第103話

 カポンと銭湯特有の音。

 ぱちゃぱちゃと誰かの裸足が湿った地面を走る音が反響し、次の瞬間水が大量に弾け飛ぶ音が響いた。

 舞い上がる水しぶきの合間に薄桃色の髪がはためく。凛音が大きな浴槽に飛び込んだのだ。


「むふぁあっ」

「凛音さん、銭湯での飛び込みはいけないと思うのです。それに体を洗ってから入らないといけないのです」

 

 浴槽の水面から顔を勢い良く出した凛音。

 そんな彼女をタイルの上に立ち困ったように見つめるクレアが、控えめな胸元をタオルで隠しながら見つめていた。

 

「クレア、今はリオンたちしかいないのだぞ? 父様も言っていたではないか、ショードーに従えと」

「ですがその、モラルと言いますか……」

「細かいことはいいのだ! クレアもこっちに来るのだ」

「ですが……なのですっ!?」


 控えめながらも嗜めるクレアの手首をつかみ、凛音は彼女を浴槽の中に引きずり込む。

 その際に妹とは真逆で年の割には発達した胸や下半身などが惜しげなく露出する。それに凛音は一切羞恥を覚えている様子はない。

 湯の中でクレアに飛びかかると、クレアの華奢な体に抱きついて楽しそうに笑声を上げた。


「アンタ、本当に動物なんじゃないの……?」

「ユイナはフロに入らないのか?」


 浴槽の淵に腰を下ろし足だけ湯に浸けている唯奈に凛音の動物的な本能が向く。

 先ほどクレアにしたように唯奈に飛びつくが彼女は流石の反射神経でそれを回避した。


「甘いわね一号」

「ぬぬぅ。それならこれならばどうなのだっ」

「学ばない奴ね……ってきゃっ!?」


 水中に潜った凛音を探そうと周囲に視線を走らせた唯奈であったが、不意に何かに足首を掴まれる感触を覚える。

 はっとした時にはすでに遅く浴槽の中へと引きずりおろされていた。


「けほっ……いきなり何すんのよっ」

「ご、ごめんなさいなのだ」


 激昂する唯奈の気迫に押されたのか流石の凛音も思わず謝る。大きな耳を萎れさせて申し訳なさそうな顔をされると唯奈は弱い。

 

「まあいいわ。っていうか、なんでアンタらまでついてきてるわけ?」


 本来ならば泉澄一人を自室のバスルームに誘導するはずだったのである。だのに、そこでこの少女に遭遇し事の顛末を話したら自分も入ると言い出したのだ。

 唯奈としては他人に凛音の素肌を見せるのは面白くない。自分も入るべきかと考え始めたところで凛音がクレアを連れてきた。

 結果、どういうわけか一般市民が使う銭湯へと出向くことになったのである。


「だめだったか?」

「ぅぇ……ごめんなさいなのです」

「いやダメってことはないけど、そもそもレジスタンスの私たちが、こんな呑気にスーパー銭湯なんか使ってていいのかしら」

「いいんじゃないかなぁ」


 呆れる唯奈に同伴していたきずなが苦笑いしながら応じた。

 彼女は足先で湯加減を確かめてからゆっくりと身を沈めていく。そうして全身湯につけると脱力したように息を吐き出した。


「こうやって、皆でたまには羽を伸ばすのもいいと思うよ?」

「羽を伸ばすって言ってもね……私たちは蜂起軍なんだから」

「私はほとんど一般人だし、柊さんたちがどんなに過酷な環境で戦ってるのかはまだ把握し切れてない。だから知ったようなことは言えないんだけど……でも、ゆっくり休んじゃいけないことは無いと思うの」


 紲は凛音の額に張り付いた長い髪を分けてやりながら呟く。

 彼女は一般人だとか知ったような口と言っているが、実際自分たちに大分近しい環境で生きていると唯奈は思った。むしろ自分たちよりも過酷で凄惨せいさんな環境を強いられているといえる。

 戦場で戦うわけではなくても、紲は度重なる戦乱のせいで織寧重工という後ろ盾も奪われたのだ。あまつさえ父親も、最愛の弟も。


「そうはいってもね……顔を認識されてる可能性もあるわけで」


 そう言いつつも唯奈はなんとなく紲の言う通りなのかもしれないと思った。

 紲に髪を弄られている凛音や羨ましそうにそんな二人を眺めるクレア。

 この少女たちにはレジスタンスとしての環境はあまりにも厳しい。本来こうした普通の生活を送っていて当然の年代なのだ。


「どうしたのだ? ユイナ」


 急に黙り込んだ唯奈を訝しく感じたのか凛音が彼女に近づいてくる。そうして唯奈の前へと歩み寄ると、背を向ける形で足の上に腰を落とした。


「何してんの?」

「ダメか?」

「いや、ダメってことはないけど……」

「リオンはかーさまの顔を見たことがないのだがな。ユイナは何故かかーさまみたいなニオイがして安心するのだ」


 戸惑う唯奈の胸元に背中を押し当て凛音は満足そうに笑みを浮かべる。唯奈の胸は凛音が頭を据えるのにちょうどいい弾力であったらしい。


「クレアはこっちに来ないのか?」

「ですがその」

「ユイパイマンは柔らかくて気持ちいいのだぞ?」

「アンタね……」


 呆れたようにため息をつく唯奈であったが不快というわけでもなく。やれやれと言ったように全身の硬直を解くと衝動に駆られその頭を撫でた。

 凛音は心地よさそうな表情で子猫のようにゴロゴロとのどを鳴らす。


「ユイナ、頭ナデナデするのうまいな」

「……別にどうでもいい」


 一瞬だらしなく頬を緩めた彼女だったがすぐに思い出したように顔をしかめる。

 その手は凛音の大きな耳を過剰なほどに撫で回していた。もみくしゃにするたびに凛音は気持ちよさそうに喉を鳴らす。

 唯奈はそんな反応に庇護欲を駆り立てられ、無意識的に小さな体を抱きしめようとするがギリギリで理性を取り戻した。


「クレア、どうしたのだ?」


 しばらくそれぞれ快楽に陥っていたが凛音が傍にまで歩み寄ってきていたクレアに気がつく。

 彼女は凛音が撫でられているのを見ていて、タオルで胸元を隠しながら何かを言い辛そうにしていた。


「クレアもこっちに来るのだ」

「で、ですが……」

「ユイパイマンは二つあるのだぞ? リオンとクレアでシェアするのだ」

「人を物みたいに言ってんじゃない。ていうか流石に二人は寄りかかれないわよ」


 そこまでいって流石に羞恥が湧き出し唯奈は思わず凛音の背中を押しだした。


「ぬぁっ、な、なにする――むわっ」

「きゃっ!?」


 突き放された凛音はよろけながら紲に衝突した。唯奈から入れ替わるように凛音の小ぶりな顔面は紲の胸元に埋まっている。


「むむ……キズパイマンはユイパイマンよりも柔らかい気がするのだ」

「も、もみながらそんなこと言わないで」

「あれなのだ。今度シエナにキズパイマンの商品化を提案しておくのだ」

「キズパイマン? よく解らないけど嫌な予感がするなぁ」


 散々堪能したのち、凛音は紲の上から降りてその隣に腰掛ける。


「クレアも早く来るのだ。ユイナもキズナもかーさまみたいなのだぞ」


 しばらく悩んでいたようだがクレアは母様と言う言葉を出されて耐えられなくなったのだろうか。

 控えめに唯奈に近づくと、申し訳なさそうに唯奈のことをみてからその隣に腰掛けた。

 

「あ、あの……」

「はいはい。でもアンタ、母様はやめてくれない? アンタの母親ってことは筋肉ハゲダルマこと峨朗幸正の妻ってことでしょ? それは流石に生理的に無理」


 もう全てを観念したように唯奈はクレアの銀髪に指を通す。クレアは途端に顔を蕩けさすように弛緩させ正座したまま肩を震わせた。


「ユイナ、とーさまが嫌いなのか?」

「別に嫌いとかではないけど。あんな筋肉ハゲダルマと生涯共に生きるなんて、死んでもごめんよ」

「リオンはとーさまが大好きだぞ?」

「アンタは誰が相手でも好きだっていうんでしょ。裏はなしで。むしろ誰かを嫌いになることなんてあるの?」

「嫌い……」


 唯奈は凛音が誰かを嫌いになることなどないと確信していた。

 彼女の快活さは、誰に対しても分け隔てなく接することが出来る清い心の持ち主であるからである。

 だが唯奈の予想を裏切り凛音は途端に表情を暗くする。


「い、いるのだ。アケチは嫌いなのだ……」

「ああ……あの変態か」


 その名前を耳にし唯奈は明智という男子学生のことを思い出す。

 ことあるごとに凛音に接触しようとした変人。凛音にC.C.Rionをぶっかけることだけを生きがいにしていたような変態。思い出しただけでも吐き気を覚える。


「まあ、あれよね。アンタもあんな筋肉ハゲダルマが父親で、気の毒」


 唯奈に話を振られてクレアは瞬きを何度か繰り返す。

 やがて変態ハゲダルマが幸正のことであると理解したのか、彼女は情けなくふぇぇぇと声を漏らした。

 

「そう言えばクレアは、かーさまの顔を見たことがあるのか?」


 クレアは自分に声をかけられたのだと理解すると、何度か目を瞬かせてから凛音を見つめる。そうして何やら落ち着かない様子で目を反らした。

 凛音は母親に会ったことがない。その話は唯奈もそれとなく聞いたことがあったが、クレアがどうであったのかは聞いたことがない。

 しかし凛音がこう尋ねたということはクレアとは別の環境で生活していたということか。

 クレアは浴槽の内壁に背をつけて、膝をかかえつつ顔の下半分を湯に沈める。


「えっと……その、あります」


 何やら雰囲気の変わった彼女を戸惑いつつ注目していると、クレアは改まったように唇を開く。


「お母様のこと、お話しします?」

「教えて欲しいっちゃあほしいかもね」

「……とても素敵な人でした」


 そういう切り出しからクレアの始めた話。それらを繋ぎ合わせて知りえた情報を纏めると、どうやらクレアと凛音の母親は日本人ではないという。クレアの髪の色からして想定していたことではあるが。

 旧名はアニエス・ロジェ────どうやら元々はフランス軍人であったとか。

 何らかのプロジェクトに参加するために十六年前に日本へとやって来たらしく、そこで峨朗幸正と結婚したのだとか。

 

「ですが三年前に……そのプロジェクトの一環、不慮の事故で亡くなったのです」


 そう呟いてクレアは押黙る。何かを後悔するかのように肩を震わせ全身を湯船に沈める。もう誰とも目を合わせようとしない。特に凛音の目は見ないようにしていた。

 三年前ということは、2052年すなわちラグノス計画始動の時期か。凛音やクレア、幸正たちもまだ防衛省にいた時代である。

 とはいえ凛音とクレアは年齢的にも確実に局員ではない。となれば彼女たちのほとんど関与しないところでアニエスは死んでしまったのだろうか。

 クレアの断片的な説明だけでは、何とも判断しがたかった。

 紲と目を見合わせた凛音は困ったような表情を一瞬浮かべるが、すぐにそんなクレアに近寄った。


「寂しかったのか?」


 クレアのそばで彼女の頭に小さな手を置く。

 

「いえ私よりも、お母様に会ったことのない凛音さんの方が……」

「リオンにはとーさまもレジスタンスも、沢山の仲間がいたから寂しくはなかったのだ。もちろん……クレアもだ」


 彼女は優しい笑顔を浮かべ、自分と程変わらない身長のクレアを優しく抱きしめる。

 クレアは一瞬硬直したように何度も目を瞬かせていたが、しばらくしてから安堵するかのようにゆっくりとまぶたを閉じた。

 だがそんな彼女の表情の中に、唯奈は僅かに何か凝り固まったものが存在していることに気が付いてしまった。

 そこにある物は後悔かあるいは恐怖か。クレアが抱えている物に見当はつけられなかったが、唯奈はなんとなく胸騒ぎを覚えた。


「そういえば、ユイナのとーさまとかーさまは、どんな人なのだ?」

「い、いきなり何よ」


 凛音の好奇心の矛先が自分に向くとは思っていなかったため唯奈は狼狽する。


「いやだな、リオンはユイナのとーさまとかーさまに会ったことがないのだ」

「それが普通でしょ。私だって、レジスタンススタッフのほとんどのやつの親族関係なんて熟知してないわよ。そもそも気にもならないし」

「リオンは気になるのだ」

「私は気にならないし」

「リオンは気になるのだ」

「私は、って何よこの堂々巡り……私にどうしろっての?」


 好奇心旺盛な無垢なる瞳で見つめられては拒みにくい。

 凛音に食いつかれた以上、誤魔化してこの場を流すことは容易ではない。唯奈はたじろぎながらも特に隠すことでもないので話すことにする。


「別に面白い話はないわよ」

「構わぬのだぞ? ユイナ自体が面白いのだ」

「ちょっとそれどういう意味よ……」

「まぁまぁ柊さん、抑えて。私も気になるなぁ」


 唯奈が憤怒することを恐れたのか紲が仲裁に入る。そんなつもりはなかったが、どうやら他人から大分短気な人間だと思われているらしい。

 唯奈は納得がいかないながらもため息を漏らした。


「まず最初に言っておくけど、私の親はもういないわ」

「亡くなられているのですか?」

「そ。まあ私たちの環境じゃ、特に珍しくもないわね」

「柊さんのご両親は……殺されたの?」

「ま、当然の疑問よね。でも死因はなんの勘繰りようもない物だったわ。私の親はどっちも陸上自衛隊員だった。階級もちでもないから自衛官ですらない隊員。ノヴァが出現するよりもずっと前、私が十歳くらいの頃に海外に派遣されて、そこで戦争に巻き込まれて死んだ。それだけ」

「……確かに特に面白い話ではなかったのだ」

「うっさいわね。だから言ったでしょ」

「悲しい話なのだ。ユイナも幼いころに大事な人をなくしてしまっていたのだな」


 凛音は眉を歪めて自分のことのように悲しむ仕草を見せる。紲やクレアは何も言えない様子で。唯奈はこういう空気になるのが嫌だった。


「言っとくけど、別に悲しく思ってなんかないわ。少なくともアンタらに同情される必要がないくらいにはね」

「ご、ごめんなさいなのです」

「何で謝ってんのよ……とにかく本当に悲しんでたりはしない。正直、あの親は肉親って感じがしなかったし。自分の娘を自衛隊に入団させようとしてた勘違い平和主義者だったしね」

「そう言えば、柊さんはレジスタンスに入る前は防衛省の人間だったんだよね? 成人したのも多分防衛省に入ってからだよね。どうして……」

「簡単な話。私はあの親に自衛隊になるために育てられた。というよりは、日本を護るためにかしら」


 今思い返しても胸糞悪い話だ。年相応な普通の学生生活などおくれるはずもなく。唯奈は十六歳の時点で陸上自衛隊に入隊させられていたのだ。

 その時点で親は他界していたものの、上司にそうするように依頼していたようで。勿論裏口入隊という形でだ。若い自分をどうやって入隊させたのかは知らないが。

 

「まあだから、全く悲しくなんてないわ。というか正直肉親っていうのが、どういう人間なのかもいまいち実感湧かないわね」

「それはそれで悲しいのだ……」

「別に悲しいなんて思ったことはないわよ」

「唯奈さんにはその、お父様やお母様のように思える親しい方もいないんです……か?」

「父親のように……」


 そう言われて全く思い当たる節がないわけではなかった。

 父親のように親しい人間は確かにいた。それでもそればかりは話すつもりにはなれない。


「いないわね」

「そうなのか……」


 勘が鋭い凛音であるが今回ばかりは何も気が付かなかったようだ。

 それは当然だといえる。何故ならば、誰が相手でもそう思わせるようにずっと取り繕ってきたからだ。自分の弱みになることは決して晒さない。


「それなら、リオンがユイナのニクシンになってあげるのだ」

「いや無理でしょ常識的に考えて」

「ところでニクシンとはなんなのだ? ニクシミの仲間なのか?」

「それ多分真逆の意味合いだよ……」

「そうなのか? ならば歳をとった人とは逆で、若い人のことなのか?」

「何言ってんの? アンタ」

「だってニクシミの反対なのだろ? ニクシミは歳をとると肌に突然出現するものだと、とーさまに聞いたことがあるのだ」

「……色々と間違ってるわよアンタ」


 世間や常識を知らない十四歳児。父親がまともでないと娘もこうなってしまうのか。しかしまあ生涯肉染みとは無縁そうな筋肉の塊にも思えるが。


「父親みたいな、親しい人物……か」


 話が脱線し自分の家系から凛音の興味が失われる。唯奈は心の中にわだかまる形にできない何かを感じていた。

 それを頭を振り乱して振り払う。もう過去の話。いつまで引きずるつもりなのだ。

 


 ◇



「楽しそうで、何よりね」


 凛音たちの微笑ましい絡み合いを遠巻きに見ながら真那は立ち上がり、浴槽からタイルへと乗り出す。

 そうして体を洗おうと流し台に腰を落ち着かせた。


「ここが、銭湯なのですね……」


 身体を洗おうと石鹸に手を伸ばしたタイミングで、いつの間にか後ろに控えていた泉澄に声をかけられた。


「初めて? 私もだけれど……泉澄、なんでそんな格好をしてるの?」

「え、えっと、何かおかしいでしょうか?」


 振り向いたその場所に膝をついていた泉澄。彼女の手にはタオルと石鹸の入れられた桶があるが、問題なのはそこではない。彼女は上から下まで服を身にまとっていた。

 流石に戦闘衣は着ていないものの清潔なブラウスを第一ボタンまでしっかり留めている始末だ。


「何から何までおかしいわ。どうして脱がないの?」

「どうして、と申されましても……」

「一緒に入ればいい」

「め、めっそうもありませんっ、僕は時雨様にお仕えする身……したらば時雨様と婚姻関係にあられる真那様にもお仕えする身であることは、言葉にするまでもございませんっ。そんな僕が真那様の入浴なさる浴槽を使うなど……」

「待って、私と時雨は婚姻関係にないわ」


 自分自身が認知していなかったその誤った認識に真那は不審に思って指摘する。

 

「そうなのですか? ですがネイさんが、真那様は時雨様が長らくストーカーを続けている相手であると……」

「その話も初耳だけれど、それは婚約関係ではないと思うわ」


 そもそもストーカーなどという話もネイの悪ふざけなのだろうが。それを信用してしまう泉澄も相当に問題があるようだが。


「何であれ、そんな恐れ多いことは僕にはできません。僕は貸していただいた個室にあるシャワーで身を清めます」

「いいから脱いで」


 恐縮したように手を前に掲げて拒む泉澄のことなど気にもとめず、真那は問答無用で彼女のブラウスのボタンをはずした。

 

「あ、え、その……!」

「今入らないと二度手間よ」


 そう言い聞かせながらも服を剥がすと泉澄の真っ白い肌が露出する。

 しばらくその状態でじっと見つめていると、彼女は観念したように自分から服を脱ぎ出す。あまり肌を晒すのを慣れていないのか耳まで高揚させながら全ての衣類を脱いだ。

 それらを乾いた桶に収め、彼女はタオルで体の前面を隠しながら真那のすぐ後ろに体をおろす。


「そ、その真那様……もしよろしければお背中をお流しさせてはくださいませんか……?」


 羞恥に気絶してしまうのではないかと錯覚するほどに顔を赤くしながらも彼女は石鹸を取り上げる。彼女はそれを泡立て優しい手つきで真那の背中に触れさす。

 

「真那様、とても綺麗なお肌をしていらっしゃるのですね」

「別にそんなことはないと思うけれど……それを言うなら泉澄だって……」


 そこまで言いかけて真那は尻目に伺った彼女の肩にある大きな傷を見つける。

 思わず言葉に詰まってじっと見つめていると、視線に気がついたのか泉澄は真那の背中を流す手を止めて苦笑いを浮かべた。


「ああ、これですか……これは救済自衛寮にいた時に、その」


 そこまで言いかけて彼女は押黙る。彼女にも色々な過去があるのだろう。それはきっと真那が抱えているものよりも重たいものなのかもしれない。


「見苦しいものをお見せして申し訳ありません……っ」

「見苦しくなんてない。ありがとう。泉澄、私も流してあげるわ」

「い、いえ! そんな滅相も……!」


 彼女がぬるま湯で真那の背中を流し終えたところで、真那は泉澄の手首を引く。

 自分が座っていた椅子に座らせ遠慮する彼女の背中を今度は真那が流すことにした。その背中にもいくつかの小さな傷痕があった。


「……どうして時雨があなたに優しくするのか、わかった気がするわ」

「え?」


 しばらく申し訳なさそうに頭を垂れていた泉澄は、真那のふと漏らした言葉を耳にし目線を送ってくる。

 真那はこれを彼女に話すべきかどうか一瞬逡巡し、だが間を開けることなく口を開いた。


「時雨もね……救済自衛寮の元孤児なのよ」

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