3-2-6-2

〈『用意できてる?』〉

 東子の声。いつもより、高めの声。楽しそう、と四恩は思う。紙包みを開ける。中から出てきた物――ブファイツァーツェリスカ、全長55センチの、恐らくは世界最大の拳銃。オーストリア製の、象撃ち用ライフル弾を使用する――拳銃と呼んでいいのか、どうか。

 今や内務官僚であるのかどうか怪しい、あのナナフシ型ロボットとの契約はそれほど悪いものではなかった。残りの、後払いされる「報酬」は彼の復権如何に懸かっているとはいえ、前払いで潤沢な装備を得られたのだから。超大型拳銃からドレスまで――。

 そして――。

〈できてる――〉

〈『用意できてる?』〉

〈……ブファイツァーツェリスカでよければ〉

〈きゃー〉

 きゃー、という嬌声を四恩は人生で初めて聞いた。漫画みたいなだなと、彼女は思った。

〈鏡子さんは?〉

〈既にロビーで待機中。装備も受け取り済み。貴女の言っている鏡子さんというのが、私に三村菜穂子と名乗った子と同一人物なら、ね〉

 カムパネルラは東子には菜穂子と自己紹介していたらしい。

〈きっと堀辰雄からの引用ですね〉

 ドアをノックする磐音を透過しながら、新しいスクリーンが立ち上がる。ホテルのロビー、巨大な振り子時計の前に置かれた1人用ソファに浅く腰掛けている少女――カムパネルラ。白いシャツに、黒いスカートをサスペンダーで吊り下げている。頭にはベレー帽。シックな服装と対照的に、その周囲には大量の紙袋。いわゆる「爆買い」の趣。紙袋にも、紙袋の中から飛び出して、天井を目指している光沢のある風船にも、ホテルの近くの巨大テーマパークのキャラクターが描かれている。

〈あの子、どういう能力を持っているの〉

〈ん――〉

 通りがかった外国人観光客と思しき紳士と淑女がカムパネルラに声を掛けている。それも熱心に。カムパネルラ、口を閉ざしたまま2人を見つめる。紳士、眉を寄せる。淑女、ハンカチで目元を軽く叩く。何かを納得した2人は足早に離れていく。四恩もまた何かを納得し、その納得がカムパネルラが今の今に至るまで全く瞬きしていないことに由来すると気づく。

〈カムパネルラ、瞬きは――して――い、い〉

 四恩の声を聞いた少女の、緩んだ口元を映したのを最後に、スクリーンが霧のようなアニメーションで消えていく。

〈《ん》って何よ、《ん》って。しっかりしてよ、隊長〉

〈隊長に代わって、ぼくが説明しよう。四宮四恩様の人選に間違いのないことをね。確かに彼女の能力は不明。何せ、書類上は既に《廃棄処分》されていることになっているから。とはいえ、高度身体拡張者であることは明らかなんだぜ、東子。それとも拷問して素性を吐かせる?〉

〈まさか。拷問はこれからするのよ。お腹いっぱいになるわ〉

 拷問はこれから行うことだし、それは敵に対してすることだ。それに――。それに彼女は、四恩と磐音が全てを終えた後、遅滞なくホテルの外に出られる様、ロビーに待機する役を志願してくれたのだから。

 たぶん、これが、きっと、そう、仲間――。あるいは信頼の形式――。

 ドアが開き、男が顔を出す。大柄な彼のために、黒のスーツは殆ど悲鳴を挙げている。彼は磐音の胸を見ながら、シャツの第一ボタンを外す。しかし四恩に目をやると、ネクタイを緩めていた手を止めた。

「おい、ちょっと待て」

「どうかされましたかあ?」

 磐音が間延びした声で尋ねる。もう彼女のドレスと同色のロンググローブを嵌めた腕は、彼の腕に絡みついている。四恩は部屋に入り、ドアを閉め切った状態で全てを始めたいと願う。

 男が四恩の全身をゆっくりと見る。

〈もう少し、もう少し〉

 三縁が囁く。四恩はショルダーバッグを肩に掛け直す。

「ロリじゃねぇか! おい! こりゃ完全にロリだぞ! ロリは駄目だ。勃たないし、娘のことを思い出して気持ち悪くなる」

「でも合法ロリですから」

 合法ロリとは――。磐音の足元を見る。クリア素材でできた厚底サンダルの高いヒールを見る。お客様のクレームにどうしていいかわからなくなっている、と見えればいいな、と四恩は思う。

「合法でも何でもロリは駄目だ。俺も嫌だが、俺のボスも嫌がるんだ。イエス・ロリータ、ノー・タッチだ。俺の言っていることがわかるか?」

「わから――な、い――」

 しかも唖かよ! やってる時に声が出ないとノらねぇんだよ、マネージャーに電話するから廊下で――あがががががががががあがががががががあがあがががあああががあがあがあがあがあがががががあが――。

 彼に絡みついていた腕の一本を、磐音は下から彼の顔へと伸ばし、ついにその口の中へ手を入れて顎を外した。

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