(錆びついた世界)

 はじめて顔をあわせたとき、ぼくは彼女のことを知らなかったし、彼女はもちろんぼくのことなんて知らなかった。

 図書室の一画で行われたその邂逅は、特に感動的なものでも、物語性にあふれたものでもなかった。空から天使の羽が落ちてきたわけでも、空を埋め尽くすような流星群が出現したわけでもない。

 小さな図書室にはどこかくたびれた感じの放課後の陽射しが射しこみ、それ以上にやる気のなさそうな生徒たちが着席している。

 ぼくの前に座っていた彼女は、手元の本に目を落としたまま、顔を上げようともしなかった。時計の針さえ渋々といった感じで、気だるそうに動いている。

 世界は錆びついて、ネジを巻くのを諦めてしまったらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る