第195話 深夜のセキララ青春トーク(前編)。俺が修学旅行ぶりに布団を敷き詰めること。
「ちょ…………ちょっと考えさせてくれ」
衝撃の提案に動揺を隠せない。
ヤガミは身を乗り出してニヤリと笑った。
「いいとも。他に選択肢があるとは思えないけど」
「…………お前、ほんっとに…………」
ヤガミだ。
ものすごく久しぶりに、俺はコイツに振り回されていた小学生時代を思い出した。物腰こそ当時より大分柔らかだが、態度とか、時折見せる仕草や表情が、完全にアイツだった。
ヤガミというヤツは、やると言ったら絶対に聞かない。何であれ、必ず押し通す。
決して豊かでも平和でもなかった幼少時の経験が彼をそんな風にブチ切れさせるのかどうかは知らないけども、繊細かと見せかけて、実のところとんでもない暴君なのは、目の前の彼も変わらないようだった。
これだから、幸運なんていうのはわからない。ただでさえあーちゃんが「勇者」なんて聞かされて悩ましいのに、こんな事態に発展するとは。
頭を抱えている俺に、ヤガミは嫌味な程に長い足を組み直して話した。
「ま、とりあえずシャワーでも浴びてきたら? アカネさんも、フレイアさんも、きっともうお疲れのはずだ。
それとも、折角だからお湯も溜めようか? 無駄に湯船が広いから、気持ち良いよ」
女性陣が戸惑いの色を浮かべてこちらを見る。多分あまりよく理解していないフレイアはともかく、あーちゃんは若干期待しているようにも見える。
俺は息を吐き、観念した。
毒を食らわば皿まで…………タワマン入らば、豪華風呂まで。
実のところ、俺に決定権は無いに等しい。
そして、あーちゃん達がお湯をもらっている間(…………「なぜ魔法陣も無しにお湯が…………?」「あっ、ダメです、フレイアさん! それに触っちゃダメです!」「この声…………この方はどこから私達を監視しているのですか!?」「違います、違います! その人はお湯加減を見てるんです! あぁっ、冷たい!」「何という精密な水流の制御…………まさか
「…………あの子達、同室で大丈夫かなぁ?」
騒ぎのやまない風呂場をやや不安げに振り返りながら、ヤガミが尋ねる。俺は「何を今更」と呆れた。
俺から離れたがらないフレイアを、「あーちゃんの護衛が必要なんだ!」とようやく納得させたのが、ついさっき。あーちゃん側へのフォローがロクにできなかったのは心残りだが、きっと何とかしてくれると祈るしかない。
「まぁ…………、大丈夫じゃない?」
半ば投げやりに答えると、ヤガミは「そうかぁ?」と首を捻り、和室の押し入れを開いた。
それにしても、一体コイツの部屋はどうなっているのだろう。
リビングと彼の寝室に加えて、使っていない部屋が2部屋もあるというのに、さらに和室までついている。ましてやその押し入れの中から、見るだに上等な布団が2組も出てくるのは、どういった料簡なのか。
何を予期して日々を生きていれば、そんなことになるのだろう。
ヤガミが持ち前の察しの良さを発揮し、先回りして答えた。
「泊まりに来るからって、おばさんが家にあったのを適当に置いていったんだ。結局、引っ越しを手伝ってくれた時に一度使ったきりなんだけどな。友人が泊まる時には重宝しているよ」
俺は彼から渡されるがままにマットを敷き詰め、尋ねた。
「お前のおじさんとおばさんってさ……………あの、ユイおばさんの親戚?」
立ち入った質問だが、彼の正体を見極めるためには知っておかねばならないことだった。
このヤガミ自身は、見る限りジューダムのことを全く知らない様子だが、ユイおばさんがジューダムの王妃であったことを考えれば、彼のおじさんとおばさんはジューダムに関わりのある人間とみるのが妥当だ。 となれば、迂闊に俺達のことを彼の家族に知られたら、最悪リケとイリスに加えて、ジューダムの勢力にも狙われかねない。
ヤガミは俺の懸念を知ってか知らずか、ごく何てことの無い調子で答えた。
「そうだよ。母さんの従姉と、その旦那さん。母さんが亡くなってから、俺を引き取って世話してくれている。見ての通り、身の丈に余る贅沢ばかりさせてもらっているよ」
俺は敷布団にまっさらなカバーを掛け、さらに事情に踏み込んでいった。
「おじさんとおばさんもこの近くに住んでいるのかい? …………どこの人なの?」
ヤガミが人数分の枕をポイポイと取り出し、さらに見栄えの良い枕カバーを引っ張り出す。
彼は嫌な顔一つ見せず、スラスラと答えていった。
「ああ、近くだよ。坂の上の、あの女学校の傍。おじさんの実家なんだ。出身は…………おばさんの方は、九州の小倉って聞いているけど」
ヤガミはストンと畳の上に胡坐を掻くと、ピシっとアイロンのかかった枕カバーを枕に通し始めた。彼は俺の顔を見やり、付け足した。
「…………コウが聞きたいのって、ウチとジューダムの関わりのことだろう? だとしたら、悪いけど、俺達はマジで何も知らないよ。従姉とは言っても、おばさんは母さんとは全く顔を合わせたことが無かったらしいから」
「そうなの?」
ヤガミは作業の手を止めることなく、続きを語った。
「やや度の過ぎた親切なんだ、おばさんは。…………コウは知っていると思うけど、そもそも俺は、母さんの本当の子供ですらなかった。しかも、あの頃はかなり荒れていた。それを引き取るなんて何か理由があると勘ぐって当然だと思うけれど、そこは俺が保証する。おばさんもおじさんも、ただの善人だよ。ただ、度合いが凄まじいだけ。
大体…………母さんが異世界の出身だなんて、俺自身がまだ信じられない。ジューダムとかいう国のことなんて一切聞かされていないし…………俺自身のことも、前妻の子を引き取ったとしか聞いていない」
ヤガミが躊躇いがちに言葉を切る。
俺はシーツを掛け終えた敷布団の上に毛布と掛布団を広げ、覚悟して尋ねた。
「じゃあ…………お父さんのことは?」
ヤガミは枕を布団の上に並べ、俺を仰いだ。
「知らないな。俺は、自分の本当の両親のことは何も知らない。…………聞きたくなかったんだ。…………俺は、そんなものはいないものだと思っている」
表情こそ変わらないが、その声音はいつもより確かに低く、冷たかった。
俺は拒絶の気配を無視し、あえて伝えた。
「君は、君のお父さんを殺したんだ。…………覚えていないか?」
ヤガミの眉間が険しくなる。
魔術の戦の直前にも似た緊張が、部屋の空気をひりつかせた。
イ草の匂いがツンと鼻を突く。床の間から漂ってくる名も知らない花の香りは優しく清らかだったが、それでも場の雰囲気を和らげるには至らない。
ヤガミは微かに睫毛を伏せ、言った。
「笑えない冗談だな。…………何の話だ? 俺は父親になんか会ったことがない」
「嘘だ。俺と、あーちゃんはその場にいた」
本当にわからない、とヤガミの眼差しが物語っていた。
俺はいよいよ相手がしらばっくれているわけではないと知り、息を飲んだ。
おかしい。やはり、何かが食い違っている。
俺はこみ上げてくる不安やら混乱やらを腹の底に押し込み、続けた。
「それなら…………俺がお前を刺した時のことは? …………あの日、どうしてお前はあの展望台にいたんだ?」
「…………それは」
残念ながら、話はそこで中断されざるを得なかった。
お風呂から上がってきたばかりのあーちゃん達が、襖を開けて部屋に入ってきた。
「あっ、あの…………あっ、ありがとうございました」
あーちゃんは気まずい雰囲気に気圧されてか、どもりがちな声で言った。フレイアは上気した頬のまま、キョトンと俺とヤガミとを見比べている。
ヤガミは、彼にしては少し不器用な笑顔で応じた。
「いいえ。何か不便はありませんでしたか?」
「あっ、いえ…………なっ、ない、です」
ヤガミは2人の前に立つと、あくまでも親切な調子を崩さずに続けた。
「もしドライヤーが必要でしたら、洗面所のものを使ってください。それと、もし嫌でなければ、前に友達が置いていった化粧品が棚に並んでいますので、それも好きに使ってください」
「えっ? でも…………あんなに高級なもの…………ダメですよ」
「お気になさらず。僕には必要ありませんし、持ち主は恐らく二度とここを訪れませんから」
おいおい…………。
突っ込む間もなく、ヤガミは微笑んで最後を結んだ。
「僕とコウは向こうの部屋で寝ます。アカネさん達は、この部屋で休んでください。…………じゃ、行こうか。コウ」
有無を言わさず、ヤガミが俺の腕を引く。
俺は目を丸くするフレイアとあーちゃんに、
「おやすみ」
とだけ言い残し、ヤガミに引き摺られて寝室まで移動させられた。
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