第68話
「遅れてすまない。全員生きてるか?」
その屈強な背中に見間違いなどありえない。それは間違いなく船坂義弘のそれであった。
「な、何故あんたが」
「今は話している暇がない。増援部隊がここに向かっているのを確認した。至急任務の再開を命じる」
血の付着したブレードを収めた船坂は時雨を制して管制室へと駆ける。
はっとして耳を研ぎ澄ますと確かに無数の足音が接近してきていた。足音からして重武装兵だろう。今ここを襲われたらひとたまりもない。
「真那、大丈夫か?」
「ええ。それより急いで」
真那を助け起こしそのまま船坂の背を追う。すでに唯奈も潜入したのか彼女は全員が入室したのを見計らってセキュリテイゲートを閉じた。
「ネイ、セキュリティの復活を急げ!」
「すでに行っています。数十倍にセキュリティを重ね掛けしておきました」
ちょうどセキュリティの復活に成功したところなのか、ネイが小さく息を吐き出す。
「ひとまず、一安心か……」
「一安心かじゃないわよ。敵拠点にいる以上油断はできない。それにこの管制室、セキュリティゲート以外に脱出経路がない。増援部隊が攻めてきたら、私たちは文字通り袋の鼠」
「今は、できるだけ早急に目的を果たすことが優先。まずは幸正のおじさんに連絡をつけないと」
「連絡はすでにつけている」
船坂のビジュアライザー上には幸正の仏頂面が出現していた。
「現状報告をしろ」
「もうわかってると思うけど、このデルタボルト館内のいたるところで、ECM効果が生じてる。今いる管制室くらいしか、満足に無線は使えないわね」
「目視だが、一個中隊ほどのU.I.F.がその場所に向かっているのを確認した。おそらくは増援部隊だろう。貴様らの正確な現在位置を報告しろ」
「B5地点ですね。この建物のちょうど中央です」
「了解だ。すでに酒匂のデルタ遊撃部隊、また皇が遠隔指示を出しているベータが突撃を開始している。当初の作戦とは違うがな」
「現在、A4地点を移動中ですぞ。敵の小隊と接触しているところです」
無線内で幾重にも銃声が響いていた。
「俺の率いるアルファ部隊は、施設外にて待機する」
幸正が介入してくる。
「有事に備えて?」
「ああ。何が起きるか解らんからな。ここから指示を出す」
「施設外部からの敵の増援はあるか?」
「航空支援部隊、何か見えるか?」
「こちらブラックホーク038.現状索敵レーダーに反応はありません」
「現状はなんとも言えんが、俺たちが攻め込んだことはすでに防衛省に感知されているはずだ。向かってきてはいるだろう」
「最短ルートで航空増援が到着するとすれば、あと二十分くらいね。それまでに任務達成して離脱しないと」
「そうしたいところだが、問題がいくつかある」
時間的猶予はまだある。そう言おうとした所で神妙な面持ちで船坂が眉根を寄せる。コンソールを操作していた彼は万策尽きたとでも言わんばかりに拳を押し付ける。
「どうした?」
「第一に、抹殺対象である弾頭狙撃手の姿が見えない。既に離脱しているようだ」
「それはいい。デルタボルトの破壊を急げ」
「それに関しても問題がある。デルタボルト発射システムへのアクセスができない。アクセス機構が破壊されている」
「となるとハッキングも不可能ですね。コードの修復を試みるにしても……時間が圧倒的に足りません」
「くそ……佐伯も俺たちがコアの破壊をすることは読んでいたということか」
当然と言えば当然だ。レジスタンスがこの場所に乗り込む目的なんてデルタボルトを不能にすること以外に存在しない。デルタボルトを用いて駐屯地を陥落させた時点で彼らはこの自体を推測していた。
いやそもそもこうしてレジスタンスを追い詰めることが目的だったんだろう。まんまと敵の策に嵌められたわけだ。
「どうするんだ?」
「ならば施設そのものを破壊するほかないが、それだけの規模の施設を消失させられる爆薬はない」
「ここには多分、ナノマシン弾頭がいくつも備蓄されてるんでしょうけど……」
「ナノマシンの効果範囲が正確に測れない以上それは無理ね。最悪、一般市民を巻き込みかねないもの」
その危険は冒せない。それ以前にナノマシンなんて使ってしまっては防衛省と同等の存在になる。ナノマシンは人類の存在を脅かす大量虐殺兵器なのだ。それにだけは手を付けてはならない。
「だが、それならどうすれば……」
「この施設には、どうやら大規模な核融合炉が存在するようです」
「核融合炉?」
「おそらくはデルタボルトによるレールガン射出のためのエネルギー源泉でしょう」
「核融合炉……使えるかもしれないわね」
「核融合炉をうまく暴走させられれば、この施設を爆破することができるかもしれません。時雨様たちも巻き込まれる可能性がありますが……」
「他に案はなさそうだし可能性に賭けよう」
真那や唯奈の表情から異論がないことを確かめる。
「いいだろう。では作戦内容を変える。核融合炉を暴走させその場から至急離脱しろ。酒匂、聞こえたな?」
「了解しましたぞ。我々は小隊を殲滅したのち直ちにここから離脱しますな」
「通信終了」
そこで無線が途切れる。航空増援部隊が到着するまで時間がない。迅速に行動する必要があった。
「核融合炉にはどうやってアクセスする?」
「この管制室から出来るみたい。でも、たぶん核融合炉へのアクセスとなると相応の権限が必要そう」
「それに関してはサイバーダクトでどうにかできると思います。時雨様」
「ああ。無理はするなよ」
「ここは無理しないとどうにもならない逆境ですよ。それに一分間あれば、この程度のセキュリティくらい突破できます」
ネイのサイバーダクトは一分以内にセキュリティを解除できないと、そのセキュリティに抹消されてしまう。回線が遮断されてしまうのだ。
アナライザーから離れられる時間は六十秒のみ。それを過ぎればネイは戻れない。
「時雨様」
「ああ」
ネイに促されアナライザーを掲げる。そうして管制モニターへと銃口を向けた。
瞬時に無数のウィンドウが出現する。その出現速度よりもネイの解除技術のほうが数段早い。次第に視界に映っていたウィザードの殆どが失われた。
「何、これ」
最後のウィンドウが消えた瞬間、不意に視界に真っ赤な表記が出現する。『警告』という核融合マーク付きの表示。
「エマージェンシーコール、発令」
その電子ノイズのような声が聞こえ衝撃が電光のように閃いた。
雨のような戦慄がきりなく叩き心臓が早鐘のように加速する。頭の中で警鐘がグワングワンとなっていた。
何故なのかはわからない。その声を聴いた瞬間、時雨の脳裏には長い黒い何かが張り付いていた。風にあおられ翻るそれは、髪。
「時雨? どうしたの?」
「……なんでもない」
訝しげに声をかけてくる真那によって我を取り戻す。今は集中しなければ。
「未登録のアクセスコード。確認できません。核融合炉へのアクセス、拒否」
「何この声……?」
「おそらくはデルタボルトを管制するAIですね。レッドシェルターのセキュリティを統括する
「アクセスに失敗したということか?」
「いえ、この程度の妨害工作、AI歴も実力も数段上位のネイ様にかかれば、解除も朝飯前。強行突破させていただきます」
ネイのその言葉と同時に『警告』表記が消失する。そうして複雑な核融合炉の電子回路が表示された。どうやらサイバーダクトに成功したらしい。
「ふっふん。年季が違うのです」
「暴走させられるか?」
「言ったでしょう。AIとして数段上位互換のこのネイ様にかかれば、このような三世代ほどレトロなAIなど、」
「未登録コードによる侵入を観測。非常対処プログラムから最善の対処法を選択――冷却装置を稼働させます」
「冷却?」
「……まずいですね。暴走を抑え込むつもりのようです」
「おい上位互換AI」
「うるさいですね。暴走させますから黙っててください」
ネイがウィンドウに打ち込んだコマンドが瞬間的に抹消されていく。核融合炉の簡易状態モニタにも、それが冷却されていく表示がなされていた。
どうやら技能勝負も芳しくないようである。
「……」
「うるさいと言っているではないですか。黙っててください」
「まだ何も言ってないだろ」
「暴走ですが、失敗です。核融合炉を爆破させることはできなそうです」
「失敗って……ネイ、お前が負けたのか?」
「誰にだって失敗はあります」
ネイがこれまでハッキングやクラッキングなどにおいて失敗するところなど見たことがない。それほどまでに相手のAIの技能が高かったということか。
「核融合炉へのアクセスも失敗したか。万事休すだな」
「敵勢力の航空支援部隊の推定到着時刻まで、もう十分を切ってる。どうするの?」
「皇に連絡をつける。別の作戦を講じる必要がありそうだ」
「そんな時間もなさそうだけど」
唯奈が耐え難い尚早に駆り立てられ早口でそう呟いた。
彼女が懸念しているのはおそらくはセキュリティゲートの向こう側だろう。人の気配が無数に存在する。増援部隊が向こう側からセキュリティを解除しようと躍起になっているのだ。
「酒匂幕僚長たちの部隊を後退させたのが仇となったか……」
「かなり厳重なセキュリティをかけておきましたので、解除するのには手間取ると思いますが。何であれ棗様に連絡をつけるのが最優先事項でしょう」
「状況は把握している」
いつの間に無線がつながっていたのか棗の声が聞こえた。
「今すぐその場から離脱しろ」
「なにも破壊できてないわよ、まだ」
「致し方ない。これでどうこうなるとも思えないが、船坂C4爆弾を」
「プラスチック爆弾ではデルタボルトのコアを破壊することは、」
「解っている。あくまでも一時的な対応策だ。この施設のデルタボルトへのアクセス機構を一時的にでも破壊できればそれでいい」
「でも、それじゃ任務は……」
「任務は失敗だ」
「ッ――――!」
その言葉を耳にして遺憾に眉のあたりにシワを寄せ、唯奈は下唇を噛みしめる。
「そんなわけにはいかないわよ、ここまで来ておいおい逃げ帰るなんて……」
「これは命令だ。任務遂行よりもまずは君たち自身の命を優先させろ」
「…………」
「解ったわ」
不服そうな唯奈に代わって真那がそれに応じた。実際問題、核融合炉の暴走が失敗した以上できることは限られている。
認めざるを得ない。この任務は失敗した。
「C4の設置は完了した。爆破は離脱後、そちらから遠隔で行ってくれ。専用信管を用いている」
「よし、では至急、その場から離脱を――」
「!? 緊急指令! 機影を確認!!」
不意に聞きなれない声が無線に割り込む。航空支援部隊のものだと判断できた。
「支援部隊か?」
「判別は不可! 北東方面、距離27マイル! 数は八を下りません!」
「なんで支援部隊がこんなに早く、まだ到着しないはずでしょ」
「どこかに潜伏していた……? でもそれなら索敵に引っかかったはずよ」
「ブラックホーク038、039、以下全部隊に告ぐ! 全武装のリミッターを解除し、接近する敵影を迎撃しろ!」
「ラジャー、038、確認、各操縦補佐、リミッター解除の報告をせよ!」
「俺たちも敵航空隊の迎撃に加わる。アルファ部隊、10式戦車は機銃を展開、移動迫撃砲に砲弾を装填。RPG部隊はすべてレーザー誘導ミサイルに切り替えろ」
施設外部に控えていた幸正の指示が飛ぶ。どうやらレジスタンス側の迎撃準備も整ったようだ。
従来の迫撃砲とは異なる空地両方に爆撃を行える移動迫撃砲であれば、確かにマッハで航行する戦闘機を撃ち落とすこともできるはずだ。
「敵航空隊、正確な数を識別! ブラックホーク6機、F-3戦闘機3機を確認!」
「戦闘機まで持ち出してきたか。RPG部隊、ミサイルで狙え」
「LGMラジャー、装填完了。迎撃用意、コンプリート」
「敵との距離、8マイル! 迎撃開始!」
「全迫撃砲! 撃て!」
「F-3、1機に着弾! 撃墜! ミサイル、次弾、発射!」
無線越しに凄まじい爆音が轟く。ブラックホークや戦闘機が爆発し撃墜する音が響いていた。
その爆音たちはどこか叫喚地獄のようにも思える。目視できていなくても凄まじい航空戦が勃発されていることは分かった。
「敵影3機の撃墜を確認! 爆発から推測してかなりの爆薬を積んでいます!」
「迫撃砲部隊、次段装填! 発煙弾を使え!」
「戦闘機のミサイル発射確認! 回避する!」
どうやら善戦しているようだ。このままいけば航空支援部隊がすべての増援を遮断してくれるのではないか。
その期待は淡く崩れ去った。
「ミサイルの回避に成功! 反撃開――――な!」
瞬間、空間が抉られるような爆音が轟く。同時に叫んでいた構成員の声も途絶えた。無線越しで何やら遠くで機体が旋回しながら落下していくような音が聞こえる。
「な……自軍038号機! 墜落!」
「何が起きた!」
「死角からの爆撃です! 一体、どこから……ッ! っ、ぁぁぁあああああああああッッッッッッ!!!!!」
その通信も途絶える。連鎖的に機体が墜落していく爆音が轟いていた。
「おい! 返事をしろ! ……クソ、どうなっている!」
「後方から追尾砲による爆撃を受けている! 自軍航空支援部隊が半軍撃墜された!」
これまでにないほどの動揺を見せる棗に、これまた狼狽を隠し切れない様子の幸正の返答。
「何……!? 後方からだと?」
「俺たちは地上部隊の殲滅をする! 酒匂、デルタ部隊の合流はまだか」
「施設内で分隊による包囲網に囲われておりますぞ。合流にはしばし時間がかかりますな」
「クソ! 何がどうなっている! 何故酒匂のデルタ部隊よりも外部に敵勢力が存在しているんだ!」
確かにおかしい。酒匂たちは幸正たちの部隊と別れ施設内へと向かっていたはずだ。そのため彼らと幸正たちの間には敵は存在しないはずなのだ。
であるならば、その地上部隊は一体どこから対空爆撃を行ったというのか。
「こちら041号機! 戦闘機の侵入を許した!」
「く……! 施設に近づけるな! 撃墜しろ!」
「ラジャ、ッ!? な、どこから――――」
爆音。その構成員の声も途絶える。撃墜されたのだ。
「ッ!! 船坂! 今すぐその場から離脱しろ!!」
「だが、」
「戦闘機が施設に向かった!」
新たな増援部隊。だが戦闘機には乗員が数人しか乗れない。その少数でこの施設内に乗り込んでくるとは到底考えにくい。
つまりこの増援は地上からの遊撃ではない。この増援に戦闘機が使われた意味、それは────。
「――――空爆だ!」
「な……」
「ま、待ってよ、この施設にはU.I.F.も自衛隊員大勢いるのよ!? それだのに、連中はこの施設を爆破しようっての!?」
「F-3が施設上空を通過する! 弾頭を投下!」
その言葉と同時、施設が尋常ではない揺れを起こした。数珠をつなぐように連鎖的に爆発と衝撃が勃発する。
反射的に時雨は倒れこんだ真那の上に覆いかぶさった。
「クラスター爆弾か!」
「大型弾体の中に、複数の子弾を搭載した集束爆弾ですね。どうやら、棗様の予測は間違いではないようです」
「本気で、味方ごと空爆するつもりなのか!?」
「ブラックホークの侵入を許しました!」
「ッ! ブラックホークは近づけるな! おそらくコンテナを積んでいる!」
「撃墜しま、ぐぁ!!!」
どうやらその自軍機も爆破されたようだ。
コンテナというのは考えるまでもなくコンテナ型クラスター爆弾だ。先ほどのF-3のものよりも大量の爆弾を内包したクラスター爆弾。そんなものがこの施設に落下すれば……確実にデルタボルトは崩壊する。
「く……! RPG部隊、あのブラックホークを狙え!」
「私たちも、早くここから逃げないと」
時雨が覆いかぶさる形になっていた真那。彼女は時雨の胸元を押し上げるようにして身を起こしながらセキュリティゲートへと促す。すでに船坂たちもその場所に向かっていた。
「ネイ!」
「セキュリティを解除します」
このセキュリティはネイが組んだものであるからか数秒で解除できたようだ。
そのまま管制室から飛び出す。すでにその場所に自衛隊員たちの姿は見えない。おそらく空爆を受けていると理解し離脱したのだろう。間に合うとも思えないが。
「誘導ミサイル、着弾!」
無線越しにひときわ激しい爆音が轟いた。コンテナを積んでいたブラックホークを爆破したのだろうか。
「まずい! 早く離脱しろ!」
「どうした!」
「爆破にまで至っていない! 炎上したブラックホークがデルタボルトへ向けて落下しようとしている!」
「――!」
「高度180フィート! 120! 80!」
「間に合わ、ない――――!」
最大級の衝撃が襲い来る。
直接鼓膜に針でも突き刺されたかのような炸裂音。頭がぐらぐらと振動する中、施設そのものが大きく揺れていた。
瓦礫が落下する爆音。天井が崩落する破砕音。施設自体が崩壊を始めていた。
「走れ!」
「クソ!」
凄まじい上下運動に翻弄されながらただひたすらに出口を目指した。あまりにも脱出経路が長すぎる。真後ろで瓦礫が崩落した。
「ぐぁ!」
「きゃ……!」
その衝撃で時雨と唯奈は跳ね飛ばされる。全身を殴打しながら跳ね転がり、やがて瓦礫の山に突っ込んだ。全身に鈍痛を患いながら瓦礫に腕をついて立ち上がる。
「大丈夫か?」
「最ッ悪だけど何とか。聖真那と船坂義弘とは……はぐれたみたいね」
目の前には瓦礫が山積していた。唯一の逃走経路を無慈悲にも塞ぐように。そんな状態でも施設の崩壊は収まらない。今にもすべてが崩れ去ろうとしていて。
「あーぁ最悪。アンタとの心中か」
「まだ諦めるには早い。指向性マイクロ特殊弾を試す」
「そんなもん使ったら、瓦礫だけじゃなくて天井も崩れるわよ」
「…………」
「まあ、やらなきゃ死ぬし、やるしかないのも事実ね」
「ネイ、」
「指向性マイクロ特殊弾を装填してください。また――――」
再度連鎖的な衝撃が轟く。思わずその場に横転していた。
「第二、空爆――――!?」
「烏川時雨! 上!」
唯奈のその声に時雨は脊髄反射的に上を向く。
すでに時は遅く。再度のクラスター爆撃によって天井が崩落してきていた。
巨大な瓦礫。到底回避しえないほどの巨大な――――回避しようにも激しい揺れでその場から動くことすらできない。
「時雨様、よけてください!」
死を覚悟した。回避などできるはずもなかったから。
「ぁもう最悪!」
全身がぺしゃんこに押しつぶされる前に突き飛ばされる。
背中から瓦礫に突っ込みはっとして視線を上げた。
「!?」
先ほどまで時雨がいた場所に唯奈が横たわっている。
何故、そんなどうして。
さまざまな疑念が頭の中で駆け巡る中で、自制することもできず彼女のもとへと駆けだそうとした。
「ひいら――――」
「あーぁ、ほんと私……バカみたい」
無慈悲にも瓦礫は落下する。
そして呆気なく唯奈は瓦礫に呑まれた。
◇
「なんて、ことだ……」
旧東京タワー総合管制室、ソリッドグラフィ前にて。
棗は自身の足や腕が震えるのを抑えることができずにいた。
自滅必死の空爆。まさか防衛省がそんな手段に及ぶなどと想像もつかなかったのだ。
「応答しろ! 聞こえるか! 誰か応答しろ!」
もうかれこれ数分、すべての隊員たちとの連絡が途絶えている。
数十トン分のクラスター爆撃。ソリッドグラフィにされるデルタボルト。その全貌は半壊し瓦礫の山と化している。
まさかあの空爆で、レジスタンスメンバーが全滅してしまったというのか。
「――――デイ! メイデイ! 聞こえるか! 聞こえたら応答してくれ!」
「船坂か! 現状の報告をしろ!」
船坂の声に棗は思わずどっと安堵感があふれ出してくるのを感じた。どうやら全滅という最悪の事態は免れたようだ。
「気絶しているが聖は生きている。だが柊と烏川の姿が見えない」
「崩壊に呑まれたか?」
「おそらくはそうだろう。この瓦礫ではおそらくもう死んでいる。生きていても助け出すことすらできないだろう」
「クソ……」
心臓を鷲掴まれているような感覚。幹部級の二人を失ってしまった。
「聞こえますかな」
「酒匂か。生きていたのか。デルタ遊撃部隊の状況は?」
「コンテナ空爆の直前に施設外に脱出できていましたが故。半数が崩落に呑まれましたが、もう半数は生存を確認をできましたぞ。戦闘継続は難しいと思われますがな。峨朗殿の班はいかに?」
「俺の部隊も半壊状態だ。最後の戦闘機は撃墜したが弾頭に余りがない。戦闘の継続は不可能だ」
「……わかった、今すぐその場所から離脱しろ。救援部隊を向かわせている」
ソリッドグラフィには、レジスタンスのブラックホークが四機現場に向かっているのが表示されている。
「烏川たちの捜索に尽力したいが……敵の追撃もすぐにあるだろうな」
「どちらにせよ、この瓦礫に呑まれたのならもはや生きていることはないだろう」
そう判断するしかない。ここで時雨たちの捜索に乗り出し追撃戦に移行してしまえば幸正たちの命も危ぶまれる。今は少しでもこれ以上の被害を出さないようにすべきだ。
時雨と唯奈を失ったことは途轍もなく痛い損失だが。失ってしまったものはもうどうしようもないのだから。
◇
「なんすか……これ」
月瑠は目の前に広がる惨状を目の当たりにして驚愕を隠せない。
確かこの場所にあったのはレールガン施設だったはずだ。だのに今視界に広がっているものは無数の巨大な瓦礫ばかりで。
「まさか……佐伯め」
ビジュアライザーから月瑠は聞きなれた声を耳にした。
「エンプロイヤー、これはどういう状況ですか」
「……状況が変わった。霧隠、デルタボルト現場の調査に当たれ」
「調査ですか? ターゲットの暗殺があたしの任務じゃないんです?」
「見ればわかるだろう。そのターゲットがいたはずのデルタボルトは空爆を受けて崩壊した。霧隠月瑠、君はこの場を調査しターゲットの生死を確かめろ」
「調査、って言われても……」
月瑠は、ビジュアライザーに表示されている妙齢の男の顔から眼をそらす。そうして目の前に広がる惨状を目の当たりにした。
「この場所から人を探すのって、超シビアな気がするんですけど」
「探査ドローンを配備させている。生体反応があれば場所の特定ができるはずだ」
確かに上空には数十機のドローンが巡回している。U.I.F.が瓦礫の中から人間の遺体を発掘している姿も見えた。
瓦礫の下から出てきている人間たちはその大抵が既に死亡しているようだが。この瓦礫の下敷きになっているのなら、もはや生存者はいないと考えていい気もする。
そう答えようとしてだが月瑠は考え直す。ジャパニーズニンジャとしてもしもの場合があってはならない。依頼内容はターゲットの確実なる暗殺だ。
ターゲットの死亡を確認できていない以上、タカをくくるのは危険な行為だ。
「この瓦礫の中にいる人間はターゲットかレジスタンス、防衛省の人間だけだろう。霧隠月瑠。もしU.I.F.及び自衛隊員以外の人間が見つかったら、ターゲットであるか否か関係なく殺害せよ」
それならばターゲットが誰であるか解っていない現状であっても何とかなりそうだ。
防衛省関係者以外の人間をすべて殺害していいのならば、もはやターゲットが誰であるかなどはこの際関係ない。この場にいるU.I.F.以外の人間のうちの誰か一人がターゲットなのだから。
U.I.F.以外を全滅させればつまりターゲットの完遂が可能ということである。ターゲット詳細のデータを紛失したことを話さなくてもよくなる。
「わっかりました、全員暗殺すればいいんですね」
「そういうわけではない──やはり君に好き勝手させていてはU.I.F.から犠牲者が出かねん。ターゲットの暗殺のみを命ずる」
「エンプロイヤー、それは酷いですよ。暗殺スキルカンストのあたしならヘマはありえませんって」
まあ未だに暗殺の経験すらないのだが。
「そういう問題ではない。無駄な死人が出るのは看過できん」
「わかりましたよぅ……え~とあれですね、咄嗟にターゲットの名前が出てこなくなりました。データ確認するのも億劫なのでエンプロイヤー、ターゲットの名前を改めて教えてください」
致し方なく月瑠はターゲットの詳細を相手から聞き出すことにした。最悪データの紛失を感づかれかねないが致し方あるまい。
「先が思いやられる……まあ構わん」
意外と相手は特に勘ぐってこない。
月瑠は聞き漏らすまいと深呼吸をした。
「改めて詳細の説明をする。君が暗殺すべきターゲットの名前は――――」
――――
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