第116話
「あ、センパイっ、久しぶりです」
「ど、どうしてルルがいるのだ……?」
「あ、凛音センパイもいるじゃないっすかぁっ、何ですかここハーレムですか、あたしのために用意されたスタッフロール劇場かなんかですか?」
幸正の喉元に逆手に持たれた
いや押し当ててはいないはずだ。もしナノマシンで構成されたその刃が少しでも肉体に接触していたら幸正は発症するのだから。
「何故ここに、」
「何でって言われましても……エンプロイヤーを護るのもジャパニーズニンジャの役目だからです」
「……は?」
「だってあれじゃないですか。雇ってくれてるエンプロイヤーが死んじゃったら報酬はもらえなくなるんですよ? そんなの超ロスオーバーじゃないっすか」
「雇ってって……まさか」
はっとして伊集院の様子を伺う。
いち早く和馬と泉澄に取り押さえられている様子の彼は確かに先ほど月瑠に静止をかけていた。
まさか伊集院の言う信頼のたる部下というのは月瑠のことなのか?
「って、エンプロイヤー、いつまでこの体勢でいないといけないんですか?」
「……私は待てとはいったが、止まれとは言っていない」
「確かに言われていませんね、ってなんですかそれ! それじゃああたしが餌を前にお預け食らってる忠犬みたいじゃないっすか!」
「大して間違ってはいない気がするのだ」
「凛音センパイには言われたくないですねそれ」
幸正から離れナノマシン刀を消失させた彼女。月瑠はそのまま身軽な足取りで伊集院の元まで歩み寄るとその肩に手をかける。
「さぁエンプロイヤー、さっさと帰りましょう」
「ッ、霧隠、離れろ!」
「あ~えっと、和馬センパイでしたっけ。ご無沙汰してます。でも離れるのは和馬センパイの方です。というかそんな危ないアメリカンウェポン閉まってくださいよ」
放心していた和馬が月瑠に照準を合わせるが月瑠は鬱陶しそうにその銃身を手で除ける。
そんな緊迫感も警戒心も感じられない仕草に、その場にいる殆どの者が硬直していた。
「おい、霧隠」
「なんですか? センパイ」
この
「お前、伊集院を助けに来たのか?」
「そうですよ?」
「俺たちに敵対してるということ、解っているよな」
「解ってますけど、それがどうかしたんですか?」
きょとんとした顔で月瑠は小首を傾げる。本当にこの状況を正確に理解できているのか。今は皆硬直しているが彼女は武装した敵対勢力に囲まれているのだ。
「頭数だけで言えば確実に私たちの方が優勢です。もう少し、警戒心を高めた方がよろしいのではないですか?」
「何言ってるんですかホログラフィさん。前も言ったじゃないですか。センパイじゃあたしには敵いませんよ。束になって掛かったって、あたしには勝てないです」
ぞくりと背筋が凍るような感触。はったりでこんなことを言っているわけではなさそうだ。彼女は確信をもって油断している。
確かに先ほどの彼女の類まれなる敏捷性は、時雨のインターフィアでも目で追えなかった。この人数で対局したとしても勝てる保証などはない。
少しも警戒心を緩めてはいけないと彼女の姿を注視しながらアナライザーに手をかけた。
「っていうのは、まあ言ってみたかっただけなんですけどね」
「……どういう意味だ」
「いやー、ジャパニメーションにはよくあるじゃないですか、こういうの。二人まとめてかかってこい、みたいな! あ、ちなみにあたしとしては、某ヤクザゲームの死にたい奴からかかってこい! ってセリフの方が好きですね。ジャパニーズヤクザって超渋いじゃないっすか! いかにもジャパニーズって感じで超ファンタスティックですよね。あたし多分、ジャパニーズニンジャの子孫なんじゃないかと密かに勘ぐっているんですよ」
この楽観のしようを見ると警戒心も削がれるというものだった。
「それに……極力、あたしはセンパイとは戦いたくないですから」
一瞬だけ声音が変化した。快活な物からどこか寂しげなものに。
その言葉を耳にしてつい先日彼女と遭遇した時の彼女の言葉で埋め尽くされてしまう。
「……あのころに戻りたいですね。いがみ合ったりしていなかった退屈な日々に」
頭から拭い去ろうとしても。その言葉を発した時の彼女の寂しげな表情が頭に浮かんでしまうのだ。
「――対地射撃します!」
その時だった。インカムからシエナの指示が飛び出してくる。同時にアスファルト上の砂塵が巻き上げられ始める。
はっとして上方を仰ぎ見た。時雨たちを下ろした後滞空していたブラックホークが高度を下げて来ていたのだ。
「皆様、伏せてください!」
「ま――――」
静止の声を掛けるいとますらなかった。ドアガンを手に持ったルーナスが弾丸を振り散らす。機銃掃射が空間に穴をあけながら過ぎた。
「!? 回避しろ! 霧隠!」
「でもあたしがどいたらエンプロイヤーが……!」
おそらくは月瑠を危険な存在と判断したが故の牽制目的の掃射だったのだろう。
ルーナスは即座に判断し機銃の照準をずらす。あまりにも的確に弾雨は月瑠たちの場所へと降り注ごうとした。
「く、そ……ッ!」
気が付けばその場から一歩を踏み出していた。完全に無意識的な助走。意図しない駆け出し。
やがてその行動には意志が加わり始めた。月瑠を死なせたくないという単純な思考。
「間に合わないッ」
距離が開きすぎていたということもあって、月瑠たちの目の前に躍り出たころには弾雨は目前にまで迫っていた。
「特殊弾を!」
「!」
身を翻し反射的にアナライザーのトリガーを振り絞る。
吐き出された特殊弾は先行する機銃弾丸に着弾し、一瞬にしてそれをを飲み込んで消失する。続く弾丸は月瑠たちをそれてアスファルトを抉り去った。
「……なぜ助けた」
安堵の息を漏らす間もなく伊集院が後ろから声を掛けてくる。尻目に伺うと、伊集院の目の前にはナノマシンククリを構えた月瑠が立ち塞がっていた。
時雨に対する牽制ではなくそれで弾幕を凌ごうとしたのだろう。流石に彼女とて刃ひとつで弾幕を捌けるとも思えないが。
「何故って……誤射で殺してしまいそうだったからだ」
「とはいえ、自身の身を呈して敵を庇う義理などないはずだ」
どこか勘ぐるように伊集院は顔を凝視している。内面を覗き込まれているようで臆しながらも単純に思ったことを述べる。
「どうせ死にかけても回復できるからな。そもそも、俺はアンタを助けたつもりはない。霧隠を助けたんだ」
「……ふん」
「あ、エンプロイヤー、今のはまさにTSUN・DEREの『ふん』でした」
「相変わらずその言葉の意味は不明だが、おそらく使いどころは間違っている」
「ジャパニメーションの神髄に触れたこともないエンプロイヤーに何が解るんですか」
かく言う月瑠も大概ジャパニメーションを勘違いしているように思えるが。
伊集院は地についていた膝を上げ付着した砂塵を払いスーツの乱れをただす。
敵勢力に囲まれているというのにあいも変わらず落ち着いた物腰だ。それは月瑠という優秀なボディガードがいるからなのか、あるいは、
「センパイも傷が修復できるからってそんなこと続けてると体に毒ですよ。それに回復できるのはセンパイだけじゃなくて、あたしもなんですから」
「…………」
「って、敵の心配していられる状況でもなかったですね」
月瑠は今度こそ逆手刀を消失させない。眼前にそれを掲げた。
「例えセンパイでも、それ以上近づいたら容赦はしません」
「…………」
「エンプロイヤーには、指一本触れさせませんよ」
明確な殺意をもって彼女は臨戦態勢を取っていた。そんな彼女の瞳の中にやはり迷いのようなものを見受けてしまう。
敵対姿勢を取りながらも彼女は戸惑っているのだ。時雨たちに本気で殺意を向けることに。
「痛ましくて見てられないな」
「っ、時雨!」
対し時雨はアナライザーの銃口を下げた。真那が驚愕の声を上げるのを耳で拾いながらも更にそれをホルスターに収める。
「……何のつもりですか、センパイ」
「それはこっちのセリフだ、霧隠。お前こそ何のつもりだ。何を迷っている」
「言っていることの意味が解りませんね。あたしは平常運転です」
言葉の意味を理解できなかったのか彼女は僅かに目元を歪ませた。
瞳孔が拡くのがわかる。明確な動揺がその相貌に現れている。
「そうか、きっと平常運転なんだろうな」
「だから何を」
「いつからか、いやきっと最初から、ずっと疑問に思っていたんだろ。自分が戦う意味を」
「時雨、何を言って……」
後ろから近づいてくる真那を手で制す。この状況において。必要な物は殺意でも武器でもない。ただ一つ言葉だけだ。
「霧隠、言っていたな。あのころに戻りたいと。いがみ合ったりしていなかった退屈な日々にと。お前の心は平穏を望んでいる。だのに今のお前の行動のどこにその意志があるんだ」
「……前も言いましたが、あたしの意志なんて必要ないんですよ。あたしにとってのすべてはエンプロイヤーの命令なんですから」
「そんなことは聞いていない。お前はどうしたいんだ」
「あたしは……」
わずかに彼女の意識が揺らぐのを感じた。彼女の中に凝り固まっていた使命感がほどけ始めるのが解る。
「本当に自分のすべてがその伊集院純一郎の命令でできているなら、何故あんなことを言った。どうして戻りたいだなんて思ったんだ?」
「それは、センパイたちと戦いたくなくて……」
「そう思っているんだろ。なら、どうして俺たちが敵対しなきゃいけない」
「前も言ったはずです。そう、決められているからです」
「そんなこと誰が決めた? 霧隠が自分で決めることじゃないのかよ」
もはや何を言えばいいのかも解ってはいなかった。
彼女の心が揺れるたびに自身の心もひどく揺すぶられるのだ。自分がなにを伝えたいのか解らなくなる。ただ自身の意志に率直に彼女への一歩を踏み出す。
「……来ないでください」
「お断りだ」
「さっきも言いましたけど、センパイでも近づくなら容赦はしません」
「俺だって容赦はしない。痛ましくてやってられないからな」
「っ……」
構わずさらに一歩を踏み出す。彼女との距離は互いが手を伸ばせば触れ合えるほどにまで縮まっていて。
彼女の掲げたナノマシン刀の切っ先が胸元に触れようとしていた。構わずにさらに距離を詰めるとどうしたことか切っ先もまた離れる。
月瑠が一歩、後ずさったのだ。
「半端なんだよ、お前」
「あ、あたしのどこが半端者だというんですか。あたしはエンプロイヤーの命令ならなんだって聞きます……センパイだって殺します」
「なら、やれよ」
ククリを掴む月瑠の手首を鷲掴む。そうして時雨自身の胸元に突きつけさせる。
強靭な身体能力を有する彼女もその腕はひどく細い。強く握れば折れてしまいそうなほどに。
「どうして、近づいてくるんですか」
「おかしなこと聞くな。俺たちを待ってたのは霧隠の方だろ」
「え……?」
言葉の意味が解らなかったのだろう。それならそれでいい。
彼女の手首を引き寄せククリの切っ先を自身の胸元に突き立てた。
メディカルナノマシンであるリジェネレートドラッグと違って、侵食作用のあるナノマシンの塊が体内に侵入してくるのは怖気を感じるほどの悪寒が伴う。
それでも手は離さない。
「っ」
「もう一度聞く、本当にそれでいいのか?」
「……これで、いいんすよ」
「意味不明な連中に意味不明な形で勝手に自分の運命定められて、それでいいのか」
「それで……いいんですよ!」
「よくないだろ」
「いいんですよ!」
彼女は辟易していた。泥沼に落ちたように逃げ場も掴む場所もなく。
自分の手首を掴み選択を迫る時雨の手に恐怖すら覚えている。自らで選択をすることに怯えている。
「それならどうして……あの時、屋上で俺たちを待っていた」
「っ! ……別に待ってなんかなかったです」
「本当か?」
「そ~ですよ、ただあそこにいたらセンパイたちが来ただけじゃないっすか」
「それなら、これは何だ」
必死に否定する彼女の手にとあるものを乗せた。しわのよった三枚の付箋。
『時雨センパイの分』『凛音センパイの分』『あたしの分』
拙い字でそう綴られている。
「これは……」
「言っていたではありませんか、今度は凛音様も含めておむすびを食べたいと」
「っ……」
「おむすびなのか? またあのルル特製のおいしい奴が食べられるのか?」
黙って会話を聞いていた凛音が話に介入してくる。
「リオンは、今度はノリ付きのおむすびを所望するのだ!」
「凛音センパイ……?」
月瑠は戸惑いを秘めた目で凛音を見つめる。
「私はまた、あの渋いチョイスのたくあんを所望します、食べられないですけど」
「ルルのたくあんはぜっぴんなのだ。あれなのだ、お化粧してない状態なのだ!」
「そ、それはすっぴんなのです……」
「黙れ」
「ご、ごめんなさいなのです」
脱線しかけていた会話は幸正の粛正によって阻まれる。
月瑠はもはやどうすればいいのか解らぬように惑っている。その手にはすでにナノマシンすらなくなっていた。
時雨の体内に侵入を始めていたナノマシンも鳴りを潜めている。サイボーグで良かったと心底思う。
「不器用なのはお前の方だ」
「ちが、違うんですよ……その、」
「だがな、俺はお前のそんな不器用な性格、案外嫌いじゃない」
「……?」
彼女に以前言われた言葉をそのまま返した。月瑠は自分の発言を記憶してはいなかったのか戸惑ったように目を見返す。
「プロポーズですかくさいですね時雨様。まあ家畜に見合ったくささだとは存じ上げますが」
「違う」
「出たー、思い切ってチキン並みの行動力で一世一代の大告白をしたはいいものの、相手の反応如何でそれをうやむやにしようとするやつ。実際に生で見ると、想像以上に女々しいものですね」
「黙ってろ」
月瑠はそんな会話を拍子抜けしたように見ていた。
「あたしは、どうすればいいんですか?」
「そうやって他人に自分の指針を委ねていたら、これまでと変わらない。それは自分が決めないといけないことだ」
「ですがあたしは、センパイと敵対関係にありますし……」
「言っただろ、そんなことは瑣末な問題だ。自分の意志で敵対していたわけではないだろ」
「あたしは、ずっと一人きりでしたし……」
彼女はあと一歩踏み出せないようだった。
意思は固まっていても踏み出す勇気が持てない。そんな様子。そればかりは簡単に克服できるものでもないのだろう。
きっと彼女はこれまでずっと孤独に生きてきたのだ。海外からラグノス計画の実験体として連れてこられたことから考えても、ずっと孤独だったのだろう。
「その意識が月瑠様を孤独にしているのでしょうね」
「意識が……」
「ですが、これからはもう月瑠様は一人ではありません」
「え?」
「月瑠様には私たちがいますから」
はっとしたように月瑠は時雨の顔を見据えた。その彼女の瞳に映るものは時雨の顔だけではない。
彼女を取り巻く凛音や他の仲間たちが映り込んでいる。
「センパイは、センパイたちはあたしの友達になってくれるんですか……?」
「それは違うなルル」
「え」
「だって、ルルとリオンは元から友達なのだからな」
裏のない純朴な凛音の笑顔。その破壊力は彼女の心の中の殻に亀裂を生じさせるには十分だったようだ。
「あたしはもう、一人じゃなくてもいいんすか?」
「勿論なのだ」
「あたしは、デイダラボッチを卒業出来るんですか?」
「ええ。違う出会い方をしていなくても、月瑠様はデイダラボッチなどではないのです。私達がいますから」
その言葉に月瑠は何も答えなかった。目を伏せ口元をマフラーで覆い隠す。何を返せばいいのか解らず当惑しているのだろう。
月瑠はさりげなく視線だけ伊集院に向けていた。その反応からして、きっと伊集院に自分の在り方を強要されてきたわけではないのだろう。
伊集院の命令に従ってきたのは、あくまでも彼女の意志だったのかもしれない。
「……まったく、気苦労の絶えぬ身勝手な部下だ」
そんな月瑠の視線に気が付いたのか伊集院は顔をしかめたまま小さくため息をついた。
「もういい。霧隠、投降するぞ」
「なに……?」
突然の投降宣言に棗は訝しげな声を上げた。幸正と棗が銃を構えてにじり寄って来るにも関わらず、彼は手を掲げて投降の意志を示し続ける。
そんな彼の姿に一番驚愕を示していたのは他でもない月瑠だ。
「……いいんですか? エンプロイヤー」
「ふん、この状況は読めなかったが。こうなってしまった以上、他の選択肢はない」
「何を企んでいる」
「何も企んでなどいない」
どうやら本当に何か企んでいるわけでもないようだ。すきをついて逃げ出そうとしているようにも見えないし、余裕のようなものまで感じる。
考えてみればブラックホークにてここまで連行される間も彼はやけに素直だった。それは単にレジスタンスに対し萎縮していたわけではないのか。
「佐伯局長らによる防衛省の転覆が起きてしまった以上、もうこれまで通り、というわけにはいかない」
「…………」
「ましてや、唯一信頼できていた部下までもが懐柔されているようではな。私はまともにリミテッドの安寧を、その均衡を維持など出来ようはずもないだろう」
「……何が言いたい」
「現状、私たちの立場からして利害が一致しているのは佐伯たちではないということだ」
「……協力関係でも私たちと築こうっての?」
唯奈の言葉に伊集院は是も否も返さない。その沈黙は肯定を示していた。
「さすがに、はいそうですかって信用はできねえなおい」
「仮にも防衛省の元頭だってのに。信用する根拠がないわ」
そう言う反応が返ってくることは解っていたのか、伊集院は少しも表情を変えぬまま眉根を寄せる。棗たちもどうすべきか考えあぐねているようだった。
「信用できん」
「そうだな峨朗……何であれ今は投獄しておくべきだろう。親父、あんたの処遇に関しては後々考える。今は尋問室に向かってもらう」
「……それで構わん。だがそこの使えん部下に関しての処遇は改めてもらいたい」
電子手錠を幸正にかけられながら伊集院は背を向けたままでそう呟く。
月瑠は一瞬自分のことを言われていると気づかなかったようで、意味を理解した瞬間に激しく瞬きを繰り返す。
「ちょ、ちょっとエンプロ」
「その小娘は私の命令に逆らってまで殺害対象であった烏川時雨を見逃していた。そして物質的な犠牲は一切出していない」
確かに今回の一件で月瑠がレジスタンスの構成員を傷つけた話は聞いていない。しかし、
「霧隠月瑠は親父、貴様の命令の元レジスタンスの殲滅作戦に間接的に出会っても関与した存在だ。無罪放免というわけにはいかない……処遇を下すべきか否かを判断するのは俺たちではないかもしれないが」
棗の下した曖昧な処遇に伊集院は了承こそしなかったが、黙って幸正と和馬に連行されていった。
おそらく後々司法取引などが行われるのだろう。彼の処遇がどうなるのかは現状では何とも言えないわけだ。
時雨たちもまた施設内に足を運ぶ。そうして会議室に足を踏み入れた。
「……あんな素直なエンプロイヤー、初めて見た気がします」
「そうなのか?」
「はい。なんだか無気力そうといいますか……でもそれでいて決心が出来てるような。うまく言えないんですけど」
「実の息子である棗様と相対していたからかもしれませんね……」
「息子か……皇、本当にあの伊集院と親子関係にあるのか?」
難しい表情で腕を組みながら歩んでくる棗に問いかける。
「ああ。確かに血縁関係にあるな」
「あの、あなたがセンパイたちのリーダーなんですか?」
「そうだが」
話の腰を折るように月瑠が尋ねた。
「結局あたしは、エンプロイヤーと一緒に独房行きではないんですか?」
戸惑ったような表情を声音をしているのは当然の反応だと言えよう。時雨自身、棗が月瑠を投獄しない理由を考えあぐねていたところであった。
「望むならば連行してもいいが」
「ちょっとは興味があります。防衛省での唯奈センパイや風間センパイに対する尋問はかなりナンセンスでしたから。レジスタンスにおける尋問はどれだけジャパニーズニンジャらしさを貫いているのか興味がありますね」
「つまりはどういうことなのだ?」
「要約するに月瑠様は被虐嗜好のあるマゾ豚だったということです」
「なるほど! 意味が解らないのだ!」
おい人工知能、変な知識を凛音に埋め込むんじゃない。
月瑠の疑問はもっともである。月瑠は伊集院の元で防衛省局員として働いてきたのだ。その手に掛けた無実の民の命も計り知れないだろう。
何故そんな要警戒人物を捕縛すらせずにいるのか。
「烏川、それから峨朗凛音、君たちが無害だと認めるならば霧隠月瑠は無害なのだろう」
「何よそれ。何の根拠にもなってないじゃない」
「人を信頼することに根拠など必要ではないのかもしれない」
「……アンタ本当に皇棗? 頭でも打った?」
棗らしくない発言に唯奈は本気で心配するように表情を歪める。
「残念ながら、皇棗本人だ」
「……あたしは、これまでしてきたことの罪を問われないのですか?」
「君に如何なる罪があろうと無かろうと。君を捌く権利は俺たちにはない。俺たちが防衛省を敵に回しその命を奪うのは、あくまでも俺たちの目的の弊害をするからだ。俺たちの進路に立ち塞がらないというのなら戦う理由はない」
「……なんだか多重人格者と対面してる気分だわ」
何気に失礼な気がする。
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