霧原白夜の敗北
あやの
出会っちまった運命の二人
12月20日 曇り時々雪 夜・天晴れ
第1話
あぁ~、帰りたくないな~。ホント愛され過ぎるのもツライものがあるぞ……、はぁ……。
まるで私の心を映したような雪のちらつく曇天の下、私は一人で街中をトボトボと歩いていた。
――ダムダム――
聞き慣れた心地良い音が耳に入ってくる。バスケットボールが地面をつく音だ。
そういえばこの辺にバスケットコートがあったな。ちょいと覗いてみるか。
私が歩道からフェンス越しにコートを覗くと、そこには一人の少年がいた。
シュートの練習をしているようだな。……リングに入っているが、恐ろしくフォームが変だ。えらくカッコ悪い。
おそらくバスケを教わったことが無いのだろう。シュート以外の所作も全て素人臭い。
……そうだな、帰るまでの時間稼ぎには丁度いい。よっし私がバスケを教えてやろう。
しかし、どう声を掛けるかな。少し緊張してきたぞ。
それにしても私のようなセクスィ美女に話し掛けてもらえるとは、とんだラッキーボーイだな……。ふむ、これでいこう。
「おいそこのチェリーボーイ!! ……あっ!?」
「はぁ!?」
やっべ、間違えた。緊張し過ぎだろ、私。ホントは「やったねキミはラッキーボーイ♪」と言いたかったのに。
しかも妙に偉そうな呼び掛けになってしまった。しょうがない、このキャラで押し通すか。
少年は真っ赤な顔を私に向けてきた……が、首を傾げキョロキョロと周りを見回し始めた。
一通り見回した後、周囲に私一人しかいないのに気付いたのか、少年は頭を掻きながら私に近づいてきて、引きつった笑顔を浮かべながら話しかけてきた。
「えーっと、今オレに声を掛けてきたのはお嬢ちゃんかな?」
お嬢ちゃん? グラマー麗人のこの私がお嬢ちゃんだと!? 子供扱いしやがって……なんたる屈辱、許せん!!
「ああ、確かに声を掛けたのは私だ、童貞の人!」
「童貞の人!? いやちょっと待て! なんでオレ、いきなりケンカ売られてるんだ?」
売り言葉に買い言葉というやつだ。まぁ最初に売ったのは私の方だが……。
「それはそうと、キミのあのフォームは何だ? とてつもなく不格好だぞ。素人童貞丸出しだ」
「それはそうと? 何も説明しないまま終わらせる気かよ? あと、童貞は付けなくてもいいだろ。意味違ってくるし」
少年は若干呆れ気味だ。
「まさか……童貞ではないというのか?」
「いや違わないけど……。なぁ、そんな事言うためにわざわざ声を掛けてきたのか?」
もちろん違う。
さあ、そろそろ本題に入ろうか。立ち話をしていると寒さが身にしみる。
「バスケ、上手くなりたいのか?」
「そりゃあ、まあ……」
この寒空の下で一人練習してるのだから当然だな。
「では、私が教え……」
「いやいい」
少年は食い気味に断ってきた。
「な、何故だ? 童貞だとバラされて気を悪くしたのか? それはすまなかった……」
私は背負っていた鞄を下ろし、流れるように土下座の態勢に入った。
「おおい! 立て、立ってくれ!! 中1じゃそれが普通だから気にしてねぇよ!」
何だ、まだ中1か。私はノッソリと立ち上がりながら、少年に尋ねた。
「では、理由を聞かせてくれるか?」
「ほらアンタって……」
少年は私を照れ臭そうに見ながら、申し訳なさそうに喋り出した。……そうかなるほど、そういうことか。
「どう見てもオレより年し…………」
「分かった。もう言わなくていい」
「へっ?」
「キミはこう言いたい訳だ。『こんなダイナマイトボディを持て余した超絶美人がバスケ上手いはずが無い』と。ハッハ、そうだな。百聞は一見に如かずというし、まず私の実力を見てもらおうか!」
「何一つ当たってねぇんだけど!?」
私は少年が何か言っているのを無視し、彼が持っていたボールをかっさらい、フリースローラインまで歩いていった。ここが私の射程距離だ。
「よく見ていろ、少年!」
「はぁ……」
ボールを地面に落としながらリズムをとる。
――久し振りだな、この感触――
ボールを持ち上げシュートモーションに入る。
――少し前はお姉ちゃんと一緒に……いや、今は忘れよう。集中、集中――
手首を返しスナップを効かせ、ワンハンドシュート。バックスピンのかかったボールが左手から離れる。
――うん、よっし――
完璧な手応えを感じボールの軌道を追うと、パフッという静かな音と共に、リングに吸い込まれていた。
やはり身についた技術というのは、そう簡単に錆び付かないものらしい。
「ざっとこんなものだ!」
私は悦に入り、さぞや惚れまくっているだろうと、少年の方に振り返った。
「へぇ、言うだけあっていいフォームだ」
彼は感心していた。う~ん……していたのだが、その程度か?
もうちょっとこう何だ、「キレイ」やら「美しい」やら「もうアンタしか見えない」やらあるだろうに……。
イマイチ盛り上がりに欠けるリアクションだな。
まぁいい、ここからが本番だ。
私は大きく息を吐き、気持ちを落ち着かせてから、少年に話し掛けた。
「どうだ、私に手取り足取り腰取り教わる気になっただろう?」
「腰? いやだからオレは……」
全く煮え切らん男だな。……待てよ、中1といえば……。
「ああ、そういうことか。中1なら何でも一人で出来る気になってしまうのだな。気持ちは分からんでもないが、それだと非常に練習の効率が悪いぞ。どれ、私がこれからも放課後ずっと練習に付き合おうではないか」
これで私は帰るのが遅くなっても、不自然でなくなるな。
「……言いたい事はいろいろあるんだけど、今日ここで練習してるのは、部活が休みだからだぞ……」
「は?」
おいおい、いまさらそれを言うのか。女心を弄びおってからに、とんだスケコマシ野郎ではないか。
だがこのまま諦めてしまっては、私の癒やし時間が無くなってしまうぞ。
もう少し情報を集めつつ策を考えるか……。
「キミはベンチ入りメンバーに入っているのか?」
中学では確か15人だったはず。
「……今は入っていない」
今は? それよりも三年が引退したこの時期に、メンバー入りしていないとなると、
「つまり部活といってもやっているのは、球磨きとか床磨きとか先輩の尻磨きとかの雑用ばかりという訳だな?」
「まぁそうだ……ん? 何か一つ妙なものが混じってなかったか?」
これでフォームの事は納得できるな。
「ところでキミは一万時間ルールというのは知っているか?」
「相変わらずオレの話は聞かないんだな……。そのルールは知らない」
少年は首を振っている。
「簡単に言えば、ある分野で成功を収めるには、一万時間打ち込まなくてはいけないというものだ」
「ということは……」
「雑用などしている場合ではない、ということだな! そんな事をしていても何の役にも立たん。部活はもう辞めてしまえ!!」
「いやいやおかしいだろ!! とんでもない暴論だな!?」
「私と休日も欠かさず質の高い練習をすれば、その時間は短縮出来る……といいッスよね」
これで私は休日に出掛ける口実ができる。
「今最後にボソッと何て言った? いいッスよね? しかも日数増えてんじゃねぇか!? 休みの日までアンタに会わないとダメなのか?」
「この私と二人きりで居られるのだぞ。最高のご褒美ではないか!!」
キミ以外の人間なら嬉し過ぎて噎び泣くところだ。
「正直補導される未来しか見えないんだけど……」
「全く決断力の無い男だな、キミは!!」
いい加減腹が立ってきたぞ。
しょうがない、ベタ過ぎてあまり好きな展開では無いがこの手で行くか……。
「なら私とシューティング勝負をしよう。先に外した方が負けというシンプルなゲームだ」
「えぇっ、おいこれやんなきゃダメか? オレが勝つメリット全く無いんだけど?」
やはりこうなるか。少年が勝った時に私が与えるべきもの。飢えた獣が欲しがる物など一つしかあるまい。
「……分かっている。私が勝ったら少年はすぐさま退部届けを出しに学校へ戻る。顧問のおっさんが受け取りを渋ったら最悪殴ってもいい。私が許す! キミが勝ったら……はぁ、もちろん私をいつでも好きにしてくれていい。くっ、いっそ殺してくれ童貞の人!!」
「いらねぇし!! しかも私が許すって何!? アンタ本気でバカじゃねぇのか?」
少年が顔を真っ赤にして何かほざいているな。もう私を手に入れた気になって、興奮しているのか。
しかしこれが自由への代償というやつか……高くついたな。
「勝負を持ち掛けたのは私だから、私からいこう。ふっ、外したら負けというルール上、ここで私が外せばキミは労せずして、私を手に入れる事が出来る訳だ。顔に似合わずとんだ策士だな……下衆め!!」
「……なぁオレもう帰ってもいいかな?」
少年は心底ウンザリした顔で私に問いかけてきた。
「まぁ待て、分かっている。このままやれば私が勝ってしまうのは明白だから、ハンデをくれないかという事だろう。そこまでして私が欲しいか、この変態が!!」
「……………………」
あれ? 少年は無言で帰り支度を始めたぞ。急に用事でも思い出したのか?
だが今帰られると非常に困る。かくなる上は……。
「よっよし、ではこうしよう。私はフリースローラインから、キミはそうだな……ゴール下でいいか?」
こうなると私の勝ち目が薄くなるが仕方ない。……少年がシュートを打つ際に、ワザとらしくクシャミでもするか。
「……アンタ……人を舐めるのもいい加減にしろよ……」
少年は怒りの表情で私に振り返った。が、それは一瞬で収まった。
「はぁ……。オレはスリーポイントラインから打つよ。アンタこそゴール下のがいいじゃねぇか? さっきのもギリギリだったろ」
これは渡りに船だ。全力で乗っかってやろう。この勝負負ける訳にはいかんのでな。
それにしても私のシュートレンジによく気付いたものだ。そんなそぶりは無かったが。
「分かった分かった、それで許してやる」
「何で偉そうなんだアンタは……」
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