弘前市の戦い
弘前城に向けて進軍中の弘前市方面軍、佐々木中佐に青森市での大敗が伝えられたのは、弘前市の東にある黒石温泉郷に差し掛かったころであった。ここまで来れば、弘前までもうすぐというところだ。
元々の計画は青森市方面軍と弘前市方面軍による二方向からの同時侵攻だった。しかし、飛んできたのは青森市方面軍の壊滅の報だ。
十和田まで戻り防衛につくべきか、佐々木は迷っていた。いたこを一人残しておいたが、どこまで持ちこたえられるか分からない。七戸や十和田を奪われれば、逆に自らが挟み撃ちにあう。
佐々木のもとに、もう一つ別の報が届けられた。これは、弘前市に放っていた諜報員によるものであった。
弘前市より、第四独立召喚連隊が北方へと出陣。さらに、大量の「パティシエのりんごスティック」が青森市へと輸送されているとの情報であった。
これにより、佐々木は弘前市方面軍単独による弘前城攻撃を決意した。第四独立召喚連隊が弘前を離れたことと、召喚連隊の魔力源たるパティシエのりんごスティックの輸送情報から考えると、十和田のいたこが善戦しており、津軽軍は青森市に援軍を出さざるを得なくなったと思われる。だとすれば、弘前市の残存戦力は第一独立召喚連隊のみとなり、相対的に手薄である。
十和田が落ちる前に、弘前を落とす。
守りを捨て攻めを至上とする南部の人間らしい、リスクを承知の決断であった。
決戦前夜、佐々木は兵たちにせんべい汁を振舞った。軍団の士気は最高潮に達した。
「うおぉぉぉぉ!」
最前線でまさかりを振るうのは佐々木だ。普通は佐官級将軍が戦の最前線で武器を振るうなどありえない。しかし、弘前市街を守る津軽軍第一独立召喚連隊が召喚した「ねぷた」に、佐々木は人間の武で渡り合っていた。両手に通常の二倍の大きさの特注まさかりを持ち、身長六メートルほどのいかつい顔をした鎧武者相手に切り結んでいた。なぜ人間がねぷたと渡り合えるか。それは、佐々木が昨晩こっそり食べた焼肉に秘密がある。南部の秘薬「スタミナ源たれ」。無尽蔵のスタミナを与える秘伝のソースである。
佐々木がねぷたを食い止めている間に、まさかり兵たちは市街地を進む。弘前を守る最強の召喚獣ねぷたを、いたこを温存して突破することが佐々木の理想であった。まさかり兵団といたこ三人をもってすれば、一般兵のみの弘前城などたやすく吹き飛ばせる、はずだった。
弘前城の直前。上空に黒雲が立ち込めた。
その雲を割って降臨したのは、三体の巨人だった。
鬼武者。
雷神。
金剛力士。
巨人たちの咆哮。それだけで、まさかり兵の三分の二が一瞬にして気絶し倒れていく。残った者も、腰が抜けて動けない。
諜報員の情報は間違っていた。第四独立召喚連隊が向かったのは確かに弘前市より北方。しかし行先は青森市ではない。
「下がれ。ぬしらの手に負える相手ではない」
お札を手に、三人のいたこが前に出た。
「出でよ、三社大祭!」
いたこの霊術に応じ現れたのは、身長は立佞武多の半分ほどではあるが、煌びやかな衣冠装束を纏った三人の神々しい巨人であった。
三社大祭。三社とは八戸の
立佞武多の雷神が太鼓を叩く。紫電の招雷が三社大祭を襲う。
「龗よ!」
いたこが叫ぶ。三社の一柱、龗の背後にまるで扇が開くかのように、桃色の花をつけた枝が広がっていく。雷はその花に吸い込まれていった。
「長者新羅よ!」
「神明よ!」
残る二人のいたこが同時に呼びかける。長者新羅、神明の前に、馬にまたがった武者や、虎、龍が現れた。二柱は、ゆっくりと立佞武多を指差す。喚び出された武者、虎、龍は、立佞武多に躍りかかっていく。
弘前城をめぐる戦いは、もはや人の武の及ばぬものとなっていた。
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