第05話 魔王に怒鳴り込まれた
「王都のダンジョンを放り出して逃げた男はあなたかしら」
えらいべっぴんさんが、ワシの洞穴(書斎)に上がりこんできおった。村長が見たら、ひれ伏しかねん。美人が怒ると、迫力あるよなあ。
「知らんと言っても、帰ってくれんのじゃろ」
「責任取って頂くまで帰るわけないでしょ?」
うちの娘で慣れてなかったら、ワシ泣いてたかもしれん。そもそもここは、ワシの隠れ家のはずなのに、黒服美形やら愛猫神官やら、なぜか人が集まり過ぎじゃろ。ワシは物語の主人公なのか? はは、まさかな。
「淑女よ。お名前を伺ってもよろしいかな」
「北の魔王です」
「世界征服を失敗し、最近、冒険者に討ち取られたと聞いたが」
「生きてます!! 私の将軍たちも軍団も滅ぼされましたけどね、おかげさまで」
「2択なんじゃが、『麗人魔王』と『小町魔王』なら、どちらがお好みかな」
「ふざけてるんですか?」
「ふざけているように見えて、本気なのがうちの賢者様なんです……」
いつものように、お茶を出しに来た、イルカ型の助手が残念な生き物を見るような目でワシをちらちら見つつ、そう言いおった。
「なによ、その2択に答えないと会話に応じないって言うの」
「いや、そこまで意地悪はせんけど、『落ち武者』とか他の呼び方で、
気に入ってもらえるやつを思いつくまで、話が進まないかもしれんな」
「……小町で」
「ん、なんじゃって?」
「だから、小町魔王でいいと言っているの」
根負けした小町魔王が、がっくりとうなだれている。疲れてるんじゃないかの?
ざっくり言うと、元ワシのダンジョン最下層に禁忌の病気が流行った。危険区域に立ち入ることは誰も出来ない。娘と娘婿は問題なく暮らせるらしい。最下層へ挑戦できなくなった冒険者達は、暇だったので魔王の領土へ攻め入り、滅ぼしたらしい。
小町魔王は、身振り手振りを交えつつ、熱い攻防戦を語って見せた。
「残念じゃったのう」
「営業妨害でしょ! なんなの、あの強い人間たちは」
「あのダンジョンはワシの最高傑作だからのう。真面目に取り組んだ冒険者なら、
さくさくLvも上がるじゃろ」
「だーかーらー、なんでそんな効率的な鍛錬が出来る場所作ったのよ」
「それは哲学的な問いかな?」
「後先も考えずに、作りたいから作ったんでしょ?」
「さすがは、小町魔王。分かっとるじゃないか」
お。声が出ないほど怒っとる。わなわな震えとる。知っとる、これ、ワシ、刺されるやつじゃろ? 見かねた助手が、村の相談役になっている黒服美形と、話のわかる神官様と慕われている愛猫神官を呼んできた。
「小町魔王さん。うちの賢者様よりは、話が通じる者を連れてきました」
「そっちの神官は愛の教団の人?」
「いかにも」
「帰れ」
「独身主義者の方でしたかな?」
「そうだけど、違うわよ! せっかくいい感じだった暗黒教団が、
女神の気まぐれで堕落して……。魔王として不愉快なんですっ」
「思想的に相容れないということですな」
愛猫神官はニカッと笑うと、さくさく帰って行きおった。あやつ、面倒事に巻き込まれずに済んだし、早く猫と遊びたいとか、そんなとこじゃろ……。小町魔王も連れてってくれんかのう。
「愛猫神官殿が退席されるなら、私も席を外しましょうか」
「あなたは居なさい」
「――こんな爺より、若くてキレイな男の方がいいんじゃ。そうなんじゃ」
「どうせ話すなら美形の方が――。じゃなくて、ああもうツッコむの面倒くさい。
そこでいじけてなさい!」
黒服美形は、うちの村の賢者がすみませんと、恥ずかしそうにしておる。
小町魔王は、営業妨害されたし、部下も領土もすべて失ったから責任取れとねじ込んできておる。そのはずだったのだが……。
「あなた、それだけ鍛えてあって、不老不死なの? カリスマもありそうだし。
いいわねいいわね。黒服美形さん、私と一緒に世界征服しない?」
「私は、今の静かな暮らしに満足しておりますので、辞退させて頂きます」
「なんでよー。男でしょ。名を上げたいとか無いの?」
「私には夢があります。でも、今はその時では無いのです」
「ちょっと! そこのイルカ! この人も話通じないわよ!!」
「小町魔王様。考えてみて下さい。そこでいじけたまま、
時々、『慰めの言葉をかけるなら今じゃぞ』と、チラッチラッと
こっちを見ている賢者様に、そもそも要件を話せたとお思いですか?」
「それもそうね。あなた出来る子じゃない。私の部下にしてあげるわよ」
「賢者様のご用をしたり、村の子と遊んだりと、私にも役目がありますので」
「イルカにも断られた!」
小町魔王が髪振り乱して怒っておる。そういうの、村の衆や子どもの前では、やめてやれな。夢に見るから。
「小町魔王にもモテる黒服美形や」
「賢者様、モテたのではありません。勧誘されただけです」
「そうか。小町魔王の納得する答えを用意せんと、ここに居座られる感じじゃなあ」
「賢者様は邪神とされていた女神を養女になさったのですから、魔王と呼ばれた方も、この際養女に迎えてはいかがですか」
あまりの恐ろしさに、ワシは絶句した。
ダンジョンを敵視する小町魔王。ダンジョンと融合し、娘婿と永遠の新婚生活を楽しむ娘(元邪神)。そんな組み合わせの悪い娘が2人なぞ、地獄でしかなかろう。
念のため娘の意見も聞いてみる。「雲の巣」を呼び出して、直送ツブヤキを送る。
『愛する娘や。お前は一人っ子だが、姉さんか妹が欲しかったりするか?』
『お父様、そのお歳で隠し子ですか?』
『枯れとるわ! そんなわけあるかい。ワシも年じゃからなあ。
ワシがいなくなった後のことを考える日もあるのじゃよ』
『私は夫の愛も父の愛も独占したいタイプなの。そこに負け犬が
おしかけてるかもしれないけれど、間違っても養女にしちゃだめですよ♡』
読まれてた。あのヤンデレ娘、娘婿だけでなく、ワシのことも監視しとるのか?!
『監視じゃないですよ。大切な人のことは全部知りたいだけなの』
直送ツブヤキの新着が怖すぎたので、ワシは「雲の巣」をそっと閉じた。
「黒服美形よ。養女の件は、それ以上進めると、娘がガチ切れするから、
刺激せんでくれ」
「お嬢様に慕われる、嬉しい悲鳴ですな」
「どう見てもただの悲鳴じゃ!!」
小町魔王は、転生して他の生き方をするのは嫌だという。精神的に暴れ足りないのであれば、例えば建国王の時代を追体験させることもできる。それも違うという。
「ふうむ。では、そもそも征服してまでやりたいことは何かのう?」
黒服美形と小町魔王が、ぽかーんとして、見つめ合っておる。なんじゃ、お前らそのまま恋に落ちる音でも立てるのか。
「賢者様。あの……。
それは控えめに言って『お前が言うな』というやつではないかと」
「そうよ。ダンジョン作りたいからダンジョン作った人に言われたくないわ」
「ん?」
「だから、魔王は世界征服するものなの」
「世界征服せず、魔術の研究に没頭してる魔王もおるぞ」
「あなたの友達が変な魔王なのよ!」
「なら、小町魔王も、『変な魔王』になる道もあるわけじゃな」
「お断りします」
小町魔王は、魔王としての理想をワシらに演説しておる。黒服美形はすました顔で聞き流しておる。ワシは決めた。小町魔王って、世界征服させるより、恋愛させといた方が、どう考えても無害じゃろ。ほら、うちの娘みたいにな。
領主の街から仕事を済ませて戻ってきた、幼馴染青年(人身御供にされかけた村娘を心配して林の中から見てたやつな)が、ちょうど通りかかった。うむ、年の頃もちょうどよかろう。
「小町魔王よ。金の矢と銀の矢のどちらがお好きかな」
「矢は刺さればいいんです」
「じゃあ、お前さんは銀の矢にしよう」
ワシは金の矢を幼馴染青年めがけて射り、銀の矢を小町魔王に突き刺した。
矢はすうっと胸に溶けて消えた。
小町魔王の演説が止まる。
「まあ、素敵な殿方。パッとしないけど、誠実そうなところがたまらないわ」
小町魔王は、ワシのことも黒服美形のことも、今はもう眼中に無い。小町魔王のあまりの美貌に立ちすくんどる幼馴染青年へ、どう声をかけようかやきもきしておる。胸の高鳴りが漏れ聞こえてきそうじゃ。
「賢者様。無断であのアイテムを使うのは、倫理的に問題があります」
「ワシの魔力に抵抗できないLvの魔王だったということじゃよな?」
これまで、パッとしない幼馴染でしかなかった青年が、急に、とんでもない美女に追い回されることになったわけじゃろ? 「弟分に何をしたんですか!」と、あの村娘が怒鳴り込んで来たが、これはまた別のお話しじゃ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます