第07話 領主を小町魔王がしばき倒した
「『そうよね、あなたはいつだって正しいわよね!』って、染みるわあ♡」
小町魔王は、優雅に読みかけの恋愛小説を置くと、うっとりと目を閉じとる。
こいつ、この寒村に自分の居城を建てるとか言い出しおって、「王都の城並の物を建てたら目立ち過ぎる」とワシと黒服美形で止めたことがあってな。小町魔王はむくれつつ、「じゃあ、これならいいわよね」と2階建ての宿屋を建てた。そこに住み着いとる。宿屋の女将は村の女衆が交代でやってくれている。
自分の部屋にいれば良いものを、女将連中が「こまっちゃん、一日お部屋に引きこもるのはダメです」と弁当持たせて、日中は外に放り出しよってな。
ご覧の有様じゃ。
これで幼馴染青年が居てくれればいいんだが、やつは仕事で領主の街へ出かけておってな。暇にまかせて、うちの助手に好みの本を出させては、ワシの部屋で管を巻いとるわけじゃ。
「小町魔王や、ここはお前の部屋ではないからの。
恋愛小説読んで熱くなるのは構わんが、ちょっと自由すぎやせんか?」
「ちょっと独り言をつぶやくくらい、いいじゃありませんか。
ふふ、私がいると目の保養になるでしょ?」
「そういうのは村長に言ってやれ。まったくお前は、
その自信が有りすぎるところが――」
「かわいいでしょ?」
ワシ知ってる、これ言っても無駄なヤツじゃろ。
「で、可愛い小町魔王ちゃんの、初恋の行方はどうなったかのう」
「うまく行ってれば、ここにいません!」
「じゃよな」
「私を選ばないなんて、どうかしてるわ」
「元魔王で尻尾生えてる娘を、嫁さんにするのはなかなか勇気いるじゃろ」
「種族の壁なんて、2人の愛があればですね」
「お前、愛猫神官と話が合うじゃろ」
「あら、とっくに入信してますわ。お嬢様は私の女神です」
元魔王が娘の信者になっとった……。
小町魔王には、金の矢と銀の矢がどのようなアイテムなのか説明し、気持ちをかき乱す幼馴染青年は平凡な男にすぎず、アイテムの魔力で気持ちが惹きつけられたことは教えてある。教えたんじゃが……。
「それでも、これが私の初恋ですから」とキリッとしておった。
「断ってくれてもいいんですよ。優柔不断なのがずるいわ」
「あいつは、村娘にずっと片思いしてたからのう。
急にお前に慕われて戸惑っただろう。かといって、すげなくするのも
お前の気持ちが分かるだけになあ」
「なら私を選べば良くないですか? 非の打ち所の無い妻になるわよ」
「あいつは、幼馴染の村娘の気持ちにも戸惑っておるのだろ」
「さっさとくっつかなかったのに、私が現れたら邪魔する子に負けるというの……」
「まあ、弟か子分みたいに思っていた男が、惜しくなることもあるわな」
「ああもう、蛇の生殺しだわ」
「青春じゃのう」
「そんな良いものじゃありません!! あの人、小説の言葉みたいに、
正しいことしか言わないのよ。でも、そんな誠実なところも素敵」
小町魔王も、幼馴染青年のことが絡まなければ、黒服美形の良い相談相手になって、この村の役に立っておるのだがなあ……。恋は盲目というより、こいつの場合は、第三の目が開いちゃった感じだのう。それでも、魔王は世界征服するものだって暴れられるよりはマシか。
こいつらの痴話喧嘩は、村の娯楽になっとるし。
恋愛小説読んで泣いたり笑ったり、黒服美形の手伝いをしたり、痴話喧嘩をする。小町魔王は、なんだかんだ言って、村の静かな暮らしに馴染んでおる。
男衆はドキドキしおるし、女衆には妹みたいに可愛がられるし、子どもたちには「尻尾の姉ちゃん」と尻尾引っ張られたりしとる。
そんな小町魔王を激怒させられるのは――。
「私が出向きます」
「落ち着いて下さい。筋で言えば、村長か村長の補佐をしている私の役目でしょう」
「でも、あの人が領主の街で倒れたのは、領主が無理難題を言うからでしょ?」
領主が、元魔王の尾を踏みおった。村長はのらりくらりと逃げるし、黒服美形はやり手だし、堅物の幼馴染青年を狙って圧力をかけたのが、裏目に出たな。
・領内で一番貧しいあの村だけ飢饉も疫病も起きないのは何故か
・住み着いた賢者の恩恵であるのなら、私の領内全てに反映させたい
・そもそも村長ではなく、領主の私へ挨拶が無いのはどういうことだ
といった内容なんだが、それはワシに言えって話じゃよなあ。
「黒服美形や、ワシが直接行ってくるのはどうだ?」
「そうですね。挨拶を兼ねて、私が村長の代理ということにして、
2人で伺いましょうか」
「待ちなさいよ! 賢者様は村長へ挨拶してあるのだから、
村長から領主への連絡がうまく行ってないだけじゃない?
それに、賢者様は村に恩恵を与える存在ではないでしょ」
「ワシの顔見知りが飢えたり病んだりするのは嫌だというワシの都合だからなあ」
「領主に領内全部にそうしろって言われたら、賢者様はお力を振るうおつもり?」
「断るよ。次は国内、そして他国も同様に求めてくるじゃろ。キリがない」
「それを話して、領主が納得するかしら?」
「納得してもらう」
「あら、結論は同じじゃないですか。なら、私でいいでしょ?」
ワシと黒服美形は顔を見合わせて、お互い諦めたことを確認した。仕方があるまい、小町魔王のしたいようにさせて、あとはワシらがなんとかしよう。
小町魔王は、国王が乗るような馬車で行くと言うので、ワシらはうちのイルカにしとけと、それだけは止めた。頼むから、庶民の感覚を覚えてくれ。お前はもう魔王ではない、この村の「こまっちゃん」であり「尻尾の姉ちゃん」なんじゃからな。
イルカに揺られて領主の街へ着いた小町魔王は、幼馴染青年が休んでいる宿屋へかけつけた。村長と領主の板挟みになり、黒服美形に相談すればいいものを我慢しすぎて、胃を悪くしていた。
「私がわかりますか?」
「小町魔王さん、どうして」
「倒れたと聞きました。私は人間の看病はよく分かりません。
お嫌でしょうけど、我慢して私の指を舐めなさい」
小町魔王は短剣で指先を切り、血を流している。
「怪我しているじゃないですかって、むぐぅ」
幼馴染青年の意思は無視し、口の中に指をつっこんだ。
「はい、良い子です。そのままごっくんしなさい」
小町魔王の血を飲んだ幼馴染青年は、そのまま眠りに落ちた。じき顔色も良くなる。
「良かった。人間の体にも効くのね」
小町魔王は指先を清めると、再びイルカに揺られて領主の館へ押し入った。門番や衛兵をなぎ倒し、大扉をぶち破り、子どもは泣かせ、召使たちはおろおろし、領主の来客が逃げ散る有り様だ。
「なんということをするのだ! 私の館で無法を働くということは、
この国家への反逆に等しい行いだ」
「じゃあ、国王のところに行って、同じことをして、
『おたくの領主は、領民の扱いが酷いんだけど、躾けがなってないわね』って、
まずは国王から躾けてきましょうか?」
領主は国王の威光をチラつかせてもびくともしない、仁王立ちしている小町魔王を見上げて震えている。
「領主様、この方は本気でやりますので、あまり刺激なさらないで下さい」
助手がダメ押しをする。
「あの村の使いなのか?」
「村長補佐と賢者の代わりに来ました。
でもね、私は使者というよりは、警告を与えに来たの」
「警告?」
「欲張るな。賢者は福の神では無い。アレは利用できる存在ではない、
むしろお前が利用される側だ。
一番貧しかった村からの税収が増えているのだから、そこで満足しておけ」
小町魔王が、領主の顎を掴んで、ガクガク揺さぶる。
「領民の安寧を望む私が欲深いというのか」
「だから、それはお前の仕事でしょ? お前の力の至らない部分を、
好意で賢者が補った。それを、感謝するどころか、「もっとよこせ」
「挨拶が無い」って、領民にネチネチやる男の、
どこが『安寧を望む』領主なのよ」
領主の顎がメリメリと音を立てている。
「まあ、それは二の次で。一番言いたいことは、私の大切な人をお前は傷つけた。
彼の苦しみを体験なさいな」
領主は胃を押さえて床にうずくまった。体を起こしていられない程の痛みらしい。だが、横になってもいられない。領主はあまりの痛みに、もがいている。
「ねえ、痛む? お前がネチネチいたぶった男の痛みよ。
――念のため教えておくわね。私が大切に思う存在、それはあの村に
関わる人達から、私の好きな小説の作者も含むけれど、
そうした人たちを傷つけたり殺めることがあれば、それは全てあなたの体に
反映されます。10人殺せば10人分の死の苦しみを味わって死ぬことになるわよ?」
「これは呪いではないか! 呪いで私を屈服させるのか」
「お前に選択の余地は無いの。そして、それは呪いじゃないから、
神聖魔法で解除できないわよ。だって恋の魔法なんですもの」
領主は泣く泣く「欲張りません。私は賢者様を利用しようなどといたしません」と復唱させられた。それを見届けた小町魔王は、熟睡している幼馴染青年を抱きかかえて、イルカに揺られて村へ戻った。
「久しぶりに暴れてスッキリしたというところか?」
「あら、賢者様、ご覧になってたの?」
「分かって言っておるな?
ワシも黒服美形も、助手の目を通して一部始終見ておったわ」
「うふ♡」
小町魔王はワシの客間のベッドへ、幼馴染青年を寝かせた。やつが目覚めるまでは自分の物であるかのような、じつに愛おしそうに穏やかな顔をして、幼馴染青年の寝息に耳を傾けておった。
しばき倒された領主が、黒服美形に教わりながら、他の村の暮らしも良くしようと奔走するんじゃが、またそれは別のお話じゃな。
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