Last NAME 閃光の英雄と闇の奏者 第二章

精霊玉

第一章 祓い屋三人の出会い


第一章 祓い屋三人の出会い


 「なんか、暑いとは思はない、ソウ?」

千尋は隣を歩く相棒に尋ねた。相棒は不機嫌そうに返す。

「暑いと思うと余計に暑く感じるぞ、ヒロ。それにこれから一番暑くなる時間帯を前にしてお前は何を言っているんだ?」

「お前はいつも冷たいよな。なあ、どっかで涼んでいこうぜ。依頼人だってそんなに切迫している状況じゃないんだろう?」

千尋の言葉に凛珠はまじまじと隣の相棒を見た後、おもむろに蹴りを入れた。

「なにすんだよ!!」

千尋の抗議に凛珠は冷たく言った。

「当然の行為だ。今のお前の発言はプロ意識に欠けるんじゃないのか。大体祓い屋の仕事は信頼が第一だ。依頼人に時間に対してこちらがずぼらだという評判が広がってみろ。仕事なんか依頼しに来なくなるだろう?そうしたら困るのは誰かな」

「……お前さ、いつも正論ズバッというよな」

半分涙目で、千尋は言った。

「それが嫌なら遠まわしにねちねち言うぞ」

凛珠が言った。

凛珠がこう言うにはわけがある。千尋と凛珠が生業にしているのは祓い屋と呼ばれる職業である。祓い屋とは人に害をなす魑魅魍魎(妖怪とか悪魔とかの類)を退治する力を持った異能者がなる職業である。(異能というのは、この話では特殊な力を持っていること。魔力、霊力とかいった類を指す)そんな祓い屋たちをまとめる世界最大の異能者の組織『蒼き鳥』に凛珠と千尋は所属し、その組織内でも若手随一の力を持っていた。

「でもさ、僕らにまわってくるってことは、そうとう力を持った妖なのかもしれないね。そうじゃなきゃ、僕らまで依頼が来ないだろう?」

千尋の言葉にはわずかに緊張が混じっていた。ずば抜けた異能を持っている二人にはそれほど依頼は頻繁には来ない。(ただし組織の長が勝手に回して来たり、別の祓い屋がトンズラしたため依頼が回ってきたりは別だが)そんな二人に直接依頼が来たということは、妖の数がよほど多いのか、あまりにも妖の力が大きすぎてほかの祓い屋たちの手に負えないかのどちらかが起こっているのだろう。

「そうだろうな。だからそんな涼んでいる場合じゃないんだ。それにしても今回の件、直接依頼人の元に言って指示を仰げだと?なんか、裏でもありそうだな」

凛珠の言葉に千尋も同意した。

「いつもだったら、その妖に関する情報とか来るはずなのに今回来ていないし。そうそうあの人が言っていたけど、今回助っ人が来るんだって?」

凛珠は千尋の言葉に驚いた様子で言った。

「はあ?ちょっとまて。俺はそんな話聞いてないが」

「え、聞いてない?確か……『お前らだけじゃちょっと心配だから、助っ人を呼んでおいた。依頼主に会いに行く前に、ちょっと蘭花の時計台まで行け』って言っていたけど」

千尋の言葉に凛珠の顔色は見る見るうちに青くなっていった。

「蘭花の時計台?……ちょっと、待て。それとっくの昔に通り過ぎたぞ」

凛珠の言葉に千尋は頷いた。

「そうだね」

その瞬間凛珠の素晴らしいパンチが千尋の顔面にもろに入った。

「そうだねじゃないだろうが!そういうことは、早く言え――!!」




「そういえば、あいつに会ったのはあの時だったな。……俺たちが、あれの存在を初めて知った時のことだったな」

凛珠は空を見上げながら言った。

「そうだったね。……もしかすると、あの時からすべては始まっていたのかもしれない」

千尋も、同意した。




「着いたね」

千尋が言った。

「お前な!距離ありすぎだからっていきなり瞬間移動するとかってありか?……酔った」

凛珠が青い顔で口を押さえて言った。

「……悪かったよ。さて、」

凛珠のその様子を見て千尋は謝ると、あたりを見渡した。

「助っ人の人は確か、外見が十六歳くらいで、黒い髪と目だって言っていたけど」

「……それって、もしかするとあいつじゃないのか?」

千尋の言葉に凛珠はある少年を指した。凛としていて涼やかな雰囲気をまとった、漆黒の髪と目、黒尽くめの服装。

「もしかして、君が助っ人?」

近寄って行った千尋が少年に尋ねた。

「うん?そうだけど。はじめましてか。狭間千尋、蒼天華凛珠。俺の名前は、玖翠 修一。よろしく」

そう言って少年は柔らかくほほ笑んだ。


「あいつは、俺の力を怖がることなんてなかった。むしろ、すごいとか言ってくれたな」

「……」

凛珠は過ぎ去った過去を懐かしむかのように言った。その様子に千尋は何も言うことができなかった。初めてあいつと出会ってから十八年後、あの件を引き起こした直接の原因は千尋にあったのだから。


「俺はフリーの祓い屋でさ、お前らのところの一番上の人に頼まれてさー。ちょっと心配だから助けてやってくれないかって」

修一はそう言った、

「ふーん、そうなのか。それにしてもフリーの?それは珍しいな。俺はお前に会うまで一人もあったことはない。……フリーだったら、今までいろいろあったんじゃないのか?」

凛珠が修一に尋ねた。

「ま、そりゃいろいろあったけど。でも、それよりも助けてもらったことのほうが多かっったなー」

苦笑気味に修一が言った。

「俺は逆だったけどな。・・・本当にいろいろあった」

凛珠が表情を曇らせて言った。

「……そうなんだ。で、話は変わるけど、今回さ、とてつもなく大きな力を持った悪魔らしいんだ。町を三つほど地図から消したとかなんとかって」

修一の言葉に凛珠と千尋は顔を見合わせた。

「……俺たちだけじゃ無理だな。というかそんな力を持った悪魔なんて聞いたことがあるか?」

凛珠は千尋に尋ねた。

「伝説上にはいくつか存在するけど・・・実際にいるんだね。・・・・・・それを僕らがこれから倒しに行くのか……」

千尋がげんなり顔で言った。

「とりあえず、行こうぜ。悪魔らしいし、昼間は弱いんじゃねーの?」

修一が言った。

「……今、夕方だぞ」

凛珠が突っ込みを入れた。

「……そういわれてみりゃ、そうだな」

「お前な・・・」

修一の言葉に凛珠はあきれた様子で言った。

「それじゃ、今晩宿をとって明日の朝挑戦にするか?」

修一の提案に対して凛珠は言った。

「いや、そんなことはしない」

「はあ?」

修一は唖然とした様子で言った。

「どうせなら今夜中にけりをつけてしまおう。時間がたつと力を増すタイプかもしれないしな。それに、シュウ」

「シュウ!?」

凛珠のいきなり短くした呼び方に修一は驚いた。

「だって長ったらしいだろう。ちなみに俺のことは…ソウって呼んでくれ。千尋のことはヒロと」

「え!?いきなりあだ名!?……ちょっと待てよ。普通お前の場合だとリンとかってなるんじゃねーの?」

修一の言葉に凛珠は不機嫌な顔で言った。

「俺はそう呼ばれるのが大嫌いなんだ。色々あってな」

「……へーそう。じゃあ俺はソウってよぶよ」

修一が言った。凛珠の身に過去、何があったかは知らないがそれで散々な目にあってきたのだろうということは予測できた。

「さてと。おいヒロ、その悪魔ってどこら辺にいる?」

凛珠が尋ねた。

「……ざっと『視た』感じだと、ここから三十キロほど離れた町で暴れ始めたね」

千尋がこともなげに言った。千尋の持つ異能のひとつ、『千里眼』。世界の裏側すら見とおす『眼』。ありとあらゆる物事をリアルタイムで把握することすら可能だ。

「日が沈みきったらさらに力を増すだろうね。倒すなら今だと思うよ。というよりもこの悪魔、人を随分喰べてるみたいだね。近寄ったらすごく血なまぐさそうだよ」

千尋が言った。

「血なまぐさそうって……お前な、そこまで言わなくてもいいから。で、シュウ。お前は瞬間移動とかってできるのか?」

凛珠が千尋に呆れつつ、修一に尋ねた。

「一応できるけど」

修一は言った。

「そうか。じゃあ……行くぜ」




夕日の差し込む縁側で凛珠はまどろみから出て言った。

「たしかあの時は、大変だったよな。なんせ俺はあの悪魔にブッ飛ばされて肋骨三本折られて、挙句の果てには両足骨折されるわ、お前は脳震盪起こすわ、あいつは手と足一本ずついかれるで。あの悪魔を倒したのは良かったが……燈華(とうか)のやつが助けてくれなかったら、俺たちはあそこで死んでいただろうな」

苦笑気味に凛珠は言った。

「確かにね。そのあと彼女、お前に惚れて、追っかけてきたしね」

千尋は畳の上に寝転がっていたが、起き上がって言った。

「彼女は『本物』だった。とてつもない癒しの力を持った、僕らと同じように当時としては数の少ない、れっきとした『異能』の持ち主だったよ。しかし、よくもまあ君のこと口説き落としたよね。君が覚悟を決めて彼女のことをあの家からかっさらうほど」

凛珠は赤くなってじとっと千尋を睨みつけたが、何も言わなかった。葉月 燈華。強大な癒しの異能を持ち、その命尽きるまで凛珠のことを支え続け守り続けた稀有な女性。凛珠たちがまだ人だったころ、異能をもつものを数多く輩出してきたので異能者の間では名門と称されていた家の出身だった。ただし、あの家には―・・・。



 目が覚めると見慣れない天井が視界に映った。

「いてて……ここは?」

凛珠は起き上がるとあたりを見渡した。おかしい、自分はあの凶悪悪魔をブッ飛ばしたところにいるはずなのに。視界に映るのはベットと机と椅子と箪笥があるだけの殺風景な部屋だ。

「目が、覚めましたか?」

ドアを開けて一人の少女が入ってきた。年のころは大体14,5歳ぐらいか。身長は150センチぐらいの小柄で、明るい金髪にエメラルドグリーンの大きな瞳。愛らしい顔に笑みが浮かぶ。

「よかった!三日も眠ってらしたんですよ」

「……三日!?」

少女の言葉に凛珠は驚きを隠せなかった。この自分が三日も意識不明だっただと!?

「……けががやたらと多かったですし。ああいけない、私ったら。まだ名前を言っていませんでしたね。私は、燈華。葉月 燈華と申します」

はにかんだような笑みに凛珠は顔を赤くした。すごく、可愛い。

「俺の名前は、蒼天華 凛珠。助けてくれてありがとう。ところで聞きたいのだが、俺の他に、もう二人いたはずなんだが」

凛珠は燈華に尋ねた。

「ああ、修一さんと、千尋さんですね。あの二人は買い物に行っています。すぐに戻ってくると言っていましたけど」

「それともう一つ、お前は、あの葉月一族か?」

凛珠は確認のために尋ねた。

「はい。今は世界中が乱れているときですから、一族の掟に倣い、私も人々を助けるためにこうして世界を旅しているんです」

凛珠はその言葉に違和感を覚えた。確かに葉月一族は異能者を輩出する家として戦乱の時は民のために世界中をめぐり、心身の治療にまわるのが常だったが、・・・今の葉月一族はここ数十年で爆発的に異能者を増やし、異能者の組織に大きな影響力を持ち、そして力の継承にのみ目の色を変え、近親婚を繰り返している家になり下がったはずだ。それは異能者が出た家では珍しくもないことだったが、葉月一族はこれまでそんな事には一切なってはいなかった。

「……それは、本当か?」

「本当です!」

燈華の様子を見て凛珠はこれ以上の追及はやめにした。どうせ埒が明かない。燈華はうそをついてるようには見えなかったからだった。

――それに当主が変わって家の軌道を元に戻そうとし始めたのかもしれないしな。

凛珠はそう結論付けると、燈華に向き合った。

「燈華、お前は『紅陽』一族のことを知っているか?」

葉月一族と並び、異能者を数多く輩出していることで有名な家。

「ええ、知っていますよ。確か私の家の当主の母君の実家ですから」

燈華はいった。

―なるほど、あの家から嫁が葉月一族にね……。

確かにあの『紅陽』一族から嫁入りがあったとすれば、方針が変わるのも納得できる。清廉潔白、曲がったことが大嫌いの気性で有名な異能の血統。絶大な影響力を誇りながらも、ほとんど戦乱時には世界に介入しない家。今は戦乱の時代のせいか、まったく噂話が聞こえてこなくなったが。まあ、それはいい。

「そうか。ではひとつ訊きたいんだが、何故、俺たちを助けたんだ?何故、あそこの近くにいながら俺たちに一切気配を感知させなかった?」

凛珠は尋ねた。

「俺には、お前がどれほど強力な『異能』を持っているかわかる。だからこそ解せない」

燈華は困った顔になった。さすがに我ながら答えにくいことを訊いたとは思うが。

「……すみません。それは秘密なんです」

弱り果てた様子で燈華はいった。

「はあ?ちょっと待て、秘密って……」

凛珠が問い詰めようとした時、ドアがバンと開き、買い物してきたものがたっぷり入った袋を抱えた千尋と修一が入ってきた。

「……もしかして、取込み中だった?」

凛珠と燈華の様子を見て、千尋が言った。その言葉に凛珠は首を振った。

「別に。違う」

その様子を見た修一はにやにや笑って言った。

「本当に、そうかー?俺には……」

凛珠は修一の頭の近くで術を使って爆発を起こすことで話すのを途中でやめさせた。

「……おちょくっただけなんですけど。お前、意外に短気だな」

ビビりながら修一は言った。

「うるさい」

凛珠は不機嫌な声で言った。

「シュウ、ソウはいつもこうなるからね。気を付けなよ。虫の居所が悪いと半径五百メートルの家だのなんだのふっ飛ばすからね」

千尋が普通にとんでもないことを言った。

「は!?」

「僕らは『蒼き鳥』の中じゃ随一の力持ってるとか言われてるけど、相当の問題児だって認識だからね」

はははと笑って千尋は言った。

「問題児!?俺が、『あの人』から聞いた話だと真面目でちゃんと働いているって聞いたんだけど」

修一の言葉に千尋は笑いながら返した。

「それは任務の時だね。オフの時はいろいろやっているから。周りには手に負えない奴だって言われてるけどね!」

「……」

修一は何も言えなくなった。外見に反して何をやっているんだ、こいつらは。

そのときくすくすと笑う声がした。燈華が口に手を当てて笑っていた。

「仲が、いいんですね。それに……うらやましいです。私には、友達というものがいませんから」

燈華の言葉には羨望が混じっていた。

「え、いないって!?そりゃ……異能を持っていたら友達とかは作りにくいけど、お前さ、あの葉月一族なんだから、一族内に同年代のやつとかいるんじゃないのか?」

修一が尋ねた。千尋も妙だとは思った。異能者を多く輩出しているのだからそれが当然という環境で育ってきたはずだ。自分たちは『蒼き鳥』に入る以前は化けもの扱いだったけれども。

「……同年代?たぶんいると思いますが、あったことはないですね……」

燈華の言葉にあんぐりと三人は口をあけた。

「はあ?」

「へ?」

「うそだろう?」

三者三様の反応を見せた。……あり得ない。おかしすぎる。それにこの『力』の大きさと言い……。

「なんか……ありそうだな」

凛珠が燈華に聞こえないように言った。

「そうだね。とっとと本部に帰って、本部長に訊こう。どうも変だ」

千尋も言った。

「あの……さっきから何こそこそと話しているのですか?」

燈華が恐る恐るといった様子で尋ねた。

「ちょっと男同士の話だよ」

にっこりと笑って千尋は言った。

「そう……なんですか」

「うんそうだよ。そうそう、けがも治ったみたいだから、僕らは帰らせてもらうことにするよ」

千尋は燈華に対して言った。千尋はさっさと調べたほうがいいと感じたらしい。

「そうですか。……あのっ」

燈華が言った。

「え?何?」

凛珠が言った。

「また……あってくれますか?あったら、話し相手とか、してもらっても?」

燈華の言葉に三人は頷いた。

「もちろん」

「当然だね」

「女の子にそう言われちゃ、断れないだろう?」

その言葉に、燈華は顔を輝かせた。

「絶対ですよ?」

その言葉に三人は苦笑しつつ言った。

「絶対だ」

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