第23話 巨人の腕を持つ敵


◇◇◇―――――◇◇◇


 眼前に迫るボロボロのリベルター機。

 だがその刃がUGF第3艦隊旗艦〈マラッカ〉を捉える寸前………唐突に虚空から現れた巨大な〝手〟が敵機の上半身を包み込み、そして『握り潰した』。



「な……な………何が……!?」



 絶体絶命の危機からの唐突な事態にすっかり頭が追い付かないヌジャンは、准将として第4艦隊を統率する立場にも関わらずしばらく呆けた様子でその『手』を凝視し続ける。身じろぎ一つできないのはブリッジにいる彼の部下たちも同様だった。



 デベルの上半身を容易に握りつぶせる威容の、巨大な機械の〝手〟がこの拳を緩めた時、見るも無残な姿になり果てたリベルター機は明後日の方角へと放り出された。 

 そして次の瞬間、腕や胴体………その全容がヌジャンらの目に明らかとなった。



「偽装装置、だと………」



 UGF、東ユーラシア軍ではまだ実用段階に至っていない、視覚的・電子的にその姿を消し去る技術。

 それを披露し〈マラッカ〉の眼前に現れたのは………巨大な腕部に比してごくありふれたサイズ、だが細かい意匠がUGFのどのデベルとも異なる、新型機。


 鋭い眼光を放つツイン・アイ型頭部センサー。

 ゴテゴテといくつものスラスターユニットが突き出た背部。


 あまりに過剰な装備から、それが実験機・技術実証機の類であることは間違いなかった。



「そ、総司令! 未確認機……機体コード〝エクリプス〟より通信です!」



〝エクリプス〟………驚愕し、目を見開きつつ司令官席から立ち上がったヌジャンの眼前にホロモニターが出現し、パイロットスーツを着た一人の男の双眸が、彼を見返してきた。



『………ヌジャン准将。私はUGF第4艦隊所属、ニフレイ・クレイオ少佐です。UGF第4艦隊イスニアース准将の命令により、救援に参りました』



 第4………USNaSAか。

 東ユーラシアに対するもう一つの雄に助けられる形となり、ヌジャンは内心歯噛みしたが表情には一切出さずに、



「いや、そうか。助かったよ。我々は今〝リベルター〟なる違法武装組織と交戦中だ。可能なら我が軍のNC市突入を………」


『私が命令されているのは、貴隊の救援です。戦況からして、第3艦隊の不利は明白。直ちに撤退、最高作戦本部に事の次第を報告されるのが適当と存じますが』



 歯に衣着せぬ物言い。今度はヌジャンも歯ぎしりを隠せなかった。

 通信を傍受……ということは近くに潜んでいたのは間違いない。こちらの戦いを傍観し、最も第4艦隊、USNaSAが有利となる瞬間を狙って………!



「だ、だがねェ。見ての通りあのような違法組織として過ぎた装備を持つ連中をそのままに撤退するのは、人類圏を守る我等UGFの使命からして………」


『戦死されたいので?』



 ぞわり、とヌジャンの背に戦慄が走った。

 その目は、ニフレイ・クレイオ少佐なる男の口元が、低く嗤っているのを見逃さない。



 その時、ブリッジに敵機接近警報が響き渡り、オペレーターが慌ただしく、



「総司令! 敵機2、こちらの戦列を突破し急速接近中です!」

「………何だと!?」



 眼前の男の通信画像を追いやり、〝イェンタイ〟を次々撃破しながらこちらに迫る2機のデベルの姿が大写しになる。



「な、何をしている!? 迎撃しろッ!!」

「デベル隊の展開、間に合いません!」


『フ………』



 その低い嗤いに、ヌジャンは血走った目でニフレイを睨み上げた。

 だが、通信は向こうから切断され、〈マラッカ〉ブリッジ眼前に留まっていたその機体は、次の瞬間背面のスラスターユニットを展開し、一気に宇宙空間の瞬く星の一つに溶ける。



 2機の敵機が急接近してくる方角目がけて。












◇◇◇―――――◇◇◇


「あれは………!?」

『気をつけろソラト! 厄介そうだ………』



〝イェンタイ〟の大部隊を差し置き、急接近してくる1機の反応。これまでの敵機の4倍以上の速さだ。


 ソラトは〝ラルキュタス〟のスラスター最高出力で〝シルベスター〟の前に出、……次の瞬間、〝ラルキュタス〟の長剣と黒い敵機の巨大な〝手〟が、激しく火花を散らして激突した。



 衝撃が直に、パイロットスーツを着ていないソラトに襲いかかってくる。



「うぐ………!」



 全身を殴られたような衝撃。生温かい何かが喉までせり上がってくる。

 だが鉄の味がするそれを、嘔吐感を強引に抑え込んで飲み下し、さらに激しく、眼前の敵機と斬り結んだ。

〝ラルキュタス〟の長剣と敵機の巨大な〝手〟との剣戟。大質量の〝手〟と激しく刃を交わす度、ソラトの全身に容赦なく荷重によるダメージが蓄積されていく。



『ソラト! 下がれッ!!』



 月雲大尉からの怒声の瞬間、ソラトは敵機の〝手〟を〝ラルキュタス〟の脚部で蹴り上げ、一気にその場を離脱した。

 入れ替わるように月雲大尉の〝シルベスター〟が敵機へと飛びかかり、至近距離からビームショットガンをばら撒く。

 黒い敵機は、さらに黒々とした巨大な〝手〟でそれを防ぎ、不利を悟ってか素早くこちらから距離を取る。



『お前パイロットスーツ着てないだろ!? 無理………』

「ぐぼ………あ……っ!?」

『ソラト!?』



 耐えきれず、またしても喉元まで上ってきた血反吐を、苦痛と不快感に身をよじったソラトは膝元にぶちまける。

 あ………! とようやくその時点で、ソラトはレインからもらった服を汚してしまったことに、気が付いた。白いパーカーの胸元が真っ赤に染みてしまっている………。



『ソラト! 無事かっ!? おい………!』

「だ、大丈夫……です………!」



 口の中に残った血が、口元からポタポタと流れ出る。それを片手で拭い取り、ソラトは再度コントロールスティックを握り直した。

 自分のことはいい。

 それより、こいつを止めないと。………〝カルデ〟や〝ラメギノ〟ではこいつを止めることは不可能だ。


 こいつに突破されたらNC市は………レインが………!




「援護、お願いします!」

『おい! 待………!』



 最後まで聞かず、ソラトは再度〝ラルキュタス〟の長剣を振り構え、黒い敵機へと突っ込んだ。










◇◇◇―――――◇◇◇


 時を少し遡り、ソラトの〝ラルキュタス〟と月雲の〝シルベスター〟が月面上空でUGFと戦い始めた直後。



「ふむふむ。これは………ほぉ………」


〝ラルキュタス〟が飛び去った後のNCアカデミー地下格納庫。

 ダウル学長は一人、端末に表示された無数の数列………ソラトが〝ラルキュタス〟に入力した制御システムのコマンドコードを眺め、感嘆の息をついた。



「流石は遺伝子操作された人間〝ステラノイド〟じゃ。わしらが何年もかかってまともに組み立てられなかった制御システムを、こうも簡単に………」



 NCアカデミー、それにリベルターのデベル製造技術は、地球統合政府・UGFのそれに並ぶ……いや追い越していると言っても過言ではない。


 だが制御システムの開発にメドが経つ前に強引に、この次世代デベルの開発、細部に至るまで新技術の一斉投入に挑んだ結果………ハードウェアが完成してもそれを動かすためのソフト、制御システムが不完全という結果に終わってしまった。ソフトウェアの開発に合わせて本体の開発を進めていれば結果も自ずと変わったかもしれないが、もう後の祭りだ。



 かくして、NCアカデミーの地下格納庫で埃をかぶる不運に晒されていた〝ラルキュタス〟であったが………それに命を吹き込んだソラトによって、今この街を守るために戦っている。



「さてさて、後は………」



 ダウルは情報集積スティックに全ての情報をコピーすると、それを手に『隣の格納庫』

へと向かった。

〝ラルキュタス〟のことは、アカデミー内でも事情の分かる者なら知っている。だがこちらの………〝オルピヌス〟の方は、同じく制御システムの未完成でロールアウトが遅れていた機体だが、使われている『新技術』が新技術なだけに………



 一見するとただの壁。

 だがダウルは、その一角に嵌めていた指輪の宝石部分を当て、軽い電子音と共に端末が現れる。

 パスワードを打ち込んだ瞬間、壁全体が、大きく左右へと動き始めた。

 隠されていた区画。そこに置かれているのは………



「さて、お前にも命を吹き込んでやろうかの。〝オルピヌス〟よ………」



〝ラルキュタス〟によく似たツイン・アイ型頭部センサー。

 だが、首から下は少々異なっており、白と赤の重厚なボディが際立っている。特に隣の壁にマウントされている巨砲から、この機が砲撃戦重視の機体であることが分かる。



・XLAD-23〝オルピヌス〟は、超電磁構造分解粒子ビーム〝プロメテウス〟砲の試験母機として開発された機体だった。


〝ラルキュタス〟のみならず、マーレ級の艦載ニューソロン炉をも凌駕する大出力ニューソロン炉を有し、重量も〝ラルキュタス〟の2倍近く。それでも機体各所の新型スラスターによって、短時間ならば従来のデベルと遜色ない機動性を発揮することができ、追加装備もあれば遠距離への遠征すら可能だ。



 その前にあるコンソールの前に立ち、ダウルは持っていた情報集積スティックを、挿入ポートに挿した。

 パネルを操作し、スティック内の情報………〝ラルキュタス〟の制御システム基礎プログラムを〝オルピヌス〟にもダウンロードさせていく。

 だがこれでは………ステラノイドなら扱えるだろうがまともな人間が制御するのは不可能だ。B-MIを起動した瞬間、情報量で脳が焼き切れるのは目に見えている。


 だが〝ラルキュタス〟制御の基礎理論が完成した今、残りの微調整はダウルでも十分に、直ちに行うことができる。事実、目まぐるしくダウルの手はパネル上のコマンドを叩き、人間でもソラトが組み上げた制御システムが使いこなせるよう、調整を始めていた。



「………ま、こんなもんじゃろ。後はパイロットじゃが………」



 有望なのはアカデミーのデベル・クラブが誇る3人。だが、バニカは負傷し、テリンも学生会長として事態の収拾に追われている。

 ここは………



 ダウルは端末を操作し、校内放送装置に接続した。



「あ、あー。レイン・アクレアー君。レイン・アクレアー君。至急、学長室まで来るように。繰り返す………」




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