2054年 12月18日(金)

第129話

「この辺に来るのも久しぶりだな……まだ二ヵ月しか経ってないはずなんだけどさ」

 

 旧渋谷駅周辺区画を闊歩しながら、感慨深くどこか懐かしい街並みを見渡していた。

 無数の人だかりがごった返すスクランブル交差点。原宿内部に隔離されていた時には考えられなかったほどの人口密集率だ。

 中には蜘蛛の巣状に張り廻った高架があり、数分おきにまばらに人の乗ったモノレールが通過している。

 がやがやとした喧騒は本来ならば苛立ちを駆り立てるはずの物に過ぎないはずなのに。今は何故か郷愁と安心感まで芽生えさせてくれる。


「ああもぅ和馬くん、直りかけなんだから、あんまりはしゃいだらだめだよ」


 パタパタと優姫が駆けてくる足音が聞こえる。

 

「仕方ないだろ? せっかく外に出られたってのに結局一週間も部屋の中に閉じ込められてたんだ。体が動けってうっせぇんだよ」

「怪我してたんだから仕方ないじゃない」


 すぐ隣にまでやってきた優姫は乱れた和馬の服を整えると、どこか呆れたようにため息をついた。

 彼女の言う通り原宿から脱走した際全身のいくつかの骨にひびが入るという災難に苛まされた。

 右足首、肋骨、左手首、左手人差し指、エトセトラエトセトラ。奇跡的なことに骨折にまでは至っていなかったため、一週間安静にしているようにとの伝達を受けたのである。


「まあでもよかったよなー、俺のIDが登録消去になってなくて」

「あの区画に隔離されたみんなは、一応一般市民エリアでの居住権は失っていなかったってことだよね。あの区画内ではIDを使う機会がなかっただけで」


 結局のところあの区画から出た後の一番の懸案事項はそれだった。

 チンピラたちが隔離された際にもし居住権を失っていたのならば、和馬は不法在日外人みたいな扱いになっていたことにある。

 当然IDは意味を成さないため病院で診療を受けることが出来なければ、モノレールにも乗れない。物も買えないしあまつさえ自宅にだって入れなくなるのである。

 まあチンピラをこの区画に隔離する際何らかの検問を通らされたりしたわけではない。故に抹消されていないことはなんとなく検討つけていたのだが。


「でも一週間安静にしていたおかげで、骨も取りあえずくっついたんだからよかったじゃない」

「ああ……そういやお前にも世話になりっぱなしだったな」


 自宅療養だったため看病をする人材が必要だった。それで彼女には一週間つきっきりで自宅に留まってもらったのである。

 脳裏に脱走作戦前夜の彼女の言葉がよみがえる。ここから出た後も一緒にいたいといった彼女に家に帰れと返したのである。結果的に和馬が彼女を引き留めることになってしまったが。


「ううん、そんなの気にしないで。私は和馬くんとお話しできて楽しいし」

「まあもう完治したし用済みだな、お勤めご苦労。もう自分家に帰っていいぞ」

「えぇっ? ひどいよ和馬くん。傷が完治したらもうお役御免なの……?」

「冗談だからそんな死にそうな顔すんじゃねえ」


 家から追い出したら本当に自殺しそうな勢いで泣きそうになる優姫。どうせ出て行けと言っても出て行かないんだろうが。ため息をついて彼女から目を背ける。


「しっかしまあ、すげぇ人だかりだな」


 スクランブル交差点はもともと人の行き来が頻繁な場所ではあったがそれにしても尋常な数ではない。閑散とした寂れた光景に慣れていた和馬からすれば、少し不安になる密集率だ。


「ほら、もうすぐクリスマスじゃない」

「そういやもう十八日か……俺が部屋に寝転んでニートやってる間、皆はクリスマスに備えて浮かれ気分だったわけだな。リア充爆発しやがれ」


 なるほど、よく見てみれば男女カップルの組み合わせ率が異様に多い。

 なぜこう特別なイベントが近づくと年若い連中は突然色気づいて活発になり始めるのか。色恋沙汰全般が理由だろうが。


「言っとくがこれはデートではなく買い物に荷物係として付き添ってるだけだ」

「なんでそんなところで意固地になるの」

「実際そうだからな。まあ、周りからそういう目で見られるのは落ち着かねえんだよ」


 我ながら意外と小心者なのかもしれない。まあ周囲には似たような男女の組み合わせがはびこっているから、特別注目されることはないと思うが。


「待てよ、同じってことは、もしや今回の外出の目的はクリスマス関係なのか?」

「うーん、そういうつもりがあったわけじゃないの。どこかに出かけたいなーって思って。病み上がりだからちょっと迷ったんだけど」

「前にしたじゃないか」

「それは原宿の複合施設でしょ? 楽しかったけど従業員もいないしレストランも他の飲食店も機能してなかったし……あんなの、少なくとも普通のデートじゃない。廃墟探検してる気分だった」


 確かに優姫の言い分も確かだった。

 だがそもそもデートというものは恋人関係にある者どうしがすることによって成り立つものであり、これは決してデートなどではない。


「断じてな!」

「何が……? とにかく和馬くん、早く屋内入ろ」

「あ、ちょっと待ってくれ」


 近隣のデパートメントに向かおうとしていた優姫の手首を掴んで逆方向に歩を進める。そうして目的の物が見えてきたところで少し小走りになった。


「これって……」

「何とかお互い生き延びれたみてーだなワン公よ」


 台座の上に凛々しく座る忠犬の頭をポンポンと撫でる。

 なんとなく昔見たときと見た目が代わってる気がするが気のせいだろう。耳以外に髪が生えているが、うん気のせいだ。

 台座にはペットボトルを象ったような形状の小さな石像が設置されているが……間違いない、これはハチ公だ。

 あまつさえ人間の少女みたいな顔してるが。愛嬌があっていいじゃないか。


「なんかC.C.Rionってでっかく書かれてるが、気のせいだ。これは紛れもなく俺の知っているハチ公……なわけねえだろ!」


 思わず石像に突っ込む。パシィ! と手のひらが石像少女の頭部を殴打した瞬間、


「い、痛いのだぁ」

「!? この石像じゃべんぞ!?」

「お、落ち着いて和馬くん」


 困惑し詰め寄った和馬を優姫は焦ったように宥めてくる。

 彼女がなぜ焦っているのか解らず周りを見渡すと、なるほど大声を出した和馬に注目が集まっていた。

 

「いきなりどうしたの?」

「いやどうしたも何も……こいつは何だ」


 ビシッと石像を指さした。


「何って……石像じゃないの?」

「そうじゃなくて、ここにあったワン公はどこに行ったんだ? しかもこれどう見てもあの炭酸飲料のあれだよな」

「C.C.Rionのマスコットのリオンちゃんだよ」

「なんたってそんなもんがここに……ワン公はいったいどこに行ったんだ」

「ワン公ってもしかしてハチ公像のことかな。それならえっと……二か月くらい前に撤去されたみたい」

「撤去? は? なんで?」


 その時期は原宿に隔離されてから間もなくのことだったはずだ。いったいワン公に一体何があったというのだ。


「ノヴァっているでしょ? そのうちの一つにフェンリルっていうのがいるらしくて、その形状と色がすごいハチ公像に似ていたんだって」

「なんか読めたぞ」

「それでノヴァ糾弾団体がハチ公像を破壊しちゃったみたいなの」

「なんてことを……ワン公、ついに殺処分されちまったのか」


 まあこんな町中に一匹座っていたら、そのうち動物愛護センターに拉致られるのも致し方ないことではあったろうが。

 特別何かしらの思い出があったわけではないものの、なんとなくあのワン公に思い入れがあったのだ。一人きりの姿に自分の影を重ねていたのかもしれない。


「それはそうと、なんでC.C.Rionがここに設置されてんだ?」

「前に話したよね。スファナルージュ資産家が柑橘系の大量栽培をしてリミテッドの食糧難を救ったってこと」

「各世帯に配給される携帯非常食レーションもその皮が使われてるんだっけか」

「うん。それでC.C.Rion信者みたいなものが沢山出てきちゃって……この石像が作られたみたいなの」


 まったく意味の解らない話だ。

 そもそもマスコットとやらにも犬だか狼だかわからない耳が付いているのだが、それはノヴァに似ていないのか。

 よく見てみると土台にスピーカーみたいなものが組みこまれている。録音されている音声が、場合場合に合わせて流れる設計になっているのだろう。


「ほら、あそこ見てみて」

「あそこ……? ってなんだアイツら」

「スファナルージュ資産家がC.C.Rionと携帯非常食レーションをリミテッドに配給するようになって、生き永らえることが出来るようになった人たち」


 石像から数メートル離れた地点にはマスコット石像を取り囲むように十人ほどの男女が跪いている。歳も背格好もまた様々だ。

 ホームレスらしきものや綺麗な身なりのサラリーマン風の者。ポスターと思しきものを筒状に丸めた物を沢山収め中途半端にシャツをベルトに突っ込んだ、だらしない格好の男。

 彼らはある種の新興宗教的な不気味な仕草で大げさに体を前後に振るって石像を仰いでいる。その不気味さに通行人は皆がそんな者たちを避けていた。


「C.C.Rion様、ありがとうございますああありがとうございます。貴女様の寛大なる思し召しのおかげで、私は明日も何とか飢え死にすることなく生きて行けそうです」

「なんという神々しいお姿……何度見ても貴女様は人類の女神さまです。ああ! ありがとうございます、ありがとうございます!」

「最近レーションの配給量が少ないんです……息子と娘が四人もいるんです。お願いしますリオンさん、配給制度を世帯分けではなく人数分けにしてくださいませんでしょうか。このままでは末っ子が栄養失調で……」

「小生のことを見てくだされリオン殿。なんと愛らしいケモミミでござるか。今日もリオン殿はお元気大人な黒をお召しになられておりますな……インナーとはまたマニアックな。何たる絶景! これぞ百万ドルの夜景でござる」

「ありがとうなのだぞ!」

「おっとっと足が滑ったでござる。キャップの外れたC.C.Rionがリオン殿のインナーにスプレイングでスプラッシュ。インナーから滴る果実の聖水、これこそ真のC.C.Rionでござるっ」

「おい最後のやつ、完全に犯罪じゃねーか」


 見てはいけない物を見てしまった気がする。優姫は石像に降り掛けられた炭酸飲料を律儀にハンカチで拭っていた。


「小生の目に誤りがなければ、リオン殿の隣に、ホログラム金髪美少女がおられるでござる。しかも眼帯、しかも眼帯! これは再度C.C.Rionのぶっかけをするしかないのでござる」

「…………」

「し、小生そう言えば用事を思い出したでござる。今日のところは一時撤退でござるよ……」


 粗相を働こうとした馬の骨を無言で睨み据えた。信者は蛇に睨まれたネズミのように尻を向けて去っていく。まったく世の中には石像相手にあんなことをする変態がいるのか……。

 スクランブル交差点の観賞は済んだため、モノレールを経由して少し遠出をすることになった。


「原宿内部で生活していた身としては高架モノレールも新鮮なんだよな」

「そう言えば区画内部にはなかったもんね」

「高架自体はあったがモノレールが機能することはなかったな」


 そもそもとして原宿を始めとした渋谷のごく一部に隔離されていたわけであるから、モノレールを必要としていなかったというのもある。

 なんとなく新鮮に気分になりながら流れゆく車窓の外を見つめる。道を行き交う人々の姿や巡回している警備アンドロイド。そして無数の探査ドローン。

 こうであるべきなのだ。原宿が異常だったのである。


「原宿と言えば、チンピラ連中はどうなったんだろうな」

「あんまり詳しいことは知らないけど、マスメディアには大々的に取り上げられていたみたい。あの暴動に参戦した派閥の人たちは皆銃殺されたって」

「俺たち以外に脱走した奴は?」

「今捜索を行ってるけど、なんせあの区画にどれくらいの人数がいたのかも把握できてないみたいだから、誰がいて誰がいないのかも解ってないみたい」

「てことはもしかしたら誰かが脱走してる可能性もあるわけだよな……まあ一般市民エリアにいる限り、好き勝手できないと思うが」


 ドローンとアンドロイドの両方が配備されている以上、もはや犯罪行為に身を投じることはできない。ここはあの無法地帯とは違うのだから。


「聞いた話だと騒動に巻き込まれた一般市民はいなかったみたい」

「まあ近隣のワン公……じゃなくてC.C.Rionの石像も無傷だったしな。被害の規模が拡大しすぎなくてよかったよ」


 自分の考えた便乗作戦は、チンピラたちの壊滅に間接的にとはいえ関与していたことになる。あの出来事によって一般市民エリアから犠牲者が出ていたら悔やんでも悔やみきれなかっただろう。

 そんなことを話しているうちに車窓の奥に超高層建造物群の摩天楼が見えてきた。モノレールの機内アナウンスが港区エリアに突入したことを示す。

 こっちの区画にはこれまで一度として足を運んだことはなかった。

 

「聞くまでもないと思うが、お前はこっちのことについては詳しいのか?」

「聞くまでもない通り私には土地勘なんてないよ。和馬くんもその様子じゃなさそうだね」

「庶民層には、富裕層区画の港区は敷居が高いんだよ」


 高架モノレールは港区の町中で止まった。

 足を下ろした港区の雑踏。それは渋谷のスクランブル交差点よりもごった返している。眩暈にも似た感覚を覚えて視界を腕で覆う。


「デートなわけだし、どこ回るのがいいかなあ」

「これがデートなのか否なのかはさておいてだ、どこを回るってんだ? 港区なんて、軍用A.A.とかアンドロイドを重点的に生産してる織寧おりね重工の本社があることくらいしか解らんぞ」

「織寧重工本社は台場メガフロートにあるから正確には港区の主要施設とは言えないよ。でもやっぱり、あてもなく彷徨うよりはああいう施設に行った方がいいかな」


 彼女が指差す先には高架モノレールからも見えていたひときわ巨大な建築物が鎮座している。

 原宿のヒルズよりも一回りほど巨大なその施設の壁面に、見慣れた表記を見かける。


「シトラシア……どっかで見たことあると思ったら区画内部にいた時に俺の住んでた複合施設と同じじゃねえか」

「あれ知らなかったの? シトラシアはリミテッドで最も大きな商業組合だよ。基本的にどの区画にもあるんじゃないかな」

「Citrusia……シトラス、柑橘系か。なんか嫌な予感がしてきたぞ」


 柑橘系という要素が脳裏にあの爽快感をぶり返す。今朝も飲んできたC.C.Rion。あれに関係があるに違いない。


「スファナルージュ・コーポレーションが経営してるの。あの資産家は、柑橘類の生産による食糧難の解消だけじゃなくて、色んな事業に進出してるんだよ」

「なんかそういう話聞いただけでも、相当でかい家ってのが解るな。どっからそんな金が湧き出してくるんだか」

「スファナルージュ家はもともとイギリス公爵家だったみたい。ただ、2053年の初春にイギリスがノヴァに陥落されちゃって、それでリミテッドに亡命してきたんだって」


 よくあの防衛省がイモーバブルゲートの内側に招き入れたものだと思わざるを得ない。金に目がくらんだのか。


「うぅん。なんだか詳しいことは解らないけど、なんでも、スファナルージュ家はノヴァ侵攻以前から、東京都都市化計画に関連する何らかの事業提携をしていたみたい。そういうこともあって、スファナルージュ家の枠は最初からリミテッドにあったのかもしれないね」


 深い事情は分からないが、とりあえずリミテッドが防衛省のみに支えられているわけではないことが解って安心する。

 それで何が変わるわけでもないが。だが防衛省は何を考えているのか解らなすぎる。


「ほかにもリミテッドの再建に携わった資産家はいるんだけど……ね」

「なんだそれ」

「ううん、なんでもないの」


 歯切れ悪く優姫は視線をそらした。うっかり口にしてしまったというよりは内心の葛藤をとりあえず口にしてみたいった印象の声音だ。


「さ、和馬くん、早く中に入ろ」

「はいはいお嬢様、お供しますとも。何なりとお申し付けくださいな」

「それじゃあこれはデートね」

「それは断る」


 和馬の意思など関係ないのか優姫は手首をむんずと鷲掴む。そうしてシトラシアの内部へと引きずるようにして向かった。

 

「あったけー、外はくそさみーからな、助かるわ」

「最近いきなり冷え込んできたもんね。それにしては、あんまり雪降らないけど」


 優姫の言う通り十日ほど前に今冬初の雪が降ってからというもの、降雪確率は継続してゼロの数値を観測し続けていた。その割には寒い。ノヴァの侵攻によって地球そのものもおかしくなっているのではないかと疑う。

 両手の平に息を吹きかけながら落ち着ける場所を探す。


「それじゃ、どうする? 和馬くん」

「寒いからどっかに座ってコーヒーでも飲もうぜ」

「ええ? いきなりカフェ?」

「俺には俺なりの買い物スタイルがある。動きたくないときは動かない」

「和馬くん、一週間自宅療養をしていて、引きこもりになっちゃったんじゃない?」


 ちょっと不安そうな顔。おい本気でそんな心配そうな目で俺を見るんじゃない。


「NEETとは心外だな。あんな社会不適合者と一緒にしないでくれ」

「NEETなんて言ってないよ……それに和馬くん実際、ちょっと前までれっきとした社会不適合者だったじゃない」


 確かに言えてる。もしかしたらこうして優姫と一緒にいることで、自分も少しずつ社会に馴染め初めてるかもしれないじゃないか。

 

「とりあえず体が温まるまでは動きたかねえ」

「もう……冬眠中のクマじゃないんだから」

「馬鹿にするなよ? 冬眠中のクマって凄いんだぜ。どんな極寒でも、ほとんど体温下がらずに寝てられるんだぜ。あーあー、そんな毛皮がほしいな。庶民層には手の届かないもんだけどな」

「何ぶつぶつ言ってるのよ。仕方ないな、もう……これならちょっとは温かいかな?」


 呆れたように和馬の手を取った優姫は華奢な手のひらで指を包み込む。

 彼女の素肌の感触や人肌。そう言ったものが接触部から伝わってくるのを感じて人知れず鼓動が速まる。

 まったくこの女は予備動作なくこういうことをするのである。

 

「あーはいはい判りましたよお嬢さんお供しますってよ」

「そのお嬢さんって呼び方やめてよ」


 不貞腐れたように彼女は目元を細める。

 なんとなく隔離区画から外に出てからというもの、優姫は何気ない仕草に感情が極端に出るようになった気がする。気のせいかもしれないが。

 まあもともと感情表現は豊富ながらあまりそれを激しく表に出すタイプでもなかった。少しは気を許し始めてくれたのかもしれない。


「で、まあこの施設、なんかすげえ違和感を覚えずにはいられないんだが」


 内装を見回しながら見慣れたケモノ耳少女の装飾をいくつも確認する。


「スファナルージュの事業として中核をなすのがC.C.Rionだからね。そのマスコットのリオンちゃんは、もうスファナルージュ・コーポレーションのマスコットとして定着しちゃってるんだよ」


 そう言いながら優姫はC.C.Rion系列の巨大な専門テナントのあるフロアへと向かっていた。

 C.C.Rion系統だけでもこのフロアの半分ほどを占めているようだ。優姫はそれらの品々を物色しながら、優しい表情でTシャツにプリントされたリオンを見つめている。

 そう言えば優姫もC.C.Rionが大好きだと言っていた。昨日の狂信者ほどではないとしても、彼女もまたリオンというマスコットに何らかの思い入れがあるのかもしれない。


「リミテッドを支えてる最大規模の商業団体が、こんな一般層の中でも一部に媚び売ったようなキャラをマスコットにしてんのか。リミテッドの未来が思いやられるな」

「酷い言いよう。でもリオンちゃんは平和の象徴みたいなものだから」

「これ実在してる人間なのか?」

「それは解らないの。スファナルージュ・コーポレーションが公にしていないから」

「……まあ存在するにしても、その判断は賢明だな」


 昨日の信者の中には確実に犯罪的な狂信をしている者がいた。

 もしリオンが実在する人物だったとしてそれで人前に出るようなことがあれば、考えたくもない。性犯罪が続出すること間違いなしだ。


「和馬くんもどう? この帽子なんて似合うんじゃないかな」

「本当に似合うと思っているなら、俺はもうお前と行動したくない」


 優姫が差しだしてきたものはマスコットのケモノ耳を象ったキャップだ。正直センスを疑う。こんなものを被って外を出歩こうものなら好奇の視線が針のむしろと化すだろう。

 中には優姫が先日買ったパジャマも交じっている。様々な衣類やカレンダー、目覚まし時計、フィギュアまである。

 嗜好品にまでリオンがプリントされている光景を見ていると、眩暈に近い感覚がぶり返してきそうだった。


「ねね、和馬くん、これなんてどう? すっごく可愛くないかな」


 彼女が抱えてきたものは、小ぶりなぬいぐるみである。言わずもがなC.C.Rionマスコットの。

 

「ああいいんじゃないか」

「なんか、テキトウな返事」

「可愛いと思うぜああ可愛い可愛い」

「……じゃあ、これ和馬くんの部屋においてね」

「いやおい待てや」


 静止の声も聞かず優姫はそのまま手動レジへとむかう。

 IDカードで購入を済ませた。無論見慣れない色のカードで。庶民層であることを示す和馬の使っている青白のツートンカラーでも、富裕層の物であるゴールドでもなく赤。それが指し示す意味は、


「和馬くん、次はどこにいこっか」

「……そうだな」


 考え込みそうになるのをぐっとこらえて優姫から目を逸らす。

 優姫が何を隠していようとも、傍にいてくれるのならば構わないと考えていたはずなのに。なのに彼女のことを心のどこかで疑っていた。

 疑いたくなんてないのに。彼女は一体何を隠しているのか。そんな思考ばかりに翻弄される。

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