少女四景
湿原工房
第1話 放課後
「つまんないね」
「そうだね」
頷く彼女は、素っ気ないこの言葉をこぼさせたわたしの真意を知ったうえで、そう返答するのか、それともわたしも彼女も本音をつまらないものと表層だけで会話を音楽しているのか。校庭から湧いて、ふくらむカーテンが隠した窓から掛け声と、グランドの土を蹴るスパイクの音は、西日のように間断なく、ふたりだけの教室に入ってくる。
「うるさいなあ」
わたしは舌打ちするようにガラスの向こうを見下ろす。
「彼らの青春はわたしたちにとってどこまでも遠くにあるみたいじゃない?」
「わたしたちが野球部の連中みたいにさわやかな汗を喜ばないのはなんだろう」
「それでも同じ青春のなかにあるというこの青春とはなんだろう」
夢を見ているだけだ。わたしも、彼女も、哲学ごっこをして、遊んでいるだけ。
「青春のただなかで」
「青春をただしく捉えることができるだろうか」
「青春の青い観念でしか、それはないのだろうか」
答えがほしいのではなく、問いに問いを重ねて夢見るだけの時間がふたりの青春。
彼女が座っている机の脚をかかとで蹴る。
「彼らのざっくざっくいう足音は私たちの時間に入ってくるのに、私たちの立てる音は彼らの青春の記憶にならない」
「それがくやしさではなく夏の木陰のように、涼しく感じている」
「美子の病欠したきょうのわたしと弥生のこの時間はそれでも三人の――三人としての連帯した記憶として形成するだろうという確信は岩のようにわたしたちの内面に屹立している」
必死に唇を結んでいたわたしはとうとう噴き出してしまった。すると実花もくつくつと喉を鳴らしはじめた。
「もうだめ、いはははは」
実花も観念してふたりで爆笑した。
「おーい」と廊下のほうで男の声がした。「なにやってるんだ、はやく帰れよ」
巡回に来た世界史だ。
「はーい」と笑った声のまま応えてかばんを肩にかけた。長く伸びた机や椅子の影が格子縞をつくる床をわたって廊下に出たとき、校庭で金属バッドが鳴った。
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