端の表示に目を走らせた。


「〝プロメテウス〟起動! チャージ率104%で安定! セーフティ機構問題なし………!」



〝オルピヌス〟は、腰だめに跳ね上げた〝プロメテウス〟ビーム砲の砲口を真っ直ぐ、軌道エレベーター……その天頂部分に向ける。その先端から、徐々に光芒が漏れ始める。

 照準微調整。

0.1最小単位でもズレれば、超電磁構造分解粒子ビームはエレベーターの地上部分にある首都インフィニティ・ポリス市内のどこかを直撃。破壊するだろう。わずかな照準の誤差も許されない。


 敵機が迫る。パイロットスーツの手袋越しに汗が滲んでいるのが分かる。

 照準最終調整中。


 やっていることは、ただの人殺しだ。そこにどんな大儀があれど、一人殺せば次々殺さなければならなくなる。それが戦争。

 それでも、レインはこの世界の〝闇〟を知ってしまった。

 地球統合政府が作り出した構造の中で、苦しめられる人たちのことを知ってしまった。

 ソラトたち〝ステラノイド〟のことも、知ってしまった。



 その時点から、もう戻れない。

 戻りたくない。


 目を瞑り、何も無かったかのように地球に戻って、平穏に暮らすことなどもうできない。



 救いたい。

 この世界の構造に苦しめられている人たちを。

 ただ、命じられるがまま過酷な世界で生き続け………やがて死ぬ人たちを。


 ソラトを。



【全発射機構:ALL OK】



「〝プロメテウス〟………発射ッ!!」



 レインが引き金を絞ったその瞬間、巨大な光輝が砲口から迸り………軌道エレベーターを、一瞬にして包み込んだ。


 閃光がコックピットモニター全てを覆いつくす。

 理論上最大出力での発射に、〝オルピヌス〟の機体表面すら焼かれ、衝撃がレインを激しく揺さぶる。

【WARNING】のホロウィンドウが次々表示され、発射システム、冷却機構の異常、安全装置の異常………一歩間違えば機体が爆散する危険がある事実を、次々指摘してくる。


 それでも、レインは引き金を絞り続けた。

 パワー残量を示すゲージが瞬く間に減少。発射し30秒と経たない内にゼロの値を表示する。


 その瞬間、〝オルピヌス〟の砲口から光が完全に消え去った。



 閃光が消えた時、レインは思わず………自分の為した事に、震えた。



 軌道エレベーター〝グラウンド・インフィニティ〟。

 地球と宇宙を結ぶ、最も効率的な架け橋。人類英知の結晶。


 それが、最頂部の周辺リング部や、一部付属構造物を残し………地球と軌道上を結ぶ全長7万キロにも及ぶシャフト部分が、超電磁構造分解粒子ビームをあまさず浴び、完全に消滅していた。



 まるで最初から何も無かったかのように………





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