第24話 オルピヌスの輝撃


◇◇◇―――――◇◇◇


「何と………!」


 この白と灰の機体、それにパイロット………常人を遥かに超える戦闘力だ!

 またしても強敵に相まみえた幸運に感謝しつつ、ニフレイはUGF・USNaSAが誇る、最新技術を惜しまず注ぎ込んだ技術実証機〝エクリプス〟、その兵装たる右腕………ADSCS-01大型攻防盾クローシステム〝フリュム・アーム〟を振り上げた。白い機体も、長剣を構える。


 大型攻防盾と長剣、それに加速した機体同士の激しい激突。ヒートアップしていくその激闘に、既に理性のタガが外れて興奮しきったニフレイはもはや歓喜を禁じ得ない。


………以前の乗機〝アーマライト〟はUSNaSAが誇る優秀な新鋭機だ。だが、私の能力を満足させるには、少々役者不足を感じずにはいられなかった。

 だがこの機体……IGF-5000〝エクリプス〟は、自分の要求全てに完全かつ完璧、いやそれ以上のパワーと精度を以てして応えてくれる。

眼前の敵機と激しく斬り結ぶ度、ニフレイはこの機体のさらなる力を引き出す快感に、酔いしれた。



 激闘の最中、端末を操作。通信回線を開く。敵機へ。



「私はUGF第4艦隊所属、ニフレイ・クレイオ少佐。この機体の名は〝エクリプス〟。さあ、貴様の名も述べよ!」



 接続された回線の先、【SOUND ONLY】のモニターの向こうで白灰色の機体のパイロットが驚き、息を呑んでいるのが分かる。



「さあ!」



 焦れたニフレイが大型攻防盾で突き出される長剣を弾き、内蔵されたクローでその半身を掴もうとする。その敵機は急速に後退して逃れながら、



『………ソラト。機体名は〝ラルキュタス〟』

「ソラト、〝ラルキュタス〟か! 覚えたぞ! だが死者に列せられるべき名だッ!!」



〝フリュム・アーム〟に内蔵されたXDDR-743掌部内蔵ビーム砲が炸裂。強烈な光条が敵機……〝ラルキュタス〟目がけて殺到した。


 だが、ほとんど同時に〝ラルキュタス〟もその掌部から強力なビーム砲を撃ち放っており、両機の中間で互いのビームが直撃。収束していたエネルギーが一気に解き放たれ、爆発した。


 ニフレイは眩い閃光の爆発に目を細め、そしてほくそ笑んだ。



「見事だ、見事な反射能力だ。さすがはステラノイド、といったところか」

『………っ!?』

「常人ではあり得ぬ反射能力、戦闘能力。B-MIの負荷一つとっても、それだけの強力な機体だ。人間なら脳が焼き切れるだろう。………人あらざる遺伝子操作技術の傑作にして怪物、それが君たちステラノイドだ」



 第3艦隊の所業を調べるうち、その事実が明らかになるのに何ら困難は無かった。

 鉱山やコロニー建設といった過酷な環境で死ぬまで働くことを目的に〝製造〟され、安価で売り渡されて使い潰される、現代を生きる短命の奴隷たち。


 そのベースとなった遺伝子提供者の一人に、ニフレイの祖先たるジャン・ロペ・クレイオ宇宙飛行士がいることも知った。この戦場のどこかで、自分と似た面立ちの少年が己が自由のために戦い、そして死んでいる様を想像するのは………愉快だ。



 ニフレイは機体の背面スラスターを全開に、掌部ビーム砲を撃ちまくりながら一気に〝ラルキュタス〟へと迫った。1歩出遅れた〝ラルキュタス〟は、その長剣で〝フリュム〟を防ぐが、こちらの大出力に抗しきれず徐々に押されていく。



「だが、それでも貴様らの本質は『奴隷』に他ならない。今の地球の繁栄は、貴様らステラノイドや、宇宙に住まう者たちの犠牲の上に組み敷いている。………ならば! 俺は地球の真なる繁栄の為、貴様らの反乱を打ち砕き!! この歪んだ秩序を守って見せようッ!!」



 口の端が震えているのを感じる。それは、狂喜か、狂気か………



 この機体〝エクリプス〟もまた、常人には到底扱い得ぬもの。故にパイロットは反射能力・情報処理能力を極限まで上昇させる薬品【ヘビロドミンΨ】を服用しなければならない。………自身の理性と知性を司る脳部位を犠牲に、この機体との一体化を果たすのだ。



 最初はまだ自制が効く。だが戦いがヒートアップすればするほど、内なる野生が、本能が、本性が………目を覚ます。


 薬物によって超人化した肉体、そして脳。

 どこまでも肥大化する高揚感。


 神の領域に達したかのような快感。いや、俺そのものが最早神と合一なのか?



 状況の全てを、ニフレイは支配下に置いていた。



「さあ何をしているソラト! 私を倒さねば貴様が最も欲している、自由は得られないぞッ!」


『一番欲しいのは、自由じゃない………!』



 何!?〝ラルキュタス〟の強烈な斬撃をかわし、大きく空いた隙にその機体の胸部を蹴り飛ばし、ニフレイは驚愕した。

〝ラルキュタス〟はすぐに姿勢制御を回復し、長剣を構え直し再度飛びかかってくる。


 背後では別の機体が蠢動し、ビームと実体の散弾を撃ちまくってきた。



「無礼なッ! これで遊んでいろ!」



〝フリュム〟内蔵のXM-190 対デベル拡散ビーム性高機動ミサイルを撃ち放つ。敵機はそれを手元のショットガンで吹き飛ばしつつ、後退。そこに〝イェンタイ〟の一隊が殺到する。


〝エクリプス〟が突き出したクローを、〝ラルキュタス〟は右へ、左へと鮮やかに回避し、その反撃が〝フリュム〟内蔵のミサイル発射システムを歪ませた。



「ふ……邪魔が入ったな。聞かせてくれ少年! 貴様が今最も欲しているものは!?」

『………守りたい』

「何をだ!?」

『レイン………』

「何とッ! 人に似せて作られた被造物の身でありながら、人を愛することを知ったというのかッ!!」



 神に似せて作られた被造物たる人間が、神を愛することを未だ知らないというのに!?



「罪深い………罪深いぞソラトッ!! それは最初の人類が、神が作りたもうた林檎を口にした以上の、原罪だッ!!」



 ならばこの世という楽園から二人を追放せねばなるまい!

 私は地球を………神が作りたもうた楽園を守る者。

 神の代理人。

 いや、神の化身。


〝フリュム〟との契約者にして絶対的守護者。



 乱射した〝エクリプス〟のビーム砲が、ついに回避しきれなかった〝ラルキュタス〟の胴体を直撃。APFFのエネルギーの盾を破壊した。



「死ぬがいい! 貴様も! 貴様が守りたいもの全てもッ!! 死んで……死んで原罪を償ええええええェェェェェェェッ!!!」



 実体兵器に対して完全に無防備と化した〝ラルキュタス〟目がけ、咆哮と共に突進したニフレイは〝エクリプス〟の〝フリュム〟、その巨大な鉤爪を敵目がけて突き出した。

 だが、紙一重のところでそれをかわし切った〝ラルキュタス〟は、一気にこちらの懐へと飛び込み、〝エクリプス〟のコックピット目がけ刃を………


 だがその寸前、〝フリュム〟内にまだ残っていたミサイル発射管からXM-190ミサイルを一発発射。至近で実弾を受け止めた〝ラルキュタス〟は、片腕ごと長剣を失い、吹き飛ばされた。



『ぐ………ぁ………!』

「フィナーレだッ! 原罪の少年よ!!」


 人は、楽園から追放されることによってその罪を贖った。

 人の被造物たる貴様は、死を以てしてその罪を償うがいい!!



 素早く突き出される〝フリュム〟が〝ラルキュタス〟の頭部、その上半身を鷲掴みにしようと迫る。ようやく姿勢制御を回復した〝ラルキュタス〟は、もう避けられない――――――!


 だがその時、視界の端から突如として放たれた極太の熱線が、〝ラルキュタス〟を捉える寸前の、その攻防盾を捉えた。

〝エクリプス〟のコックピットに響く警報。その意味を瞬時に悟ったニフレイは素早く端末を叩き、〝フリュム〟を本体から分離させた。



「ば、バカな………!」



 信じがたい事態に一瞬呆然とするも、素早く後退。構造を完全に破壊された〝フリュム〟が〝エクリプス〟の眼前で爆発した。



「〝フリュム〟がやられただと………?」



〝エクリプス〟が最強である所以。その巨人の腕が脆くも破壊された。


 驚愕と戦慄は一瞬。屈辱と憤怒に自然と唇が震え、事態に憎悪すら覚えたニフレイは放たれた熱線の源に目を向ける。

 コックピットモニターの一角に拡大画面が表示され………そこに映し出されていたのは、〝ラルキュタス〟に似た薄紅の機体。だが一際目を引くのは、その機体が構えている巨砲。


 その砲口が、煌めいた。












◇◇◇―――――◇◇◇


「………今ッ!!」


 鋭く気合の声を発し、レインは右手のトリガーを引き絞った。

 刹那、再び〝オルピヌス〟の主砲………SI-P-433〝プロメテウス〟が輝きを放ち、宇宙空間を一条の強烈なビームが迸った。



 だが第1目標……〝ラルキュタス〟に襲いかかろうとしていた敵機を捉えるには至らず、その鼻先をかすめただけに終わる。それでも、初弾で巨大攻防盾を破壊し、その戦闘力を奪うことができたのは大きい。


 だが狙ったのは敵機だけではない。

 砲口から迸り、漆黒の宇宙を貫く〝プロメテウス〟は次の瞬間、リベルター艦隊目がけ激しく砲撃を浴びせかけていた第2目標……1隻の北洋級艦の腹部に命中。次の瞬間、徐々にその艦体がひしゃげていき、最終的に真っ二つにへし折れ、爆散した。



 これが〝オルピヌス〟の主砲……超電磁構造分解粒子ビーム〝プロメテウス〟砲。

 物質の結合を超電磁的に強制分離させるビームを放つことで、あらゆる物質、たとえビーム兵器に対して絶対的防御力を誇るアルキナイト装甲であっても、これを完全にその構造そのものを破壊するのだ。それはAPFFのようなエネルギーフィールドに対しても同様である。



「………!」



 今更、自分が何百人もの人間の命を奪った事実に、手が震えてくる。

 だが彼らは……UGFはNC市内に戦闘用デベルをけしかけ、それを口実に市内を制圧・蹂躙しようとしていたのだ。

悔恨は、瞬く間に破壊された街並みや、母親を失い呆然と立ちすくむ子供の姿で塗りつぶされていく。



「この力なら………守れる………!」



 これ以上NC市を破壊させはしない。

 これ以上大切な人を、傷つけさせはしない。



 UGFの戦闘用デベル〝イェンタイ〟の5機編隊が迫る。北洋級艦も、2隻がこちらへ向けて回頭した。


〝イェンタイ〟に照準を定め、レインは再びトリガーに指を添える。

 トリガーを引いた瞬間、〝オルピヌス〟が腰だめに構え、すでにチャージが完了していた〝プロメテウス〟砲がまたしても咆哮し、3機の〝イェンタイ〟がその周囲を舐めるように薙いだ超電磁構造分解粒子ビームによって裂かれ、ニューソロン炉の崩壊によって爆散した。1機が損傷し、残る1機は………怖気づいたように逃げ出してしまう。



 だが、その背後にいる北洋級艦からまた新たなデベルが………



「これ以上は!」



 チャージ率51%。それでも宇宙艦の構造を引き裂くには十分。

 目標は前方敵艦。そのデベル発進用カタパルト。これを潰せば………!



 だがその時、敵機接近の警報と共に一筋のビームが〝オルピヌス〟へと差し込み、そのAPFFを輝かせた。



【APFF出力:75%】



「なに………?」



〝オルピヌス〟目がけ次々と着弾するビーム。

 砲撃姿勢を中断して回避しようとするが、虚空から撃ち出されるビームは次々、機体へト着弾。その度にAPFFの強度が低下していく。



「く………っ!」



 コックピットに、遂に実弾着弾の衝撃が走る。

 ついにAPFFの守りが失われたその瞬間、眼前に飛び込んできたのは、先刻まで〝ラルキュタス〟を追い詰め、レインの攻撃で攻防盾を失ったあの敵機………!


 それが、その手にライフルを構え、その銃口をこちらへ………



『やらせるかッ!!』



 通信装置越しに飛び込んできた味方の声音。その瞬間、〝オルピヌス〟に突き付けられていたライフルの銃身が、真っ二つに両断された。

 反射的に後退する敵機、代わって飛び込んできたのは、



「………ソラト!?」



〝オルピヌス〟の前に立ちはだかったのは、片腕を失った〝ラルキュタス〟。残った右手で長剣を構え、ただそれだけで敵機を威圧する。



 果たして………レインはその後の光景にハッと息を呑んだ。敵機の姿が、宇宙空間へと溶け込んだのだ。ステルス機能、偽装装置………これで、虚空から突如として撃たれた理由が分かった。



 と、通信システムが起動し〝ラルキュタス〟からの通信モニターがコックピットモニターの右側に開かれる。


『そこの機体へ。異常は………っ!』


 画面の中で、ソラトが驚き息を呑んでいた。


「こっちは大丈夫よ、ソラト」

『レイン………どうして………?』

「私も〝オルピヌス〟で戦う。守りたいものがあるから」


 ニューコペルニクス市。

 アカデミーの先輩や仲間たち。

 それに、ソラトも。


 レインはスポーツ・デベルのパイロットではあるが兵士ではない。戦い方は知っているが、殺し方は知らない。

 だが、その手に守るための力が与えられるなら、今、躊躇わずその力を振るいたい。だからこそ、覚悟を決め、ここにいるのだから。



 ソラトは、そんなレインを見つめしばらく困惑したように沈黙を続けていたが、



『………分かった。レインが戦うなら、俺がレインを守る』



 レインは、その真っ直ぐな言葉、それに見返してきた青い瞳に、思わず頬が緩んで微笑んだ。

 ちょっと口下手で、不器用な所があって………真っ直ぐで優しいソラト。そんな彼が、レインも………



 その時、またしてもコックピットに警報が響いた。



『っ! 下がって!!』



〝オルピヌス〟を突き飛ばし、〝ラルキュタス〟も飛びずさる。

 その空隙を、突如として姿を見せた敵機がバトルブレードを振り下ろす。あとコンマ数秒でも遅かったら、コックピットを抉り潰されていたに違いない。



 渾身の一撃を回避された敵機は、またしても溶け込むようにステルス機能を………



『させるか!』



〝ラルキュタス〟が片手を突き出し、刹那、掌部ビーム砲がその太い光条を炸裂させ、偽装モードに入ったばかりで大きく隙を見せていた敵機に命中。

 その瞬間、ベールが剥がれるようにその全身が明らかとなった。



「………!」

『やっぱり、フィールド展開原理はAPFFと同じ。………それなら!』



 今度は掌底にビームブレードを出現させ、ソラトは〝ラルキュタス〟を駆って一気に敵機へと迫った。

 援護したいが、速度・機動力共に〝オルピヌス〟やレインの技量では到底追いつけない。敵機のバトルブレードと〝ラルキュタス〟のビームブレードが激しく何度も交錯し合い、だが、敵機の方が反応が鈍い。



 そして、大きくバトルブレードを横薙ぎに、一瞬の隙を見せた敵機目がけて、〝ラルキュタス〟はビームブレードを一閃。敵機の胴体に軽微な損傷を与えると共に、敵機の復活したAPFF、それにステルス機能を構築するためのエネルギーフィールドを、勢いよく抉り飛ばした。




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