鬼ヶ島

杉本アトランティス

第一話

「犬よ。」

「はい、ご主人様・・・」

犬女は、頭部に生やした耳を伏せ、尾を股に丸めながら恐る恐る答えた。

先ほどの問いかけから、主人の若干の苛立ちを感じたからだ。

「ご主人様、この島にはヤツら、鬼の臭いなど全くしないのです・・・わたくしの鼻には・・・海からの、潮の臭いがするのみでございます…」

消え入りそうな声で付け足す。

それを聞いて頷くと、「ご主人様」と呼ばれた青年は、身を刺すような冷たい風が吹きすさぶ、高い灰色の空に向かって叫んだ。

「キジよ!」

「はい、ご主人様」

強風に煽られながらも青年の頭上を旋回していたキジ女が、その背中の羽を羽ばたかせ、すう、と地上に黄色い鳥の足を降ろし、主人の前に膝を着いて頭を垂れる。

「わたくしが空から見たところ、この島には全く、鬼の姿はございません・・・ただ、岩ばかり、この島全てを形づくっているのは灰色の岩ばかりにございます。」

淡々とキジ女は言った。

「・・・・・・」

風が青年の黒い前髪を乱れさせる。

ふと、青年は顔を前方へ向けた。

「猿よ。」

青年の視線の先には猿女の姿があった。

そこらじゅう一面に敷き詰められた岩、岩、岩。

草履ではとても歩きにくい灰色の大地を、猿女は浅黒くひらべったい裸足でピョンピョン器用に青年のもとへ跳ねてくる。

目前までたどり着くと、茶色の、毛だらけの膝を地面に付けて報告する。

「ご主人様、わたくしが見るかぎり、この島には何もありません。鬼どもが村から奪った金銀財宝、それどころか蟻んこ一匹いやしないのです。ただ一面、岩。岩が転がっているだけにございます。」

しばらく青年は沈黙していた。

そして、「そうか・・・」と呟くように言った。

鬼ヶ島は灰色の岩で多い尽くされた小さな島であった。

その中央には巨大な岩、山と言ってもいいほどの巨大な黒い岩が天を刺さんばかりにそびえており、その頂上の部分に二対の突起が突き出、まさに島の名に所以する鬼の形を成していた。

目を見張るほど巨大で、見るからに硬く、氷のように冷たく、岩山の鬼はこの島の主のように、侵入者を押しつぶさんと威圧的にそびえている。

ごぉおおおひゅうぅう

ずぁばーんずぁばぁーん

猛威を奮う風

かき回される荒波

周りに響きわたる轟音は、まるで鬼の慟哭だ。

思わず犬女、キジ女、猿女は身体を硬直させた。

しかし、それらを青年はむしろ全身で受け止めるように、倒してみろと言わんばかりの姿勢であった。

「やはりそうか・・・」

ぼそり青年は呟く。

そして、黒く巨大な岩山を見つめたまま、動こうとしない。

黙る青年にお供の三人はどうすればいいかわからない。

ただ自分の主人の背中を見つめたまま、その純白の陣羽織に金色の糸で施された(桃)という文字を、後ろで結ばれた背中までのお下げ髪が風に右往左往しているのを息を飲んで見つめることしか出来ずにいた。

こんな主人は始めてだった。

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