2056年 1月24日(月)
第214話
チュンチュンと小気味よい雀の鳴き声に意識が覚醒する。見開かれた視界に最初に映ったものは、目が覚めるたびに毎日拝まされる地味なカーペット。
重たい頭を持ち上げると寝ぼけ眼にまばゆい光が差し込んでくる。この光景も何度目になるだろうか。
勾留から二週間ほどが経過した。外界への電波的なアクセスが閉ざされているため正確な日時は分からない。だが格子付きの強化ガラス越しに見える光景が十数回昼と夜を往復しているため、大体の経過期間は想像できる。
レジスタンス局員として活動していた頃から娯楽などというものには無縁であったために、こうして一日中目的もなく過ごすのはあまりに退屈だ。
「流石に全身ガタガタだな……」
その場に立ち上がると同時に全身の関節という関節が
旧東京タワーに隔離されてからというもの、時雨は壁に背中を預けて睡眠をとるようにしていた。突然の襲撃に備えて熟睡しないようにしているわけだが、理由はもう一つある。この部屋にはベッドが一つしかない。
「すぅ……すぅ……」
規則正しい息遣いが空気を伝わってくる。窓際に配置された寝具では真那がまだ目を覚まさずに眠っていた。
少し姿勢を横に崩して自身の身体を抱くような
真那が呼吸するたびに襟からのぞく鎖骨。どこか扇情的なその造形美から無理やり視線を外してユニットバスに向かう。そうして邪心を振り払うように顔面に冬を感じさせる冷たい水道水を浴びさせた。
鎖骨に対しておかしな感情を抱くようでは、クビレクビレなどと時と場所をわきまえずに性的嗜好をカミングアウトする伊集院と何も変わらない。あくまでも真那の健全な姿に安心しているのだと、我ながら見当違いな言い訳で理性に言い聞かせる。
時雨が壁で寝ている理由は言葉にするまでもなく、自分の理性がどの程度まで保たれるか自分では判断しきれないところにある。
目覚めたばかりだとはいえ意識のはっきりとしている状態でこのような思考に至っていては、無意識下で自分がどのような行為に及んでしまうか検討もつかない。間違いなど起こり得るはずもないが、起こってしまってからでは据え膳食わぬはと口を濁してごまかす自体になりかねない。
数日前までは防衛省の策略に翻弄され、生を脅かされるほどの致命傷を受けながらギリギリの戦いを強いられていたというのに。それらの逆境などまるで嘘だったかのように平和ボケしている時雨を見て、ネイがいれば今の時雨を見てなんと言うだろうか。
「十日間外界から隔絶されてたあいだに色々たるんでんじゃないの」
時雨の頭では想像もつかないような罵詈雑言が飛んでくるであろうなと思考したところで、予想だにしていなかった声がかかる。人工知能がビジュアライザーの聴覚拡張ごしに語りかけてくる時の音とは違った、もっと人工的なノイズがかった声だ。無線を介した唯奈の声である。
「お、おはよう時雨くん」
しかし振り返ってみればバスルームの入り口に佇んでいるのは唯奈ではなく、戸惑いの色を相貌に浮かべてこちらの様子をうかがう
彼女が抱えるタブレット型の仮想液晶には唯奈が映っている。
「ごめんね勝手に入って。ノックしたんだけど反応がなかったから……」
「いや構わない。あのドアは防犯対策と部屋の外からの盗聴対策に防音加工がされているらしい。ノックが聞こえないのも当然だ」
しかもこの部屋に限っては時雨らの隔離にあわせて急遽防音工事が施工されたとか。すべてシエナの計らいだという話だが、いったい彼女は何を期待してそのような工事をしようと思い立ったのか。
「それにしても……すごく生活感のある部屋だね」
バスルームを覗いていた紲はその視線を部屋の中央に移しつつ、まだ眠っている真那を気遣ってか小声で呟く。
あくまでも真那のお目付け役として時雨はここに収監されている。そのため上層部の連中の疑いを極力買わないよう、基本的にこの部屋で時雨と真那は生活してはいる。しかし生活感という言葉が出てくるほどこの部屋には日用品も家具もないはずだが。
「ここ時雨くんの部屋だって聞いてたんだけど、聖さんがベッドで寝てるし。それにベッドがまず一つしかない……思ってたよりも進んでたんだね二人って」
何を勘違いしているのかになんとなく思い当たるものの、紲の言う進展などというものは時雨が認識している限りでは起こり得ていない。などという意思表明を言葉にするのははばかられたため、肩をすくめて否定する。
時雨の反応と床に無造作に広げられている毛布を見て、紲は時雨が壁に寄りかかって寝ていることを察したようだ。途端にどこか同情するような視線を向けてくる。余計なお世話だ。
「何あんた、もしかして何もしてないわけ? 理性の化け物なの?」
紲とは対象的に画面越しの唯奈は肘をついて呆れた表情を浮かべる。
「十日間も惚れた女と同じ部屋で過ごして、風呂一緒に入ってほとんど半同棲生活みたいな時間を共有しときながら手を出してないってわけ?」
「惚れただの風呂だのと色々と訂正する必要のある案件が山積みだが、少なくとも呆れられるいわれはないと思うんだが」
「行くとこまで行ってるもんだと思ってたから、シール・リンクが言いそうな煽り文句を八十個くらい用意してたんだけど」
誠実なのかチキンなのかと唯奈はため息をついてみせた。万が一にもないと断言できるもののもし時雨と真那がそういう関係に発展していたとしても、動作識別センサで観測されている中で
これ以上この話題の風呂敷を広げられても返答に窮するため、一旦紲をバスルームの外に追い出す。そうして洗顔で濡れた顔と髪をタオルで乱雑に拭きながら、紲がこの部屋に赴いた理由を考察する。
時雨と真那は重観察対象に該当し、本来第三者の接触は極力避けるべき立場にある。それは明言こそされていないもののレジスタンス上層部の総意であるはずだ。不穏因子である真那が外界の情報に触れるような機会は少ないに越したことがないからである。
そもそも旧東京タワーのエレベーターを操作する権限も制限されていたはずだ。紲には以前その認証コードを発行させたが、今回時雨らの隔離塔にこの施設が選ばれた時点でその権限も無効化されているはず。つまりここには紲の意志ではなく、権限の剥奪譲渡ができる人物の指示のもと来たと考えるのが筋か。
「綺麗な寝顔……」
考えるよりも本人に尋ねたほうが早いとバスルームから出ると同時、まだ目を覚まさない真那のそばで毛布をただしていた紲が小さく声を漏らした。
「レジスタンスとして戦う聖さんは凛々しくて、かっこよくて、すごく強い印象をもってたけど……そうだよね、聖さんだって成人したばかりの女の子なんだよね」
「年の差はないはずだ。本来大学一年生にあたる年齢だったか」
時雨は義務教育の履修を満了する前に救済自衛寮にぶち込まれたため、一般的な大学生というものがどんなものなのかはいまいち想像できないが。少なくとも蜂起軍として銃を持って危険な戦いと隣り合わせな人生などは歩むまい。
「聖さんは、自分でこの道を選んだのかな」
紲は複雑な感情の入り乱れた面持ちで真那から視線をそらし、ベッドのサイドフレームに背中を預ける。そうして唯奈と通信したままの仮想液晶をわきに据え置いて膝を抱えた。
「もっと普通の人生を歩む権利があるはずだよ……こうして裏切り者扱いされて隔離されて、可哀想だよ」
「紲はこっち側の人間じゃないからそう思うかもしれない。実際そう考えるのは当然だとも思う。だが、その道を選択したのは他でもない真那だ」
「どうしてそう言い切れるの? 聖さんが本当に今の環境を心から受け入れてるって」
時雨がレジスタンスに拉致され迎え入れられた時、革命活動に加わっていた真那に時雨はどうしてレジスタンスに加入したのかを問うた。弱みでも握られているのではないかと勘ぐりもした。それに対し真那は自身の内にある確たる使命感をもってそれを否定したのである。
「言い切れはしない。だが真那の人生の決定権は真那にしかないだろ」
「もちろん聖さんが望まないなら私も何も言わないよ。でもこうやって閉じ込めて行動を制限して、こんな環境じゃ聖さんも自分の意志を表せないと思うし……」
「そうね」
内に湧き上がる哀愁を抑えられず、だが言葉に表明することの難しさに戸惑う様子の紲。そんな彼女に同調したのは時雨でも唯奈でもなく、いつの間にか目を覚ましていた真那であった。
真那は襟元の乱れた寝間着を隠すように毛布を胸元にずり上げながら身を起こす。
「確かに
「聖さん……」
感傷の色を瞳に浮かばせて言葉を選ぶ紲に対し、真那はけれどと小さく続ける。
「私はそんな今が存外嫌いではないの。私が自分の意志を抑え込むことで悲しんでくれる
どこかいたずらげな微笑を浮かべて時雨を
「こうして生活を制限されているけれど、それはレジスタンスの皆が私のことを考えてくれてのこと。それに織寧さんには今の私が窮屈そうに見えるかもしれないけれど……こういう生活も悪くないものよ」
ふふっと表情を弛緩させる真那の面持ちに何かを偽った影は見えない。時雨や紲の思っているよりもずっと真那の心は満たされているようだ。
優しげな微笑を携えたまま真那は紲の頬を指先で撫でる。
「だから私のことは心配しなくても大丈夫。でも、気にしてくれてありがとう」
「ううん、出すぎた干渉してごめんね。でも聖さんは私的に一方的にでも友達のつもりだから、時雨くん以上に無駄なお節介を焼きたいんだ」
「……ここまで率直な厚意は初めて。申し訳ないのだけれど、正直どう答えれば良いのかわからないわ。う、嬉しいのだけれど」
「時雨くん、聖さんのうぶな反応がすっごく庇護欲駆り立てられちゃうんだけど……どうしよう」
戸惑った様子の真那を前に何故か僅かに頬を高揚させた紲。気持ちはわかるが同意は求めないで欲しいものだ。唯奈に侮蔑の視線を向けられるのが想像に容易い。
真那のそんなあどけない反応をいつまでも見せられているのは精神衛生上良くないため、とにかくと語調を強めて話を打ち切った。
真那に部屋着を渡して一旦部屋の外に出る。何の話をするにしても真那が寝起きの格好のままではしまらない。
「で、そろそろ何のためにここに来たのか話してくれないか」
「現状報告に決まってんでしょ」
改めて質問した時雨に対し答えたのは唯奈だ。卓上投影機上にホログラムの姿を現した彼女は、手を払って文書ファイルデータを飛ばしてくる。
「
「真那への疑いの目が晴れない以上、外の情報を秘密裏に俺たちに伝達できる人間じゃ務まらないってわけだな」
「その点ほとんど民間人、言い方を変えれば一般人の皮を被った一般人みたいな存在の織寧紲なら、状況が悪転する可能性が極めて低いと判断されたわけ」
他の言い方はなかったのか。しかしそもそも時雨らに現状報告などが必要だと判断したのはどういう風の吹き回しか。外界との接点を完全に断つために、電波暗室化されたこの旧東京タワーに監禁されたはずなのだが。
しかも紲によって時雨と真那にはビジュアライザーが返却されている。唯奈の言うことによれば発信機能は制限され受信機能のみ使えるようだが。
訝しむ視線に気づいたのか唯奈は腕を組んでしばし考え込む仕草をしてみせる。言葉を選んでいるというよりは、どこまで時雨らに話して良いものかと考えあぐねているようだ。
「確かにレジスタンスとしてリスクマネジメントを念頭に置くならアンタたちに情報を与えるのは得策じゃない。でも状況があんまよくないから、多少のリスクを被ったとしても情報を共有すべきだと考えたわけ」
「私達が知っておいたほうがいい情報があるとすれば、ナノマシンに関することかしら」
「まそんなとこね。さっき送信したデータは例の端末から情報局が解析して新たに仕入れた内容が主ね。それ以外に伝達したいことがあって、」
唯奈の簡潔な説明はそこで途切れる。居心地悪そうに佇んでいた
「何?」
「えっと……私、ここにいていいのかな」
確かに紲は軍人でなければ戦闘訓練を受けたこともない一般人だ。しかしそのように自ら除け者扱いをされるような発言をしなくていいのではないか。
そう声をかけようとして、そもそも彼女をこちらの世界に踏み込ませかけたのが自分であることを思い出す。時雨には彼女の在り方を示す権利はない。
「確かにあんたは一般人だけど、私達と無関係と言うには色々と知りすぎてる」
そもそも情報の共有を許可できないなら、あんたにそのデバイスの運搬を任せるわけないでしょという唯奈の言葉。それに紲は納得したように小さく頷いて返した。
レジスタンスと防衛省の抗争によって
そういう理由もあって普段からレジスタンスの活動に触れる機会も多い。作戦に参加することは当然許されないが、どこからか情報が彼女の耳に入ることもあるだろう。今更隠し立てしようとするのもお門違いか。
「むしろ今は猫の手も借りたい状況。何か分かることがあるなら意見がほしいわけ」
「そうなんだ……ナノマシンだとかラグノス計画だとかよく分からないけど、私に分かることなら一緒に考えてみる」
「そ、助かるわ。じゃあまずは十日前、あんたたちをここに収監した後に発覚したことに関して説明する」
話す内容は最初からある程度決めていたようで、かいつまんだ説明を受ける。リミテッド全域の水道ラインにナノマシンが混入していること。それが今のところは人体に影響を及ぼしていていないこと。
「で、ウロボロスの勢力が急激に拡大し始めたわけ」
「状況はわかったわ。ちなみにウロボロスがどこかの大陸に上陸するのはいつ頃になりそうなの?」
「ウロボロスの自己増殖本能に規則性があるなら、正確な日時までは測れないけど遅くとも二週間以内に日本に達する」
その回答に皆の表情が途端に引き締まるのがわかる。現状ウロボロスに対してリミテッドの防衛機構は無力に等しい。イモーバブルゲートはナノサイズの因子の侵入を阻めないという結論に至っているし、ウロボロスはデルタサイトによる妨害効果を意に介さない。
しかも唯奈曰く、今の所レジスタンスにその状況に対処できる手段はなく、防衛省の対策に任せる他ないとか。ナノマシンを世にばら撒いた諸悪の根源だよりとは情けない話だ。
「ナノマシンに関してわかってるのはそれくらい。でアンタたちに送ったデータなんだけど、それはアンタたちの個人的な情報だからここでは説明を省く。あとで確認して」
「大した情報じゃないと解釈していいのか?」
「そういうわけじゃない。ショッキングな内容が多分に含まれてる」
それならば情報の共有の確実性を求める意味でも、ここで確認すべきではないのか。そう言いかけて唯奈のアイコンタクトを受け取る。どうやら紲には見せたくないらしい。それくらいには
「で最後にデバックフィールドに関してだけど……」
唯奈はそこで口を噤み、少し間をおいてから確実な情報ではないと念を入れてくる。
「あんたたちが件の迷宮区に閉じ込められていた時、そっちとこっちとで時間の差異が生まれていたでしょ」
時雨の体感時間では数時間の出来事であったのに、外では二週間近い時間が経過していたのだ。その不可解な事象の解明はできず、ひとまず時雨たちが脱出する直接の手段となったデバックフィールドに秘密があると判断した。
「分析官による分析結果であって、別に臨床実験とかしたわけじゃない。だから完全に鵜呑みにする必要はない。多分信じられないと思うんだけど……」
「出し惜しみするなよ」
「そういうつもりじゃないわよ。まあお膳立てしても仕方ないか。率直に分析結果を述べると、デバックフィールドは……宇宙よ」
「……は?」
唯奈の発言がジョークではないかと疑う。しかし彼女の面持ちは冗談を言うようなそれではないし、そもそもそんなつまらないジョークを言う理由がない。
つまり彼女や分析官、そしてその分析結果が正しいと結論づけた連中全員が狂っていないのであれば、デバックフィールドが宇宙であるという科学的根拠があるということになる。
「それは……デバックゲート越しに繋がる未知の世界が、宇宙だということ?」
「宇宙といっても惑星やそれを取り巻く銀河系が無数に点在する宇宙のことじゃない。超新星爆発やクーロン現象の繰り返される万物でもね。あくまでも宇宙によく似た空間ってこと」
話がつかめず、もっとわかりやすく説明してくれないかと身振りで示す。
「迷宮区からここにアンタたちが飛ばされるとき、百数十時間という時間の誤差が生じた。その理由を解明するにあたって、実はアンタたちの細胞を幾つか拝借したんだけど、」
「まて、細胞だと?」
「血液、髪や皮膚の一部よ。皮膚って言っても垢みたいな老廃物ね」
気絶しているあいだにそんな物を回収されていたのか。おそらくは空間移動をして帰投した時雨らの細胞に危険物が混入していないかの確認だったのだろう。
「で解析の結果、アンタたちの細胞は老化していなかった。二週間なんていう時間分はね」
「つまり私達が数時間しか経過していないと感じたのは体感時間によるものではなく、本当に数時間しか経過していなかったということ?」
「あくまでもアンタたちの肉体はだけど。で、そこで問題視されるのはなぜそんな事が起こったのか。少なくとも今の科学力や地球上で起こりうる現象じゃ、時間の流れがずれるなんてことはありえない」
ちなみに時差も違うわよと時雨の思考を読んでくる。時差は地球の自転による科学的根拠のある現象であるため、ここにおける超常現象には該当しないとか。時雨の小さい脳みそではいまいち違いが分からなかったが。
「で、そうなると常識的な考え方じゃ解に辿り着けないと判断するしかない。その結果、私達は地球の外に目を向けた」
「……もしかして、相対性理論のこと?」
それまで黙って話を聞いていた紲がはっとしたように視線を上げた。それに唯奈は少しばかり驚いたような声音で肯定する。紲がその知識を身に付けていることに驚いているらしい。
名称は知っているもののその概要に思い当たらなかったため、その意味を視線で問う。
「現代天文学を
「構わない。専門用語満載で説明されても余計わからなくなるだけだからな」
「相対性理論っていうのは、時間の遅れを表す理論のことで……説明が難しいよ……」
「ま、専門知識がないと予備知識があっても説明は難しいわね。いいわよ
頭を抱え込む紲をおもんばかったように唯奈は数式データを送信してくる。据え置き型投影装置上に展開されているだけの唯奈だが、払った手にはめたビジュアライザーから放たれたデータはホログラムとして投影される。
「なんだこれ、数式はわからんぞ」
「理解してくれるなんて期待してないから。それはアインシュタインの方程式。そういう物があるとだけ理解しておいて。で相対性理論だけど、エネルギーとか質量のある物体の周りの時空間が歪むって理論なわけ」
「ブラックホールが有名だよね」
「そ、それがこの分析の根幹にあたるとこ。ブラックホールは万物を吸収する物だと考えられているけど、ブラックホールの強力な重力場によって時空間の歪みが発生する研究結果が出てる」
宇宙飛行士がどこかの重力ポテンシャルの低い惑星に着陸して滞在した場合、宇宙空間ではそれとは違う時間の流れが発生しているとか。
その説明でもいまいちピンとこなかったが、
「でま、その相対性理論に該当する現象がデバックフィールドでは生じていると解釈したわけ」
「確かにその理論なら、時間の進みがずれて、そして空間的に繋がっていないはずのジオフロントと迷宮が繋がったことの説明にもなる……」
この際それがデバックフィールドで展開されることの科学的根拠は度外視してねと唯奈は釘を刺す。つまりその辺りの解釈はまだできていないようだ。
ナノマシンが生み出されるデバックフィールドだが、それは宇宙で惑星が生みだされる現象に確かによく似ている。それ故に宇宙と表現したのかもしれない。
「で、もしデバックフィールドが相対性理論に基づいた現象の生ずる空間だったとしたら――」
「緊急指令! 緊急指令!」
突然無線越しに鳴り響く怒涛のような声。聞き覚えのない声だが局員のものだろう。それよりもその切羽詰まったような伝令に皆の意識がそちらに向く。
「デルタボルトの動きを感知しました。既に発射態勢に入っています」
まさかそんなはずがない。デルタボルトは防衛省の空爆によって崩壊していたはずだ。唯奈をレッドシェルターから奪還する際も修繕は行われていなかった。
「どうしてデルタボルトが……」
「今はそんなことよりも狙撃ポイントの確認が先よ。レジスタンスに感知されずに修繕して、そして突然狙撃モードに入ったということは……」
真那の言わんとしていることにはすぐに気がつく。しかしそれに次ぐ言葉を誰かが述べる間はない。頭蓋がふるえるような激震の直後、爆音が轟いたからである。
気づいた時には既に足は床についていない。そして激しい重力。旧東京タワーが狙撃されたのだ。
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