2055年 12月12日(日)

第143話

 結局地下運搬経路を用いることはなかった。武器や弾薬の運送は地下を経由するしかないにせよ、全員が地下を利用するのは危ないと判断されたが故である。

 他方向から追い込まれれば袋のネズミになりかねない。それ故に目立たぬよう一般人の用いる高架モノレールを用いて目的地へと出向くことにした。

 広々とした車内には深夜帯ではあるが一般人がまばらに腰掛けている。おそらくはサービス残業によって苦行を強いられているサラリーマンたちだろう。

 レジスタンスが防衛省と終わりのない戦いをしている中で、普通に生活している人間たちも沢山いるのだということを実感した瞬間であった。


「現在、港区沿岸部に沿ってモノレールは移動中。周囲の索敵状態を勧告しろ、オーバー」


 下界に広がる光景が流れゆくなか無線に定期的に位置情報を伝える幸正の声が聞こえてくる。防衛省の待ち伏せなどがないかを探っているのだ。

 とはいえ現状それらしい報告はない。この移動はもはや防衛省に筒抜けにはならない情報であるし、当然と言えば当然なのだが。

 追跡などされている可能性もあるため後方への警戒を怠れないのが現状であった。

 

 しばらくして車窓から流れゆく光景は移ろい始めた。高層建造物帯を抜けて世界は暗闇に飲まれ始める。建造物のない場所に出たのだ。

 体をひねらせて窓の外を眺めると下界には真っ黒い闇のような海面が広がっていた。

 陸地から出て洋上に乗り出したわけではない。首都高速台場11号線に連なる高架を進んでいる。すなわちレインボーブリッジを。

 遠巻きに織寧重工が元あったフロートを俯瞰する。何やら周囲には奇々怪々な形状の施設が並んでいた。この跡地に何か新しいビルでも建てられたのだろうか。


「また、ここに戻ってくることになるなんてな」


 ターミナルにて地上に足を降ろした時雨の視界に収まったものは、どこか懐かしさにも似た感慨を抱かせる建造物だった。

 スファナルージュ第三統合学園キャンパス。ここが新しい仮拠点になる。正確にはこのキャンパス付属の学生寮だが。


「もうレジスタンスとして関わることはないと思っていたけれど……こんな形で再び出向くことになるなんて、予測できなかったわ」


 暗闇の中に佇む巨大なキャンパスを俯瞰していた真那が同調した。


「それにしてもどうしてこの学園が仮拠点になったのでしょうか」

「ナツメはこの場所が一番特定されにくいからと言っていたのだ」

「でも、あたしが防衛省にいた時点で、センパイたちがここに潜伏していたことはばれちゃってますよ?」


 月瑠たちの危惧も解らないではない。アイドレーターの足を掴むために第三統合学園に潜伏していた時期がある。その中で月瑠と出会い結果レジスタンスであることも知られたのである。

 それはつまりレジスタンスが第三統合学園に学生として紛れ込んでいたことを防衛省に捕捉されているということであり。


「この際、防衛省に位置を特定されているか否かは問題がないのだと思います」

「どういうことなのだ?」

「先日のSLモジュラー発射の際の山本一成による配信ですが。あの時、彼は自分たちがラグノス計画の元にナノマシンを用いて世界を征服しようとしていることを公言していました」

「もう住民に隠す必要もなくなったわけですね。防衛省内部で起きていた分裂によって別たれた派閥は、革新派と保守派でした。ここでいう革新というものは、海外諸国に対する姿勢だけでなくリミテッドにおける住民たちに対する立場表明の意味もあったのかもしれません」

「よく解らないのだ」


 泉澄とネイの発言の意味は知能指数がイヌほどにしかない凛音には理解しがたい内容だったようだ。


「つまりこれまではノヴァから皆を護っている頼れる牽引者が防衛省だと思わせてきたのです。それだのに、先日の配信は世界を脅かしているノヴァが実は防衛省がばら撒いたものなんだと公言したわけです。これによって生ずるものはただ一つ、恐怖政権ですね」

「もう住民に対する仮初の表明などが必要なくなったわけだから、今後は表立ってラグノス計画を進めるかもしれない……でも、それが第三統合学園を仮拠点にすることと、どう関係があるの?」


 もっともな疑問である。恐怖政権になろうとならなかろうとレジスタンスの立場が変わるわけではない。

 しいて言えばレジスタンスの存在を肯定する者たちがいくらか増えるかもしれないが。


「第三統合学園が位置する台場は本島から隔離された独立空間ですから。織寧重工が破綻した今、基本的に台場にはスファナルージュ系列と学園の学生たちしかいないのです」

「シトラシアもそう言えばスファナルージュ経営でしたしね」

「そう言うこともあるので、一般市民の目に触れることなく僕たちは活動できるということになります。学生たちの目はありますが」

「だが隔離されてる分、防衛省からしても掃除しやすいんじゃないのか?」


 台場に核でも落とされれば一巻の終わりだろう。間に海を挟んでいる以上、被害を最小限に抑えることが出来るであろうし。

 台場に仮拠点を定めることは自分から恰好の的になりに行くようなものではないのか。


「それは違います。確かに的は絞りやすくはなりますが、もし台場を消滅させようものならば防衛省はスファナルージュ・コーポレーションをも抹消することになりますから。リミテッドの経営を支えているスファナルージュを消すことは、本意ではないはずですしね」

「だがレンカは敵だったのだろ? シエナたちがレジスタンスの人間だと防衛省も知っておるのではないのか?」

「そうであるにしても、後釜がない以上スファナルージュに消えられては困るのですよ。佐伯局長たちも」


 皮肉な話である。連中はリミテッドを支えているはずのスファナルージュ・コーポレーションが、実はその安寧を崩そうとしているレジスタンスの人間だと知るよしとなったわけだ。

 だが今のリミテッドの維持にはスファナルージュの存在は欠かせない。結果、台場を狙うことが出来ないということだろう。


「しかし、あたしたちが再び学生として活動する理由は何なんですかね」


 時雨たちには以前のように他の学生たちに紛れ込むよう指示が出されていた。

 いまさら自分たちの身の上を隠ぺいすることになど意味はない気がするが。というよりも第三統合学園の学生のほとんどが正体にもう気づいているはずであるが。


「学生に紛れ込むということはつまり学生生活をしろということだ。またあの制服を着て退屈な授業を受けて……俺たちにはそんなことをしている余裕なんてないはずだ」

「あくまでも目立たない行動をしろということでしょう。私たちの立場が周知の事実になり得ているのだとしても、何であれ目立っていけないことに変わりはないから」

「それに私たちは学生寮で生活することになっているので……必要なことなのかもしれないのです」


 それが関係あるかないかは判断しかねたが、確かに学生寮に籍を置いている以上学生たちに不審がられないようにするのは大事だ。無理矢理納得して学生寮へと向かうこととする。

 第三統合学園自体はアイドレーターによるリヴァイアサン襲撃で一度水没していた。だが寮にまでは海水が行き届いていなかったため以前の状態のまま維持されている。

 規模が規模であるため、学生が大幅に減った現状レジスタンスの人間数十名が居住するにはもってこいだったと言えよう。


「男子寮はこっちだな」

「時雨様、申し訳ありません。僕も男子寮にて生活できるのでしたら身辺雑事などこなせるのですが……」

「学園でまでそんな気を使わなくてもいい。というかここでなくてもそんなことをする必要はない」

「し、しかし」

「ほらほら、さっさと行くっすよ」


 それでもなお役に立てないことを食い入るように佇む彼女を月瑠が女子寮へと引きずって行った。


「やっと休める……」


 以前使用していた部屋の鍵を渡され自室へと転がり込む。そうしてベッドに前のめりに倒れ伏した。どっと疲労感が押し寄せてきたのだ。


「うぎゃにゃっ!」

「おわ……っ」


 だが顔面はマットレスの低反発感触に沈み込むわけではなかった。何やら人肌の柔らかい物に押し付けられる。


「おーもーいーのーだーっ」


 凛音の腹部だった。どうやら時雨が横たわる前にベッドにダイブしていたらしい。


「おいどうしてここにいる」

「何でとは酷いのだ。リオンの部屋はここなのだ」

「何言ってる。ここは男子寮だ」

「そんなことは知らぬのだ。リオンはずっとここで生活してきたのだからな」


 彼女は上体を起こしてベッドから足を投げ出すとぽんぽんと自分の脇を叩いて見せる。

 そこに座れと言われているのかと思ったがどうやらそう言うわけではないらしい。その場所に別の少女が腰を落ち着かせる。

 

「お邪魔しますなのです」

「…………」

「ごめんなさいなのです」

「クレアも以前はここで生活していたではないか」


 そう言われてこの学園に通っていたころのことを思い返す。

 言われてみれば確かにこの二人はこの部屋で寝泊まりしていた。ベッドは撤去されず二つのままである。よもやシエナもこのままでいいと判断し彼女たちの部屋を用意しなかったというのか。

 迂回して凛音の腰かけるベッドを回り込みもう一つの寝台に腰掛ける。少々寒々とした室内だが外着でいるのは無性に熱く上着を脱いで伸びをした。

 

「脱げば脱いだで寒いな」

「この部屋そんなに寒いのか?」


 身もだえするような底冷えに実際に体を震わせる。だが対照的に凛音は常の薄着で素肌を露出させていた。


「寒さを感じないんだったか」

「感じないわけではないがな。特に苦ではないのだぞ?」

「変温系属性の成す業ですね」

「う、うらやましいのです……」


 変温生物的だと言われると爬虫類だとかその辺だかを想像してしまいがちだが。クレアはそんな思慮には至らなかったようで素直に羨ましがる。

 クレアは凛音よりもさらに身長が低く肉付きも控えめだ。さらにそのおどおどとした仕草も相まって小動物然とした印象を抱かせられる。偏見かもしれないがクレアはなんとなく寒がりのようなイメージだ。


「クレアも寒いのか?」

「そこはかとなく寒いのです」

「それならばリオンがむぎゅむぎゅしてあげるのだ」

「あったかなのです」


 何を考えたのかクレアに飛びかかった凛音。反射的に立ちすくんだ様子のクレアだったが凛音に華奢な肢体を抱きしめられて不意に安心したような顔になる。

 熱気と活力を体現したような凛音に抱擁され温もったのかもしれない。凛音の長い髪はくせのない豊満な物で触れたらそれだけで実に温かそうだ。


「なによこのモフモフ空間」

「入ってきてたなら声をかけろ」


 入り口が既に閉じられていることから鑑みてもだいぶ前からここに唯奈はいたらしい。もしかしたら帰宅に併せて一緒に入室していたのかも知れなかった。

 疲労や凛音との閑話のせいで気が付かなかった。何であれいつ彼女がここに来たのかは問題ではない。

 

「それでどうした? 何か用か?」

「客人が来たんだから、せめてどこかに座らせるくらいしなさいよ。まあいいけど」


 誘導を促してきたくせに彼女は勝手にこちらに近づいてくる。薄手の防寒着をベッドに脱ぎ捨てると悪びれる様子もなくマットレスにストンと腰を降ろす。

 

「この部屋寒いわね……暖房付けとくくらいの気を遣いなさいよ」

「俺たちも今帰ってきたばかりだ。というかさっきまで一緒にいたんだからそれくらい知ってるだろ」

「ごちゃごちゃ煩いですよ時雨様。女性を招いたからには、多少の相手のわがままに我慢はつきものなのです」

「招いたつもりはないんだが」


 暖房をつけた。唯奈はどうやら本当に寒いのか両手を口元にかざして息を吹きかけている。


「ユイナも寒いのか? 皆体がおかしいのだな」

「この気温で寒くないアンタが異常なのよ」

「そうなのか? よく解らぬが、ユイナもリオンが温めてあげるのだ」


 見かねた凛音がベッドを這うように乗り越えこっちのマットレスにダイブしてくる。着地地点にいた唯奈は弾着観測を見誤り真正面から凛音のタックルを食らっていた。


「ちょ、いきなり飛びついてこないでよ」

「むぎゅむぎゅむぎゅむぎゅむぎゅむぎゅむぎゅむぎゅ」

「胸に顔押し付けないでよ」

「むぎゅむぎゅむぎゅむぎゅむぎゅむぎゅむぎゅむぎゅ」

「だ、だからあんまり……」

「むぎゅむぎゅむぎゅむぎゅむぎゅむぎゅむぎゅむぎゅ」

「何この人間永久機関カイロ……たまんないわね」


 唯奈の抵抗むなしく虚勢もまた凛音のセルフ暖房性能の前にひれ伏した。胸に顔をうずめる凛音を抱きすくめ唯奈はだらしない顔で悶絶する。


「ぐへへ」

「女が出してはいけないような声が漏れ出ているぞ」

「はっ……私は何を」

「しかも無意識……凛音様の温室効果、末恐ろしいですね……レッドシェルターの高周波レーザーウォールかくやと言う唯奈様のツンが、一瞬にして粉砕してしまいました」

「……離れて」


 冷静になって自分の行動の迂闊さに思い至ったのか唯奈は凛音の体を押し出すようにして引き離す。そうして乱れた胸元を正すと改まったように咳ばらいをした。


「それで要件だけど」

「全力でなかったことにしてきましたね」

「…………」

「ど、どうぞなのです」


 クレアは時雨たちに淹れたばかりのコーヒーを差し出す。唯奈は受け取ったそれに口をつけるわけでもなく持つだけで手のひらを温めていた。


「で、要件は何だ?」

「忙しない奴ね。一口飲むくらい待ってよ」


 唯奈は唇をつけ一口飲みゆっくりと息を吐き出す。吐息は白く氷結していたが部屋は大分温まってきていた。


「ここに来たのは、話があったからなんだけど」

「話? 何のだ?」

「昨晩言ったでしょ」


 一瞬彼女の言葉の意味が解らなかったが熟考して理解する。

 レジスタンスの内通者に関して話があると言っていたのだ。日時の指定などは自分がすると言っていたがそもそも指定すらされていない。

 そんなことなどお構いなしに唯奈は話を続ける。


「ただ、無理みたいね」

「理由は?」

「ん」


 彼女は視線だけで向かいのベッドを指した。そこにはベッド上で戯れるクレアとリオンの姿がある(正確には凛音がクレアをハントしているだけだが)。

 彼女が言わんとしていることを判断しかね目線で問いかける。この少女二人に隠す理由は何だと。


「勘違いさせたくないから言っておくけど」


 判断しかねていることを悟ったのか耳元で小声を発した。


「別にこの二人のことを疑ってるわけではないわよ。そもそもモフモフに悪い奴なんていないし」

「その価値観はおかしいと思うが」

「私が危惧してるのはそう言うことじゃない。あんまりこの二人には聞かせたくない話だから」


 そう呟く唯奈の表情は幾ばくかの懸案を孕んでいるかのように思える。

 この二人に聞かせたくない話とは一体なんであるのか。考えても解りそうにはなかったため少し考えてからコートを手に立ち上がる。


「なにしてんの?」

「ここでは話せないんだろ」

「もしかして外で話をする気? 折角温まってきたのに何であんなくそ寒い場所に出なきゃなんないのよ。アンタ鬼畜?」

「どっちにしろお前は自分の部屋に行く必要がある。ここで一夜を明かすなら話は別だが」

「馬鹿じゃないの、なんでこんな男臭い部屋に……いや、それ名案かも」


 言いよどんだのは十中八九この部屋の二人の同居者に目が留まったからだろう。邪なことを考えているに違いがない。


「でも男子寮で寝るのはやっぱりごめんだわ。寒いのは嫌だけど仕方ない」

「大丈夫ですよ、唯奈様にはその十分すぎるほどに実ったたわわなトリアシルグリセロールがありますので。いざという時はご自身の胸元に火をかざせば、それはよく燃えて暖を取れるかと思います」


 飛来してきた枕が後頭部に着弾する。とばっちりだ。

 外に出たとたんに鋭利な刃物のような冷気が頬に叩き付けられる。

 観念したように後ろ手にドアを閉めた唯奈は時雨の脇を素通りした。女子寮までの道を辿っているのだろう。


「一秒でも早くこの極寒地獄から離脱したいから同行して」

「それは構わないが」


 足早に先行する唯奈の背中を追いかける。女子寮までの距離は程遠くないから着くまでに話が終わるかは微妙なところであったが。


「まず、連絡もなしに突然押しかけたことは許して」

「それは構わない。だがそれを自覚しているということは早急にどうにかしないといけない事案だったのか」

「正直まだわからないけど、でも多分そうかも。正直私一人だとどうすればいいのか判断しきれなかったから。アンタと情報を共有しておこうと思って」

「レジスタンスの内通者の話だろ。もちろん俺たちが派遣している諜報員ではない方の」

「そ。それに関して少しになることがあって」

「妃夢路のことか」

「違う」


 唯奈の回答に少しばかり狼狽する。てっきり妃夢路に関して新しい情報が入ったのだと思っていたのだ。

 どうやらそう言うわけではないらしい。唯奈は足を止めるわけでもなく女子寮への帰路を辿りながら話を継いだ。


「別の人間の話」

「別に諜報員がいるというのか?」

「……そういうこと」


 顔の筋肉が強張る。それだけで考えたくもない話だった。


「確信があるのか?」

「確信も確証もない。でもその可能性があるって話」

「……だが」

「なにを動揺されているのですか時雨様、昴様も申していたではありませんか。一人いたのだから他にいてもおかしくはないと。唯奈様が警戒し、時雨様以外には極力話そうとしなかったことも当然と言えますね」


 受け入れがたい話であることには変わりがない。

 ずっと仲間だと思っていた妃夢路が裏切っていたと知って皆傷心しているというのに。さらにその傷を抉るような事実があるというのか。


「誰なんだ」

「……さっき、一号と二号には聞かせられないって話したでしょ」

「ああ」


 それは彼女たちが幼くこれ以上は酷だと判断したからだろう。

 何故いまさらそんなことをと唯奈の顔を伺うと彼女は渋い顔をして何かを言いよどんでいた。そんな彼女の仕草を見ているうちにふと思い当たる。

 

「まさか」

「待って」


 それを言い表す前に唯奈が制した。彼女の視線の先には深い夜の時間帯ゆえの暗闇が広がっている。

 そんななか何かが闇の中でうごめくのが見えた。音も立てず一定の速度で離れていくそれは人影である。そんな影を追走するように物陰を経由しながら歩んでくるもう一つの人物の姿があった。


「真那?」

「……時雨」


 暗闇から姿を現した人物は紛れもない真那だ。彼女は時雨の姿を確認するなり驚いたように目を瞬かせる。

 一応時雨たちは彼女の進行方向にいたわけであるが今の今まで気が付かなかったようで。おそらくは先行していたあの人影に集中していたのだろう。


「なにしてる」

「話している時間はないわ。音を立てないでついてきて」


 彼女は問答するつもりはないようで脇を素通りして先の人影の追跡を開始する。

 唯奈と目を見合わせるが彼女は肩をすくめてみせた。何が起きているのか解らないらしい。物陰に身を潜める真那にならってまた同様にスニーキングを開始する。

 先行者の姿は五十メートルほど前方に伺えた。闇にまぎれているためその姿は定かではないが、シルエットからして女性でないことは確かだ。身長からして結構な体格であるように判別できる。

 何故真那がこんな潜入任務の真似事をしているのか理解が及ばないまま距離を開けずに追走していた。

 やがて先行者は寮から一キロほど離れた地点で足を止めた。寮から離れた人気のない場所である。時雨も一定の距離を築いたままその場に静止し様子を伺う。


「一体……」

「黙って」


 真那は時雨を一瞥するでもなく言葉を遮った。致し方なく息を潜めたまま人影の動作を伺う。どうやら無線機で何かしら話しているようだ。

 その声はここからではよく聞き取れない。代わりに暗雲に閉ざされていた新月が隙間から顔を覗かせた。ほのかな月光があたりを照らし人影を照らしだす。


「峨朗……?」


 闇に乗じて佇んでいたのは幸正。彼は高層建造物の壁沿いに立って、無線に何かを話しかけながら本島の方を仰いでいた。

 何をしているのかと勘繰っているうちに答えは幸正の見据える先から迫ってくる。

 この位置からでは摩天楼が遮蔽物となって見えづらいが、洋上を何かが航行している。おぼろげな光を放つその物体は急速に台場へと接近してきていた。


「ボート……? 何であんな目立つ場所を、」

「こっちに来るぞ」


 水切り音を周囲にまき散らしながらボートはこの地点へと迫ってきた。そうして幸正が潜伏している場所に程近い波止場に定着する。


「まずい、隠れて」


 ライトが隠れている位置に迫ってきていた。真那に押し倒される形で何とか光中に晒されることを回避する。

 中から一人の男が身を乗り出すのが見える。その人物はアタッシュケースのようなものを幸正に差し出した。


「何を渡した?」

「問題なのは、そっちじゃないでしょ」


 疑念を唯奈は話を切り替えて一掃する。一体何のことかとその状況を観察しているうちにふとした違和感に思い当たる。

 ブラックホークから降りた人物の着用している服に酷く見覚えがあった。それが違和感を形付けた。


「自衛隊員……!?」

「静かにして……!」


 頭は呵責が芽生えてくる以前に別の感情に支配されていた。全身が震えたつような戦慄。その光景を目にして何が起きているかを悟る。

 やがて隊員が機内に戻ると同時に機体は上昇を開始し洋上へと舞い戻っていく。

 幸正は周囲を警戒するようにして誰かに見られていないことを確認すると、そのまま来た道を辿っていく。


「時雨、動いて」

「ああ」


 硬直したままであった時雨の手首を真那がひっぱり寄せる。彼女に引きずられるようにして追跡を再開した。

 幸正は学生寮に出向くわけでもなく構成員たちに充てられている住宅施設へと出向いた。そのまま自分の自室に行くのかと思いきや彼はそこを素通りする。施設の角を迂回し姿が見えなくなった。


「……いない」


 はっとして足早にその角に向かうがその先に彼の姿がない。周囲を警戒しつつ捜索を続けるものの彼を見つけることはかなわなかった。


「まんまと撒かれましたね」

「追跡に気付いてたってこと?」

「その可能性は高そうですね」

「しくったわね……見つかっていたとなれば、あっちの出方も慎重になりかねない」

「仕方ないわ。見つかってしまったのなら相手の行動を推測するしかないもの」

「そうね……ていうか聖真那、アンタ何で筋肉ハゲダルマが防衛省局員と密会するって解ったのよ」


 その言葉を耳に自分の確信が間違いではないと理解する。


「これは、そう言うことなのか」

「そう言うことって言うのが、どういうことなのか解らないわね」

「さっき言っていた内通者というのは」

「……まあ今のを見れば一目瞭然よね」


 唯奈は改まったように時雨を見る。言葉にして肯定はしなかったがそれだけで十分だ。

 凛音とクレアに聞かせられない。その言葉の意味をようやくして痛感する。幸正こそが内通者。


「空気を吸うために外に出たのだけど、その時見かけた幸正のおじさんの挙動が少しおかしかったのよ。他の構成員から隠れるようにして来た道を辿っていたから」

「ってことは、特に確信はなかったけど追いかけていたってことね」

「ええ」

「それで予感的中、幸正様は他の派閥の男と密会中かっこ意味深だったわけですね。真那様は内心、誰よあの男! と幸正様の浮ついた心に猜疑を掛け、」

「やめろ」


 こんな状況でも茶化すことを忘れない人工知能様だった。


「あらあら……時雨様は意中の相手が他の男に目移りしていると解って、乱心されているのですか? まあそれも仕方ないですね。その相手が四十代半ばの全方位はげとあれば……時雨様のリトマス紙ほどの強度しかないプライドも、流石に木端微塵になってしまうわけですね」

「そう言う問題じゃない。それよりも」

「幸正のおじさんが防衛省と……」


 真那自身、半信半疑で追跡をしていたのだろう。もしかしたらとそう言う可能性に突き動かされ目の当たりにした。信じたくはない卑屈な現実をだ。


「烏川時雨、さっきは確信も確証もないって言ったけど、前言撤回。確信を持ったわ」

「どうして解っていたんだ」

「いくつか気になることがあったのよ。一番最近ではロケット打ち上げを阻止しようとした時のことね」

「調布市のJAXA本社のか?」

「あの時、潜入直後から無線が使えなくなったでしょ」


 思い返す。確かにあの時棗たちと連絡を取れなくなっていた。宇宙航空センター全域にECMによる無線妨害が生じていたためである。それ故に彼の指示を仰げず致し方なく独断で行動に出たのだ。

 最終的には唯奈がECMをジャミングしたことで事なきを得た。


「そもそもECMなんてそう簡単に妨害できるもんなんかじゃないの」

「それはECMで電波を妨害するという意味合いでしょうか。それとも唯奈様がしたようにECMを別のECMで妨害するという意味ですか?」

「後者。当然あの状況でも、本来なら私はあんなに迅速に妨害電波を作ることが出来なかったはず」

「でも実際、ジャミング妨害は行われたわ」

「それが出来たのは私の技術が卓越していたからでも運が良かったからでもない。もしあのECMが防衛省の発したものだったのならば私は間に合わせることが出来なかったはずだから」

「ということは……あのECMはU.I.F.が発したものではなかったということ?」


 唯奈はそれに答えない。腕を組んで顔を歪めて見せるのを見ればどういうことなのかは明白だ。

 あの場所にいたのは防衛省の人間たちを除けばレジスタンスしかいないのだ。唯奈は幸正がECMを発したと言いたいのだろう。


「烏川時雨、C-4をSLモジュラーに設置し終わった後、アンタ立華紫苑に狙撃されてたでしょ。その時、私が一時的に狙撃体勢を崩したのを覚えてる?」

「照準を反らしている必要があると言っていたわね」

「そう。あれは他の人物を監視している必要があったから。つまるところ筋肉ハゲダルマの監視。あの男たちが総合司令塔に入ってすぐにECMが発せられた。その時に、もしかしたらって思ったのよ」


 なるほどそういう経緯があったのか。つまり幸正がECMを用いたからこそ唯奈はその周波数を解析しデバックすることが出来た。

 上辺だけではあるが幸正がレジスタンスの人間だからである。彼の用いる周波数には幾ばくかの理解があったわけだ。


「でも、それじゃ核心には至れないのではないの? 総合司令塔には、幸正のおじさんだけじゃない、和馬翔陽もクレアも棗も入ったんだもの。β部隊だった全員が怪しいことになるわ。それだのに、真っ先に疑ったのが幸正のおじさんだったのは何故?」

「これまでも、疑わしいところがあったから」


 勘繰る真那に居住施設の外壁にもたれる唯奈は躊躇なくそう応じた。ここまで話した以上もはや隠す余裕もないということか。


「具体的には?」

「デルタボルト派遣作戦の時」

「……軍需施設狙撃後の俺たちによる襲撃の時か」

「クラスター空爆を受けた時のこと」

「それはまた、だいぶ遡った話ですね」


 そのころから疑心は芽生え始めていたということか。


「私たちが潜入していたデルタボルトに空爆なんかされるはずがないって高をくくっていた時にクラスターを落とされたでしょ?」

「ああ、俺たちの航空迎撃部隊を掻い潜ったブラックホークが落とした。相手も見事な操縦だな。戦闘機ならともかくヘリで防衛網を掻い潜るなんて」

「それは問題じゃない。それより問題なのは、その防衛網が破れた時のこと。あの時の戦況を思い返せる?」


 時雨はLOTUSにアクセスするべくデルタボルト管制塔にいた。それ故外での航空戦に関しては無線での構成員たちの伝令による限りしか理解していない。

 防衛網が突破されクラスター爆弾を積んだ爆撃機が施設上に向かったという伝達は記憶にあるが、


「詳細は思い出せないな」

「記録してあります」

「録音か?」

「はい、基本的に後々必要になるかもしれない情報は録音するようにしています」


 それは初耳だったが普段からネイは何かしら誰かの発言を一言一句漏らさずに記憶している時がある。もしかすればそれも彼女の記憶媒体が記録した録音から探ったものなのかもしれない。


「それは助かるわね。でもそんなことしてたらアンタのビジュアライザーの要領圧迫ヤバいことになりそうだけど」

「定期的に不必要な情報は後々削除していますし、セキュリティ完備の独自オンラインストレージに保存していますので」

「でもどうして記録なんてつけているの?」

「それは当然ではありませんか。会話記録などをつけておかないと、いざこのゲームを作る際にスクリプト転写が出来ず、ゲームが完成できなくなりますから。結果的にノンフィクションと言い張りながらも誇張要素が全体の九割を示すハリウッドみたいになりかねません。時雨様の晴れがましい、イリーガルなヒロイン落としの一部始終に偽りなどあってはいけませんからね」


 どうしてこう毎度毎度、脈略もないタイミングで盛り込んでくるのか。

 ネイは少しばかり表情を神妙なものに改めホログラムウィンドウを操作する。何かのログのようなものを操っていたがやがて一つのファイルを提示してきた。


「ああ、これですね」

「再生してくれ」

「問題の時間にまで進めますので、少々お待ちを」


 彼女にだけ音が聞こえているのかネイは記録音声を加速させている。やがて手を動かすのをやめると消音ロゴに触れ解除し再生をタップした。


「あ、あ……シエナ様、そ、それは……」

「どうしたのですかルーナス。そんなもの欲しそうな顔をして。それほどまでに、この蝋燭が欲しいのですか?」

「ほ、欲しいなどということはありえません」

「ふぅん……そうですか。それではこれはお預けということでよろしいですね」

「っ……私は厳粛なるシエナ様の従者です。そうであるからしてシエナ様の命令は絶対です。もしシエナ様がお望みになられるのであれば、私はこの身をもってシエナ様の嗜虐嗜好を満たす玩具として」

「玩具を弄ぶのは私ではなくあなたの方ですよ、ルーナス。あなたはこの蝋燭を弄ぶのです。その卑しくも晒された素肌を使って」

「し、シエナ様……っ」

「さぁ、至上の苦痛と熱によって被虐の極みに至りたいというのならば、懇願してください。みっともなく家畜のように、なさけのない嬌声を上げて哀願してください」

「わ、わん!」

「ふふっ、よくできましたルーナス……いえ、ルー犬」

「わんわんわんわん」

「途端に恥や外聞を捨て、貪欲にその嗜虐思考を満たそうとする姿勢、私は好きですよ」

「わん!」

「ただ……先日時雨様の紅茶におかしなものを混ぜたことは看過できませんね」

「!? な、何故そのことを……」

「誰が人間の言葉を介していいと言ったのですか。家畜ならば家畜らしく、身の丈に合った言葉を用いてください」

「く、くぅぅぅん」

「身の丈に合った言葉を用いろと申し上げたはずですが。あなたは家畜なのですよ? 語尾に家畜語を付属せずして何が家畜ですか。見限って非常食にしますよ」

「そ、それだけは……!」

「…………」

「……ぶ、ぶひぃ」

「ふふっ、いい子です」

「ぶひぃ!」

「さて、聞き分けのよい子にはご褒美が必要ですね。これはまだ早いと考えていましたが、ご褒美として封を開けてしまいましょう」

「……そ、それは? ……ぶひぃ」

「先日、とある家畜養成施設と提携しスファナルージュ・コーポレーション系列で裏販売を開始した新商品です。特殊な細工のされた首輪で、装着した家畜が飼い主の命令に逆らうたびに、電気ショックが流れるという仕組みで――――」

「あ、これ以降は全年齢版では再生できないので、興味のある方は製品版を、」

「ぅおいッ!」


 思わず変な声を張り上げる。正直開始数秒で違う記録であることには気づいていたけども。


「何故こんな記録を」

「あのおふた方の私生活には前々から興味があったので。盗聴させていただいた次第で……冗談です。これは私がおふた方の声帯データを記録してアドリブ作成したものです」

「無駄に手間かかって……いやそれはいい。本題を出せ」

「同窓会ネタになるようなおいしい記録ですのに……」


 完全にわざとだろう。そもそも呼ばれる同窓会が存在しない。

 ネイは改めて表情を固めると今度は違うファイルを展開した。


「緊急指令! 敵影を確認!」


 鋭い伝令がビジュアライザーから鳴り響いた。現在進行形で行われている伝達ではない。この記録がなされた時の航空部隊員の声だ。


「敵影……? 支援部隊か?」

「判別は不可! 北東方面距離27マイル! 数は八を下りません!」

「なんで支援部隊がこんなに早く……まだ到着しないはずなのに」

「どこかに潜伏していた……? でもそれなら索敵に引っかかったはずよ」


 この時すでに何かがおかしかった。観測ではこんなにも早く敵が到着することなどありえなかったのだ。

 もしそれがあり得たとしても地上遊撃部隊の観測班が対空レーダーで観測できたはずだった。

 だのにこれだけ接近されるまで気付けなかったという不自然さがある。


「ブラックホーク038、039、以下全部隊に告ぐ! 全武装のリミッターを解除し接近する敵影を迎撃しろ!」

「ラジャー、038、確認、各操縦補佐、リミッター解除の報告をせよ!」

「俺たちも敵航空隊の迎撃に加わる。アルファ部隊、移動迫撃砲に砲弾を装填。RPG部隊はすべてレーザー誘導ミサイルに切り替えろ」


 この声は施設外部に控えていた幸正の指示だろう。彼の部隊は潜入側ではなく地上迎撃班であった。

 RPG部隊や迫撃砲部隊を編成し敵の襲撃に備えていたのである。


「敵航空隊、正確な数を識別! ブラックホーク6機、F-3戦闘機3機を確認!」

「戦闘機まで持ち出してきたか。RPG部隊、レーザー誘導ミサイルで狙え」

「LGMラジャー、装填完了。迎撃用意、コンプリート」

「敵との距離、8マイル! 迎撃開始!」

「全迫撃砲! 撃て!」

「F-3、1機に着弾! 撃墜! ミサイル、次弾発射!」


 無線越しに凄まじい爆音が轟く。ブラックホークや戦闘機が爆発し撃墜する音が響いていた。

 その爆音たちはどこか叫喚地獄のようにも思える。目視できていなくても凄まじい航空戦が勃発されていることは分かった。


「敵影三機の撃墜を確認! 爆発から推測して、かなりの爆薬を積んでいます!」

「迫撃砲部隊、次段装填! 発煙弾を使え!」

「戦闘機のミサイル発射確認! 回避する!」


 善戦している。このままいけば航空支援部隊がすべての増援を遮断してくれるのではないか。と、当時時雨は期待を抱いていたのである。淡い期待だったが。


「ミサイルの回避に成功! 反撃開――――な!」


 空間が抉られるような爆音。同時に叫んでいた構成員の声も途絶える。

 遠くで機体が旋回しながら落下していくような音。ブラックホークが撃墜された音だ。


「な……自軍038号機! 墜落!」

「何が起きた!」

「死角からの爆撃です! 一体、どこから……ッ! っ、ぁぁぁあああああああああッッッッッッ!!!!!」


 その通信も途絶える。連鎖的に機体が墜落していく爆音が轟いていた。

 そうだ、あたかも空中で玉突き事故でも起きているかのように連鎖的に自軍の機が撃墜された。

 敵陣の勢力がこっちよりも上だったにせよ、ここまで呆気のない撃墜劇には違和感を隠しえない。


「おい! 返事をしろ! ……クソ、どうなっている!」

「後方から迫撃砲による爆撃を受けている! 自軍航空支援部隊が半軍撃墜された!」

「何……!? 後方から、だと?」


 当惑する棗に状況報告をする幸正。そうだ、この時状況を正確に認識していたのは幸正の部隊以外にない。


「俺たちは地上部隊の殲滅をする! 酒匂、デルタ部隊の合流はまだか」

「施設内で、分隊による包囲網に囲われておりますぞ。合流にはしばし時間がかかりますな」

「クソ! 何がどうなっている! 何故酒匂のデルタ部隊よりも外部に敵勢力が存在して――」

「そこまででいいわ」


 記録は唯奈の干渉によって中断された。どうやら今聞いた記録だけで、彼女が話したいことは纏まったらしい。

 言われるまでもなく何を言わんとしているかは理解できていたが。


「後方からの爆撃、ね」


 同じ結論に至ったのか、真那が胸の中の何かを抑えるように拳を口元に押し当てる。


「……そう、後方からの爆撃。あり得るはずのない位置からのね」


 酒匂たちは幸正たちの部隊と別れ施設内へと向かっていた。そのため彼らと幸正たちの間に敵は存在しないはずなのだ。

 ならばその地上部隊は一体どこから迫撃したというのか。そんなこと熟考するまでもない。答えは瞭然としていた。


「峨朗たちの部隊が、爆撃した……」

「そう考えるのが自然ね」


 雷に打たれたみたいに身が竦んだ。やはりそう言うことなのか。


「位置取り的にそうとしか思えない……それに、あの時施設外部にいたのは、峨朗のおじさんの少数迎撃部隊と航空部隊だけ。他の皆に気付かれずに航空部隊を撃墜することもできたかもしれない……」

「本部では皇棗がソリッドグラフィで状況を逐一確認していたでしょうけど。デルタボルト全域を観測し続けないといけなかった以上、流石に迫撃砲弾の弾道までは観測しきれない。うやむやになってしまったけど、間違いないと考えていいかもしれない」


 もしそうであるならば状況は考えていたよりも深刻だ。何故ならばその爆撃を行ったのは幸正個人ではないからである。

 彼の率いていた迎撃部隊全体が防衛省の差し金であるということになるのだ。


「ヤバいじゃないか」

「ええ、だから出来るだけ早くアンタに伝えておこうと思った。私一人ではどうすべきか判断しようがなかったから」

「とにかく早く皇に報告しないと」

「無線はダメよ。他の人にも聞かれてしまうわ」


 ビジュアライザーを展開しようとして真那に止められる。それもそうだ。そんなことすら失念していたとはどうやら大分まいっているらしい。


「無線機が使えない以上、棗たちと個人的に接触する機会を設けるしかない」

「でも、私たちは原則台場から出ることを禁止されてる。抜け出したら、筋肉ハゲダルマあたりに何か感づかれてしまうかもしれないわよ」


 先ほどの追跡に気付かれていたとすれば幸正も慎重になるはずだ。こちらも必要以上に慎重になる必要がある。


「ジオフロントには工作員が他にもまぎれてるかもしれないわ。悠長なことも言ってはいられない」

「そうね……それなら作戦を変える」

「どうするんだ?」


 何か案でも思いついたのか唯奈はしかめっ面のまま視線を上げる。


「私が明日一人でジオフロントに向かう。勿論誰にも気づかれないようにして」

「いなくなったら気づかれるだろ」

「私たちは名義上学生よ。幸い明日は月曜日だし、始業と同時に出て就業までに戻ってくれば気づかれないかもしれないわけ」


 幸正が裏切っていると仮定した場合必然的にその裏切りに加担している人間が少なからず存在することになる。授業中もずっと監視されている可能性を考慮すれば得策とは言えないのではないか。


「流石にそこまで厳戒な監視体制は築いていないと思うけど。それに、そんなの関係ない。学生である以上サボタージュの権利があったっていいじゃない」

「そうはいってもな」

「前回のキャンパス内潜入の時は、アンタだけサボりまくってたんだから、今回は配役交代ね」

 

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