第21話 閃撃
◇◇◇―――――◇◇◇
『うぐう……っ!』
「先輩っ! きゃ………!」
先行していたバニカの〝アイセル〟が、脚部に実弾の直撃を受けて倒れ伏す。
すさかずカバーに入ろうとしたレインだったが、次の一撃で自機も片腕を吹き飛ばされ、その衝撃を殺しきれずに背後の建物に叩きつけられる。
幸いにしてNCアカデミーを目前とするこの地区の住人避難は完了しており、どれだけ暴れてもこれ以上、人死がでる恐れはない。死人が出るとしたら自分たちか、それとも敵パイロットか。
「やっぱりビーム兵器がないと………!」
あのAPFF…対実弾フォースフィールドさえ何とかできたら、このスポーツ・デベルでも何とか互角の戦いに持ち込めるのに……!
敵機〝ミンチェ・ラーシャン〟の銃口はなおもレインも〝アイセル〟に向けられている。レインはすかさず自らの〝アイセル〟を横にステップさせ、数秒後、先ほどまでいた地点に無数の弾痕が穿たれた。
「このままじゃ………」
もう、手元にライフルもない。競技用バトルブレードでは、〝ラーシャン〟のAPFFを破ることなど不可能で、もし破れた状態であっても……ダメージを与えられるかどうかは疑わしい。
元から、分が悪すぎる戦いなのだ。
逃げ出すこともできない。敵機はアカデミーに向かって徐々に近づいてきており、おそらく敵機の攻撃目標の中に、NCアカデミーも加わっている。都市自衛部隊の〝ガード・アイセル〟は影も形も見えなかった。
その時、逃げ回るこちらに業を煮やしたのか、〝ラーシャン〟は脚部スラスターを吹かして一気にこちらへと迫る。その手にはバトルブレードが握られ、こちらに肉薄した瞬間、大きく振り上げられる。
「………っ!」
近接戦なら! 迫る敵機のバトルブレードが振り下ろされた瞬間、こちらも脚部スラスターを全開に、素早く〝ラーシャン〟の背後に回り込み、その刃はただ空を斬る。
そこに、レインは〝アイセル〟のバトルブレードを打ち込んだ。〝ラーシャン〟のAPFFに阻まれて、その装甲に傷一つつけること叶わない………
「こっちに来いっ!」
だが、レインが攻撃を加えた目的は、挑発だった。思った通り〝ラーシャン〟は振り返ると、怒り狂ったようにこちらを猛追してくる。
このまま別の区画まで引き離して………だが次の瞬間、激しい着弾の衝撃がコックピットのレインを襲う。
「そんな………うっ!」
横からの攻撃!? でも〝ラーシャン〟は後ろに………
センサー表示モニターとサブモニターに映し出されていたのは、ライフルを構えた、もう1機の〝ラーシャン〟。
再度横にいた〝ラーシャン〟が実弾を発射した瞬間、それは正確にレイン機の脚部を穿ち、脚部機構を破壊されバランスを崩したレインの〝アイセル〟は石畳へと叩きつけられた。
その衝撃、そして破損したコックピットの破片が容赦なくレインに襲いかかり……何か生温かいものがレインの額から滲み出た。
「く………!」
早く立て直さないと! だが既にこちらを追尾していた〝ラーシャン〟がレイン機の眼前にまで迫り、〝アイセル〟の背を踏みつける。
身動きできなくなった〝アイセル〟は、必死にもがこうとするが元はUGFの戦闘用デベルだった〝ラーシャン〟相手に打ち勝てる出力を有してはいない。
コックピットモニターの片隅で、〝ラーシャン〟がバトルブレードを掲げるのが見えた。
「………!」
やられる! もはや逃げる時間もなく、レインはギュッと両目を瞑った。
だが突然、上空から撃ち放たれた一発の強烈なビームが、レイン機を封じていた〝ラーシャン〟に直撃。APFFが崩壊し勢い余って、敵機は背後の崩れかけの建物へとよろめいた。
「な……に………?」
同じ疑問を〝ラーシャン〟のパイロットも有していたのだろう。今度はライフルを、ビームが撃ち出された方角へと………
だが今度は、ビームとは比べ物にならない巨大な〝何か〟がミサイルのように飛び出して………その刃と巨体の質量で〝ラーシャン〟を背後の建物ごと、押し潰した。
瞬間的に沸き起こる土煙で、その姿をすぐに見ることはできない。
やがて、土煙を長大な剣で振り払い、現れた白灰色のその姿は………見たことのないフォルムで、翼のような背面ユニットから、思わず神聖さすら感じさせる………
そのデベルの圧倒的な戦いぶりはまだ終わらない。
今度は向こうで、怯み切って沈黙していたもう1機の〝ラーシャン〟に急迫。掌部から現れたビームブレードで〝ラーシャン〟のAPFFを一閃し、反撃させる間もなくコックピットに実体剣を突き刺した。
コックピット部分を完全に貫通し、仰向けに〝ラーシャン〟の巨体が崩れ落ちる。
この辺りで暴れていた所属不明機は、これで全滅した………
『レイン! 無事かっ!?』
ノイズ混じりに飛び込んできた白灰色機体からの通信。既に聞きなれた声に、レインは思わず安堵の息をついてしまった。
「ソラト………」
私は大丈夫。とレインは助けに来てくれたソラトに一言。ソラトも、モニター越しに息をついて、
『………間に合って、よかった』
「うん。ありがと………」
ソラトが助けに来てくれた。そのことに、レインの心の中は思わず温かいもので満たされてしまう。
思わず気恥ずかしさに、かぶりを振りながら、
「でも、この機体もうダメみたい。戦うのは………」
『レインはもう戦わなくていい。すぐに脱出して。後は、俺がやる』
脚部や翼型背面スラスターの出力によって、白灰色の巨体が徐々に浮き上がる。
「ソラト………」
『?』
「気をつけてね」
うん、とソラトが頷き、次の瞬間信じがたい勢いでそのデベルが離床・飛翔していく。
レインはしばらく、ノイズが走るモニター越しにそれを見守りながら………その姿が視界から完全に消え去ると、コックピットの緊急ハッチ解放ボタンを押し込み………外に這い出て、向こうに倒れ伏しているバニカ機へと走った。
◇◇◇―――――◇◇◇
XLAD-22〝ラルキュタス〟には今、2種類の武装がある。両掌部には、INR-22AB掌部ビーム砲・ビームブレード生成システム。そしてDHB-300実体長大型ブレードだ。掌部ビーム砲は、そのスペック上マーレ級の艦載ビーム砲にも匹敵し、実体剣は、ソラトが知るどんな剣よりも硬く、そして圧倒的な鋭さを誇る。〝ラーシャン〟なら容易に両断することだって………
センサー表示モニターでは、10個の敵性反応が。どの反応の周囲にも味方機の反応があるが、戦況は芳しくない様子だ。市内にはそれほど大部隊を配置していないので、デベル機数で圧倒的に不利だ。既に都市自衛部隊の〝ガード・アイセル〟は壊滅状態の様子で、主に戦っているのはリベルターの〝ラメギノ〟だ。
『2番機後退しろ! 3番機はサポートに………!』
『こちら6番機! 武装を失った! 後退を………うわあっ!』
『誰か援護に来てくれ! フランツ区で、市民が攻撃されてるッ!!』
『宇宙港の外でも戦闘が………数で潰されるぞっ!?』
次々ともたらされる、胸が冷え切るような〝リベルター〟パイロット間の通信。
ソラトはコントロールスティックを握り直し、〝ラルキュタス〟を急降下させた。
スラスター全開。眼下の、ボロボロの街並みが一気に近づいてくる。〝ラーシャン〟が逃げ遅れた市民を攻撃して………
「やめろォッ!!」
ソラトは〝ラルキュタス〟右掌部にビームブレードを展開。敵機のAPFFを一瞬にして切り刻む。
そして着地した瞬間、間髪入れずに左手の長剣で敵機のコックピットをぶち抜き……だらりと腕が垂れ下がった〝ラーシャン〟は力なくその場に倒れ込んだ。
コックピットモニター右端、あちこちに巨大な弾痕が穿たれた道路で、呆然と一人の子供が立ち尽くしている。
「早く逃げるんだ! ここは………っ!?」
外部スピーカーでそう呼びかける。
だが、その足下で倒れている大人、女性はピクリとも動かない。そして徐々に血だまりが………
刹那、敵性機接近の警報が〝ラルキュタス〟のコックピットに響いた。
3機の〝ラーシャン〟が道路をめくり飛ばしながらこちらに近づいてくる。
「くそおっ!!」
〝ラルキュタス〟は掌部ビーム砲を乱射しながら真正面から迎え撃ち、APFFを失った真ん中の1機を長剣で両断する。
真っ二つにされた〝ラーシャン〟が崩れ落ちる間のうちに、今度は右手のもう1機のライフルをビームブレードで破壊。更に返す一撃でAPFFをも引き剥がし、コックピットを庇おうと掲げられたバトルブレードもろとも、2機目の〝ラーシャン〟を実体長剣で引き裂いた。
背後から突き上げるような衝撃。3機目〝ラーシャン〟からのビームだ。
だが、〝ラルキュタス〟のAPFFは未だ90%以上を保っている。
悠然と振り返った〝ラルキュタス〟は、次の瞬間には急激かつ瞬間的な回避機動で2射目、3射目をかわし、掌部ビーム砲をその頭部目がけて撃ち込む。
艦載砲並みのビームの直撃によってAPFFを吹き飛ばされ、よろめいた〝ラーシャン〟に、もはや迫る〝ラルキュタス〟の剣を防ぐ術はない。
「はあああァァッ!!」
ソラトは容赦なくコントロールスティックを押し込み………〝ラルキュタス〟が突き出した長剣は敵機の胸部コックピットを正確に、貫いた。
搭乗者を失い、背後の廃墟にもたれかかるように倒れ、動かなくなる〝ラーシャン〟。
これでフランツ区周囲に展開していた敵機は一掃された。
だがセンサー表示モニター上では、まだ3機の反応が残っている。今度はニューコペルニクス市の中心部。都市の政治的・経済的拠点が集中している。
既に破壊された街並みから〝ラルキュタス〟が飛び立つ。上空高く舞い上がり、敵機の反応目がけて急速に………
だがその時、その3個の敵性反応が、次々と消失した。
そして代わりに現れた1機の味方機の反応。
「あれは………!」
〝リベルター〟の新型機〝シルベスター〟。
だがソラトの目を引いたのは、その異様なまでの機動性だ。そして、複合ショットガン。絶大な威力を誇るが射程距離が短く、敵の弾幕の中接近して発射する必要がある。この装備を使いこなせる者は少ない。
急行し、着地したその時には既に〝シルベスター〟はほとんどゼロ距離からショットガンを発射。無数の散弾を一身に浴びた最後の〝ラーシャン〟が、力なく後ろへと倒れる。
その戦い方には、見覚えがあった。
◇◇◇―――――◇◇◇
「これでッ!」
ファイナルだ! 月雲がトリガーを引いた瞬間、ようやく調整が完了した愛機、LAD-15AC〝シルベスターアメイジングカスタム〟のショットガンが火を噴き、すでにAPFFを削り取った後の〝ラーシャン〟の全身をぶち抜いた。
「これで、あらかた片付けたか………」
突如として市内で暴れ始めた所属不明デベル部隊。
その戦い方からして、海賊や傭兵どもの寄せ集めだろうが………NC市宇宙港のセキュリティをかいくぐってこれだけの数の戦闘用デベルを持ち込むには、相当な金と人員、施設それに、権力が必要になる。
NC市内で、それだけの実力を持つ組織はリベルターと……ドルジぐらいなものだ。だが、今そんなことを詮索した所で意味は無い。それより、
「くそ………。外の戦況はどうなってるんだ?」
行きかう通信はどれも混雑しきっており、そこから正確な状況を読み取るのは至難の業だ。まだ総崩れにはなっていないようだが………
今行くからな……! 月面上空で奮戦しているであろう母艦へと駆けつけるべく月雲はスラスター全開に、一気に上空へと飛翔した。
飛び出した〝シルベスター〟はミサイルのように、宇宙港を目指す。そこから宇宙空間へ、月面上空のリベルター艦隊と合流する。
と、
「ん?」
所属不明機の接近警報が〝シルベスター〟のコックピットに鳴り響いた。……速い! だが戦闘用とはいえ旧式機である〝ラーシャン〟にこんな速度が出るはずが………
そして飛翔する〝シルベスター〟に並び、コックピット左手に現れたその機体を見、月雲は思わず目を見開いた。
「〝ラルキュタス〟!?」
〝シルベスター〟の、さらに次世代機の開発のために製造された技術実証機。だが、制御システム開発が遅れ、その事態打開のためNCアカデミーに置かれていたはず。
その時、コックピットモニターの片隅に通信ウィンドウが開かれ、………見知った少年の顔がそこに映し出された。
『月雲大尉!』
「ソラトか………」
なるほど………と思わず合点が行ってしまった。確かに、人間には手の余るシロモノでも、遺伝子操作により高度な身体能力と認識能力を獲得しているステラノイド第1世代なら。
『大尉! 俺も………!』
「レインはどうした?」
『レインは、今アカデミーに避難しているはずです。あの辺りの敵機は全て撃破したので、もう安全です』
やるじゃねえか。思わずニヤリと笑う。センサー上でも、敵の姿はもうない。NC市内の安全は確保された。
10機以上の〝ラーシャン〟が暴れまわった結果、犠牲も大きいが………
「ま………状況はこの通りだ。NC市の外でもドンパチが始まってる。腹くくって、ついて来いよ」
『はい!』
止めたかった。
こいつを、こいつらを戦わせたくなかった。この不利な状況下においても………
もしソラトがまだ、人間に命令されるがままに戦うただのステラノイドだったら、〝ラルキュタス〟を叩き落してでも月雲は止めるつもりだった。
だが、モニターに映るソラトの青い瞳には………はっきりと〝意思〟の色が見えた。もう、ただの消耗品ではない。大切なもの、大切な人を見出した者の、目だった。
ならば………月雲はコントロールスティックを握りしめる。
俺のやることは決まっている。ソラトを、そして今戦っているステラノイドを救い出し、〈チェインブレイク作戦〉をも成功させて、この馬鹿げた戦いに永遠に終止符を打つ。
イツル、アカル、ゼイン、シラ、トウイチ。
まだ月雲が、UGFの軍服に袖を通していた時代に………己の高慢さと愚かさによって死地へと追いやってしまった、ステラノイドの少年たち。
彼らをこの手で殺してしまったその日から………この命を、全てにケリをつけるために使うと決めた。
ステラノイドをゴミクズ同然に扱う連中。
ステラノイドの酷使のみならず宇宙居住者への弾圧・迫害を黙認し、自らも加担する地球統合政府、UGF。
全部クソッタレだ。
地球を輪切りにしてでも、奴らの暴挙は止める。
さて………
「………んじゃ、勝負と行こうかソラト! どっちが〝本日のアメイジング・パイロット〟に相応しいかをな。歯食いしばって生き残れよッ!!」
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