第67話


 時雨を乗せたブラックホークはレッドシェルターから二キロほど離れた地点に着陸した。さすがにヘリで接近しては目立ちすぎるという計らいである。

 目前には先ほどヘリの内部から遠めに見えていた巨大な建造物がそびえていた。間違いなくこれがデルタボルトだろう。


「デルタボルトがあるのは、レッドシェルター外部なんだよな?」


 目視した限りその施設の外周に高周波レーザーウォールはなく、絶対不可侵のウォールはデルタボルトを跨ぐ形でその背景と化している。

 この区画は発展途上区画で誰も住んでいない場所だ。イモーバブルゲート建築前の高層建造物がそのまま立っているため視界は悪い。

 すでに廃屋となっているそれらの向こう側にデルタボルトは存在しているのだ。


「はい。厳戒監視エリア指定にはなっていますが、高周波レーザーウォールの外側ではあります。侵入自体は難しくはないでしょう」


 無線機からシエナの声が響く。


「自体は、というのはどういうこと?」

「問題なのは、デルタボルト施設内にどれだけの敵勢力が存在しているかです。私たちレジスタンスも、航空支援部隊、陸上遊撃部隊が現在進行形でこちらに向かってきていますが……装甲車両や戦闘ヘリで強引に押し切るのは得策ではありません。少なくとも敵勢力の規模を見定めるまでは」

「つまり何が言いたいの?」

「銃撃戦はあくまでも最終手段となります。できれば防衛省側に感づかれることなく隠密に潜入し、目的を達成できればそれに越したことはありません」


 そこで時雨たちの出番となるわけだ。


「そういうことになる。お前たちにはデルタボルトへの潜入、さらにそのコア、及び狙撃手の抹殺を命ずる」

「俺たち潜入任務ばかりやってるな」

「文句言わないで、時雨」

「地上遊撃部隊は施設外部に待機させる。航空支援部隊も同様だ。遊撃部隊は分隊に分ける。アルファ部隊の統括は峨朗、ベータは俺が遠隔指示を出す。デルタの統括は酒匂陸上幕僚長だ。もうすぐ遊撃部隊が到着するはずだ。その場で待て」


 棗の指示に従いその場で待機する。それから十分ほどして十台ほどの装甲車両がコンボイを形成して公道を走ってきた。

 自動車という概念が一般層には薄れかけている現代では、それらが隊列を組んで走る姿は相当目立ったことだろう。


「防衛省にも気づかれてしまっているんじゃないか?」

「その心配には及びませんぞ」


 一個分隊を率いる酒匂泰造が敬礼を返してくる。


「市街地地点は地下運送通路を経由してきましたゆえ。警備アンドロイドに探査されることはありますまい」

「それにしてもかなりの数ね……戦車はないけど、これじゃ本格的な戦争とそう変わらない」

「はっはっは、もっともですな。とは言えスファナルージュ殿の仰っていた通り、我々が出動するのは最終手段ですからな。そんな事態にはならぬことを願うほかありませんな」

「もし最悪のシチュエーションに陥った場合、俺たちが後方支援をする。移動迫撃砲14基、武装部隊3個分隊。もし内部敵勢力が手におえない規模であった場合は合図をしろ。俺たちが攻め込む」

「そうはならないようにするさ」


 アサルトライフルを担いで真那と唯奈に目配せをする。これ以上、遊撃部隊が施設に近づけば目視で気づかれてしまう。

 ここからは潜入組の仕事だった。


「いいか。この作戦に失敗は許されない」

「直前になってプレッシャーかけてくるんじゃない」

「今はプレッシャーなどと言ってはいられない状況だ。君たちの行動が雌雄を決する」

「それなら、もうちょっと考えてから行動したほうがいい気がするけどな」

「そんな悠長なことは言っていられん。佐伯・J・ロバートソンがどれだけ狂っているか判別がついていない以上はな。旧東京タワーが拠点であると感づかれていない保証はない。いつ弾頭を撃ち込まれてもおかしくない状況だ。その状況からも推察できると思うが、今回の潜入任務において、斥候部隊による情報は存在しない」

「解っているさ。そのためにも俺たちは連中に気づかれちゃいけない。そうだろ?」

「物わかりが良くて助かる」


 簡単に言ってくれるよ。そう思いつつ時雨たちはデルタボルトへと接近していく。遠目から見ていたその巨大な姿が目の前に迫っていた。

 廃ビルの陰から身を乗り出し周囲に人影がないかを確認する。


「嫌に殺風景ね……」

「……棗、外部に敵陣営の姿は見受けられないわ。無人のブラックホークが一機あるけど……」

「この場所を目立たせないためだろう。その機体はおそらく佐伯・J・ロバートソンのものだ。エンジンに時限式のプラスチック爆弾を仕掛けておくんだ」


 離脱を阻止するべくか。指示されたままにブラックホークに接近する。誰も乗っていないことを再度確認してその機関部にC4爆弾を設置した。

 

「佐伯の専用機しかないにしても内部に奴らしかいない保証なんてない」

「当然。もしかしたら私たちを油断させるためのブラフかもしれないし」

「本拠点がデルタボルトによって壊滅させられた事実。それに私たちが気がつくのは必然だもの。私たちが攻め込むことも前提としているでしょう」


 真那と唯奈の警告を頭に刻んで先陣を切って敷地内に足を踏み入れた。特にセキュリティらしいセキュリティもかかっていない。


「拍子抜けしますね。レッドシェルター内部ではなく外部にある時点でかなり高度なセキュリティが働いていると思っていましたが」

「正面ゲートにセキュリティがかかってないのは気になるけど。でも内部には掛かってるんじゃないかしら」

「いえ、インターフィアで観測した限り、それらしきものもありませんね」

「それらしいものがないって、館内にドローンやアンドロイドも巡回していないのか?」

「その類のものは見受けられませんが……少々気になりますね」


 実際にネイの言うようにインターフィアによって情報化された視界の中に動く物は存在しない。ドローンもアンドロイドも。人間もだ。


「……罠の可能性もある。十二分に警戒を怠らないで」

「確かに奇妙だが、今は館内の探索が先決だ」


 デルタボルト内部は大量殺戮兵器にしては閑散としている。精密機器などがとくにあるわけでもなく無機質な通路が続いているばかりだ。


「識別装置付きタレットの類もありません。さすがに妙ですね……」

「セキュリティが外されているというのは、私たち以外の誰かがそれを解除したということ?」

「誰かって……佐伯・J・ロバートソン?」

「いえ、そうだとすればタイムラグが大きすぎます。佐伯・J・ロバートソンがこの施設に忍び込んだのは、短く見積もっても数時間前でしょう。セキュリティが再設定されていないことには違和感を覚えます」


 であるならば時雨たちの前に誰かがこの施設に出入りした。そういうことか。


「ッ、敵よ……!」


 不意に真那の悲鳴にも似た声が響く。はっとして周囲を見渡す。通路の奥から数人の人影が飛び出してくるのが見えた。

 見間違えることもなくU.I.F.である。足音は後ろからも反響してきていた。薄暗い通路を照らしているものはU.I.F.が持つライフルライト。


「敵影を確認。殲滅を開始」

「やっぱり罠か……!」


 逃走経路を遮断する強襲。無数のマズルフラッシュが迸る。


「ムーブ! 散れ!」


 遅れて銃撃が響いた瞬間、その場から転がるようにして飛び出した。


「クソッ! タリーホー! 12時! アサルト!」


 瞬時に包囲網が緩い地点を見極める。奇襲のタイミングを見計らっていたU.I.F.たちだ。当然、物理的に突破できそうな場所はない。

 なりふり構ってられずグレネードを手に取り投擲する。


「グレネードを観測――」


 司令塔らしき人物が無機質的な抑揚のない指示を上げる中、グレネードが炸裂する。

 火薬と爆風の代わりに迸ったものはまばゆい閃光と大音響。スタングレネードによる迎撃にU.I.F.たちが一瞬怯む。


「今だ!」


 早くも体勢を立て直したU.I.F.が二人ばかり立ちふさがる。

 乱射されたアサルトライフルの弾丸を回避しながら肉薄し、懐に入り込む。そして片方の人物の首元めがけてナイフを振り上げた。反射的に手の向きを変え柄で男の顎を右下から叩き上げると、首関節に柄が食い込んだ。

 さすがのU.I.F.もアーマーに覆われていない首は弱点であるようで、抵抗するまもなく背中から倒れこむ。

 そのまま振り払った勢いでナイフを投擲した。吹き飛んだ刃物はもう一人の首元を僅かに逸れアーマーにはじけて粉砕する。

 僅かの狼狽が兵士に生まれた。時雨はその隙を逃さず回転からの蹴撃を側頭部に炸裂させる。バイザーが粉砕することはなかったが脳震盪でも起こしたのか兵士は昏倒する。


「二人ダウンッ」

「どきな、さい!」


 すかさず接近した唯奈。彼女はU.I.F.の側頭部に銃床を叩き込み突き飛ばす。強引に包囲網に穴がぶち明けられる。


「皆! こっち!」


 振り返ることなく包囲網に生まれた逃走経路から飛び出した。


「敵影が逃走。総員、追跡開始」


 後方で淡々とした指示が出される中、時雨たちは弾丸を回避しながら施設内を駆け回る。次第にU.I.F.たちの声が遠のいていった。逃走に成功したのだ。


「一体、なんなんだ」

「静かに。場所を捕捉されるわ」


 一息つこうとして真那に止められる。息を研ぎ澄ますと無数の駆け足が反響してきていた。時雨たちを捜索しているに違いない。


「……行ったわね」


 その足音が聞こえなくなったところで真那が小さくため息をつく。時雨もまた構えていたアサルトライフルを降ろし目視で敵影がないかを探った。


「案の定としか言えないけど、罠だったってわけね」

「罠があってしかるべき状況よ。こうなることも想定済み」

「問題なのは、あそこまで敵の接近に気が付けなかったことね……」

「しかしおかしいですね。私の算出した館内回路をたどれば、後ろを取られることはなかったはずなのですが。私たちの後方地点にまで接近するには、峨朗様方の監視エリアを通過しなければならなかったはずです」

「しかし、無線の一つも入ってないぞ?」

「……無線、か」

「どうした?」


 唯奈はふと何かに感付いたように自分のビジュアライザーを掲げる。すぐにザーザーという砂嵐が聞こえてきた。


「……やっぱり。この施設、無線を強制的に遮断させられてる」

「どういうことだ?」

「これまでノヴァと遭遇してきたとき、いつもECM効果が生じていたでしょ? 大気中のノヴァウィルスによるジャミングが」

「なるほど。この施設内でもそれが発生しているということですね」

「でもどうして? ここにもノヴァがいるというの?」

「いえ。このデルタボルトから発射するプロジェクタイルは、ナノマシン弾頭であるはずです。その含有量を調節している施設もまたこのデルタボルトなのでしょう。それによりごく微量のナノマシンが大気中に含まれてしまっています。そのため電波妨害が起きていると考えるのが妥当ですね」

「ということはさっきの奇襲も、峨朗たちから連絡が入っていたかもしれないということか」

「幸正のおじさんたちも奇襲組を観測したと思うから、きっと乗り込む態勢は整えていると思う。でも問題なのはその強襲のタイミングよ」

「合図をするのは私たち。遊撃部隊が出そろっていても私たちが合図をしないことには、筋肉ハゲダルマたちは強撃をしかけらんない」


 確かにそういう話をしていた。つまり現時点では幸正たちの救援は受けられないということ。

 しかして敵勢力に捕捉されてしまった以上、もはやこれは隠密任務ではない。銃撃戦も不可避だろう。遊撃部隊の支援なしにして作戦を決行できるとは到底考えられない。


「……どうする? 一度峨朗たちと合流するか?」

「アンタ馬鹿? 私たちが離脱できないように建物全体に包囲網が敷かれてるにきまってる」

「この施設内にも、ナノマシンウィルスの濃度が極端に低い場所があるはずです。そこに向かい無線を復活させるのが得策かと」

「ウィルス濃度の薄い場所……でも、そんな場所あるの?」

「あるとすれば射撃点でしょう。大気中のナノマシンが発射の際のインパルスで誘爆してしまう可能性がありますので。おそらく射撃管制室は無菌状態になっているはずです」

「なら目指すは管制室か……結局支援なしで向かうしかないわけだな」


 ネイが館内簡易マップを展開する。どうやら時雨が今いる場所からそう離れてはいないようである。

 そもそもとして管制室とはすなわちデルタボルトの中核ということだ。狙撃手はその管制室でデルタボルトを使用したわけだ。そこに狙撃手がまだいる可能性もある。


「距離はさほど離れていませんが、やはり、管制室ゲートには監視の目がありますね」

「中武装兵が五人か……やれるか?」


 巨大かつ重厚なゲート。幾重にもセキュリティが重ねられていそうなそのゲート付近にはU.I.F.が五人見える。当然皆、武装をしていた。


「不意を突けば可能ではありますが確実性には欠けますね。時雨様がデコイとなって、真那様たちを送り届けるのはいかがでしょう」

「確実に死ぬ」

「いいではありませんか。真那様たちは時雨様の屍を越えていくのです。マゾフィストの時雨様ですから、踏まれるのもまた乙なものではないでしょうか」

「ふざけてる暇はないだろ」

「静かにして」


 影から様子をうかがっていた真那の叱責を受ける。

 

「どちらにせよデコイ作戦じゃここは突破できないでしょ」

「ただの自衛隊員ならともかく相手はU.I.F.。強行突破するには少し硬すぎるわ」

「閃光弾はあるか?」

「さっきの迎撃の際に使ってしまったわ。通常のグレネードもあるけれど……あの数だと瞬時に沈めるのは難しそう」

「私は閃光弾も一つ余ってるけど。でもフラグと効果は同じでしょうね。さっきの目眩ましもいち早くU.I.F.は態勢を取り戻してたし。それなら使わずに奇襲したほうが効果的なんじゃない?」


 確かにU.I.F.のヘルメットバイザーは遮光性に優れている。完全に閃光弾の光をシャットアウトできるわけではないだろうし絶大な効果は期待できない。

 U.I.F.に紛れて自衛隊員も数人いるが彼らの目を奪った所でU.I.F.がいる以上はしとめられる保証もないのだ。


「少々強引ではありますが、U.I.F.の気をそらすのが良いかもしれませんね」

「この場所から気が付かれず触れるものって言ったら……あれか」


 視界に止まったのはU.I.F.たちのさらに奥にある巨大なセキュリティゲート。

 

「そうと決まれば善は急げです」

「ネイ、インターフィア」

「はい。内構造的に、セキュリティ自体はそこまで高度ではありません。2、30秒で完了いたします――――サイバーダクト」


 掲げたアナライザー前方に無数のセキュリティウィンドウが出現する。ネイがその解除を始めた。


「あのゲートのセキュリティロックを解除する。兵士たちが気を取られた瞬間が唯一のチャンスだ」

「ずさんな計画だけどまあ仕方ないわね。爆弾じゃ、私たちも巻き込まれかねないし。殲滅してからセキュリティを解除してちゃ、最悪増援部隊がやってきかねない」

「私が右二人の突撃兵を仕留めるわ。あなたたちはそれ以外をお願い」


 アサルトライフルを掲げた真那。その隣で唯奈がナイフを抜刀する。


「そろそろだ、準備はいいか」

「ええ」

「残りセキュリティ4つです。3、2……1。解除しました」

「行くぞ」


 セキュリティゲートが上昇し始める。それに気を取られ振り返った兵士たちに接近を試みた。駆け足で肉薄し装甲の薄い首元に手刀を叩き込む。接近に気が付いた兵士が怒涛を荒げる。

 ライフルから弾丸をまき散らす兵士に急接近、ヘルメットを鷲掴み硬質な地面に力任せに叩き付ける。バイザーにわずかの亀裂が走り破片が顔面に突き刺さったのか真っ赤な飛沫が迸った。

 アサルトライフルがその手を離れるのを見計らって、すかさずそれを蹴り飛ばした。顔面にもろにそれを食らった別の兵士。U.I.F.ではない自衛隊員の彼はそれに堪えられなかったように仰け反る。その人物の顎に回転蹴りをお見舞いする。

 そのまま冷たい地面に叩き据え、背中に馬乗りになる形で首元を腕で拘束した。首の骨がへし折れる寸前で解放すると窒息したのかそのまま地面に顔面から倒れ伏す。


「皆、無事か?」

「ッ!」


 唯奈が兵士に拘束されているのが見える。後ろから羽交い絞めにされ首を絞めつけられていた。

 逆手に持ったナイフを兵士の大腿部に突き立てたようだが、当然非力な刃物の攻撃などその装甲を破るに至らず逆にへし折れる。


「くそっ!」


 投擲したナイフが首元をそれる。


「いつまでもベタベタ触ってんじゃ、ないわよ!」


 その回避モーションが隙を生んだらしい。一瞬拘束が緩んだ瞬間を見計らって唯奈は踵を股間部に叩きこむ。

 のけぞり後ずさった兵士の顎下に唯奈はさらにライフル銃床による力任せの殴打を叩き込んだ。兵士はそのまま昏倒する。それで倒しきれなかったのかU.I.F.がナイフを突き上げてきた。


「くっ……!」

「伏せて!」


 反射的に屈んだ唯奈の上方を弾幕が駆ける。空間を薙ぎ払った弾丸の嵐が兵士の右膝を抉る。それを無力化するのには時間がかからなかった。

 叩き伏せ地面に五人の体が転がっているのを確認する。何人か絶命しているがこれは免れえない犠牲だったと言えよう。


「何とか切り抜けたな」

「油断してる余裕はないわ」


 無数の足音が接近してくるのを耳にして気を引き締め直す。


「よし、増援が来る前に急いで、」

「動くなッ!」


 開き切ったセキュリティゲートを越えようとしたとき、張り詰めた銃声が轟く。

 反射的に近くにいた唯奈を突き飛ばして飛来した弾丸を回避させる。遺体の合間を転がりながら声の地点から距離を取った。


「動くなと言っている!」

「っ……」


 ハンドガンの銃口を向けていたのは地面に伏せった自衛隊員のうちの一人だった。位置的に時雨が昏倒させた隊員。どうやら完全に意識を失わせられていなかったようである。

 U.I.F.ではない彼は『鉄のような無人軍隊』の異名を持たぬただの局員であるが、それでもなお歴然たる冷静さでこの状況下における最善の策に出た。


「少しでも動けば、この女を始末する」

「…………」


 足首を鷲掴まれて地面に引っ張り倒されたのか横転した真那。その首元に銃口が据えられた。

 兵士に気づかれない程度で真那にアイコンタクトを取る。抵抗するなという指示だ。この局員とてそうそう隙を見せることはあるまい。

 真那は時雨の指示に従うべきだと判断したのかナイフに掛けようとしていた手を降ろす。人質に取られている状況で臆さずそこまで平静を保てている真那には感服するが、最悪な自体であることに変わりはない。

 加速化した思考の中、この動静における打開案を模索した。

 

「これはまずい状況ですね」

「こちら、管制基地監視分隊。敵勢力、レジスタンスと思われる人物を捕捉した。オーバー」


 局員がゆっくりと立ち上がりながら無線をつなぐ。

 どうやら時雨たちの使っている周波数とは別のものを用いているためか、ECM効果関係なく返事が返ってきているようだ。そこから考察するに、このECM効果は意図的に発せられているものだと考えられる。

 彼らの存在のこともあるし、デルタボルトにおける極端な静寂は防衛省の罠であったことは明白だった。


「分隊は半壊滅。U.I.F.、分隊ともに他構成員は全滅した。至急増援部隊を要請する」


 まずい、このままでは駆けつけてきた増援に追いつめられる。この場所は袋小路だ。管制室に潜り込むことができるかもしれないが真那が人質にとられている以上は難しいだろう。

 目線でネイに合図をする。インターフィアが発動され兵士の武装が視界の中で情報化投影された。

 

「予想通り防弾チョッキを着用していますね。また腕、脚にも同様に防弾用プレートが仕込まれています。U.I.F.のアーマーほどではないにせよ通常弾丸では貫通できないかと」


 ネイのその言葉に兵士は何も反応しない。おそらくは角膜操作レベル2以下のARコンタクトを使っているのだろう。これは好都合だ。


「四肢を狙うのは得策ではありませんね。とは言え露出している手首や足首をピンポイントに狙うのも難しいでしょう」


 となると狙うべきは頭部か。真那の安全を確保するためにも一瞬で絶命させたいところではある。

 ヘルメットを装着しているため的は小さいが可能性はゼロではない。

 だが角度的に脳髄を確実に狙える保証はない。だがどうやってアナライザーを使うかが問題だ。アナライザーを掲げる前におそらく敵は引き金を引く。

 

「仕方ない。上手くいくかわからないけど、あれをやるしかないわね」


 小声で唯奈が耳元に話しかけてくる。


「さっき却下にされたデコイ作戦。私が囮になる。アンタがあの堅物を何とかして」

「……わかった」


 この状況、四の五の言ってはいられない。目線だけでアナライザーシリンダーに収まっている弾丸を確認する。

 もし誤ってマイクロ特殊弾でも撃てば兵士と一緒に真那まで粒子と化してしまう。それが通常弾であることを再確認してゆっくりと息を吐き出した。弾丸は一発しか装填されていない。

 

「っ……行って!」


 不意に唯奈がその場から駆け出した。そうして手に持っていた何かを頭上に放擲する。

 視界が真っ白に染まった。頭がクラッシュするような光の衝撃。閃光弾が炸裂したのだ。

 その場にいた者たち全員が怯み目を抑え込む中、駆けだす。光の中でもインターフィアによるサーモグラフィ機能で兵士の姿ははっきりと目視出来た。

 一発のみの賭け。失敗すれば真那の命はない。

 確実に仕留められる位置にまで接近しトリガーを振り絞る。一瞬時キィン! という鋭い音が爆ぜた。同時に兵士の頭部から何かが吹き飛ぶ。

 赤飛沫ではなく――――ヘルメット。


「しま――――!」

「死ね!」


 閃光弾でのけぞっていた兵士が怒声とともに真那の顔面に銃口を向ける。再装填する暇すらない一瞬の攻防。兵士の指は確かにトリガーにかかった。

 

「やめ──」


 視界のなかでスローモーションに流れる光景。確実に手の届かない位置でトリガーが振り絞られていく。外すことはないであろう完璧すぎる弾道の先に真那。助けられるはずなど、ない。

 銃音が轟く視界の中で鮮血が吹き散らされる。間欠泉のように勢いよく吹き出す赤い飛沫は、何故か兵士の右ひじあたりから噴出していた。


「な……ぐぁ、ぁぁああああッッッッ!!!!」


 射出された弾丸が真那の頬をかすって壁を抉る。

 何が起きたのか理解が及ばず放心していた局員。右腕が欠損していることに気が付き鼓膜をつんざくような悲鳴を轟かせた。


「……ッ!」


 その隙を真那は見逃さない。拘束に歪が生じた瞬間ナイフを抜刀し局員の右足を切りつける。

 腱が切られたのか局員は血をまき散らしながら床に横転した。すかさず真那ではない誰かが兵士の上に覆いかぶさる。


「悪いが少し眠っていてもらうぞ」

「船坂──!」


 首を絞め意識を失わせる。その人物はまぎれもなく船坂義弘であった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る