第20話 ツーちゃんのやり方その①。俺が再度、身をもって「魔法」の力を味わうこと。

 ツーちゃんから送られてきたイメージに従って、俺は貯水池の近くにあるボロボロの小屋へとユルギスを走らせた。

 小屋は馬小屋にそっくりで、中には仕切りで区切られた小部屋がたくさん並んでおり、床には柔らかく湿った土がしっとりと敷き詰められていた。


(どこでも好きな部屋を選ぶが良い)


 ユルギスから降りた俺に、ツーちゃんがそう告げた。

 どこでもとは言うものの、どこも変わりがない。馬房は清潔ではあったが、それは殺風景という意味でしかない。ほんのりと香る、嗅ぎ慣れないツンとしたま草の匂いが、妙にエキゾチックな雰囲気を醸し出していた。


(おい、早くしろ。何を迷うことがある? やはりマヌー小屋にすべきであったか)

(だから、そのマヌーって何?)


 俺は愚痴をこぼしながらも、右手前から3番目の部屋に入った。横木をくぐるとエキゾチックな匂いの発生源である、飼い葉桶と水桶が自分のすぐ横に見えて、何だか本当に自分が馬になってしまった気がした。


 ちなみに、ユルギスは中には入らず、じっと小屋の外で立ち尽くしていた。彼は俺を見ているやらいないやら、相変わらずの流氷じみた眼差しで世界を見据えていた。風になびく黄金の毛並みは、夕陽を浴びてさらに神々しい。


 俺はユルギスに手を振った後(意味はないとしても、なぜかやりたくなった)、馬房の真ん中で、背後の小窓から差し込む微かな明かりを背負いつつ、ツーちゃんに呼びかけた。


(…………入ったけど)

「待たせよって」


 それからツーちゃんはあやとり語で何か短く呟いた。このあやとり語は、なぜかいつまで経ってもうまく聞き取れない。発音が独特なせいで、俺には真似することさえ難しそうだった。


 そうして、ふと俺が瞬きをした瞬間だった。

 いきなり目の前に、だだっ広い、荒廃したゴルフ場じみた景色が広がっていた。

 今まで確かに小屋の中にいたはずなのに…………。


(――――え???)


 それに、何だかやけに地面が近く見えた。四つん這いになっているみたいだったが、それにしたって何か身体に違和感があった。手足をばたつかせてみると、いやに身体が重たく、ぎこちなさがある。言うなれば、ワニが地上を這う時の体勢から、身体を起こすことができないみたいな、不格好な感じだった。


「あっ、コウ様!! 暴れてはいけません!!」


 頭の上からややハスキィな、困惑した女の子の声が降ってきた。俺は頭を左右に振って辺りを確かめ、ここがまだトレンデであることを知った。

 妙に視野が水平方向に広く感じたが、それよりも、どう頑張っても言葉が喋れないことの方が気になった。無理に出そうとしても、聞き慣れない唸り声しか出せなかった。

 俺はもどかしさに耐え兼ね、さらに激しく身悶えした。


「ああ、コウ様!! どうか。どうか…………!!」


 声の主は震える手で俺の頭を優しく撫でていた。俺はそのゆったりとした辛抱強いリズムに、次第に心を落ち着かせていった。

 あれ? 何これ?


「…………ああ、やっと落ち着かれましたか。コウ様」


 女の子はどうやら、俺の背中に乗っているようだった。

 背中? うん、そう、背中だ。

 それから俺は、近くの池の水面に映りこんだ自分の姿を見て驚愕した。


「コウよ、気分は悪くないか? 我ながらナイスアイデアだったと確信してはいるのだが、この術には、稀に副作用がないこともないからな」


 聞き捨てならない台詞を吐きつつ、ツーちゃんが俺の傍らへ歩み寄ってきた。満面の笑みを浮かべて、両腕を偉そうに腰に当てて、彼女は俺の目を覗きこんだ。

 俺は何か口をきこうとしたが、出てきたのは「ブルル!」という、思い切りの良い鼻息だけだった。


「元気そうだな!」


 あっけらかんとしたツーちゃんの言葉に、俺の背に跨ったフレイアが戸惑いがちに呟いた。


「本当によろしいのでしょうか…………? やはりコウ様を騎竜とするなど、私にはとても恐れ多いのですが」


 俺はまた大きく鼻息を吐いて身を震わした。

 てっきり俺は、ちょっと足の長いワニにされてしまったのかと思っていたのだが、一応は竜と呼ばれる生き物に変化させられたようだった。


 全身がやけに熱くて、力がぐんと漲ってくるように感じた。大きさはよくわからなかったものの、周りとの比較からして、人間だった時の身長よりも少し小さいぐらいか。尻尾のサイズ感には、まだ慣れない。

 翼は生えていなかったけれども、代わりに手足に水かきのような膜があった。


 俺…………魔法に慣れてきただなんて、どうして思ってしまったんだろう。

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