(手引き書)

 その日の放課後、ぼくはもう一度彼女と顔をあわせた。図書委員の仕事があったからだ。

 放課後の図書室には誰の姿もなかった。放課後にまで熱心に本を読む生徒はいないし、放課後にまでやって来るほど立派な図書室でもない。

 ぼくは本棚の整理やカードの確認をしていた。彼女は昼休みのときと同じように、カウンターに座ったままじっと本を読み進めていた。手伝う気はないらしい。

 大体やることを終えてしまうと、ぼくは手持ち無沙汰になった。本を読むような気分でもなかったし、彼女に話しかけようにも適当な話題が見つからない。

 ぼくは窓際の席に腰かけてぼんやりと外の風景を眺めていたけれど、ふと、

「先輩、ずっと何を読んでるんですか?」

 と、尋ねてみた。

 そのあたりさわりのない質問に対して、彼女はどういうわけか「信じられない」という顔でぼくのことを見た。目でじっと、こちらの様子を探っている。

 ぼくはその反応にまごついてしまった。何かまずいことを聞いたんだろうか?

「そんなこと聞いたの、あなたがはじめてよ」

 しばらくして、彼女は珍しい動物でも眺めるみたいにして言った。

 その視線に人間としての尊厳をいささか傷つけられつつ、ぼくは話を続けた。

「……で、何を読んでるんです?」

 ぼくがもう一度同じ質問をしたせいで、彼女はちょっと調子が狂ったような、そんな表情を浮かべた。

「――これは本じゃないわ」

 しばらくして、彼女は諦めたように言った。あるいは、呆れたように。

「本じゃない?」

「そうよ、これは〝手引き書〟よ」

「手引き書?」

 けれどそう言ったきり、彼女はそれで十分というように口を閉ざしてしまっている。

「手引き書って、何の手引き書ですか?」

 ぼくはもう一度、質問を繰り返した。

「魔法のよ」

 面倒くさそうに、彼女は言う。

「魔法……?」

 彼女は〝魔法〟という言葉を、何のためらいもなく口にしていた。

 そしてぼくはあのセリフを聞くことになる。大抵の人間が彼女から遠ざかっていく、あのセリフを、だ。


「だってわたしは、〝魔女〟だから――」

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