第20話 その名はラルキュタス


◇◇◇―――――◇◇◇


 戦闘は市内だけでなく、既に月面都市外の宇宙空間でも始まろうとしていた。


「暴動を鎮圧」するために現れた12の大型敵性反応……UGF第3艦隊に対するは、秘密宇宙港から出撃した〈マーレ・アングイス〉〈マーレ・アウストラーレ〉〈マーレ・コグニトゥム〉を中心とする艦艇8隻で構成されるリベルター艦隊。新型主力艦であるマーレ級を中心に、UGFが払い下げたものを裏ルートで入手したルーク級強襲艦や、南沙級貨物船を改造したデベル軽母艦によって構成される。


双方の艦から次々戦闘用デベル……UGF艦からは新型主力機〝イェンタイ〟が、リベルター艦からは〝ラメギノ〟を主力に少数の〝シルベスター〟が放たれ、間もなく戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。



「敵艦隊、北洋級12! 〝イェンタイ〟50以上! さらに敵艦から複数が発進!」

「なぜここまで近づかれるまで発見できなかった!?」


 


「そ、それが………民間船団のコードを先ほどまで発信していて………」


「本艦のデベル隊も直ちに発進しろッ! 艦隊戦になるぞ、全砲門開け! 第1から第7ミサイル発射管、対艦ミサイル〝シードラゴン〟装填! 全近接防御システム・オンライン!」



 命令を受け、弾かれたように兵装管理士官のドモレック中尉がコンソール上のコマンドを叩いていく。


 デベルの母艦、という面が強調されがちだが〈マーレ・アングイス〉もリベルターの新型主力艦として最高の戦闘能力を有している。1対1なら北洋級やビショップ級すら凌駕する性能を有するとさえ言われているのだ。

 だが、UGFと1対1の戦況などあり得ない。



 NC市内での所属不明〝ラーシャン〟の攻撃から、不自然すぎるほどにタイミングよく出現したUGF艦隊。

 オリアスは艦長席で苦々しい思いと共に接近する敵機群を睨み据えた。数で圧倒的劣勢。だがここでUGFを退けなければ、今後の〈チェインブレイク作戦〉、さらには月面・地球圏コロニー群における独立運動自体が消し飛びかねない。



〈マーレ・アングイス〉にとって、この時点での襲撃はあまりにも間が悪すぎた。



「………シェナリン。月雲と連絡は取れたか?」

「今、NC市内の基地で出撃準備中です! 何とか1時間以内に発進できると………」

「しばらくは第2小隊とジェナ中尉、トモアキ少尉で持ちこたえるより他ないか」



 月雲大尉らは、折悪く市内に滞在中で、彼の〝シルベスター〟も大幅なカスタマイズのためNC市内の〝リベルター〟基地に預けられていた。トップエース不在のまま敵主力艦隊と激突するのは、戦略・戦術上の不安要素であり、クルーや出撃するパイロットの指揮にも関わってくる。



『第2小隊、オプリス・ファングレス、〝ラメギノ〟出るぞ!』



 右舷カタパルトからオプリス機の〝ラメギノ〟が、続いて2番機、3番機も出撃していく。



『第1小隊! ジェナ・マーレーン、〝シルベスター〟出るよッ!』

『トモアキ・イサル、〝シルベスター〟も行きます!』



 左舷カタパルトからは2機の〝シルベスター〟が同時発進。既に展開中の僚機を追って、宇宙空間へと溶け込むように、その姿を小さくしていく。

 僚艦からも次々とデベルが出撃していくが………UGF部隊に対してあまりにも数が少なすぎる。



 だがその時、〈マーレ・アングイス〉の背後から十数機の反応が現れた。



「艦長! 秘密宇宙港より〝ジェイダム・カルデ〟〝ラメギノ〟が出撃! これは……ステラノイド達です!」



〈GG-003〉の鉱山から救い出したステラノイド達は、第2世代12歳以下は孤児院へ、第1世代と第2世代12歳以上は新たに仕事が与えられることになり………その多くが〝リベルター〟整備部門へと送られることとなった。一部のステラノイドは戦闘部門を希望したようだが、それはまだ通ってなかったはず………



 その時、オペレーター席で本部との通信を確保していたシェナリンが、



「か、艦長! 月本部より優先通信です。緊急事態につき、保護下にある全ステラノイドより有志を募り、一部を増援の戦闘用デベルパイロットして出撃させたとのこと! 〈マーレ・アングイス〉はステラノイド兵を指揮し、敵部隊を撃破せよ、以上!」



 オリアスは小さく呻いた。

 人間の損害を恐れて、やはり本部はステラノイドを前面に押し出すか………。



 だが、すぐに気を取り直し、オリアスは鋭く命じた。



「増援部隊の指揮官を確認しろ! ステラノイド隊と連携して敵を叩く!」












◇◇◇―――――◇◇◇


『せ、戦闘だ!』

『もうここまで………!』


「怯むなッ! 俺たちも前に出るぞ!」



 カイル機を中心に、計7機の〝ジェイダム・カルデ〟。それに秘密宇宙港で組み立てが完了していた10機の〝ラメギノ〟。パイロットは全員、志願した第1世代ステラノイド。


 すでに最前線ではデベル同士の激闘が始まっており、敵味方共に犠牲が出始めている。まだ〈マーレ・アングイス〉ですら遠い。

 その時、メインモニターの一角に、一人の男……〈マーレ・アングイス〉艦長のオリアスの姿が映し出された。



『オリアスだ。増援部隊の指揮官はお前だな?』

「はい!」

『小隊ごとの指揮官はどうなっている?』


 カイルはコンソール端末を操作し、編成表データを〈マーレ・アングイス〉に送信した。すぐに受領したのか『うむ……』とオリアスは顔をしかめた。

〝リベルター〟の戦術マニュアルは、既にカイルたちの頭の中にインプットされている。他の人間の兵士同様、カイル達ステラノイドも戦うことができた。



 通信モニターの中のオリアスは、しばらく沈黙していたが、



『お前たち………覚悟は、あるのか?』

「………」

『戦いが起これば、永遠に戻ってこれない者も出てくる。楽に死ねる訳でもない。それでも、何故戦う? 月本部に命令されたからか? それとも………』


『自分が守りたいって思ったもののために俺たちは戦います!!』



 真っ先に応えたのは、カイルやソラトと同じホシザキ型のアキユキだった。



『ここに来るまで、俺たちはただ使い潰されるのを待つだけでした。でも、こんな俺たちでも助けてくれて、温かい食事があることを教えてくれて………、人間として生きていいんだって………俺たちを認めてくれた人たちのために、戦います!!』



『そうです!』『俺も!』『街を破壊するなんて、許せません!』

『俺たちの家を守るんだ!』



 ステラノイド達は口々に………そこには、死ぬまで働くためだけに生まれた〝製品〟としての表情は無い。

 果たして………オリアスは鋭い面持ちでこちらを見やったが、



『増援………感謝する!!』

「艦長………」


『我が軍右翼が脆い! 〝カルデ〟隊はそちらに向かい、支援しろ! 〝ラメギノ〟隊は前線へ、敵を押し返せ! だが1小隊ほど本艦の直掩に回ってくれ』



「了解! デッシュの隊は〈アングイス〉を! シオンは〝ラメギノ〟隊の指揮を執れ!」


『了解っ!』



〝ラメギノ〟3機が〈アングイス〉へと接近し、カイルら〝ジェイダム・カルデ〟はロングレンジライフルを抱えてリベルター艦隊右翼へ。残り7機の〝ラメギノ〟はそのまま直進して激闘が繰り広げられる最前線へ。


 やがて、数えきれないほどに寄せ来るUGFの〝イェンタイ〟相手に、ステラノイドからなる増援部隊も激突した。












◇◇◇―――――◇◇◇


「これは………」


 頭上から、時々振動を感じる。まだ戦いが続いているのだ。

 だがそんなことより………ソラトは眼前の巨大な影を見上げ、息を呑んだ。


 白灰色の人型のフォルム。〝シルベスター〟に近い……かと思ったがツインアイ型の頭部アイ・センサーを持ち、背面には翼のような、……おそらく高度偏向推進ユニット。整備のためのデータを漁っていた時に、論文だけ目を通したことがあった。

 腰には長大な実体剣。全高も、ソラトが知るデベルより一回り大きい。


 この機体は………

 ソラトの疑問に答えるように、「ほっほ」とダウルが一歩前に進み出て、



「XLAD-22〝ラルキュタス〟。リベルターが開発した、おそらく既存のデベルの中で最も高性能な最新鋭機じゃ。制御できればの話じゃが」

「制御プログラムは?」

「新技術や機能を詰め込みすぎての。ソフトウェア自体が新技術の塊みたいなもので、既存の制御システムでは歩かせるので精一杯なんじゃ。B-MIシステムとのリンクサポートで動かそうにも………機体から送られてくる莫大な情報量で、脳が焼ききれかねん。んで、アカデミーで研究してみようという話になったんじゃが………」



 未だまともに使える段階には至っておらん、と寂しげにダウルは眼前の巨体を見上げた。



「故に、人間では手に余る機体なんじゃよ。これは………」

「でも、ステラノイドなら………!」



 ステラノイドの情報処理能力は、遺伝子操作によって人間のそれを遥かに超えている。未完成な制御システムをB-MIによって直接脳で補完することは、不可能ではない。



「……出る前に、システムを調整します」

「構わん構わん。好きにするが良い。じゃが………悪いが高機動戦に使えるパイロットスーツがなくての」

「大丈夫です」



 それだけ言うと、ソラトは機体胸部にあるコックピットに上るべくキャットウォークへと走った。


 上昇するキャットウォークを待ちきれず、跳躍して機体胸部へと取りつき、外部端末を操作してコックピットハッチを開ける。

 中に飛び込むと………確かに最新鋭機だ。

 ほぼ全方位を見渡せる全天周囲モニター。滑らかさを感じさせるシートに両側のコントロールスティック。基本的な機構は〝カルデ〟とそう変わりないが、独自の制御端末らしき装置も見える。


そして、右側のスティックの傍らにB-MI用ヘッドセットがある。これを頭に被ることで、脳と機体を結びつけることができる。初期のデベルから続く、成熟した技術だ。


 ヘッドセットを被り、機体の電源をオンラインに。技術は新しくても基本的な操作方法もそう変わりないはずだ。




【XLAD-22 〝L〟-ARCHYTAS】

【ALL SYSTEM ONLINE】



 モニター前方にそう表示された瞬間、機体のシステムに関わるあらゆる情報が、瞬間的に表示される。


《ソフトウェア制御関数》《システム間リンケージ》《動力伝達パラメーター》《運動制御システム》………


「ぐ………っ!」


 その時、凄まじい脳裏の激痛にソラトは思わずヘッドセットを引き剥がしそうになった。

〝カルデ〟とは比べ物にならない、莫大な情報量がB-MIを介してソラトの脳内を駆け巡る。これを受容し、脳内で演算処理して〝ラルキュタス〟へと送り返さなければ、この機体を操作することは叶わないのだ。



「はぁっ! はぁ………っ!」

『大丈夫かの? 少年?』

「大丈夫………です!」



 だが、このままではダメだ。

 早くレインを助けに行かないと………だがその前にソラトの脳が文字通り焼き切れてしまう可能性がある。激しい機動を行えばこれ以上の情報を処理しなければならないのだから。



 ソラトは、脇の端末を操作して手元にプログラム入力用のホロ・キーボードを呼び出した。なおも脳内を巡る情報の激痛に顔を歪めつつ、凄まじい勢いでシステムコマンド、関数を入力していく。



「B-MI情報伝達疑似シナプス………頭部・脚部・腕部、ショートカット……想定耐圧は、製造時のデータと比較して………っ!」



 脳と機内コンピューターの情報処理量の比率を、少しずつ機内コンピューターへと移していき、同時に機体全てを制御するネットワークを再構築していく。

 まるで、人の形をした雛形に神経を張り巡らせて生き物にするかのような作業だ。



「よし………これで!」



 新しい機体制御システム。ソラトはそれを、わずか数分の間に完成させてみせた。



「行こう。〝ラルキュタス〟………!」



 自分が守りたいと思ったもののために。

 情報の渦の中、脳裏に思い浮かんだのは………レインの姿。夕暮れの街並みで見せてくれた、笑顔。


 同時に胸に湧き上がる温かい気持ちの意味を………ソラトはまだ知らなかった。



 その時、前方モニターの片隅に、ダウルの姿が映し出される。



『ソラト君! 〝ラーシャン〟が2機こっちに来ておる! 〝アイセル〟だけでは………』


「こっちは準備OKです! ハッチを開放してください! ………ソラト、〝ラルキュタス〟出ますッ!!」







 警報と共に、地下格納庫上部のハッチが左右に開かれていく。

 スラスター起動。

大丈夫、全て制御できている………!



 上部ハッチが完全に開放される寸前、機体を発進させるために十分なスペースがあることを確認すると、ソラトは託された〝剣〟を解き放った。



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