第4話 言霊
紅葉シーズンも気付けば終わり、今や窓の外に見える景色は、すっかり冬仕様とへとシフトチェンジしていた。
わたしと言えば、季節の変わり目には、必ずと言っていいほど体調を崩す傾向にある。
更にここ数日で、気温が一気に冷え込んだ事も手伝って、もはやベッドの主と化していた。
まくらに沈み込んだわたしの頭にまるで寄り添う様に、ピタリと身を寄せてくる一つ目の毛玉もとい件の元雛ガラスは、あれから常にわたしの傍から離れようとはしない。
(あ、そう言えば……この子にも、名前をつけてあげないとな。)
重い身体で寝返りを打ちながら、そんな事をぼんやりと考える。
窓辺側を向く様にして横向きになると、そこには最早お決まりの様にカルラの姿があった。
出窓に浅く腰掛けたカルラは、こちらを静かに窺っている。
「何だか気怠そうだな」
「……うん。持病も手伝って、生まれつき季節の変わり目は体調を崩しやすいの」
「そうか」
こんな事を言えば、大概の人は”無理しちゃダメだよ。お大事にね”と、同じような事を口にする。
だけど、カルラはそんな事を決して言わない。
「なら、早く治して野原を駆け回ってやれよ」
「――っ、……うん‼︎」
その何気ない言葉に、どれだけわたしが救われているのかきっと彼には分からない。
彼と出会い、話をするようになってから、持病に対して諦めかけていた気持ちが少しずつ前向きなものへと変化してきている。
小さい頃から何度も肺炎を起こしては死にかけている所為か、少し前まではただ治療によってもたらされる苦しみから逃れたくて、仕方がなかった。
だけど今は生きたいからこそ、この病気に打ち勝ちたい。と、それまで以上に強く意識してそう思うようになった。
そして気づけば一刻も早く元気になって、ずっと出来なかった自分の足で大地を”駆けてみたい”と願うようにまでなっている。
この変化はカルラが居たからこそ起きたもの。
「ゴホッ、……ゴホッ、」
だけど、ようやく気持ちが前向きな思いへと変わってきているにもかかわらず、その思いに身体が着いてきてはくれない。
(……もどかしい。)
そのもどかしさと、歯痒さで視界が滲みそうになるのを何とか堪える。
泣いてはいけないと自分を奮い立たせようとすればする程、悲しくなるのは言う事を聞いてはくれないこの身体が、無情にもただ咳を繰り返してばかりだから。
どうしてこの身体は、こんなにも脆弱なのだろう。
わたしが思い詰めた様な表情でシーツをぐしゃりと握り締めていたからだろうか。
気づけば、カルラがわたしの枕元のすぐ横に立っていた。
「どうしたの、……カ、ルラ?……ゴホッ、」
「真澄。病に打ち勝ちたいか、?」
カルラの質問の意図が分からなくて、私はただぼーっとその言葉を聞いていた。
すると続けて彼は、口を開いた。
「生きたいか、?」
シンプルなその問いに、ようやくぼんやりとした思考回路が明確な答えを弾き出す。
――そんなの決まっているじゃないか。きっと、今この瞬間それを一番望んでいるのは他でもない私自身だから。
「……い、生きたいっ」
「いいぞ。お前のその意思が強ければ強いほど良いんだ」
「……、?」
カルラは一体何をしようと言うのだろう。
すると、突如それは起こった。カルラはバサリと広げた美しい漆黒のその羽根を、あろう事か自らもぎ取り始めたのだ。
「っ、……カルラ一体、何を……、」
(……これから、しようとしているの?)
「俺たち天狗の羽根には、不思議な力がある」
「不思議な力、?」
「そうだ。だが、その効力を最大限に引き出すには、お前自身の意思の力が最も大切なんだ」
何やら、話は複雑らしい。
「真澄。病は気からと言う言葉があるだろう、?」
「……うん、」
「どんなに上等な薬を用いようとも、患者自身に治す意志が無ければ、それは何の意味もなさない」
「……、」
「俺たち天狗の羽根も薬と同じだ。あくまで、補助的役割しか果たしてはやれないんだ」
「、」
「だから、それはお前自身が選び取れ。今一度、聞こう。――生きたいか、?」
そうわたしに問いかける彼に、応えようと試みるがあえなく断念した。
「お前の放つ、その言霊に託された願いや思いが、強ければ強いほどこの羽根は効力を発揮する」
熱でぼーっとする頭で必死にカルラの話を解釈しようとするけども、気怠い体がそれを良しとはしてくれそうにない。
それに気づいたのか、カルラは苦笑しながらこう続けた。
「だから、俺の羽根が体内に入ったら必死になって願い続けるんだ」
わたしの瞳を覗き込んだカルラは、今一度語りかけるように問うた。
「いいな、?」
驚いた事に私はコクリと、自然と頷いていた。
私の返事を聞き届けたカルラは、先ほどもぎ取った羽根を私に胸元へと乗せた。
すると、じんわりと温かい何かが私の中に入ってくる感覚が確かにあった。
胸元にあったはずの羽根が光を放ち、音もなく私の中に入ってくるのだ。
心地の良いその感覚に、まるで後押しされるように私は必死に願った。
”生きたい”と、そして叶うのなら”病を治し、野を駆けてみたい”と。
ぽかぽかと温かくなる身体のせいか、遠のく意識の中で、カルラはずっと私の手を握ってくれていた。
それに安心した私はその日一日中、そのまま目を覚まさなかったらしい。
翌朝目が覚めると、身体は未だかつて感じた事がないほど軽かったのを覚えている――……。《第4話 言霊fin.》
東の群青、西の瑠璃 茶匡密 @hisoca_sakyo
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