剣闘機械

鹿角印可

第1話 シャフト

       剣闘技場


 ざわざわと客つめかけし闘技場。

 闘技場に立ちし、二体の武者あり。

 二体の武者、人に似たりといえど人にあらず。

 機械人形なり。

 機械人形ども、巨大。

 一体は七尺の大身。駆動装置に人工筋肉を具えたるが故、駆動音、微かなること限りなし。

 ざりざりと、闘技場に敷きつめられたる砂地、踏みしめ、右手に日本刀を握る。

 紺地の強化プラスチック、漆黒の装甲。立ち姿、まこと鎧武者に似たるも、肩口、胸甲そこかしこに色取りどりの企業の意匠を貼り付けられたるは、さながら道化なり。

 相対するは八尺の巨体。

 駆動機に大出力モーターの多用されし体、一時も騒々しき音絶えることなし。

 張り出す肩、分厚き胸板。総身をくまなく装甲に覆いたる。手には油、染付きたる斧、持つ。

 目の前の機械人形を縦横に勝りたる姿、さながら闘犬。

 モーター音、遠吠えのごとく。


最終戦は日本で行うことが慣例となっているから、コロシアムの客席はほぼ満席といっていい。

 ほかの開催国では半分に満たないことさえあるのだから、これほど開催地によって温度差のある競技も珍しい。

 コロシアムのオーロラビジョンには二体の姿、そして、画面の両脇にそれぞれOTOとHURRICANEと表示されている。

 表示名の下にはメーターがしつらえられ、オーロラビジョンの両脇には、人一人が収容できる大きさのカプセルが設置されている。

 放送席では破片よけの強化ガラスの向こうに立つ、対照的な二体のロボットの様子を実況していた。

「2017年、第5回シャフト最終戦。カテゴリー2決勝は、ほぼ下馬評どおりのカードとなりました。練り上げられた剣技を駆使して七年越しの悲願なるかクロムストーン、オト。対しますは強力なパワーで相手を圧倒する新興のルナリーダー、ハリケーン。この試合の勝者がカテゴリー1へ昇格するわけですが、キーンさん、このカード、どう見ますか?」

 口調だけ興奮しきったアナウンサーが隣の解説者らしき男に聞く。

「大変、興味深いカードですね。第一回大会から批判のあったパワータイプの優位性を是正するために、二年前にレギュレーションが改定されたわけです。それが二年を経て、ようやく成果が出てきた。シャフト参戦当初から、ほかのどのチームよりも、それこそパワーとスピードを犠牲にしてまで、精密な動きにこだわってきたクロムストーンのここが正念場ですね」

「実際、二年前のレギュレーション改定で、シャフトの本道とも言うべき、動きを重視したモーションタイプの勝率が向上してきたというデータもあります。対するルナリーダー、ハリケーンは従来型のパワータイプの発展型。重装甲に物を言わせ、一気に距離をつめ、相手の攻撃を受けつつも、斧で粉砕するという豪快な勝利パターンでファンも多い機体です」

「まさに、土木機械と揶揄されてきた、これまでのシャフトを象徴するような機体ですね」

「やはりキーンさんとしてみると、そのような機体ばかりでは物足りないと」

「ロボット開発、人工知能開発、そして高度義肢技術の確立。その三本柱がシャフトを成立させたわけです。現在のパワータイプの隆盛は、そういったテーマのどれにも当てはまらない。勝つための機体ばかりです。レギュレーションの改定は遅すぎたくらいです」

「おっと、両チームの調整が終わったようですね」

 と同時にブザーが鳴る。

 力なく立つばかりだった二体の動きに変化が見られた。


 ブザー響く、闘技場。

 音に呼応したるか、二体の武者。

 にわかに生気、宿りたるがごとし。

 各々に体の節々、力みなぎり、手にしたる得物、構える。

 於菟、見事なり、その構え、そのプログラム。

 人工筋肉ふんだんに使いたるが故、不自然に力みたるところなく、正眼に構えたるその姿、達人の如し。

 ハリケーン、モーター音高らかに、斧ぶんと振り回し、パフォーマンスに余念なし。

 空気裂くその斧にかかれば、於菟ひとたまりもなし。

 於菟の一対の頭部センサー、ハリケーンを冷ややかに解析す。その動き、めまぐるし。正眼の構え崩すことなし。

 客席、沸き立ちしが、今はしんと静まり、二体に視線、凝らす。

 開始、待つ、そのとき。

 ふああああああん

 今一度のブザー。戦闘始まる。


 初っ端に動きしはハリケーン。

 従前の戦法どおりに間合い詰める。

 於菟動かず、ハリケーン迫るに任せる。

 障りにあらず。その頭部感知装置、ひたすらに動きしを見れば明白なり。

 十分に間合いつめ、ハリケーン、斧振りかぶる。

 されど、於菟動かず。

 ハリケーン、斧振り下ろす。然れども、於菟、強化プラスチック砕けることなし。

 振り下ろし、その姿勢のままハリケーン動かず。

 その喉元に於菟の刀、突き立てられては無理もなし。

 於菟、ゆるりと切っ先、喉もとより抜く。ハリケーン動かずといえども、いささかの油断もなく、残心の様子にて構え崩さす、一歩二歩後ずさる。

 ハリケーンの間合い離れ漸く、構え崩す。

 客席、大いに沸き立つ。



 オーロラビジョンでは試合のVTRがスローで流されていた。

 振り下ろされたハリケーンの斧が当たる、その瞬間にオトは一歩だけ退いていた。

 その一歩でハリケーンの斧の間合いを紙一重ではずす。

 斧が地面の砂地にめり込む。オトが一歩踏み出す。踏み込むと同時にハリケーンの喉元に刀を突き立てた。ハリケーンは動きを止める。

 ふたたびVTRは最初から。

「見事な勝利でしたね」

 アナウンサーが言う。

「互いの戦法の違いが如実に出た試合でした。打ち合いを前提にしたハリケーンに対し、オトは対パワータイプ戦の定石ともいえる戦法を採りました。すなわち見切りです。紙一重に相手の攻撃をかわし、返す刀で突きを見舞う」

「人体の正中線にある急所に、切断されるか、一定の衝撃を与えることで機能停止する、通称、リーサルコードを設置することを決定したのは、改定の目玉でしたね」

「対戦相手を破壊することでしか勝利基準のなかった、以前のレギュレーションではモーションタイプの勝率が低迷するのは当たり前です。このレギュレーションは非常に妥当といえるでしょう。しかし、このように一瞬で決まってしまっては、もうひとつのレギュレーションは意味をなしませんね」

 オーロラビジョン。HURRICANEと表示されている、その下のメーターは振り切れていた。

 レギュレーション改定によって各チームには鎮痛剤を意味する、アノダインという要員を置くことが推奨されている。

 人間が殴打された場合、死なないまでも衝撃や痛みによって戦意喪失となることもあるだろう。それを再現するのがアノダインだ。

 各チームの機体の各所には衝撃を検知するセンサーが設置される。衝撃がある一定値を越えると機体は停止する。

 その機能停止値を多少緩和するのが、アノダインの役割となる。

 センサーが衝撃を検知すると、アノダインを収容しているカプセルに即座に伝えられる。その速度は0・5秒ほど。衝撃は度合いに応じて、ビジュアルイメージに変換される。

 アノダインがビジュアルイメージを処理する、その経過はオーロラビジョン下のメーターに反映される。処理し切れなければ、機能停止となる。

 だから、打ち合いの多いチームでは優秀なアノダインを求める。

 逆に、ダメージを負った瞬間に勝負が決してしまうような、軽量のモーションタイプではアノダイン自体をおかないこともある。

 逆にモーションタイプのチームが求めてやまないのは、モーションマスターと呼ばれる者達だ。

 彼らはいずれも武道の達人であり、その鍛え上げられた動きを機体に教育する。

「オトの動きは今大会においても、回を重ねるごとに良くなる印象がありました」

「そうですね。レギュレーション改定を誰よりも喜んでいるのが、モノノベでしょう。クロムストーンのカテゴリー1昇格の立役者の一人として、オトに正確無比に急所を突く動作を与えました。その動作は改定レギュレーションと最も相性がいい。スピードもパワーも参戦チーム中、最低クラスながらも、彼が指導した戦闘動作は、クロムストーンの技術力もあいまってカテゴリー1の機体と比べても最高。まさにシャフトの機体の理想形といえます」

 二人の会話の間にもコロシアムの中の二体の回収が進められていく。まず二体の電源が切られる。

 オトから生気さえ感じさせる佇まいが再び消えた。全身から力が抜けたようになる。右手の刀が地面に落ちた。

 それでもオートバランスで倒れることなくゆらゆらと立っている。

 一方のハリケーンも同じこと。斧を握る手が緩んだ。

 それを確認すると、各チームの作業員が搬入口から現れ、手際よく機体を分解し、回収用のカートに積み込んでいく。

 しかし、客席でそれを見ているのは半数といったところだ。後の半数の目はオーロラビジョンの脇に注がれている。

 アノダインを収容するカプセルが開く。ハッチを押し上げる、白いほっそりとした手が見えた。

 それだけでどよめきが起きた。

 係員に抱え上げられるように出てきたのは、まさに白皙の美少女だった。十七才といったところか。いかにも北欧の生まれといった色素の薄さ。ウェーブのかかった白に近い金髪が背中まで垂れている。

 眠たげな大きな瞳に通った鼻筋。小さな口元。

 体にフィットした青いダイビングスーツのようなものが、はかないほど細い体を強調している。

 姿を現せば、さらにどよめきの中に悲鳴が混じる。待ちかねたように一斉にカメラのフラッシュが光る。

 それを見て少女は不快げにふん、と鼻を鳴らした。歯牙にもかけぬといった表情。

 それがさらに受けるのか、どよめきがさらに大きくなる。

「うるさいんだよ。サル」

 そんな呟きもどよめきの中にかき消される。少女は小さなため息をついた。

 係員に促されるままオーロラビジョン裏の通用口に消える。

「相変わらずの、すごい人気ですね」

「モノノベがクロムストーンの影の功労者なら、カロ・カロはその美貌で持ってクロムストーンの名前を一気に広めました。シャフトの知名度に大きく貢献したといっていいでしょう。アノダインとしての実力はともかくとして、ですが」

「装甲の薄いモーションタイプでは、パワータイプの一撃で、アノダインの処理を待つことなく、たやすく敗北してしまいます。実際、モーションタイプでは採用していないチームもありますしね。そのアノダインを使った新しいプロモーションでしたね。カロ・カロの人気は上がる一方です。おっと勝利チームインタビューの用意が整ったようですね」

 コロシアムの中央に作られた演壇を取り囲む報道陣の姿が見える。

 開け放たれた搬入口から、そろいのツナギを着た一団が搬入口から姿を現す。

 さっきのスーツの上に、スタッフジャンパーを軽く羽織っただけのカロの姿も見える。

 クロムストーンの一段はフラッシュの嵐とともに迎えられた。

 まず、マイクを向けられたのは、小柄で小太りの男だった。

 興奮に汗をかくのか帽子を脱いで、しきりに額の汗をぬぐう。

「おめでとうございます、監督。念願のカテゴリー1昇格ですね」

「ありがとう。この七年は実に長かったよ。しかし、あれは徒労の日々ではなかったことが今日、証明されたわけだ。それもこれも優秀なスタッフの作り上げた優秀な機体のおかげだ」

「それに優秀な監督も、です」

「ありがとう」

 クロムストーン監督、クリスは照れたように笑った。

「いつものようにモノノベ氏とマイヤー氏は来ておられないようですが?」

「あの二人ならいつものように侃々諤々、議論してるよ。オトをどうするか、二人の頭には、それしかないらしい」

「来期のオトの構想が、今まさに生まれようとしているというわけですね」


「来期のオトの構想が、今まさに生まれようとしているというわけですね」

 その声はコロシアムに連結された、クロムストーンのメンテナンス用トレーラー内のモニターからも聞こえてきた。

「あんな事いわれてるよ」

 のんきな声。

 すでにトレーラーの中には、試合を終えたオトが搬入されてきている。

 液晶モニターを内蔵されたHMDをかけた、やせぎすな男が、解体されたオトの頭部から、慎重に演算装置ユニットを取り出す。それをワークステーションにつなぎ、データを解析させる。

 その間にオトの人工筋肉の様子をHMDに投影させる。

 試合ではそれほど動いた様子はないのに、何があるのかふんふん、とうなずいている。

 その横では長身の男が腕組みをして、その様子を見ている。三十代前半といったところか。いかにも鍛え上げられた体つきは、どことなくオトを想起させた。

「マイヤー」

 こらえきれなくなったように長身の男が呼びかけた。

「あれじゃだめだ」

「モノノベ、君はそれしか言うことがないの? 今期のオトぐらい人工筋肉とモーターのバランスが絶妙に取れた機体は珍しいっていうのに」

 軽くあしらう。

「それでもだめだ。足の運びひとつとってみても、あれを私の動きをトレースしたものと言われるのは不本意だ」

 マイヤーはため息をつく。

「一応、これまでも君の要望にはこたえてきたつもりだったけど」

「もっとだ」

 マイヤーはゆっくりとをはずす。

 それからモノノベを見る。

「君が見てわかんないと思うけど」

 そう前置きして手近のHMDをモノノベに突きつける。

 モノノベはHMDを装着する。

 そこに映し出されたのはオトの設計図だった。

「それが来週から調整に入る来期のオト。人工筋肉の比率は今期のものよりも20パーセント増してる。動きは良くなるはずだけど、また、最初から調整をやり直すことになる。人工筋肉の調整の難しさは君も身にしみてるはずだよね」

 モノノベは無言でうなずく。

 二年前に、高分子ゲルを使った第一世代と呼ばれる人工筋肉から、第二世代のカーボンナノファイバーでできた、より実際の筋肉に近いものが実用化されている。今期のオトは第二世代に移行した最初の機体だ。

 第二世代人工筋肉はパワーも反応速度も第一世代に勝るが、そのぶん調整が難しい。

 調整中はパワーが勝ちすぎて機体を破壊したり、反対にパワーが足りず、立つこともできないというのは日常茶飯事だ。

 オトはモーションタイプの常として、そのマスターであるモノノベの筋肉の配置に似せて人工筋肉を配置されるから、調整にはモノノベの立会いが不可欠となる。

「動きは良くなるんだな」

「君しだいだよ」

 あくまでマイヤーの言葉はそっけない。

 その言葉にやっとモノノベは満足そうにうなずいだ。

「私に聞かないでよね!」

 不意に大声が聞こえた。カロの大声。

 スピーカーが壊れたのではないかと思うほどだ。思わず二人はインタビューの様子を映し出すモニターに目をやっていた。

「何であのオタクのことを知ってないといけないわけ! あのハゲのことならモノノベに聞いてよね。まったく馬鹿らしいったらないわ」

 モニターには英語でまくし立てるカロの言葉に合わせて、同時通訳で字幕が表示されている。それを見て観衆はどよめきを上がる。

 美貌と毒舌がカロの売りのひとつでもある。

 ちなみにオタク・ハゲとはマイヤーの事を指す。

カロとマイヤーは犬猿の仲だ。インタビュアーもわかっていて、カロにマイヤーの話題をふったのだろう。まくし立てるカロの言葉を受けて、間を置くことなく、ダイレクトに字幕が映し出される。

「ああ、だいぶマイルドに翻訳されてるねえ」

 字幕を見てマイヤーがのんきにつぶやく。放送できない言葉が、かなりスポイルされているようだった。

「ボケが」

 その言葉をつぶやくその一瞬。鋭く、マイヤーの目が細められる。

その一言はモノノベも、一瞬、顔をこわばらせるほどの悪意があった。

「マイヤー?」

 振り向くマイヤーの顔はさっきと変わらない飄々としたものだった。

「ああ、まだいたの。聞きたいことは聞いたでしょ? もう戻りなよ」

 モノノベはうなずくしかない。

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